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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
にねんめ
154/243

友好と悪意の果てに

いつも閲覧ありがとうございます!


 ――そして、午後。


「紅薔薇の君。連日お時間を取らせてしまい、申し訳ない。本日もよろしくお願い致します」

「とんでもない。殿下がエルグランド王国を知ろうとしてくださっていること、王国の一員としてありがたく思っております。わたくしでお役に立てるのであれば、何なりとお尋ねくださいませ」


 いつの間にか形式化した最初の挨拶から、お茶会という名の質問会は幕を開ける。今日はリタに加え、ユーリとアイナが給仕係だ。……午前中に発覚したとんでもない誤解については、クレスター家の困った習性を事細かに説明して理解をもらい、心配をかけたことについて謝罪を入れている。そのおかげか、ここしばらく漂っていた重い空気は幾分かマシになり、二人も落ち着いて仕事ができているようである。

 しばらくは雑談しながらお茶を楽しんで(午後の正式な茶会様式を整えるのもユーリたちの仕事なので、これも地味に負担を掛けていると思うと申し訳ない)、ひと段落したところで質問会が始まる――というのが、定着したいつもの流れだ。


「いつものことながら、紅薔薇様お手製のお茶は素晴らしいですね」

「お褒めに預かり光栄ですわ」

「茶葉のブレンドは、どのように考えていらっしゃるのです?」

「そうですね。それぞれの香り、味、効能などを考慮しながら、基本は飲む方の好みに合わせて調合しています」

「つまり、このお茶もまた、紅薔薇様のお心遣いが込められているということですね」

「そのように仰って頂けるほど、大したことではありませんわ。エルグランド王国では、午後の茶会の歓待役(ホスト)はその家の女主人が務めますので、貴族の家に生まれた女子にとって、茶葉のブレンドは教養の一つです。わたくしが取り立てて優れているわけではなく、この後宮にいらっしゃる側室方でしたら、皆様同じことができるでしょう」


 嘘ではない。貴族女性にとって、茶会の準備にまつわるあれこれは大切な教養だ。茶葉にしたって、昨今広く使われているのはキール伯爵領産のものだけれど、違う植物から作った別の茶葉もあるし、花弁だけで淹れる花茶と呼ばれるものもある。その中からどのお茶を招待客へ提供するのか、その茶葉と合う菓子はどのようなものを用意するのか、基本的には全て女主人が決める。メインとなる招待客の好みに合わせて、数種類の茶葉を組み合わせたオリジナルティーを作るのだって立派なもてなし術だ。

 ……なので、嘘は一つも言っていない。ただ、普通の人はディアナのように、間違ってもお茶には使われないような植物の『声』を聞いて、傍目には奇想天外に見えるであろうブレンドを考案することがないだけで。


「紅薔薇様は、本当に謙虚でいらっしゃいますね」

「いえ……単なる事実です」

「仮に事実であったとしても、そのお心映えは素晴らしい。真に優れた方は、どれほどの知性と教養があろうと決して驕ることなく周囲への敬意を忘れないとは言いますが、それはまさにあなたのような方のことを言うのでしょう」


 ……スタンザ式の社交辞令は美辞麗句が多すぎて、ディアナとしては反応に困る。無難に流したいだけなのに、返答の全てをこのような好意的が過ぎる受け止め方をされてしまうのだ。悪い方に誤解され、こちらの真意に擦りもしない噂を広げられるのには慣れているけれども、皇子のような反応は良くも悪くも初めてで上手く捌けない。


(いっそ、世間で噂されてる『氷炎の薔薇姫』みたいな悪女を演じれば、皇子殿下の興味は薄れるかしら……)


 何となく、それが最上策のような気もするのだけれど……問題は、貴族令嬢の皮すら満足に被れないディアナのお粗末な演技力だ。というか、茶会でお人形にすら徹し切れない体たらくを思い返せば、『氷炎の薔薇姫』を演じたところで確実にボロが出るというか、大した効果は期待できない。


