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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
38/243

園遊会当日

見事な晴天が広がっている。太陽は暖かく、吹く風は涼やか。


――これ以上はないほど、絶好の園遊会日和だ。


「紅薔薇様、こちらのセッティングはこれでよろしいでしょうか?」

「えぇと、そうね……こことあそこのテーブルクロス、交換して」

「はい」

「紅薔薇様、焼菓子が出来上がったと厨房から報告が参りました。運ばせてもよろしいでしょうか?」

「クッキーやマドレーヌは良いわよ。ケーキ類はもう少し待つように伝えて。直前に並べた方が美味しく頂けるでしょう」

「畏まりました」

「中央のテーブル、飾り付け終わりました!」

「今行くわ」


それにしても忙しい。采配を命じられたということは、当日の指示は全て『紅薔薇』本人が行わなければならないということで、鬼のような忙しさになることは分かっていたが。日が昇ったと同時に準備を始めて今は昼前。そろそろ焦らなければならない頃だ。


――今回の園遊会準備に当たりディアナは、昼の茶会について事前準備から当日の進行まで、ライアたち三人から徹底的に叩き込まれた。


一つ、会場設営は、開催当日に行うこと(『日常』の場にお客様を招く、という建前からの決まりらしい)。

一つ、用意する食べ物は焼菓子が主。新鮮な果物を使ったフルーツ菓子なども良いが、間違っても『食事』は出さないこと(あくまでも昼食後に、話を楽しみながらお茶を飲む、それが茶会の主旨だそうだ)。

一つ、あらかじめ座席を決め、招待客を案内すること(優雅にお茶と話を楽しむために、椅子は必須なのだとか)。


……総合した感想は、『面倒くさいな』であった。


別に良いじゃないですか、前日に椅子とテーブル運び込むくらい。

お腹すいている人もいるだろうから、簡単なお食事くらい用意しても。

最初から座席決まってるなんて、つまらないのではないかしら?


うっかりそんなことを口走ってしまい、ヨランダからにこにこ叱られた。ディアナ様ももう十七、そろそろホスト側のマナーもしっかり覚えねばなりませんよ、などと言われてしまっては、返す言葉もない。ライアとヨランダは年長者だけあって、タイプは違うがどちらも頼りがいのある『お姉様』だ。


頼れるお姉様お二方と、天然だけども切り口鋭いレティシア。そんな三人が提案した園遊会のコンセプトは、『お花とお菓子をまったり楽しみながら、誰とでも気軽に話せるパーティ風お茶会』だった。

正式な茶会にしてしまえば、椅子を用意することになる。すなわち、招待客は最初に座った席から動くことはなく、例え政敵と相席したとしても、大した衝突は期待できない。大方、天気と庭の話で終わるだろう。それでは困るというわけだ。

陛下に外宮と後宮が繋がっていることを意識させるためには、立場の違う側室同士とお互いの一族が、がっつり絡む必要がある。そのために敢えて正式な茶会の決まりごとをすっ飛ばし、椅子を無くしてカップを置けるテーブルだけ用意し、参加者は庭の中を自由に歩き回ることができるという形式を、彼女たちは考えてくれた。


その案をもとに本格的な準備が始まって、三週間。ディアナは世に言う、『睡眠時間? ナニソレオイシイノ?』状態であった。


春庭を秋庭に改装する作業。

必要な物資の調達。

関係各所との連携。

招待状の発送と参加者確認。

当日のメニュー決定。

会場の設置図作成。

……その他、エトセトラエトセトラ。


その総てにおいて、『紅薔薇』が指示を出す必要があったのだ。ライアたちが園遊会の案を作る部分は引き受けてくれたが、それを悟られてはならない。あくまで『紅薔薇』の指示で、準備は怒涛の如く進んだ。女官長が予想外に使えなくて、余計な仕事が増えたのは余談である。


――だが。遂にここまで漕ぎつけた。無理無茶無謀を押し通し走り抜けて、ようやく。園遊会当日まで、やって来れたのだ。あと、もう一息。これでようやく終わる。


中央の大テーブルに飾られたフルーツタワーと、その周囲に置かれたフルーツ菓子。色とりどりの果物を使って作られた様々な菓子が並べられ、華やかさは充分だ。一つ頷いて、了承の意を示す。


