閑話その12~嵐の中で~
何だかすごく久々な気がする、シェイラ視点からのお話です。
――とんでもないことになった。
世間知らずのシェイラではあるが、ここ数日の出来事が、普通ではあり得ないことくらいは分かる。
ある日突然飛び込んできたのは、サーラ・マリス女官長が後宮近衛に捕らえられ、外宮に引き渡された、という報せ。真偽も不明のその情報に後宮全体が浮き足立つ中、女官長と親しかった女官、侍女が次々と呼び出され、取り調べを受けているらしい、と噂が広がった。その噂が正しいとシェイラが知ったのは、シェイラの部屋の侍女にまで、呼び出しがかかったからだ。
『シェイラ様! どうか私どもに、お情けをかけてくださいませ。私どもは、シェイラ様のために必死で働きました。シェイラ様が牡丹様に連れ去られたときも、陛下にお知らせし、助けていただけるように嘆願したのです!』
呼び出された彼女たちは、シェイラのドレスに縋り付き、涙ながらに懇願した。風情だけ見れば憐れだが、その内容にシェイラが覚えたものは、同情ではなく激しい憤りだった。
後宮内での揉め事、しかも自分のような下っ端の側室のことを、政務に忙しい国王陛下に伝えるなど、まともな思考を持つ侍女ならまずしない。シェイラが『寵姫』だと、国王に特別に思われている存在だからと傘に来て、そのような僭越な行為をしたというのか。……外宮から直々に抗議が来なかっただけありがたいと思うべき、浅はかな行動である。
シェイラは彼女たちを迎えに来た女官に、先程の『自白』を伝え、管理不行き届きの罰があれば自分も受ける覚悟だと話した。後宮の中では浮くほど真面目なことに定評のある女官は、軽く笑って『情報提供、感謝致します』とだけ述べて、侍女二人を連れて行った。
侍女たちはそのまま、シェイラの部屋には帰ってこなかった。彼女たちがいなくなった穴は、他の侍女たちが代わる代わる埋めてくれ(いつもの癖で部屋の掃除をしようとして、ものすごい勢いで止められた)、また数日が経った、ある日。
『お初にお目にかかります、シェイラ・カレルド様。新たに女官長の職を拝命致しました、シャロン・マグノムと申します』
姿勢のきれいな、どこか厳格な風情を漂わせる壮年の女性が、シェイラに頭を下げに来たのだ。突然の出来事に、シェイラはぽかんとなった。
『あ、新しい女官長様、ですか……?』
『シェイラ様、私に敬称は不要です。女官長、もしくはマグノム夫人とお呼びください』
『でっ、ですけれど、私よりご身分の高い方、でしょう?』
『生まれはどうあれ、今のあなた様は、王家によって正式に選ばれた、ご側室でいらっしゃいます。そして私は、王家にお仕えする者。敬称は必要ございません』
そうは言われても、母親ほども年の離れた女性を、官職名とはいえ呼び捨てにはしにくい。シェイラは自分の中でギリギリ妥協し、この女性を『マグノム夫人』と呼ぶことに決めた。
『では……マグノム夫人。私は確かに側室ですが、末端の末端です。女官長自らがご挨拶にいらっしゃる必要も、ないと思います』
『そうは参りません。……もしや、先任の女官長は、シェイラ様にご挨拶していないのですか?』
『えぇと、このお部屋に通して頂いたときにちらっと……』
『それは、大変失礼致しました』
マグノム夫人は深々と頭を下げてくる。シェイラは慌てた。
『いえ! そんな、私は気にしていませんから』
『シェイラ様がお気になさらずとも、王家にお越しくださった令嬢に対し、それはあまりに無礼な振る舞いなのです』
『だとしても、マグノム夫人のせいではありませんし』
『同じ女官長の職についた以上、先任の無礼を素通りはできません』
……どうやらマグノム夫人は、真面目の上に『超』がつく人柄らしい。先任の女官長については、シェイラは関わることが皆無であった分殆ど何も知らないに等しいが、新しいこの女性とは、何となく上手くやっていけそうな気がした。
