ディアナという娘
自分でも「長いな」と思いますが、説明回はまだしばらく続きます。ちょっと思いの外、『にねんめ』に必要な解説が多過ぎた……。読むのが辛い方は、画面をそのままそっ閉じして、1月19日までお待ちください。そこから話が一気に進むので!
今回はエドワード視点で、3年前に散々予告していた、このお話のファンタジー設定の解説回です。
ポットを持ってスタコラ逃げたディアナを、エドワードは嘆息して見送った。追いかけようと腰を上げかけたクリスを、カイが制する。
「俺が行くよ。昨日のこと話すなら、クリスさんも一緒にいた方が良いでしょ」
「ありがとう。でも良いの? 昨日の説明ならそれこそ、君が居るのが一番良いんじゃない?」
「説明役はクリスさんと、あと父さんがいるから問題ないよ。――やっと役者が揃ったんだから、この辺でちゃんと話しとかないと」
微笑みながら、けれどどこか苦しそうなカイの瞳に、エドワードの焦燥は炙られた。……歳下ではあるが、カイはエドワードより現場経験豊富で、裏社会の若手の中では圧倒的な有能さを誇る男だ。その彼が、一瞬とはいえ胸の内を抑えきれないほどの何かが起こったと、そういうことだろうか。
ディアナを追いかけて場を離れたカイが見えなくなるのを待ってから、ソラが苦笑して口を開いた。
「愚息が場の空気を乱してしまったようで、申し訳ありません」
「いえ、それは大丈夫ですが……」
「――本当に一体、ディアナ様の身に何があった、ソラ殿?」
一瞬で『闇』の首領モードになったシリウスが、静かにソラへ問いかけた。ここ数日はシリウスもデュアリスの警護のためクレスターを離れていたから、『闇』たちからの詳細な報告はまだだったのだろう。
厳しい表情のシリウスに対し、穏やかに笑ったまま、ソラは首を横に振る。
「それほど危険なことではありませんよ。――少なくとも、幼い頃からの末姫様をご存知で、その行動を熟知しておられるあなたやエドが血相を変えるほどのことではないはずです」
「具体的には?」
「なさったことは、単なる密猟者退治ですが。その密猟者たちが、おそらくはスタンザ製と思われる最新の火薬武器を持っていた点が、異質といえば異質でしたね」
「スタンザの最新火薬武器って……火薬の爆発力で鉄製の先が尖った玉が飛び出る、あれですか?」
「おそらくは」
それは殺傷能力が極めて高い、凶悪な武器だったはずだ。そんなモノを単なる密猟者が持てるはずもないが。
クリスが、一度深呼吸してから口を開く。
「昨日の早朝だったかな。突然扉が大きな音を立てる音で、目が覚めて。廊下に出てみたら、ディアナが大慌てで走っていくところだったから、思わず追いかけたんだけど。本人曰く、『数日前から迷わせていた密猟者たちだけど、森のみんなの話を聞く感じ、どうやら火薬武器を持っているみたい。もしかしたらスタンザのスパイとかかもしれないから、確保しに行く』ってとんでもないこと言い出して。止めたんだけど聞かないし、取り敢えずは一緒に森へ入ったんだけど、やっぱり途中で置いていかれてさ。結局、追いつけたのはカイだけだったみたい」
「……あぁうん、だいたい分かった」
「そのカイも、必死に気配を辿って辿って、ようやくだったらしいんだけど。聞いた話じゃ、見つけたときは既に密猟者たちは植物の蔓で身動き取れなくなってて、ディアナが火薬武器抱えて、『意外と重い……』って呟いているところだったとか。その場で叱り飛ばしたいのを我慢したカイが『闇』に連絡、皆で武器と密猟者を回収して帰って――朝ご飯の前に、カイとシェイラ様揃っての大説教大会だったよ」
「当たり前です! あんな危険な武器を持っている複数の男性を相手に、たった一人で挑もうなど! 私はむしろ、冷静に『朝食、お先に召し上がられますか?』と尋ねてきたリタに驚きましたよ」
「いえ……ディアナ様が森の中で色々やらかすのは、もうクレスター家の日常茶飯事でして……シェイラ様とカイがものすごく怒っていらっしゃるのを見て、『そういえば、普通に考えたら危ないな』と思い出せたくらいなので」
「密猟者退治程度なら、年齢一桁の頃からやっていたからな……。とはいえ、スタンザの最新武器を相手取ってまで勝てるとは限らなかったはずだぞ」
「申し訳ありません、エドワード様。以後、注意して参ります」
リタと話すエドワードを、ジュークが目を丸くして見つめている。
何度か浅い呼吸を行い、おそらくは言いたいことを整理して。
ジュークは、意を決したように問いかけてきた。
「年齢一桁の頃から、密猟者退治? それが紅薔薇の仕事だったということか?」
「誰が子どもにそんな危ない仕事任せるか。単に物心つく前からディアナは森を遊び場にしてて、密猟者に気付くのも一番早くて、あの通りの性格だから助力を求めるより先に現場へ出向いてたってだけだよ。で、結果的に密猟者の捕獲に繋がったと」
「……どういうことだ? 紅薔薇が密猟者を捕らえていたわけではないのか?」