「――ところで、紅薔薇様」


 反応に困ったまま、曖昧に流してお茶を飲んでいたディアナへ、改まった様子で皇子が話しかけてくる。声のトーンから真面目な話っぽいなと判断し、ディアナはティーカップを置いた。


「はい、殿下」

「過日の、国王陛下もいらした茶会でのことなのですが」

「えぇ、あのお茶会が何か?」

「……あのとき、紅薔薇様に失礼な態度を取ってしまったことについて、私の従者がどうしてもお詫び申し上げたいと」

「はぁ……」


 皇子の従者に失礼な態度を取られたとは、アレか。悪人面について忖度甚しかった返答についてか。

 ……別に、正面切って悪女と罵られたわけでもなし、むしろ彼はきちんと忖度してくれたのだから、謝る必要は無さそうなものだが。


「わたくし、あの一件で気分を害してはおりませんし、謝罪は特に要りませんよ?」

「紅薔薇様ならばそう仰るであろうことは分かっておりましたが、サンバが……従者が、どうしてもと」

「そう、ですか」


 まぁ、相手が気にしていなくても、悪いことをしたと思ったら謝るのは人として大切なことだ。本人の気が済むのであれば、別に重ねて拒絶することもない。

 今日もいつもと同じく、皇子の背後で影のように控えている小柄な男へ、ディアナはスッと視線を滑らせた。


「では、受けましょう」

「ありがとうございます。――サンバ」

「はっ」


 短く答え、従者はその場で膝をついた。


「紅薔薇様には、直答をお許し頂けましたこと、誠にありがたく存じます。スタンザ帝国国営大学校にて、エクシーガ殿下直属の補佐研究員を務めております、サンバと申します」

「ご丁寧に、ありがとうございます」


 皇子直属の部下なだけあり、サンバとやらのエルグランド語も実に見事だ。やや固いところはあるが、意思疎通は充分にできる。


「以前の茶会にて、モンドリーア宰相閣下よりご質問を受けた際は、驚きのあまり紅薔薇様に対し、大変な失礼を致しまして……本当に、申し訳ございませんでした」

「先ほども申しましたが、あまりお気になさらないでください。宰相閣下も仰っていましたが、初見でわたくしの顔を『悪そう』と思わない方は、探してもなかなか見つけられないほど稀少なのです。従者殿がどのように感じられたとしても、それは決して落ち度ではありませんから」

「いえ……仮にそうであったとしても、お人柄も判然とせぬ方の見た目に引き摺られ、先入観を持ちながらお答え申し上げたことは、学問の道を追求するものとして、あまりにも愚かな振る舞いでした」

「そのように自省して頂けただけで、わたくしは充分です」


 少人数の茶会に連れてくるほど、皇子が信頼している従者だ。凡庸ということはあるまいと思っていたが、言葉運びや他者との距離の取り方が実に優れている。ヴォルツと同じ、折衝交渉向きな能力の持ち主だろう。皇子もこの才能を高く評価して彼を側近につけているのだな、とこのやり取りだけで大まかに飲み込めた。

 少しだけ考えて――ディアナはにっこりと笑う。


「従者殿が謝罪くださったということは、『悪そう』なのはわたくしの見た目だけだとご判断くださったということでよろしいのでしょう?」

「は……!? え、えぇ、もちろんです」

「であれば、従者殿は見た目の先入観に騙されたことにはなりませんよ。そもそも、初対面時の印象など、お付き合いが深くなる中で多かれ少なかれ覆されるものでしょう。それほど気にされることではありません」


 にこにこと親しげに話すディアナに、従者は明らかな動揺を見せている。――対人距離を測ることに秀でた相手のペースを崩すには、測ったその距離を乱してやるのが手っ取り早い。おそらく彼は、ディアナと自分たちの心理的距離はそれほど近くないと、鋭く感じ取っているはず。その距離感は正しいが、正しくないフリだけならできる。

