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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
31/243

訪れた災難


後宮は荒れていた。おそらく、未だかつてないほどに荒れていた。


春先に後宮が設置されて以来、全くと言ってよいほど後宮に興味を示さなかった王が、突然立て続けに、『名付き』の側室たちの部屋を訪れたのである。

これまで『紅薔薇』と『牡丹』に分かれて争っていた側室たちは、国王の意図を読めないまま、見事な大混乱に陥った。『牡丹様』が陛下からご寵愛を受けた、という噂が後宮内を席巻する中、陛下は『睡蓮の間』を訪れ『睡蓮様』の才覚に深い感銘を受けられたようだ、という話が広まり、続けて『鈴蘭様』『菫様』もそれぞれ、陛下と親しく話された、と新たな噂が広がったのである。これで混乱しなければ嘘だ。


『牡丹派』はこの期を逃すまいと、『睡蓮』『鈴蘭』はもともと保守派、『牡丹』の勢力に属する側室だと吹聴して回ったし、『紅薔薇派』はそれに対抗して『菫』を引き入れようとする者やら、静かに暮らしている『名付き』の方々を俗な争いに引き込もうとするなど浅ましい、と批判する者やらが入り乱れ、まぁ要するに一言で纏めれば――。


「何この大混乱……」

「仕方ありませんよ、ある程度なら想像ついていたことですし」


ここ数日、食事の時間を削るほどの目まぐるしさで『紅薔薇派』内の過激派を抑え、慎重派を諭し、守備派を落ち着かせ、更に『隠れ中立派』と情報交換を行い、と動いていたディアナは、ようやく得られた休憩時間に自室で頭を抱え、呻いていた。後宮内が荒れたら一気に負担が大きくなると予想し、覚悟はしていても、実際現場の最前線に立つ身としては、文句の一つも言いたくなるというものだ。


「分かっていたけれど、分かっていたけれど! どうして女ってこう、噂話が好きでしかも、敵にはこう容赦ないの? もうちょっと穏やかに、みんな仲良くできないのかしら!」

「できないからこうなっているんでしょうねー」


愚痴に付き合うリタも投げやりだ。後宮をあっちこっちし、そこここで散っている火花に水をかけて回ること数日。もともと前線で活動することが得意でない主従は、すっかり憔悴していた。


「ですかディアナ様、この噂のおかげで、シェイラ・カレルド様への風当たりは弱まりましたよ」

「不幸中の幸い、よね。ライア様たちは、それも狙っていらっしゃったでしょうけれど」

「確かに…。何と言っても、『社交界の花』ですもんね」


冷静沈着に諭してくれるユーリに、うんうん頷く主従二人。さすがに王宮暮らしが長いだけあって、ユーリたち王宮侍女はこの大騒ぎにも動じていない。ルリィなどは、騒ぎに乗じて各部屋付きの友人たちと連携し、情報を拾って来る図太さだ。


「で、今日はこれからどうします?」

「来客の予定はなかったわよね。いつも通り適当に『散策』して、火花散ってないか見回りましょうか」


コン、コン。


「……あら?」


ある意味ばっちりのタイミングで鳴らされたノックに、三人は顔を見合わせて。僅かな間の後、ユーリが来客の出迎えに赴いた。


「誰でしょう?」

「さぁ…」

「ディアナ様。女官長と『紅薔薇』付き女官二名がお目通りを願っておりますが」

「……嫌な予感しかしないわね」


『女官』たちは大抵、厄介事を運んでくる。入宮初日の『初夜』しかり、『夜会』で陛下のパートナーをしろという通達しかり。王宮の女官を巡る勢力状態を知ってからは、尚更気持ち良く迎えられる相手ではないが。