「ある程度大きくなってからは、そうだったのかもな。俺もついこの間まで気付かなかったが……」
「いいえ、エド。昨日、朝食後に少し末姫様とお話ししましたが、少なくとも姫は、ご自身で意識してお力を使われているわけではありません。無意識の発露、というべきものでしょう」
皆が硬い表情の中、ソラだけが穏やかな微笑みを崩さない。
無言で疑問の視線を向けると、ソラはゆっくり頷いた。
「末姫様が仰るところによりますと、『森のみんなの〝声〟がはっきり聞こえるようになった頃から、心の中で呼びかけたら応答があることが分かった。クレスターの森のみんなとは生まれたときからの付き合いだから、頼めば大体のことは協力してくれる』そうで。……私も驚きましたが、姫が操る『命』は獣や鳥たちだけに限らず、虫や植物にまで及びます。人とは違う色の魂を持つ者とも『心』を交わし、『命』そのものを操る力――恐らくは、今この時代においては末姫様だけが宿す、唯一無二の奇跡のお力でしょう」
「それを、……ディアナは、無意識で?」
「姫にとっては、物心つく前からずっと聞こえていた、当たり前の〝声〟です。赤ん坊が人の言葉を自然と覚えるように、末姫様は〝声〟を聞き取れるようになり、〝言葉〟を交わせるようになった。それゆえ、どうやら他の人にはできないことらしいとは分かっていても、『だから自分には特別な力がある』とは思われなかったようです。――そうそう、こうも仰っていましたよ。『お父様の神憑った〝賢者の慧眼〟も、お母様の卓越した社交スキルも、お兄様の人並み外れた身体能力と回復能力も、私は持っておりません。人それぞれ得意なことは違っていて、たまたま私は他の人より上手に、森と仲良くできるだけです』と」
「同列に並べるの、そもそも間違ってるだろ……」
思わず呟くと、ソラは笑ったまま、首を横に振る。
「ところが、意外とそうでもないのですよ。この国ではどうやら、末姫様が扱えるような『いかにもお伽噺』な能力だけがクローズアップされていますけれど、私の生まれ故郷では確かに、デュアリス様の『賢者の慧眼』も、エドの圧倒的な戦闘能力も、末姫様のお力も――発露の仕方は違えど大元は同じものとして扱われておりますので」
ソラの言葉に気負いはなく、正しい意味で〝自然体〟だった。
エドワードが目を見開くと同時に、ジュークが首を傾げて問う。
「そなたの名は、ソラ殿といったか。顔立ちからしてエルグランド風ではないとは思っていたが、やはり異国人であったのだな」
「はい」
「何処の国の者なのか、聞いても?」
「隠すほどのことではありませんよ。――エルグランドよりずっとずっと東へ進んだ先にある極東の島国、旺眞皇国の生まれです」
「おうま、皇国……?」
「名前だけは聞いたことがある。神秘の力を持つ神官帝が治める、謎に満ちた国だと」
難しい顔で打ったアルフォードの相槌には、苦笑いで首を横に振って。
「それほど大したものではありません。有史以来、強い霊力を継ぐ天子様によって国が治められてきたため、霊力者の保護育成が国によって進められてきたというだけのこと。そのおかげで、貧しい農家の生まれだった私も能力を見出され、都にて最高の教育を受けることができたわけですが」
ソラから藪から棒に出てきた、『霊力』『霊力者』という単語。
〝それ〟が何なのか分からない二人が、真面目な顔で視線を交わしてから、座り直した。
「ソラ殿。この国の王でありながら、不勉強で申し訳ない。その『霊力』というものについて、ご教授頂けるだろうか?」
「どうかお願い致します、ソラ様」
「エルグランドの国王陛下、そして未来のご正妃様。私のような者に、そのような礼は不要です。――あなた方にこのお話をして欲しいとは、もとよりデュアリス様から頼まれていたことなのですから」
「……言葉優しい割に、言ってることはカイ以上に辛辣だよね、ソラ殿って。ディアナも言ってたけど、ホント、似た者親子だよ」
「何を仰います、クリス様。カイは私などには勿体無いほどよく出来た、心優しい自慢の息子ですよ。――私がカイなら、とうの昔にこの国の王宮は燃え落ちております」
穏やかで優しい笑顔を浮かべたまま、最高に物騒なことを言い放ったソラに、若者一同揃って絶句する。
唯一納得し、深々と頷いたのはシリウスだけだ。
「だろうな」
「本気でこの身を捧げると誓ったお方を、どこまでも使い潰そうとする。目の前でそんな光景が繰り広げられているのに、どうして黙って見ていることができますか。大切な方をボロボロにすることしかできないような場所なら、無くしてしまった方が良いでしょう」
「それを、〝大切な方〟が望まないとしてもか?」
「自然な事故を装い、そのお方が失いたくないと思っている方々だけはお守りして、害意ある者だけを炎の中へ置き去りにすれば済む話では?」
「それすら悲しむのがディアナ様だ、残念ながらな」