『……もしかして、全ての側室の部屋を回っているのですか?』
『無論のことです』
即答されて、少し笑う。――そして、思った。
『ですが、どうして、女官長が交代になったのです?』
『はい。本来ならば、私がその件を側室の皆様にお話しするべきなのですが、何分時間が限られております。新しく部屋付きになった侍女より、詳しい事情をお話しするということで、お許し頂けますでしょうか?』
許すも許さないもない。女官長本人からの説明を強要するとなると、この(超)真面目な女性は、同じ話を五十回繰り返すことになるのだ。そんな苦行をさせるわけにはいかない。
『もちろん、それで結構です』
『ありがとうございます。それと、シェイラ様に女官をつけることができないご無礼も、合わせてお詫び申し上げます』
『そんな、気にしないでください。私などの末端の側室に、女官さ……女官をつけられないのは、当然のことです』
『女官様』と言いそうになり、慌てて言い換える。側室として後宮に上がったシェイラではあるが、彼女の感覚は庶民に近いものがあるため、貴族貴族している女官たちが自分に仕える立場だと言われても、僭越な気しかしない。
あくまでも恐縮して話すシェイラに、マグノム夫人はふと、柔らかい笑みを浮かべた。
『以前この部屋にいた侍女たちの所業は、聞き及んでおります。お許しくださいとは申しませんが、今後は二度とこのようなことがないよう、綱紀を徹底して参ること、ここに約束致します』
『……私は大丈夫ですが、後宮に入って辛い思いをした方は、大勢いらっしゃいます。その方々へのご配慮を、よろしくお願いします』
何故、このような言葉が出てきたのかは、よく分からない。『牡丹派』に虐げられてきた側室仲間たちのことはもちろんだが、頭のどこかで、一番高い場所で孤独な戦いを続けているあのひとのことが、ふっとよぎったからかもしれなかった。
温かく笑って頷いた女官長が下がった後、入れ替わりに侍女のお仕着せを纏った女性が二人、入ってきた。一人はまだ少女で、もう一人は大人の落ち着きを感じさせる女性だ。二人は揃って、頭を下げた。
『レイと申します』
『マリカです。よろしくお願いします!』
『あ、シェイラ・カレルドです。よろしくお願い致します』
思わず釣られて頭を下げたシェイラに、マリカと名乗った少女は思わずといった風情で笑った。
『やだ、シェイラ様。あたしたちに頭下げることないですよ〜』
『え? あ、そうですよね』
『敬語も要りませんって!』
ついに笑い声を上げたマリカの頭を、レイと名乗った女性が小突く。
『マリカ。失礼でしょう』
『え、あ、すみません!』
『それから、『あたし』ではなく『わたし』です。何度言わせるの。あなたの無作法は、お仕えするシェイラ様の恥にもなるのですよ』
『わあぁ、ごめんなさい!』
焦るマリカは実に可愛かった。シェイラはくすくすと笑う。
『もしかして、マリカ、あまり王宮に慣れていないのかしら?』
『は、はい! 一昨日雇われたばかりです』
『側室様にお付けするには、未熟なこと甚だしい娘なのですが……今、後宮は未曾有の人手不足でして。心根は良い子ですし、向上心もございます故、しばしご辛抱頂けますでしょうか』
申し訳なさそうなレイに、シェイラは笑顔で頷いた。
『誰だって最初は初めてだもの。マリカが良い侍女になれるように、私も応援するわ』
『あ、ありがとうございます!』
マリカが瞳を輝かせ、ぺこんと頭を下げた。レイがいつの間にか用意していた茶器のセットでお茶を淹れ、何となくのティータイムに突入する。
『……何だか、ここ最近、後宮は大変だったみたいだけれど。一体何があったの?』