「だからって、追い返せないしね。通してちょうだい」

「はい」


頷いてすぐ、ユーリが女官長と女官二名を案内してきた。ディアナはにっこり、微笑んでみせる。


「よくいらっしゃいました、女官長。なかなかお姿を拝見できなくて、心配しておりましたのよ」

「は、い、いえ……紅薔薇様には、ご機嫌麗しく」

「えぇ、おかげさまでね」


返答としては間違っていない。女官長が『采配』してくれた侍女たちのおかげで、ディアナはつつがなく、後宮での生活を送ることができている。

が、それとは別次元のことで怒っているのは確かであり、浮かべている笑顔は無駄に迫力あるものとなった。結果――。


「べ、紅薔薇様へのお世話が行き届かないこと、誠に申し訳なく――」


無駄に女官長を怯えさせている、らしい。


(反省して欲しいのはそこじゃないんだけど、全く)


が、彼女の情報が少ない現状、正面から喧嘩を売るのは得策ではない。ディアナたちから見れば、母親世代の人なのだ。大人を舐めてかかるとえらい目に遭う、コレ常識。


「いいえ、女官長。ユーリたちはよくやってくれているわ。わたくし、いつも助かっています」

「さ、左様ですか……?」

「えぇ。ところで、今日は何のご用かしら?」


流れのままに会話を続けているといつまで経っても本題に入れないので、彼女たちと話すときは、意識して事務的に話題を進める努力をしているディアナである。……まぁ、単なる社交界での『クレスター流泳ぎ方』応用編でしかないが。


「は、はい。本日は、陛下より紅薔薇様へ、勅命をお持ち致しました」

「陛下から……? まぁ、何かしら」


一応楽しげな声を出してみたが、内心は嫌な予感しかしない。『名付き訪問』が終わった直後と言って差し支えないこのタイミングで、あのボンボン陛下が『紅薔薇』に、一体何の用なのか。


「詳しいことはこの勅命書にございますが、陛下は近々後宮で、側室方の近しい親族を招いて、園遊会を開催したいと思し召しです。その采配を、側室筆頭でいらっしゃる紅薔薇様に一任するとのこと。過不足なく準備を整えて欲しいとの仰せでございます」


(や は り で す か !)


笑顔を貼り付けたまま、「まぁ、わたくしがそのような大役を……!?」と驚いてみせた、ような気がする。あまりのことに、思考回路が現実逃避を起こしたようだ。


側室の家族を招いて園遊会、というか茶会を開く、と陛下が言い出したことに対しては驚かない。その仕掛人はライア、ヨランダ、レティシアの三人であり、『そう仕掛けてみた』という報告は既に三人から受けていた。要は陛下が三人の掌の上で見事に転がっただけ、『計画通り』その一言に尽きる。

だが、何故。何故その準備が『紅薔薇』に一任されるのか。王が主催の後宮で行われる行事だ、普通に考えたら女官長あたりが責任者に任命されそうなものだが。


「紅薔薇様ならば素晴らしい園遊会にするだろうと、陛下はお考えになったのでしょう」

「後宮始まって以来の大きな催し事ですわ、紅薔薇様以外に適任者はいらっしゃいません」

「全ての側室方の親族をお招きするのですもの、素晴らしいものにしなければ」


――あれか、実は陛下は女官長のことがそこまで好きじゃないとか、そんな理由だろうか? それとも単純に『紅薔薇』に対する嫌がらせ? いや、嫌がらせすら思いつかないだろう、今の陛下では。


「華々しい園遊会にせねばなりませんね」

「美しい花を咲かせ、まるで天上かと人々に思わせるような」

「王宮、後宮の威信にかけても、この国一の美しい庭を人々にお見せせねばなりませんわ。シュトラ神のお恵みに溢れたような」


――いやでも、考えようによっては好機かもしれない。陛下的には軽い思い付きの『園遊会』でも、後宮にとっては今後がかかっている。下手に女官たちに采配されて思惑とズレたものになるよりは、表向きは『紅薔薇』の指揮、内実は『立案者』たちと相談しながら進めていく、という形式にした方が、事がスムーズに運ぶとも考えられる。