「えぇ、存じておりますよ。……ですがシリウス殿、私はこれでも、それなりに応用力のある霊力者です。人の記憶の一部をいじり、その〝悲しみ〟すら最小限にしてしまえば、辛い思いはさせずに済みますね」
「……そろそろ若者たちが本気で怯えているから止めてやれ。昔ならともかく、今のそなたはそのような真似はしないだろう」
「随分と、私を高く評価してくださっていますね。残念ながら、カイに何かあれば、私はいつでも昔の私へ立ち返りますよ」
「…………『親馬鹿黒獅子』の噂をデマだと笑い飛ばしていた昔の俺は、つくづく若かった」
シリウスはよく、昔のソラのことを――若かりし頃の黒獅子を『まるで、鞘を無くして休むことを忘れた抜き身の凶(狂)剣のようだった』と評しているが、今の穏やかなソラしか知らないエドワードには、いまいちピンと来ない説明だった。……が、それも、今この瞬間までの話だ。
大切な人を苦しめる場所なら、それがたとえ一国の王宮であろうと燃やすと宣い、それで大切な人が悲しむのなら、心を操り〝悲しみ〟の方を消すと言い切る。そんなことを普通のトーンで話せるのは、心のどこかが盛大に壊れてしまっている人間だけだ。ソラのこれまでの人生をエドワードは知らないけれど、これほどの人が心を壊さなければ耐えられないほど、彼が歩んできた道は壮絶なものだったのだろう。
エドワードと同じく固まっていた若者組の中で、最初に声を発したのは、意外にも――。
「……本当に、よく似ておいでの親子でいらっしゃいますね。忠告の仕方まで、生き写したかのようにそっくりです」
青ざめながらもソラから視線を逸らさない、シェイラだった。
ふわりと微笑み、ソラが軽く首を傾ける。
「ほぅ。息子から忠告されたことがあるのですか?」
「えぇ。あなた方親子が誰かに牙を剥くときが来るとしたら、それはあなた方にとって何よりも大切な存在が害されたということ。あなた様はカイさん、カイさんはディーを害されたら、決して黙っていることはない。たとえ、それが〝国〟であっても……そういうことでございましょう?」
「そう聞こえましたか? 末姫様も賞賛しておいででしたが、この国の未来のご正妃様は、実に頭脳明晰でいらっしゃる」
「……結局のところ、あなた方を味方とするも敵とするも、これからの私たち次第ということなのでしょうね」
「だが、それも致し方ないことだ。これまでの俺を振り返れば……な。取り返せるとは思わんが、今後の歩みの中で、紅薔薇やクレスター抜きでも協力してやって良いか、くらいまで思って頂けるよう、精進するしかないのだろう」
「陛下……」
ソラの最初の釘刺しを正しく理解していたジュークに、密かに感心する。『霊力者』について教えてほしいと頭を下げたジュークとシェイラに対し、彼が返した言葉の真意は「頭下げなくても教えるよ。デュアリス様が教えてやってくれって頼んできたんだから、むしろお前らの意思は関係ない」という、仮にも一国の王に対し、不遜が過ぎるもので。クリスが言った通り、ときには怒りながらも一応はきちんとジュークとシェイラの意思を考慮しているカイより、ある意味容赦がなかった。
そんなソラの、丁寧な言葉で包んだ厳し過ぎる言葉を、ただただ謙虚に受け止めたジュークは、本人は無意識だろうけれど王としての器の広さを感じさせていて。アルフォードも同じように思ったらしく、どこか嬉しそうに仕える主人を見つめていた。
――若者たちの姿に何を思ったのか、ソラとシリウスが視線を交わして少し笑う。
「少し厳しく言い過ぎたかと思いましたが、この国の若様方は見所がありますね」
「その評価を頂けたのなら良かった。とはいえ、厳しくともそなたの場合は本音でしかないわけだが」
「なんの。その本音に怯まないのですから、大したものです」
「……まさか全部、計算していたのですか?」
「それこそ〝まさか〟ですよ、エド。ただ、話の流れ次第では本音を吐露することもあるかもしれないと、シリウス殿へ前もってお伝えしていただけです」
……人は、それを〝計算〟と呼ぶのではないだろうか。そう思いはしたが、これ以上ソラの底知れなさに突っ込んでも良いことはなさそうだったので、エドワードは話をもとへ戻すことにした。
「――それで、ソラ殿。俺の戦闘能力と、ディアナの〝森〟の声を聴く力が同列とは、具体的にどういう意味なのですか? まさか、両方が同じ『霊力』によるものだなんて、そんなことはありませんよね?」
「待て、エドワード。そもそも、その『霊力』とは何なのだ?」
「『この世の〝不思議〟の〝素〟となるもの』――我が国では、古くよりそう称されております」
静かに、そして端的に、ソラがジュークの質問に答えた。
全員の視線を浴びながら、ソラは続ける。
「そもそも『霊力』とは、目には見えぬだけで世界中の至るところに存在しております。自然界にはもちろんのこと、生き物にも宿っている。もちろん、人間にも」