座って落ち着き、シェイラは改めて訊ねた。前の侍女たちとは馴染めなかったが、新しいこの二人とは、不思議と気安く話せる。『王宮付きでございます』というような、お高くとまった感じがないからかもしれない。
『……何と言いますか、説明すると実に長くなるのですけれど』
レイが話してくれた内容をまとめると、事の起こりは、国王陛下が過去の帳簿を見返して、後宮経費の不自然な動きに気づいたことだという。一年毎に見れば上手く帳尻を合わせているそれは、続けて見ると金額の変動が激しかったり、逆に動くべきところが動いていなかったりと、不審な点が数多く見受けられた。
奇妙に感じた王は、詳しい調査を進め、前女官長が帳簿をごまかし、公金横領を行っていた事実を突き止めたのだという。
『公金横領、ですか……!?』
『はい、とんでもないことです。陛下は前女官長について調べ上げ、更に彼女が後宮の備品を密かに模造品とすり替えて、本物を売り飛ばし、その報酬を懐へ入れていることを知り、その証拠を掴んだとか』
この時点で、前女官長の失職と貴族位剥奪は決定したようなものだった。国王は女官長職の後任として、過去に有能な女官だと名高かったマグノム夫人に白羽の矢を立て、前女官長の捕縛に動いたのだ。
『任命書が後追いする形になりましたが、女官長の椅子に座ったマグノム夫人はすぐさま、前女官長の後宮での暴虐な振る舞いについて、調べてくださいました。過去に彼女が、身分の低い侍女や女官に対し、陰湿なイジメを行っていたことや、弱味を握った女官を脅して悪事に荷担させていたことなどを、驚くほどの早さで明らかになさったのです』
現在後宮に勤める侍女、女官について調べた彼女は、任命書が届いた一昨日、怒濤の処分を行った。
前女官長に与し、公金横領や備品の横流しに荷担した女官十数名を懲戒処分に。積極的な利益は得ていないものの、前女官長に従っていた女官については、その罪の重さに応じて降格や減給などに処し、弱味を握られていたにせよ女官長に従ってしまった者たちにも、何らかの罰を下した。
侍女たちは、本来女官長の管轄ではないが(侍女はあくまで、王家が私的に雇い入れている存在だからである)、今回国王より一時的に全権を与えられていた新女官長は、一切の容赦をしなかった。女官たちと同じく、公金に手をつけていた者は解雇。更に、シェイラの部屋の侍女たちのように、与えられた職務をこなしていなかった者たちは、程度によって解雇、下働きに降格など、厳しい処分は隅々にまで及んだという。
後宮の綱紀はこれで正されたと言えるが、問題もあった。あまりにも一斉に、大勢がクビになったため、深刻な人手不足が発生したのだ。特に牡丹様とそのお友だちから、新女官長に対し抗議の書面が次々と届けられた。……が。
『側室筆頭でいらっしゃいます紅薔薇様は、十人に満たない侍女と女官の数にも、文句ひとつ仰いません。あなた方は紅薔薇様より下位でありながら、紅薔薇様よりも豪勢な暮らしをなさるおつもりですか?』
氷のような視線と言葉に、高慢な令嬢方も口を閉じざるを得なかったとか。
牡丹様方はそれで良いとして、侍女の数が下位の側室まで行き渡らなくなったのは事実だ。マグノム夫人は処分と同時に新しい侍女を雇い入れる準備を進めていたらしく、数名の少女が新しく、王宮侍女としてやって来た。マリカは、そのうちの一人というわけだ。
『ウチ、貴族は貴族ですけど貧乏で、正直暮らしとかその辺の人と変わらなくって。行儀作法もなってないし、王宮勤めとか無理だと思ってたんですけど、ダメもとで応募したら受かっちゃって』
マリカはそう言うとあっけらかんと笑った。その笑顔に曇りはなく、自身の境遇を嘆いているわけではないことが分かる。
『せっかく王宮で働けるんだから、バリバリ頑張ってお金貯めて、ついでに淑やかなおじょうさまちっくになって、貴族っぽさを体験してみようと思います!』
