出立
今回、スタンザ編プロローグ的なお話なので、いつもより少し短いです。
――エルグランド暦415年、雲月の6日。
この日、良い意味でも悪い意味でも後世の歴史に残る、半島統一後初めての『エルグランド王国国使団』が、海を挟んだ隣国、スタンザ帝国へと出立した。
国使団の長は、ときの側室筆頭『紅薔薇』、ディアナ・クレスター伯爵令嬢。貴族間の評判はすこぶる悪く、なのに何故か王の寵愛は殊の外深い、ジューク王の寵姫と実しやかに囁かれていた娘だ。金の髪に蒼の瞳、すらりと伸びた細い手足に豊かな胸と美人の条件を満たしながら、その面相は心根の醜悪さがありありと見える美しいながらも『悪』を感じるもの。そんな彼女に付き従うは、女官が一名、侍女が六名。合計八名、女ばかりの、あまりに簡素な〝団〟であった。
王宮の庭で行われた国使団の出立式には、主要な国内貴族の他、普段は後宮に住う側室たちも特別に同席を許されていた。彼女たちの筆頭が国使団の長として旅立つのだから、それを見送りたいと願うのは当然のことという、王の心遣いである。
式次第は滞りなく進み、最後に王自ら、スタンザ帝国皇帝宛の親書を『紅薔薇』へと手渡して、「こちらをスタンザの皇帝へとお渡しするように」という命を与えて、彼女たちは正式に任を授かった国の代表となった。「謹んで拝命致しました」と答えた『紅薔薇』は堂々たるもので、ある者は「さすが、いずれ陛下の正妃となられるお方よ」と感激し、またある者は「さすが、悪女の面の皮は随分と分厚いようだ」と失笑したという。
やがて、出立する彼女が王族用の豪奢な馬車へ乗り込むときがやってきて――。
「紅薔薇様……どうか、どうか気を付けて」
「必ず、ご無事に帰っていらしてね」
「またお元気な姿を拝見できる日を、心からお待ちしています」
側室たちを代表し、『名付き』の三人が『紅薔薇』に声を掛ける。目を潤ませる三人に、『紅薔薇』もまた、潤んだ瞳で微笑んだ。
「もちろんです。ほんのひと月、しばしのお別れですわ。――わたくしが不在の間、どうか後宮を、側室の皆様方を、よろしくお願い致します」
どこまでも側室筆頭らしく告げ、『紅薔薇』は馬車へと乗り込んだ。
そんな彼女に付き従うべく馬車に同乗する侍女にも、『名付き』の側室、睡蓮は語りかける。
「頼みましたよ。――必ず、ディアナ様をお守りしてくださいね」
「……身命を賭して」
睡蓮の言葉を受けた侍女は、王宮勤めらしく完璧な礼を見せ、『紅薔薇』を守るように静かに馬車へと滑り込む。側室である睡蓮の美しさは言うまでもないが、淑やかな動きが板についたその侍女もまた、儚げな美貌が印象的な娘であった。
出立の準備が全て整い、窓を閉める直前。最後に、王が馬車へと歩み寄る。
「……頼んだぞ、紅薔薇」
「――はい、陛下」
馬車の窓越しに互いを見つめ合い、心を交わし合う二人はまさに、一対の絵のように完成された〝夫婦〟であったと――。
「エルグランド王国国使団、出立――!」
くどいようだが、良い意味でも悪い意味でも、後世まで語り継がれるのであった。
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「……いやしかし、とんでもなく大仰な式でしたねぇ」
「本当にね。国使団なんてただの建前で、実質的には単なる人質なんだから、あんな大袈裟に見送ってくれなくて良かったのに。この馬車だってどうせ今日の夜までしか使わないその場凌ぎで、明日からはもっと簡素なモノになるわけだし。わざわざ見栄を張るためだけに、王族用の馬車を整備することなかったのにね」
「……そういうわけにも参りませんよ。スタンザ帝国が『王族を国使団の長に』と要求して、それを受けた形で準王族身分でディアナ様が国使団の長に就かれた以上、最低限、王族を国外へ送り出したという体裁を整えなくては」
「それでわざわざスタンザ国使団との出発時刻をずらして、単独のご立派な式を用意してくださったわけね。ありがたくって涙が出るわ」
「ま、どうせこの後スタンザの連中と合流しますが」
「せめて船に乗るまでは別行動だと、気も楽だったのだけどねぇ」
「あちらの建前的には、護衛兵も居ない女ばかりの『国使団』をいつまでも無防備にはしておけないから、ということだそうですよ?」
「わたくしたちを無防備にした張本人方が、よくもまぁいけしゃあしゃあと言ってくれるわ。その分浮いたお金を出立式に回したんだろうけど」