 いつまでも、いつまでも。スタンザ帝国側のペースに呑まれたままでは居られないのだ。


「……私には、ほとんどの初対面の人からあなたがそのように見られることの方が信じ難いのですがね」


 従者との会話を終わらせたディアナに、相変わらず真面目な表情の皇子が語りかけてくる。


「初めて後宮でお見かけしたときも、その後お話したときも。あなたが『悪そう』などと、私はまるで思えなかった。聡明で誇り高く、それでいて慈悲深い――会話を重ねるごとに、あの日私が感じたあなたへの印象は間違っていなかったと感じるばかりですよ」

「殿下は、わたくしを買い被っていらっしゃるのですわ。随分と良いように見て頂いて、それは大変ありがたいですけれど、わたくしはそれほどできた人間ではありません」


 笑って――けれど内心は困り果て、半ば本気でそう返した、

 そのとき。


「……ふふっ。紅薔薇様は随分と、異国の皇子様と親しくていらっしゃるのですね」


 不意に回廊から響いた声に、先ほどから気配を感じつつ知らないフリをしていたディアナは、やれやれと振り向いた。


「親善のためにいらした国使団の方々と親睦を深めることは、何もおかしいことではございませんでしょう? ――ベルティア侯爵令嬢様?」


 皇子との茶会は側室たちが普段、少人数での茶会を開くために使っているサロンで行なっている。具体的には、ディアナが入宮した翌日、『名付き』五人の茶会が開かれたのと同じ場所だ。屋内ではあっても開かれており、回廊は普通に側室たちが行き来している。『紅薔薇』が閉め切られた室内で異国の皇子と二人きり……なんて事態になったら、無いこと無いこと騒ぎ立てられるのは分かり切っていたので、やましいことなど何一つないことをアピールする意味でもこの形式にしたのだが。


(一週間も経てば、この手の横槍は普通に入るわよね……)


 むしろ、常にこちらの粗を探している『牡丹派』が、よく一週間も我慢してくれたものだ。皇子と討論しているディアナは、親しい者たちに多大な誤解を与えるほど、楽しそうだったそうなのに。

 ――『牡丹派』の中では、リリアーヌに次いで高位の実家を持つ側室の一人、ヒルダ・ベルティア侯爵令嬢は、ディアナの切り返しにも動じず、微笑み続けている。


「親善のため……など。まさか、ご聡明な紅薔薇様がそのようなお話を鵜呑みにしていらっしゃるなんて、俄には信じられませんわ」

「皇子殿下は日々、エルグランド王国について学びを深めておいでですよ。本来であれば、学びによって得たものは陛下とこそご共有されたいでしょうけれど、ヒルダ様もご存知の通り陛下はとてもお忙しいお方ゆえ、仕方なくわたくしで我慢していらっしゃるのです。真の親善、友好を願えばこその、陛下と殿下のお心遣いですわ」


 言葉を紡ぎつつ、ディアナはゆっくりと席を立ち、ヒルダの立つ回廊へと近づいた。すかさずリタが背後につき、ユーリとアイナは何かあった際、すぐにディアナとヒルダの間へ入れる位置へ移動する。さすがは有能な侍女たちだけあって、動きに一切の無駄がない。


「えぇ。本当に、陛下はお心が広くていらっしゃいます。ほとんど毎日、こうして紅薔薇様が皇子殿下と長い時間を過ごされるのを、寛容に認めてくださっているのですから」

「そうですね。これも、スタンザ帝国との末永い友好を願われているゆえでしょう」

「いくら友好のためとは申せ、紅薔薇様が他の殿方とこれほど長い間二人きりになられることをお目溢しくださるなんて……さすがはエルグランド王、悋気とは無縁の懐深いお方ですわね」

「まこと、ヒルダ様の仰る通りですわ。陛下はわたくしども側室のことを心から慈しみ、信じておいでですから。――悋気など、抱きようもないほどに」


 表面上はにこやかに、ただひたすら国王陛下を持て囃しながら、言外で繰り広げられる苛烈な攻防戦。さすが古参貴族家のご令嬢なだけあって、ヒルダの貴族風言い回しは板についたものだ。