「焼菓子、持って来ました!」

「クッキーはそちらとあちら。タルトはこっちね。マドレーヌとフィナンシェは向こう側に置いて」


ディアナの指示で皿を掲げた女官たちが一斉に動く。それぞれ言われた机に焼菓子の乗った皿を置いて角度を調節し、綺麗に整えてくれた。さすがは王宮女官たち、『美』へのこだわりは半端ではない。


今回、机は全て丸テーブルを使用した。中央のフルーツテーブル用に大丸テーブルを一つ、焼菓子を置く中丸テーブルを六つ、休憩用の椅子の側にティーカップが置けるよう、小丸テーブルを十数台。庭の景観を崩さず、華やかさを増すよう絶妙に配置されたそれらの上には、色とりどりのガラス製小瓶が一つずつ置かれ、これまた絶妙に草花が生けられている。小瓶の細工と愛らしい草花がお互いの魅力を引き立たせ合い、場の演出に一役買っているという仕掛けだ。

焼菓子は敢えて種類ごとに分けてテーブルに置き、招待客は嫌でも庭園内を歩き回らねばならない仕様を整えた。王に招かれた園遊会で出されたものを一通り食べないなど不敬極まりなく、無難に過ごそうと思ったら最低、テーブル七つは巡る必要がある。名付けて、『壁の花は許さない、みんなが主役!』作戦。ちなみに名付けたのはレティシアだ。


「ディアナ様、そろそろ用意しませんと……」


庭を見回り仕上がりを確認していたところへ、リタがコソコソ注進してきた。太陽はそろそろ真上を通り過ぎる。このままでは、ディアナ本人が着替える時間がない。


「分かったわ。――あぁミア、ケーキ類はあと半時したら運ばせて。それから、例の仕掛けをよろしくね」

「畏まりました」

「そうだ、陛下への連絡は滞りない? そういえば朝、園遊会前に何やらお話があるとか伺ったけれど」

「はい。ですがその後、詳しい時間などの伝達がございません。確認致しますか?」

「お願い。何かあったら、誰でも良いから部屋に直接寄越して。それから、今回側室方はホスト側の扱いだから、遅くても門が開くまでには全員集まって頂けるよう、各部屋付きの女官、侍女に徹底させてね」

「もちろんです」

「あとはえっと……」

「――ディアナ様」


呆れ四割、怒り六割なリタの声。ぎぎぎと振り返ると、目が笑っていない笑顔のリタとご対面した。


「ほどほどになさいませ。『紅薔薇様』の準備が間に合わないなど、それこそ冗談にもなりませんよ」


リタに引きずられるように、ディアナは部屋に引っ込んだ。












とはいったものの、ディアナの準備は前日までに侍女たちが過不足なく整えてくれていたため、ディアナ自身がすることなど、せいぜい着替えと化粧直し程度だ。茶会は、あまり派手な装いをしないのがマナー。ドレスも化粧も、いつもの『紅薔薇様』よりかなり大人しい。


「こんなものですかね」

「そうね、あくまでも茶会だし」

「ディアナ様が一番輝くのはやっぱり、夜の装いですよねぇ。昼の正装でも充分お美しいですけれど、夜のディアナ様は何と言いますか、オーラが違いますもの」

「……単に、わたくしの顔に一番合うのが、夜会の派手派手しい服装というだけのことでしょう。言われなくても分かっているわよ、夜会仕様の方が三割増しで悪く見えることくらい」