「……ディアナ様、リタ。どうも先ほどから、貴族令嬢とそのお付きらしくないお言葉が混じっていますよ?」
リタとディアナの率直な感想を、馬車に同乗していたミアが苦笑しつつ嗜めてくる。経費削減だの何だのと難癖をつけられて、持っていく荷物と金をケチられた割には無駄に豪華な式だったので、単純に少し意外だったのだ。
ディアナは首を傾げつつ、ふかふかな座席に座り直した。
「要するにこの国の貴族って、国内向けのパフォーマンスにはお金を出し惜しみしないのよね。国使団の安全とか、スタンザとのパワーバランス的な意味では、国内向けに見栄を張るより、スタンザ帝国にハッタリが効くように団そのものの見栄えにお金使った方が建設的なはずだけど」
「そこは、えぇ、本当に、つくづく、そう思います」
「ミアさんがここまで怒るのって、すごく珍しいですよね……」
「私だって、怒るときは怒りますよ。特に今回の件では、スタンザでのディアナ様のお立場を悪くすることしか考えていない保守派の方々に、どれだけ浅はかなのかと詰め寄りたい心地です」
「詰め寄ったところで、本人たちはたぶん自分が浅はかだなんて思ってないだろうから、無駄なことよ」
軽く伸びをしつつ、ディアナは笑った。先ほどから微妙に落ち着けないのは、こんな豪華な馬車に乗った経験がないからか、
――それとも。
「ホント、いろんな意味でアサハカだよねぇ。保守派さんたちがどんだけお金出し渋って、持ってく品物にもケチつけまくったところで、ディーが〝私物〟として持ち込むものまでは口出しできないし、個人的にお金を持っていくのだって止めようがないのにさ。――その手の嫌がらせは『クレスター家』には無意味甚だしいって、いい加減、学んでも良い頃だと思うけど」
エルグランド王宮侍女の格好で、侍女らしく淑やかに座りながら、口から出てくる言葉はいつもの〝それ〟だ。見た目や一挙一動に至るまで完璧に〝侍女〟をトレースしている『彼』に、正面のリタが複雑極まりない表情を向ける。ちなみに、この馬車に同乗しているのはディアナと『彼』を除けばミアとリタの二人のみで、今回共にスタンザへ同行してくれる(ついて行くことを頑として譲らなかった、ともいう)『紅薔薇の間』の王宮侍女四人は、後ろの馬車で付いてきている。エルグランド王国の王族用馬車は、それほど大きい造りではないからだ。
「……シェイラ様も仰っていましたが、普通こういうのって、もう少し違和感ある風にならないモノですかね?」
「…………まぁ、今回に限って言えば、違和感あったら困るからコレで良かったんじゃないかなと思う」
「シェイラさんにも言ったし、今朝方『紅薔薇の間』の侍女さんたちにも言ったけど、完璧な仕事して文句言われるのってなかなかに理不尽だよね?」
「理不尽云々は置いておくとしても……本当、化けたものですね」
「女の人に見えるように、ちゃんとお化粧してるからね。化けてなきゃ困る」
ミアの感想にさらっと答える『彼』――凄腕隠密『仔獅子』は、被っている枯葉色の鬘の毛先を軽く摘んだ。
「顔にイロイロ塗りたくるのも違和感あるけど、やっぱり鬘が邪魔だなぁ。貴族の女の人って、よくこんな長い髪と付き合ってられるよね」
「長い髪を美しく保てるのが特権階級のシンボルみたいなところがあるからね。私も、たまに邪魔だなとは思うけど。でも、髪って、切ってもまたすぐ伸びるし」
「確かに」
「洗髪が手間じゃないなら、ある程度の長さをキープしつつ、毛先がばらついてきたら揃えるくらいの方が楽なのよね。私くらいの長さがあれば、毛先整えるのも自分でできるし」
「……自分で切ってるんだ? ホント、クレスター家って貴族やってるのが冗談みたいな家だね」
「シーズンオフの期間だけよ? 社交期間はさすがに、ちゃんと人にやってもらってるわ。貴族の化けの皮を被るのに、適当なカットじゃ不充分だから」
「……ディアナ様。化けの皮も何も、クレスター家は立派な貴族家です」
「そうなんですよねぇ。普段から家人としてお仕えしていますと、たまにうっかり、貴族家であることを忘れてしまいますけれど」
心底困ったようなリタの相槌に、侍女の格好をしたカイはくすくす笑って。
「ま、そんな常識外れなクレスター家のお陰でこの変装も上手くいったんだから、俺としてはありがたいばかりだけどね。正直、考えついたは良いとしても、実行するのは厳しいかなって思ってたから」
――隠密としてついて行くのが難しいなら、いっそ侍女の変装して堂々と同行できないかな?