「それは……全ての人、ということか?」
「はい、国王陛下。ただ、世界も、生物も、もともと生まれながらに宿せる『霊力』は決まっております。大抵は、生まれ落ちた世界に見合った『霊力』を宿して生を受ける。しかしながら、その程度ならば特に『不思議』を引き起こすことはありません」
「と、いうことはつまり……例外も存在する、ということですよね?」
「その通りです、エド。世の中、何事においても〝例外〟は存在します。『霊力』もまた然り……時折、世界の基準よりも遥かに強大なものを宿して生まれる人が現れます。それが『霊力者』――不思議を操る、異能者というわけです」
ジュークが少し、首を傾げた。
「要するに……『霊力者』とは異能者だと考えて良いのか?」
「間違ってはいませんが、どちらかといえば〝異能を操れるだけの『霊力』を宿した存在〟だと解釈なさった方が無難でしょう。……と申しますのも、我が旺眞皇国における〝異能〟の定義は幅広く、それに当て嵌めればエドもシリウス殿も含まれます。末姫様のような分かり易い〝異能〟だけに気を取られてしまうと、そういった見逃しがちな方面から手痛い一撃をもらう可能性がありますゆえ」
さらっと名前を出されたシリウスが目を剥いてソラの方を向く。
「少し待て、ソラ殿。エドワード様はともかく、私も含まれると言ったか?」
「えぇ、申しましたよ。あなたの戦闘能力は充分、異能の域に達しております」
「そんなわけがないだろう。私など、何か特別な技が使えるわけでもない、普通の稼業者だぞ」
「……今、その辺の茂みにいる連中が、揃って高速で首を横に振ったのが分かったぞ」
控えめながら、ぼそっと呟いておく。投擲術の達人で狙った的へ寸分違わず命中させ、障害物があってもお構いなしで角度をつけて投げることでやっぱり命中させ、何なら障害物があって見えていないはずの敵の急所までたったの一投で貫くあの腕は、言われてみれば充分〝異能〟に相当する気がしてきた。本人は「壁があろうがなかろうが、相手の気配は感じ取れるのですから、視覚など瑣末な問題です」で済ませるが。
エドワードと若い『闇』たちの心の声が聞こえたのかどうかは不明だが、シリウスの抗議にソラは微笑みながら首を横に振る。
「あなたほど、無意識のうちに『霊術』を使いこなして自分のものとしている方も珍しいでしょう。私が見ただけでも、基本となる三つの『霊術』を使いこなしておられる上に、『武』の者たちがよく使う『霊術』もいくつか体得していらっしゃるようだ。極めて器用な、汎用性の高い『核』をお持ちのようですね」
「……いや、突然すぎてまるで話が分からんが。『霊術』や『核』とは何だ?」
「『霊力』を使って起こす超常現象を、総称して『霊術』と呼んでいるのですよ。まず、霊力者なら誰でも使える基本の三霊術として、『探索』『追跡』『操縦』というものがあります。あなたなら、全てお使いになるでしょう?」
「『探索』と『追跡』はともかく、『操縦』とは……?」
「物体を自在に操る霊術です。――こんな具合に」
ソラが指差すと同時に、敷布の端に置いていた焼き菓子入りのバスケットがふわりと浮き上がり、ぐるっと全員の頭上を一回りしてから、もとあった位置にぽすんと戻る。
全員が声も出せずにバスケットを目で追い、ややあってからシリウスが突っ込んだ。
「できるか!」
「それはあなたに、〝手で触れていないものは動かせない〟という先入観があるからです。あなたの投擲術を何度か拝見しましたが、実に自然に、違和感なく、『操縦』を使いこなしていらっしゃる。自らが放った武器ならば操れると、そう認識されているということでは?」
「……その先入観さえなくせば、俺も同じことができると言いたいのか?」
「もちろん、すぐでしょうね」
ソラの回答には淀みがない。既に確信している者の口調だ。
無言になったシリウスに、エドワードは問い掛ける。
「やってみないのか?」
「あとで試してみます。今は私の話をするときではありません。――それで、ソラ殿。先ほど言っていた『核』とは?」
「ざっくばらんに言えば、各人の霊力を宿す器のようなものですね。魂の根幹と申し上げても良いかもしれません」
「ほぉ……?」
「人間は、肉体と魂が同時に健全でなければ生きてゆけません。『核』はまさに、魂における心の臓のようなもの。……『核』が壊れれば、その魂は保てず、消えてゆく。そうなれば肉体もいずれは生命活動が止まってしまうのです」
「……つまり『霊力』とは、魂を支える栄養みたいなもの、ということでしょうか?」
「なるほど。未来のご正妃様の解釈は、実に面白い。『霊力』は確かに使えば一時的に減りますが、様々な方法で回復させることが可能です。そういった意味では、〝栄養〟とは言い得て妙かもしれませんね」
柔らかく頷いて、ソラは話を『核』へと戻す。