『あなたの目標はともかく、淑やかで上品な振る舞いは、出来るだけ早く覚えてほしいわね。まず、『バリバリ』と『ちっく』と『〜っぽさ』という言葉は使用禁止』
『えぇ〜? じゃあどう言えばいいんですかぁ?』
『語尾を伸ばさないの。言い様なんて色々あるでしょう。『一生懸命頑張る』とか、『お嬢様のようになって』とか、『貴族らしさ』とか』
『そっか、なるほど!』
目の前で繰り広げられる侍女二人のやり取りに、シェイラは堪えきれなくなって、あまり上品とはいえない笑い声を立ててしまった。レイとマリカはきょとんとした顔を向けてくる。
『ご、ごめんなさい……。でも、楽しいわ。あなたたちがこの部屋の担当になってくれて、私、とても嬉しい』
『シェイラ様……』
『改めて、お願いさせて? これから、どうぞよろしくお願いします』
ふわりと笑ったシェイラに、レイとマリカも微笑み、揃って頭を下げてくれる。シェイラは何となく、これから楽しいことが沢山、待っているような気がした。
『そういえば……』
『はい?』
ひとしきり笑って思い出したのは、前女官長、マリス夫人のことだ。公金横領に備品横流しとなれば、免職と貴族でなくなるだけでは済まない気がする。
何となく声を潜めて訊ねると、レイも静かに頷いた。
『……罪を犯したとはいえ、一度は女官の長として、王家に仕えた人です。国王陛下も、彼女の処分については苦慮なされたそうですが……。伝え聞いた話によると、地方の修道院に、幽閉されることになったとか』
『そう……』
――ふと、思った。信じていたであろう臣下に裏切られたあのひとは、今、どんな気持ちでいるのだろうかと。
彼が、言われているほど完全無欠の人間でないことを、シェイラはもう、知ってしまっている。不器用だがまっすぐで、子どものように素直な心を持つ彼は、今度の件で、一体どれ程傷ついただろう。
……頂点で生きる人間は、孤独だ。何があろうと微笑まねばならない『紅薔薇様』のように、彼もまた、自身の想いを押し殺し、『王』として立っているのだろうか。
ジュークが突然、『名付き』の側室方の部屋を訪れるようになったとき、シェイラは激しく揺さぶられた。そして、揺さぶられた自分に衝撃を受けた。
そんなことは、あり得ないはず、だったから。彼が何をしようと、誰を好きになろうと、シェイラには関係ないはず、だったから。
違うと心に蓋をして、知らない振りで逃げ回って、逃げたツケを園遊会で払う羽目になった。シェイラが自分から逃げなかったら、少なくとも、叔父の欲塗れの暴言など、毅然と跳ね返せたはずなのだ。
その結果、『紅薔薇様』まで傷付けて。そこまでしてもシェイラはまだ、自分自身と向き合う覚悟は持てなかった。
『――自分自身と向き合う勇気のないひとに、誰かを助けるなんてことができるのかしら?』
そんなとき。偶然出会った親友の一言は、深く胸に突き刺さった。自分の心から逃げて、その疚しさをごまかすために、『紅薔薇様をお助けする』なんて結論に落ち着こうとしていたシェイラの卑怯さを、ディーは見事に突いたのだ。
そう――心に蓋をしても、見ないふりをしても、そこにあるものを『ない』ことにはできない。だって、シェイラの心は、確かに動くのだから。
『俺の心はシェイラにしかない』――そう綴られた一文に。
『今の俺では情けなくて、シェイラの前に顔を出せない』――自分で拒んでいたくせに、いざ決心されてしまうと寂しくて、情けないままでも良いから顔を見せて欲しいと、そんな埒もないことを思って。
『そのときはシェイラのことを、色々聞かせてくれると嬉しい』――彼が自分を見てくれる、それが確かに嬉しかった。
たったあれだけの手紙にすら、こんなに感情が溢れて来るのに。
見つけてしまったその源泉を、なかったことになんて、どうしたら出来る?
