間奏曲―???による二重奏―
本日、2話同時更新しております。
最新話からいらした読者様は、一つ前のお話からお読みくださいませ。
スタンザ帝国中興の祖として名高い、エクシーガ・アサー・スタンザウム帝。
何かと伝説的に語られることの多い人物ではあるが、その前半生は謎に包まれている。
生まれ、育ちともに諸説あり、玉座へ就いた経緯も漠然としていることから、実在を疑う研究者もいるほどだ。
しかしながら、スタンザ帝国の歴史書、市政の人々が書き記した日常録などを紐解くに、少なくとも実在した皇帝であることは確かであろう。
――一説によれば、彼は神の遣い女である『聖女』の神託によって、玉座へ就いたとされている。
皇子時代、荒廃していたスタンザ帝国を深く憂いていたエクシーガは、民の安寧を願って毎日神殿へと足を運び、神に祈りを捧げていた。彼の信仰心と民への慈愛に心を打たれた神は、救い手となる『聖女』を遣わし、彼女を通してエクシーガとスタンザの民草に、己の意志を伝えたとされる。神託を受け入れた時の皇帝によってエクシーガは帝位を継ぎ、皇帝として数多くの改革に着手した。
代表的なものとしては、軍事身分制国家から平和平等主義国家への転換だ。エクシーガ帝以前のスタンザ帝国は、周辺諸国を併呑することで身分ある本国民を富ませる植民地政策が主な成長戦略であったが、彼はその路線を根本から見直した。極端な身分制と、身分によって不平等な徴税を強制していた租税法を撤廃し、財産や収入によって税率を定める、現代にも通じる累進課税制度を導入。身分格差を埋めるべく、生涯に渡って粉骨砕身を続けたと伝わっている。
エクシーガ帝の改革の大きな助けとなったのが、『聖女』が神より託されたと伝わる〝スタンザ宝物地図〟(所蔵:スタンザ連邦民主国・国立博物館)だ。当時のスタンザ帝国領土における地下資源の埋蔵箇所が、かなり精緻に記録されている。
エクシーガ帝に神の加護があったと伝わっている大きな要因の一つが、この地図にあることは間違いない。〝宝物〟の種類は水、貴金属、希少石など多岐に渡り、エクシーガ帝の時代では何の価値もなかった石油の湧出地点までも、多数記載されているのである。現在、スタンザは世界有数の石油産出国だが、油田開発に〝スタンザ宝物地図〟が一役買っていることは、研究者であれば誰もが認めるところだという。
掘ればすぐに民を富ませる資源だけではなく、数百年先の未来まで見越して、永続的に国へ富を与える資源の箇所を記すなど、到底人間業では為し得ない。神の慧眼を以ってこそ作成できる〝スタンザ宝物地図〟は、神学者たちの間で、エクシーガ帝と神が近い関係性であったことを裏付ける証拠の一つとして挙げられている。
また、エクシーガ帝の時代に大きく発展した農耕技術においても、『聖女』が関わっていたとの伝説が残る。かの皇帝の治世を生涯に渡って支え続けた、ブラッド・ジスティ将軍の岳父にあたる人物が、『聖女』より〝奇跡の種〟を授かり、少ない水でも育つ農作物の改良に成功したと、いくつかの文献に記載されているのだ。
今日、〝奇跡の種〟の正体は、深い原生林にのみ現存する古代植物、レストルの種であろうと推測されている。「すべての植物の源」とも言われるレストルは、あらゆる種と交配させることが可能である特異な植物であり、原種を手に入れることはエクシーガ帝の時代にも困難であった。
〝スタンザ宝物地図〟と〝奇跡の種〟――人の手では不可能な奇跡をスタンザ帝国へともたらした存在は、紛れもなく神の御遣いであったと、現代でも国を越え、そう主張する神学者は多い。
(中略)
エクシーガ帝と『聖女』にまつわる逸話は多い。研究者の中には、エクシーガ帝が生涯に渡って唯一愛した妃、ヴィヴィアン・アリラト・スタンザウムこそを『聖女』とする者もいるが、『聖女』とヴィヴィアン妃の交流についての記録なども発見されており、諸説が入り乱れている。
しかしながら、エクシーガ帝が『聖女』を深く信頼し、崇めていたことと、ヴィヴィアン妃だけを寵愛し、当時の皇族としては稀なことに、妃以外の女性との間に子を儲けなかったことだけは、スタンザ帝国の正式な歴史書に記されているため、史実であると考えるのが一般的だ。
ヴィヴィアン妃の出自も謎が多く、とある家臣の日記に前皇帝の寵姫であったと記されていたり、前皇帝と側室の間にできた子で、エクシーガ帝とは腹違いの兄妹にあたるとする記録も見つかっているが、その内容を裏付ける確たる証拠はなく、推測の域を出ない。