「『核』は一人一人の魂に必ず一つ存在しますが、その色形は様々です。そして『霊力者』が使える『霊術』は、その『核』の色形によって決まります。要するに、不思議の〝素〟となる『霊力』は同じでも、一度『核』に取り込まれることで性質が変化するということですね」
「そういうこと、ですか。俺の戦闘能力もディアナの力も『霊力』によるものという点では同列だけれど、それぞれの『核』が違うから、まったく別の形での発露となっている、と?」
「さすがはエド、実に理解が早い。クレスター家の皆様方は、実に個性的な『核』をお持ちでいらっしゃいます。エリザベス様も、『霊力』こそ人並みでもその『核』は独特ですから、それがエドと末姫様へ受け継がれたのでしょうね。身の内に宿せる『霊力』の強さと『核』の形状は、ある程度、親から子へ繋がれますから」
「……もしかして、ウチの『悪人面』の遺伝も、肉体じゃなくて『核』の方だったりするんですかね?」
「さぁ……そこまでは分かりかねますけれど」
苦笑しつつ、ソラはふと、何かを考える表情になった。
「ただ、私が見た限りではありますが、エルグランド王国……というより、この半島内には、実に多種多様、独特な色形の『核』が多く見受けられます。旺眞皇国では古くより、人の核は細かな違いはあれど四種に大別できる、とされてきましたが、この半島の人々は〝その他〟がとても多い。その点は、非常に興味深いですね」
「四種に大別、ですか?」
「えぇ。戦闘に特化し、他者の命を刈り取るための霊術を得手とする『武』、時間を読み取る能力があり、他者の運命を操る霊術を扱う『時間読み』、人の心の声を聞き、他者の心の有り様を変える霊術が得意な『心眼』と、空間を操る力を持ち、〝場〟に影響を与える霊術を操る『操界』――その四種です」
「その分け方でいくと、俺とシリウスは『武』になるのか……?」
「エドの場合は他にも混ざっていますよ。クレスター家特有の『賢者の慧眼』とやらも、おそらくは『霊力』が何らかの作用を及ぼしているでしょうから」
「混ざることもあるんですね?」
「はい。他ならぬ私がそうでして、私は『武』と『変幻』という、四種の中には含まれませんが〝その他〟の中では割と数が多い『核』が混ざっていますね」
「先ほどそなた、『核』は一人に一つと言わなかったか?」
「実体があるものではないのであくまでもイメージの話ですが、二股の器という言葉が分かり易いかもしれません」
誰にどんな質問をされても、ソラの返答が止まることはほとんどない。それはつまり、ソラが祖国において、〝教えを受ける側〟ではなく〝教えを授ける側〟であったことを意味する。本人は何も言わないが、おそらく彼は旺眞皇国において、それなりな地位か社会的立場を持つ人間だったのだろう。ジュークやシェイラを前にしても平然としているところからすると、もしかしたら旺眞皇国の〝天子様〟とすら親しく言葉を交わせるほどの人だったのかもしれない。
――それはともかく。
「ソラ殿。今のお話から推察するに、ディアナもまた、『賢者の慧眼』ともう一つの『核』を併せ持った霊力者、ということになるのでしょうか?」
静かに、……覚悟を決めて問うたエドワードに、ソラはここに来て初めて、どこかもの悲しげな微笑みを浮かべる。
「その答えを……あなたはもう、分かっているはずですね?」
「分かって、います。分かって、いました。でも……!」
「その葛藤は、無理もないことです。……特に、クレスターの屋敷の地下深くには、歴代の〝彼女たち〟の過酷な歩みが、今も静かに眠っている。それらを読んで育ったあなたが、大切な妹君を同じ運命へ導きたいと思うはずがない」
「では。では、やはり。ディアナが宿しているのは、歴代の『森の姫』と同じ……っ」
声が、詰まる。背中に温かなものが触れ、そっと横を見ると、クリスが無言でエドワードの背に掌を当て、寄り添ってくれていた。
感情を剥き出しにしたエドワードに、ジュークが驚愕の視線を向けている。
シェイラが、そっと、呟いた。
「森の、姫……?」
「……古く、千年以上前に記されたとされる、本当のことかお伽噺かも判然としない文書の中に出てくる、とある登場人物のことです。〝迷いの森〟の奥深くにて〝森の民〟に守られながら生きる、あらゆる〝命〟の声を聞き、〝生命〟を育み、――〝命〟を与える、奇跡の娘。命ある者ならば決して逃れることの叶わない死の神の衣すら、彼女の〝力〟は退けると伝わっています」
感情を極限まで削ぎ落とし、ただ事実だけを淡々と述べたアルフォードの言葉に、ジュークとシェイラ、そしてリタとクリスが絶句する。
恐ろしいほどの沈黙の後……震える声で、リタが言った。
「……ディアナ様が調合なさったお薬は、他の薬師の方が調合したものに比べて格段に効きが良いと、言われたことがあります。それは、ディアナ様の腕が良い、だけではなくて、」