迫力不足かしら? と尋ねると、リタはぶんぶん首を横に振った。「誰よりもお美しいです」と、それは多分に侍女の欲目だろうが。


「あと少し時間ありますけれど、どうなさいます? お茶でも入れましょうか?」

「いいわ。どうせ今から山ほど飲む羽目になるんだし」

「それもそうですね」


うっかりすると、このまま眠ってしまいそうだ。昨日もほとんど寝ていない。


と、そこにノックの音が響いた。「ディアナ様、」とユーリの声がする。


「どうしたの? 入って」

「はい」


入ってきたユーリは、何やら困惑気味だ。


「何かあった?」

「いえ……、表に、お目通りを願っていらっしゃる方が」

「どなた?」

「それが、」

「やっほー、ディアナ! 元気だったぁ!?」


取り次ぎという役目の存在意義を丸無視して、闖入者は飛び込んできた。危うく叫びそうになったが、それより早くユーリが進み出る。


「グレイシー様! そちらでお待ちくださいと申し上げたはずです」

「だぁってさぁ、早くしないと時間ないし?」

「そもそもお忙しい紅薔薇様に予めの断りもなく、園遊会前に突然謁見を申し込むなど、迷惑極まりない! 挙げ句、許しもなく入室するなど」

「なんでディアナの部屋に入るのに許しがいるのさ。男を警戒するなら分かるけどボクは女だし、第一ディアナの知り合いだよ?」

「ですからそれを確認できるまでお待ちくださいと!」


……どうします、コレ?


リタが器用に視線だけで問い掛けてくる。ディアナは深々とため息をついた後、立ち上がってユーリの肩をぽんと叩いた。


「ディアナ様、」

「えぇ、分かっています。ごめんね、ユーリ」


この人、本当にわたくしの知り合いなの。


……何だろう、悪いことなど何一つしていないのに、何故か謝罪したくなるこの心境。何か恐ろしいことを聞いたかのように固まってしまったユーリには、真面目に申し訳ない。


「……まさか」

「本当にごめんなさい。わたくしの知り合いは、大半が常識通じない人種だから」

「えー、ひっどーい。ボクだって一応、その気になれば令嬢ぶりっこぐらいできるよ」


これ以上この人物とユーリを接触させておくのは良くないようだ。主にユーリの精神衛生上。


「ユーリ、もうここは良いから、庭園の手伝いをお願い」

「……畏まりました」


ユーリにも気遣いは伝わったのだろう、多くを語らず彼女は下がった。三人きりになった室内で、リタがまず口火を切る。


「……クリス様、ユーリさんは真面目な王宮侍女さんなんです、初対面から素で突撃なさるのは止めてあげてください」

「そりゃ、あんまり会わない人相手なら取り繕うけど。これから毎日一緒にいるわけだし、早めに慣れちゃった方が彼女のためだよ」


ずっとネコ被るなんてボク無理だしー、と笑う彼女は、れっきとした女性だ。品の良い騎士服に身を包んで腰に剣を差し、赤金色の髪を横で一つに結んでいても、男性には絶対に見えない。背が低いこともあるが体型は女性そのものだし、何より顔が可愛らし過ぎる。


これでディアナより四つも年上とはとても思えない彼女の名は、クリステル・グレイシー。愛称はクリス。現グレイシー男爵の妹で、本人の言うとおり、ディアナとは昵懇の間柄だ。

そのわけは――。


「ひとまずお久しぶりです、クリスお義姉さま。お元気そうで何よりですわ」


――社交界の誰一人として知らないことだが、実は彼女、エドワードの婚約者なのだ。将来の義姉と交流を持つのは、珍しいことでも何でもない。ただ彼女……クリスも事情が特殊で、社交界にはあまり顔を出さないのだが。


「うん、久しぶりー。半年以上ご無沙汰だったよね、シーズン初めの舞踏会は、ディアナ忙しそうだったしさ」

「はい。ご挨拶もできず、申し訳ありませんでした」

「いーのいーの。『紅薔薇様』になっちゃったんだもん、仕方ないよ」

「……それで、どうしてまた、お義姉さまが後宮に? しかも、そのような恰好で」


女性用に仕立ててはあるが、クリスの服はどう見ても騎士のそれだ。剣までつけて、はっきり後宮では浮いている。


ディアナの疑問に、破天荒な義姉は胸を張って答えた。


「ボク、今日から後宮警備を任される女性近衛騎士団の、団長になったんだ!」

「……はぁ?」


何それ初耳なんですけど。

ニコニコ笑うクリスを前に、ディアナは素直に首を傾げたのであった。



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