薔薇に焦がれて
新型コロナウイルスが徐々にステージアップしておりますね。そろそろお外へ出たい方も多いと思われますが、もうしばらくはお家で過ごしましょう。ささやかながら、自宅待機のお供に最新話をお届けします。
先週に引き続き、どうやら嫌われるばかりでもなさそうな皇子様視点をどうぞ。
――あの日のことは今でも、目を閉じると鮮明に思い出せる。
人気のない回廊を案内するエルグランド王宮の女官長、彼女の言葉をスタンザ語へ訳す侯爵に続いて歩いていたエクシーガは、不意に視界の端を横切った二羽の小鳥が気になり、その動きを目で追った。一目散に飛んでいく鳥たちの先にいたのは、地味な衣装に身を包んだ金髪の女性で――こんな人気のない場所に女がいるとは、と興味を引かれたのが最初だ。回廊を進みながら、エクシーガは密かに、彼女を視線の先に捉え続けていた。
二羽の小鳥を腕に留めた彼女は、ややあってもう片方の手の中にいた存在を小鳥たちへ明け渡し、ゆっくりと上昇する彼らを見守り始めた。その横顔は慈愛に満ち、差し込む光と相まって、どこか荘厳な気配すら感じられて。
その光景に目を奪われたエクシーガは、気付いたときにはその場で立ち尽くし、鳥たちを見守る彼女にただひたすら見入ってしまっていた。
あの光景を一言で言い表すことは、エクシーガには不可能だ。エルグランド語ではもちろんのこと、慣れ親しんだスタンザ語でさえも。小動物と心通わせる様は神の御使である聖女の再来とも思えたし、子どもたちが好む御伽噺の一節にも見えた。――まるで現実の光景とは思えないほどに完成された光ある世界が、しかし確かな現実に溶け込んで、エクシーガの目前に現れたのだ。
それほど現実離れした世界を作り出していたのに――鳥たちを見送った後、振り返って浮かべた笑みはまだあどけなく、年頃の娘らしい可愛らしさに溢れていて。エクシーガの視線の先にいるのは聖女でも御伽噺の登場人物でもなく、同じ世界を共有する存在なのだと実感できた瞬間、直接言葉を交わしたい衝動が抑えられなくなった。遠回しに諫めてくる女官長と侯爵をやや威圧的に黙らせ、エクシーガは回廊を進んで彼女の元へと向かわせる。
彼女は一体、誰なのか。服装はそれほど華美でなく、装飾品の類も一切身に付けていない。こんな人気のない後宮の片隅にたった二人で居るところから見ても、女官か、側室だとしてもかなり下位に位置する者か。身分のない者ならば、こちらの身分を明らかにすればある程度の命に従わせることができるはず。側室であれば少し厄介だが、それでもエルグランド王の許可さえあれば――。
そんなことを考えながら、女官長と侯爵が彼女に挨拶する様をじりじりと待って。……二人の態度から、やはり下位の側室かと当たりをつけ、何故かざらりとした不快感を味わった。
その不快感を押し殺す意味でも、平然とした姿を見せねばならないと構えて振る舞った結果が、まさか――。
「下位どころか、エルグランド王の寵愛深い側室筆頭、紅薔薇の姫であったとはな……。しかも、私のスタンザ語に合わせ、スタンザ人と比べても遜色ないほど流暢なスタンザ語で返答された。並大抵の努力では、あれほど滑らかに異国語を操ることはできまい」
「……いや、細かい話を伺ったの初めてなので、今更のところに突っ込みますが。『小動物と心通わせる』って、それ本当ですか? そう見えただけでなく?」
「遠目ではあったが、鳥たちとある程度の意思疎通できていたのは間違いない。そもそも、あの二羽が飛んできたのも、姫が呼んだからだろう。きちんと見えたわけではないが、おそらく巣から雛鳥が落ちているのを見つけた姫が、親鳥を呼んだのではないか?」
「……それ本当なら、伝説に謳われる『生命の聖女』の再来ということになるのでは?」
「あの一場面だけでは、何とも言えん。エルグランドにも伝書鳥の調教術ぐらいあるだろうからな。鳥をある程度自由に操ることができる人間は、珍しい部類ではあるが普通に存在する」
「ですが……」