いい加減、認めるべきなのかもしれなかった。王は――ジュークは、自分にとって、特別な存在なのだと。
少なくとも、今、私は、彼の顔を見たいと思っていると――。
コン、コン。
とても控えめな、ノックの音が響いた。
これまでのことを思い返し、一人物思いに耽っていたシェイラは、現実に引き戻され顔を上げる。
「はい、どちら様でしょう?」
控えの間など存在しない末端の側室、侍女を下がらせてしまえば、来客の対応は本人の仕事だ。反射で顔を上げたシェイラの耳に、静かな声が響く。
「……俺だ」
「陛下!?」
驚くほどに、このときのシェイラは、自分の心に素直だった。園遊会前まで頑なに閉ざしていた扉を、すんなり開けていたのだ。
扉を開けて、更に驚く。暗く人通りのない廊下に佇む、王はたった一人だった。
「どうなさったのです、団長様は?」
「ここのところ超過勤務だったからな、帰らせた」
「お一人でいらっしゃったのですか?」
国王らしくもない行動に半ば呆れ、それ以上に心配になる。そろそろ雪も降る季節だというのに、彼の装束は十分な防寒が出来ているとは言いづらかった。
「とにかく、中へどうぞ」
「……入れてくれるのか?」
縋り付くような瞳を見て、ばつの悪い気持ちになる。
「……もう、よろしいですから」
「許しては、もらえないと思っていた……」
呟きながら、ジュークが入ってくる。気の利く侍女が下がる前に用意してくれていたお湯で、シェイラは手早くお茶を淹れた。
「こんな夜更けに、こんな薄着で、どうしたのですか。いらっしゃるにしても、もっと暖かくなさらなくては、お風邪を召されます」
「来る気は、なかったのだ。俺はまだ、立派な王にも、男にも、程遠い。シェイラに逢う資格は、まだないから」
けれど、駄目だな。
呟いた彼は、最後に会ったときとは、何もかも違っていた。以前の彼は、こんな自嘲するような笑みは浮かべなかった。こんな複雑な色の瞳をしてはいなかった。
「シェイラに、逢いたいと思った。ただその一念だけで、動く身体を抑えることができなかったんだ」
――こんなに弱々しい態度なのに、それなのに、決して砕けない覚悟を宿した、諦めの悪い強さを纏ってなどいなかった。
……私は、こんなひとを、独りにして。
シェイラの瞳に、涙が浮かぶ。痛みと心地よさが同時に溢れ出てくるような、初めて知る感情に、彼女は身を委ねた。
「シェイラ?」
「陛下……」
溢れた涙を、ジュークがそっと、拭ってくれる。歪んだ視界では、彼の表情までは分からない。
「何故、泣くのだ?」
「わかりません……」
ただ、胸が詰まっていた。ただ、苦しかった。
――ただ、いとおしかった。
「泣くな、シェイラ。そなたに泣かれたら、俺は、どうしたら良いか分からなくなる」
背中に、確かな温もりを感じた。優しく抱き寄せられ、ジュークの胸に頭を預ける。肩を震わせるシェイラの頭を、ジュークは壊れ物を扱うような手つきで、撫でてくれた。
「俺は……そなたを、悲しませたか?」
「いいえ、いいえ陛下……悲しくて泣いているのではありません」
しゃくり上げながらも、伝えるべき言葉をシェイラは探す。……言わなければならないことは、沢山あった。
「私、もう怒っておりませんから」
「あぁ」
「陛下のお手紙、何度も読みました」
「……あぁ」
「情けないままでも、お顔を見られないよりは、こうしてお話しできる方が、私は良いです」
「……しかし、俺は、」
「陛下は!」
自分が何を言っているのか、もう半分分からない。言いたい言葉を言いたいままに、シェイラは言い募る。
「情けなくとも良いのです。立派でなくとも良いのです。……ただ、陛下は陛下でいてくだされば、私はそれで良いのです」
そうだ。それだけで良い。
小鳥に餌をやるしか慰めのない、そんな側室にすら、優しい眼差しを注ぐひと。
自らの過ちを素直に認め、正そうと向き合う勇気を持つひと。
間違いながらも、不器用ながらも、進むことを恐れないひと。
それが、ジュークだ。そして、そんな彼を、シェイラは。
「取り繕わないでください、私の前では。頑張らないでください、せめて、ここにいるときは」
――頂点に立つ人は、孤独だ。そして周囲の人間は、真の意味で、その孤独を癒すことはできない。
けれど、その重荷を理解して、それでも逃げずに側に居続けることなら――シェイラにも、できる。
ジュークの腕に、力が籠った。抱き締められ、そのままに、シェイラも控えめながら、ジュークの服裾を掴む。
「シェイラ……」
耳元で名前を呼ばれ、支えきれない重みをかけられ、そのままベッドへと倒れ込む。一瞬緊張したシェイラだったが、耳をくすぐる規則正しい呼吸の音に、そっと笑った。
ずっと、眠れない日々を過ごしていらっしゃったのだろうな――。
起こさないように体勢を変えて、シェイラはそっと、囁きかける。
――お疲れさまでした、と。