と思考を何とか前向きに修正して、ディアナは現実に帰ってきた。


「――そうですわね。陛下の思し召しですもの。大役であっても、それこそ名誉というもの」

「……え? えぇ、そのとおりです」

「女官長、陛下には、お役目確かに承りました、とお伝えして下さい。それから早速園遊会にご招待する方を考えねばなりませんので、全側室方の、ご本人とお家について纏められた書面の提出をお願い致しますね」

「は?」

「もちろんわたくしも『紅薔薇』として大まかには把握しておりますが、王の名で開催する園遊会にご招待する方ともなれば、記憶だけに頼って決める訳には参りません。きちんと公的文書に記されている家系図と照らし合わせた上で、どのような方をお招きするのか、考えなければなりませんから」


もちろん、ディアナに『それ』は、実際には必要ない。クレスター家が既に調べ尽くし、各側室とその実家について、園遊会を開く上では十分過ぎるくらいの情報が手元にあるわけだが、間違ってもそれを女官長に告げることはできない。故に園遊会を開くとなれば、まずは招待客のリスト作り、そのためには全側室の親族データちょうだい、となるわけである。


「あ、あの、紅薔薇様……?」

「何かしら? あぁそうだわ、並行して庭の整備も始めなければね。秋の花が丁度見頃だし……場所は? 勅命書を見せてくださるかしら?」

「は、はい」


差し出された勅命書をリタが受け取り、一拍後、ディアナへ手渡す。するする開いて、ディアナは眉をひそめた。


「東の中庭? 確かに後宮の庭では一番広いけれど……あそこは主に春の草花が植えてあるのに。準備に時間がかかるわねぇ…」

「紅薔薇様!」


大声で呼ばれる。ディアナはきょとんと声の主――女官長を見た。


「あら、どうしたの? まだ何か話がおありかしら」

「……私ども女官は、この時期、王宮の年末年始に執り行う行事の用意で手が足りなくなります。園遊会の件で何かございましたら、お早めにお願い致します」

「そうなの。けれど、わたくしは後宮の側室。自由に動けない身では、準備をするにも限度があります。――出来るだけ善処はするけれど、貴女がたも王宮に仕え、王に仕える身であるならば、王の名で開く史上初の後宮園遊会が無惨なものにならないよう、努力なさってくださいね」


女官長の顔が分かりやすく歪んだ。『私たちの協力は期待するな』という直接的なイヤミに、『別に良いけど。園遊会が失敗したら、アナタたちもヤバくない?』と笑顔で返されたのだから無理もない。要は今回、女官長はこの一言が言いたかったのだろう、ご苦労なことだ。


「……では、失礼致します」

「えぇ。側室方とお家については、早めに提出をお願いしますね」


にっこり。再び笑顔を作り、ディアナは女官長を見送った。やがてパタンと軽い音がして、ユーリが戻ってくる。


「……大変面倒なことになりましたね」

「そう? 皆様と相談して、都合良い感じの園遊会にできるじゃない」

「女官たちの協力は期待できませんよ」

「園遊会を失敗させて、『紅薔薇』の失態にしようっていう魂胆が丸見えでしたね」

「それは当然狙うでしょうけど。一歩間違ったら、それって職務放棄じゃない?」


あれだけあからさまな脅しは久々だ。『女官』という地位を最大限利用した圧力だろう。当初『クレスター家』に怯えていた女官長も、ディアナが後宮で意外と大人しくしているので、本性出してきたらしい。


「頭の悪い攻め方よね。この機会利用したら、女官長と女官たちについて、あれこれ探れそう……って、え!?」

「どうしました、ディアナ様!?」


ディアナが血相を変えたのは、勅命書の一文が原因だった。


『尚、園遊会の日取りとしては、およそ一月後を目安にしたい』


「一月で……春庭を秋庭に改装!? 無茶振りするのもいい加減にしてよ!!」


大慌てで立ち上がるディアナ。

休憩時間は、必然的に終わりを告げた。



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