「もちろん、それもあるでしょう。ですが……ディアナ様もまた、無意識の領域で、己の力を使っていらっしゃる。ディアナ様がご幼少のみぎり、たった一度お会いしたことがありましたが、そのときも『この年齢で、ここまで』と驚きはしたのです。そして――今のエルグランド王国で、このような奇跡の力が世に出ることは、決して望ましいことではないとも思いました」
「どうして、ですか。どうして、ディアナ様が、そんな」
「……条件は、満たしてるんだ」
リタは、アルフォードが説明した文書、『スピリエル伝承記』について知らない。ディアナは幼い頃に読んだことがあるけれど、デュアリスが「真偽すら定かでない、お伽噺みたいなもの」だと誤魔化した。
だから、この場でもっとも『森の姫』について詳しく説明できるのは……それこそ『森の民』の次期長でもある、エドワードしかいなかった。
「さっき、ソラ殿が仰っていたように、『霊力』と『核』はある程度親から子へ受け継がれる。とはいえ、何事にも例外はあって……『森の姫』の力は血縁じゃなく、『森の民』の女子限定で顕現するんだ。先代が亡くなると、やがて新たに『森の民』の間に『姫』の力を宿した女児が誕生する。それは全くのランダムで、親兄弟、親戚に先代の血縁者がいるいないは、一切の関係がない。ディアナもまた『森の民』の末裔の女児で、先代が亡くなってから軽く数百年は経過しているはずだから、当代として顕現する条件は揃ってる」
「ですが、エドワード様!」
「分かってる! ……分かって、いる。俺だって思うよ。どうして〝今〟なんだって!!」
国内情勢も、異国情勢も、一瞬の油断で坂道を転がり落ちるかの如く悪化する。戦は最早、遠い昔の〝歴史〟ではなく、すぐ目の前に迫る脅威だ。
そんな時代に生まれ落ちた、〝命〟を与える奇跡の娘。……過去の『森の姫』には、伝染病に侵され滅亡に瀕していた一国まるごと、その力で救った者すらいたという。国を覆っていた死の衣は消え、国は奇跡の復活を遂げたと。
ディアナがいれば。彼女が全ての力に目覚めれば。――即死でさえなければ何度でも蘇る、不死身の軍隊を作ることすら可能なのだ。
……荒れる感情を抑えるべく、エドワードは敢えて、抑揚を減らし気味に言葉を紡いでいく。
「小国が乱立し、群雄割拠を繰り広げていた古代、『奇跡の力を持つ娘』の存在は割と有名だったらしい。多くの国が、権力者が『娘』を狙い、彼女たちは常に追われる日々を過ごしていた。……それを見かね、ある時代の『娘』を自分たちの住処である『森』の奥深くへと匿ったのが『森の賢者』――クレスター家のご先祖だったと、伝わっている」
「それは……『湖』の長が『賢者』を訪ねるよりも前の話か?」
「だろうな。『森の民』が住まう森は『娘』を守るために複雑化し、いつしか『迷いの森』と呼ばれるようになった。『娘』は『森の民』にいたく感謝し、双方の間には深い繋がりが生まれ、やがて『奇跡の力』は『森の民』の間に生まれ落ちるようになる。そして後世、『森の民』の間に生まれ、彼らに守られる奇跡の娘を『森の姫』と称して――と、伝承記といくつかの史料を読み解くと、そういう流れになるらしい」
「……とりあえず、大昔からクレスター家の者はお人好しが多かったということなのだろうな」
「お人好しというか、ヤバそうな男どもに追いかけられてる娘さんがいたら、人として庇うのは当たり前じゃないか? 俺でもそうするし。最初に『姫』を匿ったご先祖もそんなノリだろ、たぶん」
はぁ、と深く長く息を吐き出して。
エドワードは、ジュークを見据えた。
「で、どうする?」
「何の話だ?」
「お前はこの国の王だろう。しかも今、異国から侵略の機会を虎視眈眈と窺われている状況で、国内にだって戦の火種は山ほど燻っている。そんな内憂外患の状況下に突如現れた、『命を与える奇跡の娘』だぞ。こういう場合、一国の王なら全力で、その娘を手に入れようとするもんじゃないのか?」
「エドワードらしくもない馬鹿を言う。そんなことをしてしまったら、俺は欲しくて欲しくてたまらなかったシェイラの愛情も、やっと得ることができた『森』との絆も喪ってしまう上に、黒獅子親子からの怒りを買いに買って、それこそ一瞬で王国を滅ぼす羽目になるではないか。――第一、奇跡などという不確かなものに縋っていては、国を確かな形で未来へ導くことなどできるはずもない。ひたすらに地道な努力を重ね、どんな困難を前にしても諦めずに道を探し続け、必死に日々を生きる者の前にある日ふと訪れる幸運を、人は奇跡と呼ぶのではないか? 最初から奇跡を求めるなど、日々を懸命に生きる民たちへの最大級の侮辱でしかあるまい」
ごく当たり前のことを言わせるなと、むしろ呆れ口調で述べたジュークに、その場の全員が驚きの目を向ける。全員の視線を一身に浴びたジュークは、その理由が分からないのか、少し怯えた様子で後ずさった。
「な、なんだ? 俺は何かおかしなことでも言ったか?」
「いや……ジューク、それ、誰かから言われた言葉か?」