出自が謎の皇妃ではあるが、ヴィヴィアン妃は陰日向にエクシーガ帝の治世を支え、エクシーガ帝との間に三男四女を儲け、子ども達を立派に育て上げた。民への思いやり深く、エクシーガ帝の治世初期にスタンザ帝国を大旱魃が襲った際は、身重の身体でエクシーガ帝とともに帝国中を駆け回り、苦しむ民のため力を尽くしたという。ヴィヴィアン妃の献身と、〝スタンザ宝物地図〟に記された未発見の水源の数々、さらには〝奇跡の種〟によって旱魃にも強い農作物を生み出せたことで、エクシーガ帝は大旱魃の危機を乗り越えることができたと、歴史書は伝える。
(後略)
~蓮城 保 著『神学で紐解くスタンザ帝国史』第六章〝近世の神話、エクシーガ帝〟より抜粋~
* * *
『
…………
……
エルグランド王国暦四百十五年、雲月の六日。
ディアナ・クレスターを長に据えた『エルグランド王国国使団』は、スタンザ帝国へと出立した。
一側室に過ぎないディアナが何故、国使団の長として選ばれたかについては諸説あるものの、いくつかの資料から、当時エルグランド王国を訪れていたスタンザ国使団の長であたスタンザ帝国第十八皇子、後のエクシーガ帝に強く望まれたゆえという見方が、今日では一般的である。エクシーガ帝のエルグランド王国滞在中、ディアナが彼を賓客としてもてなし、後宮の慣例を破ってまで彼を招き入れて親しくしていたことから、この頃よりジューク王の寵愛に陰りが出てきたことに焦りを覚え、他国の皇族へも毒手を伸ばそうとしていたのではないかと推察する学者は多い。権勢の舞台をスタンザ帝国へ移そうと考えたのか、あるいはスタンザ帝国の皇帝を籠絡し、その武力でエルグランド王国を手中へ収めようと目論んだのか、その辺りの動機は定かではないものの、ディアナはエクシーガ帝を誘惑して己を望ませ、スタンザ帝国へ渡ることに成功した。
しかしながら、さすがにジューク王の第一の寵姫という立場は捨てるには惜しかったのか、あるいはスタンザ帝国で悪女の化けの皮が剥がされたのか、『エルグランド王国国使団』は予定の滞在期間を一週間ほど伸ばしはしたものの、結局は帰国の途へつくこととなる。たった三週間の滞在でスタンザ帝国民から蛇蝎の如く嫌われたらしく、ディアナを乗せた船がスタンザ帝国を離れた際、街の者たちは諸手を挙げて快哉を叫んだという言い伝えもあるほどだ。
大した成果もなくスタンザ帝国を後にしたディアナだが、唯一滞在中に彼女が得たものこそが、後のエルグランド後宮を大波乱へと陥れ、有史以来の最大抗争を引き起こすこととなる――……
』
「……スタンザでのディアナ姫の苦労、まるっと端折られてねぇ?」
「まぁ……これ読む限り、通説的にはエクシーガ帝に色仕掛けして落として、自分から積極的にスタンザ帝国へついて行ったことになってるから、向こうで何したのかなんてさほど重要視されてないんだろ。実際、エルグランド王国の歴史にとって、さほど意味のあることはしてない」
「そーかぁ? ここでディアナ姫が散々苦労してスタンザ帝国のあちこちと誼を結んで、スタンザ帝国民のエルグランド王国への好感度爆上げしといたお陰で、エクシーガ帝に代替わりしてからの友好条約がサクッと結べたんだろ。超重要な下準備だと思うぜ?」
「現代だって、国家間の条約締結までの下準備や事務レベルの交渉が日の目を見ることなんて、滅多にないだろ」
「そりゃそうだけど。行きたくもなかったのに無理やりスタンザ帝国まで連れて行かれて、勘違い皇子に散々迫られて、しまいには国ぐるみで強制結婚させられかけて、そういう苦労を乗り越えてこなした下準備がここまで貶されるって……たかがキューブリックとはいえ、居た堪れねぇな」
「……マジで詳しいな、お前。若干視点が寄り気味ではあるけど」
「あー……ウチにジューク王の時代を伝えた人が、潔く偏ってたからな。フラットではないと思う」
「そう、なのか」
「てか、こんな風にボロクソ貶されてるディアナ姫がスタンザ帝国側だと『聖女』と崇められてるって、誰か矛盾に思わねぇの?」
「エクシーガ治世に降臨した『聖女』と『ディアナ・クレスター』が同一人物だって知ってるのは、限られた極々一部だけだ。まず、ディアナが『聖女』だって騒がれた一連の出来事自体、綺麗に歴史上から消されてる。アレが歴史書に残ると、両国間で友好を結ぶどころの話じゃなくなるから、妥当な判断だがな」
「大人の事情ってやつか。……確かに、『お宅の側室筆頭を寝取って皇妃にしようとしました』なんて歴史書に記されてる国と、友好関係なんか結べないよな。いくらエルグランド王国が、基本呑気なお国柄でも」