《陛下以外の男と毎日二人きりになって恥じることもないなんて、さすがアバズレ女は違うわね》

《これは陛下のご指示だって何度言えば分かるの?》

《だとしても、二人きりになる頻度が高すぎるし、時間も長すぎるもの。まぁ、それで嫉妬一つされないんだから、所詮あなたへの寵愛もその程度ということよね》

《陛下が嫉妬? あり得ないわ。わたくしは陛下からご信頼頂いているのだから》


 ……上記の会話をざっくばらんに翻訳すれば、概ねこんな感じになるのだろう。ヒルダのイヤミは的外れだが、ディアナが皇子とどれだけの時間を共に過ごそうと、ジュークが男として嫉妬するわけがないことにだけは同意できる。もちろん、王として仲間として、心配はしてくれているけれど。

 どのように挑発しても涼しい顔で受け流すディアナに、ヒルダはどこかリリアーヌと似た高慢な笑みを浮かべて。


「さすが、紅薔薇様は仰ることが並外れておいでです。陛下から深いご寵愛を受けていらっしゃる身で、異国の皇子殿下とまで親しく通じ、それを隠すことも恥じることもなさらない。……数多の殿方をお相手に磨かれたその手腕は、国境すらも越えるということなのでしょうね」


 かろうじて貴族風を保ちながら、ほとんど直接的にディアナを蔑んだヒルダの言葉に、背後で燃え上がるような怒気が膨らむ。爆発的な勢いで広がりかけたそれを、ディアナは反射で威嚇することで抑えつけた。……こんな後宮のど真ん中で、エルグランド王の側室とスタンザの皇子を揉めさせるわけにはいかない。

 背後の気配が一瞬凍った瞬間を見逃さず、ディアナは真正面のヒルダを、瞳だけで強烈に射抜いた。


「ヒルダ様。ご忠告はありがたく受け取りますが、お言葉にはお気をつけなさいませ」

「な……っ」

「ジューク陛下はもとより、スタンザの皇子殿下も、王宮より正式な招待を受けたお客様です。お二人への失礼はヒルダ様お一人の責で収まるものではなく、ご実家、更にはヒルダ様と親しくしていらっしゃる方々にも累が及びかねません。大切な方を、ご自身の軽率な振る舞いで苦境へ立たせたくはございませんでしょう?」

「あっ……、あたくしがいつ、軽率な振る舞いをしたというの!」

「陛下とスタンザ皇子殿下を、『数多の殿方を相手に磨かれた手腕』程度に騙される器の持ち主だと遠回しに断じた先ほどのお言葉が、まさか軽率でなかったと仰るのですか?」


 先ほどのヒルダが《陛下のみならず異国の皇子まで誑し込もうとするなんて、しかもそれを恥じるどころか見せつけるなんて、さすが悪名高い『咲き誇る氷炎の薔薇姫』は違うわね。あなたの野心の踏み台になった数多の殿方に同情するわ》と言いたかったことくらい当然分かっているが、この場合、それは諸刃の剣である。ディアナを悪女と罵るべく〝陛下と皇子の双方を誑かしている〟と二人を槍玉に上げた時点で、言外に身分高い彼らを〝女の魅力に惑って判断を見失う愚か者〟だと非難しているとも取られかねないからだ。ディアナが悪女であるなしは関係なく、この手の話題に身分ある人間を絡ませるのは、実のところ非常にリスクが高いのである。


(これまでウチの国でそれが見過ごされてきたのって、過激保守派が陛下を自分たちのコントロール下に置いているって傲慢にも思い込んでて、その思い込みを払拭するのに今はまだ時期尚早だから、こちら側は敢えて流してた、ってだけの話だものね)


 エルグランド王国内だけならそれで良くても、ここに異国の皇子が絡むと、話は途端に重くなる。皇子殿下への侮辱と取られかねないヒルダの言葉をいつものノリでそのまま流しては、エルグランド王国全体がスタンザ帝国皇子を蔑んだと取られかねず、今度はこちらが外交上不利になりかねないのだ。それを回避するには――。


「紅薔薇様――」


 サロンの外で控えていたミアが呼んだのだろう、近くで待機していたらしいマグノム夫人と数名の後宮近衛が急ぎ足で近づいてくる。一つ頷き、ディアナはヒルダに視線を固定した。