「そもそも、『生命の聖女』の伝説自体、眉唾物だからな。皇国のあちこちに独自解釈されて伝わってこそいるが、歴史書と照らし合わせて事実検証した学者によって、ほとんどが創作だったという研究結果も出ている。……大方、痩せた土地に疲れた民たちの間で伝聞的に広まった噂話に尾鰭がついたのだろう」
「まぁ……『生命尽きた荒地に祈りを捧げ、緑溢れる肥沃の大地へと甦らせた、奇跡の聖女』ですものね。お祈り一つで作物が育つなら苦労は無いというか、如何にも疲れた民が夢見る神話といった雰囲気ではありますが」
人智を越えた力というものが実在することはエクシーガも知っているけれど、さすがに限度があることも分かっている。彼ら神官と巫女ができることといえば、過去や未来を見通したり、離れた場所の状況が手に取るように見えたり、人の心を読めたり、離れた場所にいる者同士で言葉を交わしたりといった、大凡が人間の営みの範疇で収まるものだ。人間以外のあらゆる生命に干渉し、他者に生命を与える力など、人間が持つにはあまりにも大きすぎる。もしもそんな力が実在するのなら、とっくの昔に各地の権力者によって駒とされ、各地であらゆる奇跡を頻発させているだろう。
ただ、スタンザ皇国でいつの頃からか広く語られるようになった『生命の聖女』の神話が、この現代においては聖殿にしっかり認められた神の奇跡として語られ、皇族であるエクシーガでさえ慣れ親しむ程度にはメジャーな聖話の一節であることは確かで。そんなスタンザの人間ならば誰だって、あの日の彼女を見れば『生命の聖女』を想起させるだろうことは想像に難くない。現実を尊ぶ学者として『聖話はファンタジー』だと認識しているエクシーガですら、ああして目を奪われたのだから。
(だが……私が真に心奪われたのは、神話の再現のような光景ではなく、姫自身だ)
たとえ奇跡のような現実に興味を惹かれても、その当事者がそれほど大したことのない女であったなら、エクシーガの心はその時点で冷めていただろう。しかし、実際に言葉を交わした彼女は、予想を何重にも裏切る意外性の塊のようなひとだった。
「あのような女性が存在していたとは……世界とは、私が思っていた以上に広い」
「スタンザ語を流暢に操るというのは、確かに女性とは思えませんね。スタンザには、異国語をわざわざ覚えるような女性は居ませんから。たとえどれほど身分が高くとも」
「そもそも、学びというものに対して意欲のある女が居ない。より強い男へ嫁ぎ、身体の丈夫な子を産むことが女の役割ゆえ、致し方ないことではあるがな」
「まぁ、女は男に比べて、それほど頭の出来も良くありませんからね。感情ばかり先走って、論理的な話が通じないといいますか」
「……さて、どうかな。私もつい先頃までは、その通説を支持していたが。少なくとも紅薔薇の姫は、男に引けを取らぬ優れた頭脳の持ち主とお見受けした」
「それほどですか? ……確かに、エルグランドに居ながらスタンザの言葉を流暢に操るなど、並の頭脳の持ち主にできることではありませんが」
「それだけではないよ。……サンバ、姫は何故あのとき、〝わざわざ〟スタンザ語でお話しされたと思う? あの場には通詞役の侯爵もいて、私の言葉を当たり障りなく訳していた。私の出方を見るだけなら、スタンザ語が分からないフリをしてエルグランド語で返しても良かったはずだ。――我々がずっと、そうしてきたように」
「……それは」
一度言葉を切ったサンバは、真面目な表情でこちらを向き直り、改めて口を開く。
「わざわざお尋ねになるということは、殿下は重臣の皆様が仰る『殿下への当て付け』『スタンザ語ができる自慢』『自己顕示欲の表れ』等々といった理由ではないとお考えなのですね?」
「私もこれまで、そうやって憤る彼らを諫めてこなかったからな。……正直確信が持てなかったから黙っていたが、今夜の姫のご様子ではっきりと分かった。――最初から、全て、計算されていたのだろうと」