「何故そうなる。我が国の歴史を、エルグランド家の先祖が歩んできた道のりを学べば、自ずとそう感じるではないか。統一王アスト陛下はもちろんのこと、偉大な王だと言われる方々が奇跡に頼っていた記述など、それこそ一行もなかったぞ」
「……王家の威信を殊更に強調する保守の教育受けてたんなら、『偉大なる国王陛下ゆえに、神のご加護があった』程度のことは吹き込まれてそうなもんだけどな」
「それは……まぁ、言われてはいたがな。ただ、実際の歴史書には『奇跡』とも『神のご加護』とも書かれてはいなかったし、どちらを信じるかと言われたら書物の方だろう。あくまでも読んだ俺の印象でしかないが、エルグランド家の先祖の方々はむしろ、そういった『奇跡』だの『神のご加護』だのといった不確かなものを極力歴史書に記さないようにしているように感じた。――と冷静に分析できるようになったのは、実のところごく最近だが」
「お前の生育環境的に、それは仕方ないことだろ。もう一度分析し直せてるだけ、大したもんだよ」
実際、ジュークの努力には眼を瞠るものがある。重臣たちに〝操り糸〟が切れていないと思わせるべく、表向きの政務こそほぼイエスマンで通してはいるが、裏では上がってくる案件一つ一つを丁寧に精査し、分からないことは自らこっそり『外宮室』のキースや宰相ヴォルツまで尋ねに行くなどして、学ぶ姿勢を少しも鈍らせない。最近では、「この案件はそのまま通したが、このままだとこういった問題点が出てくるのではないだろうか」とまで先回りし、早めの対応をヴォルツと話し合ったりもしている。
その合間に、王宮に保管されている莫大な歴史史料や各貴族家からの報告書などにも目を通して。放っておくと寝食を忘れるほど熱中しかねないからと、アルフォードがいつも一声かけて食事を運んだり、シェイラのところへ行くよう促したりと、身の回りのフォローを行なっているようだ。
そんな風に、本人はまるで無自覚ながら、一歩一歩着実に前へと進んでいるジュークは、ふと腕組みをして何かを考える顔になった。
「だが……そうだな。この考え方はあくまでもエルグランド王家特有のもので、他国はもちろん、国内の貴族ですら賛同してくれるかどうか怪しいのは確かだ。古来から、権力者が不老不死を求めて怪しげな呪術に手を出した、なんて話は枚挙に暇がないわけだしな。――ソラ殿、紅薔薇の力を使えば、完璧にとはいかなくとも、ある程度不老不死を叶えることができるのだろうか?」
「そう、ですね。数千年は無理でも、数百年長生きすることは可能かもしれません」
「なるほど。であればやはり、紅薔薇の力はこのまま秘した方が良いのだろう。幸い今の彼女は、他人へ無制限に〝命〟を与えられるほどには、力は覚醒していないと見える。……もしもそれほど自在に力を操れる域にまで彼女が達していたら、貴族議会の折、目の前で死にゆく者たちに、その〝奇跡〟を使わずにはいられなかっただろうからな」
「……正直、俺はそれが一番心配だよ。〝あの〟ディアナのことだ。自分の内には彼らを救える力があったのに、力が目覚めていなかったばっかりにみすみす死なせてしまったと、アイツがこの真実を知れば確実に一生気に病むだろう。俺はそんな、どうしようもない後悔を、ディアナに背負って欲しくない」
「無論のことだ。それに……万一紅薔薇が他者へ無制限に〝命〟を与えられるようになってしまったらと考えると、そちらの方が俺は恐ろしい。彼女のあの性格では下手をすると、ひたすら〝命〟を与えて与えて、自らをすり減らす一生を送ることになるぞ」
「その点に関しましては、カイさんがいらっしゃる以上、何としても阻止されるでしょうけれど……」
控えめながらしっかりと、シェイラが自らの考えを述べる。
「私が気になったのは、皆様が〝わざわざ〟、陛下を加えてこのお話をなさったことに関してです。ディーの不思議な力……『霊力』に関しましては、少なくともクレスター家の皆様方は、暗黙の事実として受け入れていらしたようにお見受けします。その『霊力』とディーの力について、陛下も交えて一からお話になったということは、その事実が今後、国そのものに関わってくる……とも受け取れますが、いかがでございましょう?」
「……いやはや、シェイラ様はやはり、とてつもなく頭脳明晰でいらっしゃる。未来の正妃殿下として推して参るに、不足のないお方ですね」
ゆっくりと、エドワードは目を閉じて。
――『賢者』の輝きに満ちた瞳を、ジュークとシェイラへ静かに向けた。
「ジューク。先の事件で命を落とした四人について、その死因を調査しても、はっきりした結論は出なかったよな?」
「……あぁ」
「あくまでも父上と俺の推論でしかないが、おそらく例の四人は『霊力者』としての資質がないにも拘らず、その身に余る『霊術』を使ったことで、身の内の『核』が壊れて魂を保てなくなったんだ。『霊力』の使い過ぎ、無茶な『霊術』の行使による『核壊』は、ソラ殿の話じゃ『霊力者』にもままあることらしい。同じことが、あの四人にも起こったってことだろうな」