「あぁ。加えて、ディアナがエクシーガの父帝の寿命を延ばしたこともあって、ディアナの滞在時期とエクシーガの皇位継承に年単位の開きがある。ディアナがエクシーガに渡した地下資源の地図が日の目を見たのは、エクシーガが帝位に就いてからだから、後世の研究者が『聖女』とディアナを結びつける要素はますます薄れた、ってわけだ」
「ディアナ姫がラーズの〝緑〟の力を借りて、スタンザ全土の資源の気配を探ってポイント記したやつか。通称〝スタンザ宝物地図〟……そういやアレ、スタンザの国宝になってるんだっけか?」
「だな。地図のポイントは全部確認し終えたってことで、皇室が寄贈して、今は博物館所蔵だったはず」
「……筆跡鑑定とかでバレねぇの?」
「スタンザ文字のディアナの書なんて、研究資料としてほとんど残ってねぇよ。私的な付き合いのあった家で、今も続いてる……バルルーンとか、ジスティとか、あとまぁ普通にスタンザウム皇家とか、その辺にはもしかしたら残ってるかもしれないけど、『聖女』の真実隠蔽した側が、今更資料提供するわけもないし」
「そりゃそうか。てか、ジスティってエクシーガ帝時代の大将軍、ブラッド・ジスティ閣下か? ディアナ姫と付き合いあったんだ?」
「ブラッド将軍もだけど、夫人のアルシオレーネ姫とディアナが友人関係だったらしい。――一兵卒時代のブラッド将軍が、アルシオレーネ姫を下賜制度を使って後宮から救い出すのに、ディアナが一役買って以来の付き合いだと。その関係で、レストルの種もアルシオレーネ姫の父親まで渡ったとか」
「……そういや、下賜制度をエルグランド王国へ持ち帰るために、かなりの横紙破りをしたらしいみたいな話は聞いたことがあった気がする。そうか、あれブラッド将軍のことだったのか」
「それももちろん、正史には残ってないけどな」
「しかもレストルの種まで渡すって……あの時代でも原種はかなり希少価値高い代物だったろ?」
「たぶん今も、クレスターの森の奥には残ってるぞ? あの森は今でもクレスター家の管轄だから、余計な人の手は入ってないはずだし。当時のディアナにとってもだが、クレスター家限定で、レストルは出し惜しみするような物じゃない」
「そのお陰で大旱魃前に少ない水でも育つ農作物が生まれました、と。……考えてみりゃディアナ姫、遥々スタンザまで行って、国使として働いたってレベルじゃない功績残してるわけだよな。それが一切後世に伝わってないどころか、曲解されてネットでクソミソに叩かれてるって、報われないにも程がある。何のためにわざわざ遠出したんだか」
「いや――そうでもねぇよ」
「……?」
「確かに、結果だけ見りゃ報われないところも多いんだろうけどな。……あの時代、あのタイミングでスタンザ帝国へ行ったからこそ、得たものも多かった。今に繋がる――〝奇跡〟とか、な」
「……奇跡、か」
「客観的に見て報われてなくても、本人が満足してるなら、それはそれで良いんじゃないかって思う。――実際、あのスタンザ行きがあったからこそ、動いたものも多かったわけだし」
「……ま、〝お前〟が納得してるなら、俺が口出すことじゃないけど」
「……」
「――それより、俺はこの一文が気になる。『大した成果もなくスタンザ帝国を後にしたディアナだが、唯一滞在中に彼女が得たものこそが、後のエルグランド後宮を大波乱へと陥れ、有史以来の最大抗争を引き起こすこととなる』って、まるでこの後のイザコザ全部、ディアナ姫のせいみたいな前フリじゃないか? あの後の諸々に関しては、どっちかといえばディアナ姫は巻き込まれた被害者ポジだろ」
「いやぁ……この先の〝大波乱〟は、見る視点変えるだけで印象もガラッと変わるからな。とはいえ、少なくともアレの原因がディアナじゃないことだけは確かだけど」
「それは同意。俺の家に伝わってる視点からすると、どう捻くれて解釈すればアレがディアナ姫の〝悪女伝説〟に繋がるのか、さっぱり分からん」
「まぁまぁ。とりあえず、続き読もうぜ。まずは、ナーシャ・クロケット男爵令嬢の〝事件〟がどんな風に語られてるか、そこからだよな」
たとえ〝正史〟で闇に葬られようと、誰かがどこかで繋ぎ続ける限り、過去に生きた人々の切なる〝願い〟が途切れることはない。
次なる〝願い〟の物語へと、少年たちは画面を下へ辿っていく――。
次回より、エルグランドお留守番組の奮闘記が始まります。
『にねんめ』もいよいよ後半戦、引き続き応援のほど、どうぞよろしくお願い致します!