カイがこの相談をライアへと――『名付き』の側室の中で誰よりも美容関係に気を配っている彼女へ持ちかけたのは、実に正しい判断だった。ライアは即座にカイの身体的特徴を調べ、今ならばギリギリ可能だと正確な知見を述べてくれたのだ。男性の女装を違和感なく見せるには、何より身体つきが重要なポイントとなるが、今のカイならば何とかなる、と。
成長期のカイは、去年に比べてまだまだ身長が伸び、肩幅や腰回りなどもどんどん大人の男のものへと変わりつつある。いずれは女性の服を着たところで〝男の女装〟にしか見られなくなるだろうが、今ならば〝本当の侍女〟に――女に見せることができるだろう、と。
そのためにはいくつか特殊な品が必要だったし、カイ自身も女の仕草、侍女の作法や挙動を学ばなければならなかったが、それを習得することでディアナに同行することが可能になるなら、とカイは躊躇わなかった。短期間で完璧に侍女の動きを再現できるようになり、クレスター家(正確にはノーラン商会)の全面的バックアップもあって、カイの女装は実に違和感のない自然なものへと仕上がったのだ。元々の顔立ちが柔らかめの美形であるカイは、化粧を少し工夫するだけで、実にお淑やかな女性に化けることができる。
と、いうか。
「これ、アイナが真面目に心配してたけど、カイの侍女姿ってびっくりするほど綺麗なのよね。背が高めなのもあって目立ってたし、出立式に集まった貴族子弟のうち何人かに、本気で惚れられちゃったりしてないかしら?」
「確かに、侍女にしては目を引く美人ですよね……王宮侍女って貴族の縁者であることが絶対条件ですし、『あの美人は誰だ!』って今頃騒ぎになってるかも」
「一応、マグノム侯爵家ゆかりの者だという体裁は整えてありますが……」
「まぁ、その辺はマグノム女官長さんが上手く誤魔化してくれるでしょ。騒ぎになったところで、王宮に戻ったら俺――というより侍女『カリン』の存在は消えて無くなるわけだし、惚れられても問題ないよ」
『カリン』とは、カイが侍女に変装するにあたって付けられた名前だ。さすがに書類に一切名前がない者を王宮侍女として同行させるわけにはいかず、いくつかこっそり公的書類をいじってもらった。この程度の小細工は、最高権力者が味方の時点で問題なくこなせる。
それはそれとして、男が男に惚れられるという点は、カイ的には問題ないのか。突っ込みたい気持ちが無いではないが、張本人を見る限りまるで気にしていないようなので、突っ込むだけ野暮だろう。曖昧に頷くディアナに笑いかけるカイは、実に上機嫌だ。
「それにしても、クレスター家ってやっぱり凄いよね。俺が侍女の変装してスタンザに同行するって言っても、一切動じないどころか『で、必要なものは?』って返事だもん。しかも、保守派さんたちがディーの邪魔することまで最初から想定の範囲内で、国使団としてハッタリ効かせるだけの準備をまるっと揃えてるし」
「まぁ、ウチ、親戚が少なくて領地が馬鹿みたいに多い分、お金にだけは困ってないからね」
「本気で使えるお金をかき集めたら、王宮の年額予算くらいにはなりますよね、確か」
「恒常的には無理だけど、一時的で良いならそれくらいにはなるわ」
「そんなお家のご令嬢に金銭的な嫌がらせって、本当に無意味この上ないですよね……」
マグノム夫人や『名付き』の三人も保守派の嫌がらせに憤ってはいたが、本気でディアナを案じてはいなかった。〝あの〟クレスター家が、一切の安全が確保されていない国へ愛娘を送り出すのに、万全の態勢を取らせないわけがないからだ。結果、国使団の準備は最終的に、保守派の嫌がらせ虚しく存分にハッタリの効くものになった。ディアナとしては別に、外見のハッタリが効こうが効くまいがどうでも良かったけれど、父や兄が効かせた方が良いと判断して準備してくれたのなら、わざわざ断る理由もない。ありがたくもらっておいた。
――やいのやいの話す中、馬車はとことこ、王都のメインストリートを進む。周囲の気配から察するに、かなりの数の民たちが馬車を見送ってくれているようだ。
同じように外の気配を読み取っていたらしいカイが、ふと微笑んだ。