――あのとき、スタンザ語が分からないフリをして、差し障りなくエクシーガの問いに答えていれば。それでも、エクシーガが異国の側室筆頭、正妃代理に無礼を働いたことには変わらないし、外交上不利にはなっただろうけれど、まだ〝無礼を働かれた当人はその無礼に気付かなかった〟という逃げ道が残された。当人が気付いていない無礼を大袈裟に騒ぎ立てれば、逆に『紅薔薇様』に恥をかかせることになると牽制することもできただろう。その、スタンザ側の逃げ道を、彼女は華麗に塞いだのだ。一切の礼を失せず、傍目にはスタンザ帝国国使団を歓迎しているように見えるであろう、〝相手側の言語を流暢に話して挨拶する〟という手段で。
エルグランド王国の正妃代理として、あの日の彼女の態度に落ち度は一つもない。最初から最後まで丁寧な物腰で、控えめにエクシーガを立てながら――それでいて、暗に譲歩を求めるエクシーガに対し、一歩も引く気配を見せなかった。背後で聞いていた重臣たちには彼女の高慢さの現れと映ったのかもしれないが、あのときの彼女は王国女性の頂点を担う身として、完璧な外交を行なっていたのだ。
交渉を通じて自国をより優位な立場へ導くことこそ外交の本質であり、とどのつまり外交とは文官の戦にも等しい。エクシーガたちが親善国使団として行うべきも、本来ならば王宮に入ってからの様々な会談を通した交渉が主だったはずなのに、あの後宮でのやり取りで……具体的には彼女の〝スタンザ語を披露する〟リアクション一つで動きを完全に封じられてしまった。それまで地道に積み上げてきた『スタンザ帝国を優位に見せる事前パフォーマンス』も『帝国への反感』も、全てとまではいかずとも粗方崩された印象を受ける。エクシーガの無礼を無言で最大限に突き、こちら側の遠回しな譲歩に一切応じなかった彼女が、今のエルグランド優位の突破口となったと分析して間違い無いだろう。
もちろん、あのときの彼女が何を考えていたのかなど、彼女以外に分かりはしない。
けれど――。
「正直言って、私も半信半疑だった。あの日の私の行動は何の前触れもなく、姫は私が……スタンザの皇子がエルグランドの後宮に来ることをご存知だったはずもないから、対策を立てていらした可能性もゼロに等しい。そんな状態で、あれほど的確に外交上の弱みを攻めることが、果たして意図的にできるだろうか。あの状況で咄嗟に意識して外交に務めるなど、男であっても相当に優秀でなければできない真似だからな。違うか?」
「そう、ですね」
「だから、今日まで確信が持てなかったのだ。――あの日の姫の言動が、どこまで計算されたものだったのか」
「……まさか」
「あぁ。今日、はっきりと分かった。姫はおそらく、最初から――私の姿が見えたときから、一挙手一投足全てに神経を張り巡らせ、こちらの行動を注意深く観察して、エルグランドが最大限優位に立てるよう、振る舞っていらしたのだろう。……姫のお言葉から察するに、国使団の者たちの言動についても、あの時点である程度の情報は得ていらっしゃったのだろうな。大層なお怒りだった」
スタンザ帝国二千年の歴史を遡っても、これほど優れた女性は居ない。もちろん帝国の歴史の中で、夫の片腕や幼い我が子の後見となって帝国を動かした皇妃は幾人も居るが、それでも彼女ほど有能では無かっただろう。エルグランド王が深く寵愛し、傍らに置きたいと願う気持ちが痛いほど分かる。彼女はまさに正妃として、王と共に政を担えるだけの能力と器の持ち主だ。
そして、それだけでなく……。
「どのように生まれ、どのように育てば、あれほど清らかな心根の持ち主でいられるのだろうな……」
「姫の、お心ですか?」
「私はずっと、思い違いをしていた。あの日働いた無礼を、姫は殊の外ご不快なのだろうと。だからこそ面会の申し出を拒み続け、今宵も私を視界に入れることすらなく、居ない者として振る舞っておいでなのだろうとな。……だが、違った」
「違う? 王国女性の頂点でいらっしゃるご自分を、殿下の臣下として扱われたことがご不快でなかったと?」
「ご不快ではいらしただろう。だが、姫がお怒りだったのは、最初から最後まで民のことを思われていたゆえのことだ」
「た……み?」
サンバの目が丸くなる。……無理もない。スタンザの宮廷では、もう随分と以前から、国に生きる民草を思いやる心は失われているのだから。