「お下がりなさいませ、ヒルダ・ベルティア様。あなたの言動は、わたくしから国王陛下へお伝えし、裁可を仰ぎます。それまでは女官と後宮近衛の指示に従い、お部屋でお待ちください」

「あたくしに命令するつもり!?」

「あなたの処遇を決め、それを命じられるのは国王陛下です。そしてわたくしは側室筆頭として、陛下が恙無くお役目を執り行って頂けるよう、補佐する責務がございますゆえ」


 ディアナは『紅薔薇』と呼ばれる身ではあるけれど、あくまでも一側室であり、使える公権力など無に等しい。ジュークから問題解決に関して一時的に権を与えられていればまた別だが、後宮内で起こる小競り合いにまで一々強権を発動するわけにはいかないので、普段は特に何の権限もない状態だ。故に今、ヒルダに対して何かを命じる権利はないが、彼女がスタンザ皇子の眼前で大きなヘマをしたことは確かなので、それについて外宮側へ報告して指示を仰ぐまでの間、行動の自由を制限するくらいの判断なら許されている。……逆に言えば、これが今のディアナにできる、精一杯の厳しい処断というわけだ。

 ディアナの視線に刺されたヒルダが息を呑み、その隙を逃さず後宮近衛が彼女を囲み、一礼してサロンから離れていく。

 残ったマグノム夫人が、深々と一礼した。


「申し訳ございませんでした、紅薔薇様。回廊の通りは制限していたのですが」

「とんでもない。急ぎのお越し、とても助かりました。恐れ入りますが、外宮への連絡をお願いしてもよろしいでしょうか。詳細は、わたくしから直接、陛下へご説明申し上げますゆえ」

「畏まりました」


 最後にディアナと、背後で固まったままのスタンザ皇子へもう一度礼を執ってから、マグノム夫人はしずしずと下がっていく。残ったミアが先ほどの場所に戻ったのを確認してから、ディアナは静かに呼吸を整え、振り返った。


「皇子殿下。大変お見苦しいところをお目にかけまして、誠に申し訳ございません」

「い、や……」


 彫像の如く固まっていた皇子が、たった今思い出したかのように深く呼吸し、ゆるゆると首を左右に振る。そのまま立ち上がった彼は、テーブルから離れて数歩、こちらへ近付いてきた。


「……陛下のご寵姫、未来の正妃殿下に対し、あのような無礼極まりない振る舞いがまかり通るとは。つくづく、私の常識では考えられぬことで、少々驚いてしまいました」

「スタンザ帝室の後宮(ハレム)では、きっと赦されぬことなのでしょうね」

「あの場所は、序列が全てです。皇帝陛下の寵愛を受ければ、それだけ後宮内での地位も上がる。紅薔薇様のような、序列も寵愛も最上級のお方に楯突く者など居りませぬ。……たとえそのようなつもりでなくとも、楯突いたと見做される行為一つで、簡単に首が飛びます」

「……それは、物理的に?」

「もちろん。文字通り、首と胴が離れます」

「スタンザ帝室の規律は、とても厳しいものなのですね」


 噂では聞いていたが、スタンザ帝国の後宮(ハレム)とやらは随分と息苦しそうな場所らしい。帝王の寵愛一つで後宮内の序列が変動し、上の者が強権で下を支配する。そんな世界ならば寵愛の奪い合いや権力闘争も激しいだろうし、側室同士の仲も悪そうだ。とはいえ、上の者の機嫌一つで自身の命が朝露の如く消えかねない状況では、自身の命を守るため王の寵愛を得ようと必死になるのは自然なことだろうから、ギスギスするのもやむを得ない。……側室同士を分断させておけば、ある程度の理不尽や横暴を強いても、その不満は強いた側ではなく競争相手へと向く。後宮という〝装置〟を不足なく稼働させるという点においては、実に合理的だ。


(この国じゃ真似できないし、そもそも陛下はしたがらないだろうけど)