「……うん、ちゃんとついて来てる」
「リクくん?」
「そう。今回は結構な遠出だし、往路はちゃんと一緒に来ないとって分かってるみたいだね。海を挟んじゃ、いくらリクでも俺の気配を捕捉しきれなくなるだろうから」
今回、スタンザへ同行するのはカイだけだ。『闇』の若手の中には小柄で女性的な顔立ちの者もいるけれど、さすがに用意が間に合わなかった。
そして、いくらカイが優秀でも、侍女のフリをしながら単独でディアナの護衛をするには限界がある。そのためのフォロー要員として、カイが〝同行〟を願い出た者こそ、彼が〝リク〟と呼ぶ存在なのだ。
「それにしても、カイにエクス鳥の〝弟〟がいるなんて思わなかったわ」
「普段はお互い、自由気ままに過ごしてるからね。リクはエクス鳥の中でも特別で、いちいち呼び出して餌あげなきゃ飢死するような軟弱な奴でもないし。必要なときだけ呼んで、物品輸送を頼む感じ」
強い〝親〟への愛着と帰巣能力を利用して伝書鳥に使われるエクス鳥――あまりに強い愛着ゆえに〝親〟と鈴の間しか往復できないとされている鳥だが、世の中、何事にも例外はあるらしい。ソラとカイの獅子親子に拾われて育てられたエクス鳥のリクは、ソラとカイはもちろんのこと、彼らと親しい稼業者たちをよく覚え、呼び出し用の笛の音も複数覚えて、その間を行き来しているとのことだ。
リクなら、今回の『国使団』全員の顔くらい覚えられる――そう太鼓判を押され、実際に引き合わされたディアナは、彼のあまりの知能の高さに驚いた。エクス鳥が記憶に特化した鳥であることは確かだが、彼は鳥並外れた記憶力とそれを活かす知能、そして何より人間のような感情さえも持っていたのだ。
(……まるで、クレスターの子たちみたいな)
クレスターの森が育む〝命〟は、他の土地に比べて知能が高く、どこか〝人間臭い〟子が多い。動物はもちろん、植物もそうだ。それはクレスター特有の傾向かと思っていたが、どうやら比率に偏りがあるだけで、他の土地でも普通に生まれるらしい。リクは知能だけでなく身体も平均的なエクス鳥より大きく丈夫で、長く飛んでも疲れにくいらしく、「スタンザへついて来て欲しいんだけど」と言うカイに、[海を渡れって? やれやれ、世話のかかる兄貴だなぁ]と事もなげに返していた。
(私のことも、分かっていたし)
獅子親子と共に王国中を巡っているのだから当然といえば当然だが、リクはクレスターのこともよく知っていた。[姫様のお噂は聞いてます。面倒な兄貴ですが、人間の男としてはマシな部類のはずなので、どうぞよろしく]と挨拶されたときは、驚いた以上に面白くて「こちらこそ」と返してしまい、後からカイを誤魔化すのに苦労したものだ。互いになんとなく通じているカイとリクだが、流石に種族の壁を超えてお互いの心中を具に理解し合っているわけではないらしい。
――それはともかくとして。
「ねぇ、カイ。リクがついて来てくれて、私としてはとてもありがたいし、心強いけれど。ソラ様は、リクのサポート無しで大丈夫なの?」
「〝禁じ手〟開放して敵さんたちとバリバリやり合うつもりみたいだから、問題ないんじゃない? 父さんの能力って、俺から言わせれば正直、ズルのオンパレードみたいなモノだし。本人もそれを分かってるから今まで封じてたわけだけど、まぁそれを解いちゃったのはあちらさん側だから、仕方ないよね」
「……てことは、後宮も問題ない?」
「父さんが詰めている以上、まず、シェイラさんたちの命の心配はしなくて良いよ。何か問題があれば、その都度〝コレ〟で連絡取り合うし」
カイが胸元から取り出した木簡には、不可思議で美麗な紋様が描かれている。ソラが作った『遠話』の呪符だ。
改めて見る〝それ〟に、ディアナは複雑な心地になる。
「まさかソラ様が、『紋様師』でいらしたなんてね」
「それも、この時代最高峰の術者の一人だよ。――だから父さんは、自分の腕と誇りにかけて、人を喰らう『陣』は組まない」
隣に座るカイが、そっとディアナの手を握る。