「姫は正妃代理として、暫定ではあれど王国女性の頂点に立つ者として、心底民を慈しみ、民を守ることこそ責務と心得ていらした。……あれほど姫を蔑み、悪意を向けている者たちすら、同じ民として守ろうとされている」
「え、ちょっと待ってください。紅薔薇の姫君は、確かに正妃代理ではいらっしゃいますが、身分としてはご側室の一人に過ぎないのでは? そのような責務があるのですか?」
「我が国の側室には、無い。そんな姫があまりにも不憫で、思わずお慰めの言葉をかけてしまったが……反対に、姫のお怒りを買ってしまった」
「どうしてです? 殿下は姫を気遣われたのでしょう?」
「薄っぺらな表面だけを見て、同情されたくはない……と仰ったな。『紅薔薇』の地位がくれたものは、言い尽くせぬほどある。その大切な存在を、心から尊んでいるのだと。大切な人々の〝明日〟を守るため、自らに悪意を抱く者を含む王国全てを守るのは、当たり前だ――そう、言い切っておられた」
サンバが遂に絶句した。気持ちは大変、よく分かる。エクシーガも、目の前でそう言い放った彼女が、同じ人間とは思えないほど動揺したのだ。有り体に言って、自分の耳が信じられなかった。こんなことを言う人間が居るなんて、信じられない――信じたく、なかった。
「……どう育てば、そんな考えが〝当たり前〟になるのです?」
「そう思うだろう? 私も同感だ」
「清らかとか、そんな次元の話じゃありませんよ……。小鳥の話は置いておくとしても、完全に聖女様です。そうじゃなければ、そんなお言葉はあり得ない」
「気が合うな。私も同じことを考えた。だが残念ながら、姫は確かに私たちと同じ人間でいらっしゃるのだよ」
その直後、スタンザがエルグランドの平定を考えていることを、〝欺瞞〟の言葉で痛烈に刺された。……当然だ。平定はエルグランドの為でもあるが、一国に二王立つことはあり得ず、平定が成し遂げられた暁には彼女の愛する王は命を落とすこととなる。彼女がスタンザの考えに気付いたとしたら、その未来も即座に見通せたことだろう。最も重要な部分を誤魔化したのだから、欺瞞と言われてしまえば返す言葉がない。
聖女であれば、エルグランドへ向けるのと同じだけの慈愛をスタンザにも向けてくれるだろう。しかし彼女はあくまでも、エルグランド王室の側室筆頭であり、王の寵姫。王の命を害そうと目論む存在に、一欠片も情は与えない。その冷酷な割り切り方は間違いなく、聖女ではなく人間のものだった。
「何故……」
半ば無意識に、言葉が零れ落ちる。
「何故、彼女はエルグランド王の寵姫なのだろうな。あれほどの悪意を受けてなお、その立場を投げ出したくないと思うほど、王への愛が深いのか……」
じりじりと、胸の奥が不穏に焦げる音がする。エルグランド王など、寵姫が臣下に害されそうになっても、すぐには助けられない程度の男なのに。……臣下の反対を跳ね除けてでも彼女に正妃の地位を与えようという気概もない。それでも、彼女は健気に王を慕い、王を信じて尽くしている。
あれほどの愛情を彼女から向けられているエルグランド王が羨ましくて――。
「……方向性を、大幅に修正する必要がありそうですね」
あらぬ方向へ傾きかけていた思考を、冷静なサンバの声が引き戻した。軽く頭を振って、意識を彼との会話へ向ける。
「方向性? 国使団の今後の話か?」
「はい。殿下がお認めになるほどご聡明かつ、聖女と見まごうほど慈愛のお心深い紅薔薇の姫君が〝スタンザの意向〟に確信を持たれた以上、それはエルグランド王と王国上層部へ具に伝わったと判断して差し支えありません。――つまり、このまま何もしなければ、我らは侵略を目論む敵国の斥候と目されてしまいます」
「だろうな。我らは決して侵略しているわけではないが……」
「そのようなスタンザの考え方は、異国には通じませんからね。王家の方々にとって、存亡の危機であることは同じですし」
「言いたいことは分かる。……それで、どのように方向性を修正すれば、我々は侵略者の汚名を濯ぐことができると、お前は考える?」
「簡単なことですよ。本当の『親善外交』へと切り替えれば良いのです」