 エドワードも言っていたが、エルグランド王国と強権政治は相性が悪い。もともと、文化も宗教も思想もまるで違った国々が、エルグランド王室の「まぁまぁ、そんな必死にならなくても、明日の食べるものに困らなければ良いじゃない」という緩さのもと、二千年以上の時間をかけて何となくまとまったような存在なのだ。力で抑えつけるのではなく相手の自由を認めながら、『(ルグラン)の国』として絶対に譲れない部分だけは守ってもらう。その方針を貫いていたら、いつの間にか国名が『エルグランド王国』に変わり、最終的にうっかり半島統一してしまった――そんな、内実を知れば知るほど深く考えるのが馬鹿らしくなるようなゆるっゆるの国に、強権だの抑圧だの恐怖政治だの、似合うわけがない。

 と、いうわけで。


「我が国では、王や正妃といえども法は遵守せねばならないものとされています。どのような罪であれ、きちんと公の場で審議を行い、見合った罰を与える。それこそが、国の規律を守ることにも繋がりますから」

「しかし……! 先の夜会で拝見した貴族たちの無礼な振る舞いといい、あなたは腹立たしくないのですか?」

「あの程度のことに腹を立てていては、『紅薔薇』の座は務まりませんよ。それに、以前も申し上げました通り、『悪女』呼ばわりには慣れています」

「慣れてしまって良いことではありません!」


 ……随分と、皇子が熱くなってしまっている。このままでは堂々巡りで時間が過ぎてしまいそうだ。

 ディアナは少し考えて――。


「殿下。あのような諍いをご覧になった後では、落ち着いて学びを深めるのも難しいことでしょう。今日はこのまま外へ出て、庭を散策致しませんか? わたくしでよろしければ、ご案内申し上げます」


 潔く話をぶった斬り、空気を変えることにした。ディアナはともかく、このまま皇子の気が昂ったままでは、ろくな質疑応答ができるとも思えない。幸いにも皇子が憤っているのは自身への侮辱ではなくディアナへの暴言に対してのようだが(それもそれで謎ではあるけれど)、異国の皇子の機嫌を損ねたままでお茶会を終わらせるのもよろしくないだろう。

 ディアナの唐突な提案に、皇子は二、三度、目を瞬かせて。


「……そう、ですね。お言葉に甘えて、ご案内をお願いしましょう」


 ゆっくりと頷き、静かにディアナの横へと進み出た――。





 結果として、このときのディアナの判断は、皇子の気分転換という意味では最良で――エルグランド王家とスタンザ帝室の友好という意味では、最悪の結果をもたらした。

 何故ならば。


「この先にある中庭は小さいものですが、秋の花が盛りで――」

「――っ、ディアナ様!」

「……、あれ、は――」


 先を気にして歩いていたリタが気付き、制止の言葉を掛けてくれたときには一瞬遅く。

 皇子と、ディアナの目に飛び込んできたのは。


(……っ、しま、った!)


 花壇を前に仲睦まじく寄り添い言葉を交わし合う、ジュークとシェイラだったのである――。


GWでこの先を一気に書き上げてしまいたい……!(ストックは相変わらずゼロです)


Twitterでも報告しましたが、コミカライズ版『悪役令嬢後宮物語』、ひとまず2巻でエンドマークが付きましたが、現在アリアンローズコミックスさんにて、新章スタートの準備が進んでおります。2020年内開始予定となっておりますので、コミカライズ派の方も今しばらくお待ちくだされば……!

なろうも書籍もコミカライズも、どうぞよろしくお願い致します!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ディアナ様があんなに頑張ってるのに、ジュークとシェイラは何やらかしてんのよ‼︎ 一気にシェイラが嫌いになったよ〜  (今後の展開次第だけどな‼︎)この先どうなるー
[良い点] 久々に登場した『保守派』を瞬殺…。 爽快でした。 [気になる点] >先を気にして歩いていたリタが気付き、制止の言葉を掛けてくれたときには一瞬遅く。 リタはともかく、せめてカイは先廻りできな…
[一言] おまいらディアナさんが猛烈に仕事してる傍ら なにイチャイチャしてんねん!!笑
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