「『遠話』を見て、ディーがあの四人のことを思い出すのは無理もないって分かるよ。ベルさんたちが使っていたのも確かに、不完全なものだったとはいえ『遠話』の呪符だろうから。……でもね、ディー。力はあくまでも力でしかない。それをどう使って何を為すか、決めるのは人間だ。誰かが力の使い方を誤って不幸を生んだとしても、力そのものに罪があるわけじゃない」
「……うん。分かってる」
「ベルさんたちが使っていた呪符の片鱗を見て、誰より怒っていたのも父さんだよ。符術師だからこそ、父さんは呪符の力と危険性をよく分かってる。本来なら霊力者に新たな力を与える呪符が人を喰らうなんて、絶対にあってはならないことだから。――そう信念を抱いている父さんが王宮に入った以上、もう二度と呪符が人を喰らうことはない」
霊力者はその身に宿す『核』によって、使える霊術が決まってくる。その法則に例外を生むのが、『変幻』と呼ばれる霊力を生む『核』を宿した霊力者たちだ。遠い昔に書かれた『スピリエル伝承記』では『紋様師』と呼ばれ、ソラの故郷である旺眞皇国では『符術師』と呼ばれているらしい彼らは、特殊な『陣』を組むことで、本来ならば扱えない霊術を扱えるよう、霊力者の霊力を一時的に『変幻』させることができるという。
その力を持つソラが、ディアナと共にスタンザへ赴くカイの代わりに後宮へと詰めてくれることになり、カイと『遠話』で連絡を取り合える以上、後宮とディアナの間にある物理的な距離はほとんど意味を為さなくなった。
……そう、それは喜ばしいこと。ソラとカイに感謝しこそすれ、呪符の存在に心を痛めるのは、カイの言うとおりお門違いだ。そしてソラのお陰で、ディアナは遠く離れても、後宮が敵方の霊力者の危険に晒されることを案じなくて良くなった。
「そう、ね。……本当に、カイの言う通り。ごめんね、分かっているのになかなか割り切れなくて」
「無理に割り切る必要はないよ。そうやって、死者を悼み続ける誰かが居てくれることで、救われるものもある。父さんの呪符は危険なものじゃないってことだけ分かっといてくれたら、俺としては嬉しい」
「それは、あなたに言われるまでもなく、分かってるわ」
「……うん、ありがと」
微笑むカイの眼差しはいつもと変わらず優しいが、見た目がどうしたって美女なので、見ている側は違和感が拭えないようだ。前に座るリタとミアが顔を見合わせる。
「どうにも、不思議な絵面ですね……」
「ご側室と侍女の心温まる交流の一場面だと言われたら、うっかり納得してしまいそうなのが怖いわ。このままだと、このひと月の間に慣れきって、エルグランドの王宮へ戻ったとき、元のカイ殿の方に違和感を抱いてしまいそう」
「それはありそうですね。アイナとロザリーも、『男にしておくのが勿体ない』って呟いていましたから」
「……あの二人の着せ替え人形になるのは遠慮したいなぁ。無駄に似合いそうなの探して来そうだし」
カイの呟きに少し笑ったところで、上空からリクの鳴き声がした。[スタンザの馬車が見えたよ]と教えてくれている。
さすがというか、カイが一瞬で表情を切り替えた。
「……もうそろそろ、スタンザ一行との合流地点みたいだね」
「もう、そんなに進みましたか」
「予定通りではあるわ」
苦い表情のリタに、こちらも苦笑を返しつつ、ディアナは全員を見回した。
「いよいよ戦いが始まるけれど、わたくし、負けるつもりはないわ。――皆、必ず生きて、帰り着きましょう」
「はい」
「承知致しました」
「言うまでもないね」
頼もしい仲間たちに頷き、ディアナは『紅薔薇』の仮面を被る――。
どうして読者の皆様方は、たったアレだけのヒントで〝女装〟を見抜けるんですか……! 分かる人には分かるレベルのヒントにしたつもりだったのに、甘かった……。
ちなみに、感想欄やTwitterさんで挿絵やイラストを求めるお声が散見されましたが、以前も申しました通り涼風は絵が、まったく、描けません! ので……ご期待に添えず、スミマセン。
真面目な話、絵が描ける方は、須く神様と崇めております。Twitterさんで頂いたファンアートとか、全力で神棚に飾って拝んでますよ!! タグや作品名と一緒に呟いて頂けたら、嬉し泣きしつつ軽率にいいね&RTする所存です!