サンバの言葉は明確で、迷いは見られない。もともと彼は学者でありながら、学問研究よりもこういった搦手を駆使した交渉が得意な変わり者だった。大した成果も挙げられないと大学中をたらい回しにされていたところを、その能力を見込んだエクシーガが側近として引き取ったのだ。今回、そんな彼の長所が至るところで光っている。
「別に、今回の我々が役目を全て果たす必要は無いでしょう。エルグランドへの野心を募らせていらっしゃる皇帝陛下はご不満を抱かれるやもしれませぬが、完全に警戒されて国交を閉ざされ、他の近隣諸国と組んで対抗されてはより厄介なこととなります。それくらいならいっそ、これまでの我々の非を真摯に詫び、『国の意向とは違うがエルグランドとは友好を結ぶべきだと感じた。国に戻ったらそう皇帝陛下に進言する』とでも釈明して、真面目に親善外交を行うのです。我々がエルグランドの信用を勝ち獲れば、少なくとも、エルグランド側が帝国を完全に拒絶する事態は避けられるでしょう」
「……なるほど。我らは目的達成のため、次へと繋ぐ布石となるのだな」
「その通りです。そのためにも、心からの友好をエルグランドと結ばなければなりません。真の目的は殿下と私だけの胸に秘め、他の国使団の者たちへは本当の親善外交を行うと言っておいた方が良いでしょうね」
「そうだろうな。しかし……親善外交など、私はもとより、今回同行している者たちもしたことがないだろう。大丈夫だろうか?」
「とにかくエルグランド王国の方々と友好的な関係になることを目指すのです。もちろん慣れないことばかりですから、問題は多々起こるでしょうが。外交の中で起こったことはこまめに報告させ、柔軟に対応を切り替えていきましょう」
「……現状を鑑みるに、それ以外に打つ手は無さそうだな。これまでの道中を思い起こすと、不安要素も大きいが」
「あー……あからさまにエルグランドを侮蔑していた者どもは、この際切り捨てた方が早いかもしれませんね。今更考え方を変えるのも難しいでしょうし」
「だが、それでは事務方の処理を行える者がほとんど居なくなるぞ」
「むしろ、彼らには紙の上の作業だけをさせましょう。その前段階であるエルグランド側との交渉や打ち合わせを、会談がごっそり無くなって現状暇な者たちにさせれば良いのでは?」
「役目を分担させるわけだな。……確かにそうすれば、無礼を働いた者たちへは厳しい処分を下したとエルグランド側へ説明することもできる、か」
スタンザへ戻った後のことを考えると気が重いが、この状況ではまず、エルグランドとの繋がりを維持することの方が優先されるのは間違いない。平定の取っ掛かりを作るはずの親善国使団が、逆にスタンザとの関係を切る理由とされかねない瀬戸際なのだ。皇帝への説明概要は追々考えるとして、今はサンバの策に乗るべきだろう。
「分かった、それでいこう。明日の朝、主要な官へ説明する」
「承知致しました。召集をかけておきます」
「頼む。――あぁ、そうだ。真の親善外交を行うのであれば、『内通者』はもう必要ないな」
「あ、そうですね。エルグランド側へ引き渡しますか?」
「そうしよう。奴が我々に通じていた証拠はすぐに出せるか?」
「もちろんです」
「では、裏切り者の処断を以て、親善外交の幕を開けることとしようか」
ほのかに微笑みつつ、エクシーガは先ほどより穏やかな心地で、再び夜の庭へ目を向ける。
外交を真の親善へ切り換えたとなれば、エルグランドの対応はまた変わるだろう。裏切り者を明るみにすることで、恩を売ることもできる。
そうして、友好を重ねていけば――かの姫と再び相見える機会も、きっと訪れるはずだ。
侵略者の斥候ではなく、友好国の大使としてなら……彼女は、あの慈しみに満ちた微笑みを、こちらへ向けてくれるだろうか。
静かな期待を抱くエクシーガを包み、エルグランド王国の夜は更けていった――。
めっちゃ陽気な名前の割に、書いてみたら底知れない怖さがあるぜサンバさん……
ちなみに、あちこちで指摘されているのでそろそろ良いかなとぶっちゃけますが、このお話のキャラ名は自動車の車名図鑑から引用しまくってます。
名付けのセンスが無い人間は、何かを参考にしないとキャラにろくな名前をつけてやれないんだ……