「な……っ! し、しかし、『霊力者』でない者が『霊術』を使うなど、可能なのか?」
「……通常はあり得ません。しかし、ある特殊な条件を満たせば可能となります」
ソラが静かに切り出す。……彼の手にはいつの間にか、彩りも鮮やかで目にも楽しい模様が描かれた、様々な大きさの羊皮紙が握られていた。
「これは、我が国の『霊力者』たちがよく使う、『呪符』と呼ばれるものです。先ほども申し上げました通り、人間の『霊力』はそれぞれの『核』によって性質が変化し、使える『霊術』が変わりますが……この『呪符』を使えば、自身の『霊力』をある特定の『霊術』に適したものへと『変幻』させ、本来ならば使えない『霊術』が使えるようになるのです」
「……似たような記述が確か、『スピリエル伝承記』にもありましたね。確か伝承記には『文様師』が操る『文様』によって、様々な術が扱えるようになったと」
「その『文様』とはおそらく、我らで言うところの『陣』――この線画のことでしょうね」
羊皮紙に記された、色も模様も色とりどりな、見ているだけならば実に楽しい芸術品にも思える線画。……それがときに、人の命をも奪いかねない〝凶器〟となるなど、こうして実物を見ても信じられない。
深い憂いに満ちた瞳で、ソラは手の中の『呪符』を眺めたまま、口を開く。
「正直なところを申し上げて、私はこの国の『霊力者』たちの事情をよく知りません。旺眞皇国が国を上げて保護育成を行なっているのとは対照的に、この国ではいくつかの伝聞が〝お伽噺〟として伝わるのみ……。しかしながら、先に亡くなった者たちが『呪符』に〝喰われた〟ことを鑑みるに、今もなおひっそりと闇の中で彼らは生き続け、――理由は不明ながら、末姫様の、王国の『敵』として危害を加えてきた、ということだけは確かでしょう」
「……彼らの死因が『呪符』によるものだとすれば、もしや保守派の中に、彼らと繋がっている者がいる、ということか?」
「使役なのか協力なのか同盟なのか……いずれにせよ、何らかの形で王宮の〝誰か〟と『霊力者』たちに関わりがあることは、おそらく間違いないかと」
「そのような謎めいた者たちが、見えぬ場所から王国に牙を剥いている……」
険しい表情で、ジュークが考え込んだ。
エドワードも真剣に、自身の考えを音にしていく。
「俺が感じる脅威は、大きく分けて二つ。一つは、『霊力者』たちが反王国側にいるってこと。もう一つは……奴らがディアナをどんな風に見ているか、ってことだ」
「紅薔薇を?」
「……ソラ殿。そなたのように『霊力』に精通した者ならば、ディアナ様をしばらく観察していれば、その類稀なお力を感じ取ることはできるのであろうか?」
「どの程度の『霊力者』かにもよりますが……一定の力と技術があれば、気付くことはそう難しくないでしょうね」
「……ならば、ディアナ様のお力のことは、敵も粗方承知していると考えておいた方が無難か」
「これまでの接触頻度を鑑みるに、おそらくは」
「ならば……次は?」
「勿体つけるな、シリウス。俺なら、敵方に厄介な力を眠らせている奴がいたら、その力が目覚める前に叩く。ディアナの力が完全に覚醒したら、奴らにとっては不利にこそなれ、利点など一つもないんだ。……今のうちに殺してしまえ、ってなるのがセオリーに決まってる」
女性陣の顔色が、一瞬で青く染まる。
エドワードに寄り添っていたクリスが、ぎゅっと手を握ってきた。
「……させない。させないよ、絶対」
「あぁ、分かってる。だが敵は、未知の力を使う連中だ。俺たちだけじゃ歯が立たない。『霊力』関連の知識と技術は、向こうの方が圧倒的に優れてるだろうからな。連中が王宮の保守派……過激保守派と組んでいるのなら、権力側からのガードも必要になってくる」
「……そういうことか。だからこそ、俺とシェイラにもこの話が必要だったのだな」
ジュークがシェイラと視線を合わせ、強く頷く。
「紅薔薇に己の力を悟らせないまま、その力は秘したまま、彼女を狙う者たちから完璧に守る。そのためには、この場の誰一人が欠けることもできない。――そういうことだな、エドワード?」
「命を守るだけでは足りない。ディーの心まで守るためには、私たち全員がこの現状をしっかりと把握して、立ち向かう術を覚えねばなりません。……たとえこの先、どんなことが起こったとしても」
「あぁ。――本来ならば、『森の姫』を守るのは『森の民』の長である俺たちクレスター家の役目だった。けど、幼い頃から広い世界を望んでいたディアナを森の奥深くに閉じ込めるのは、本当の意味で〝守る〟ことにはならない。……今となっては、尚更に」
父デュアリスの葛藤が、今になってよく分かる。娘が『姫』に生まれ落ちたのだと確信したとき、父はどれほど悩み、苦しみ……全てを秘すことでディアナを守ると決めたのだろうか。敢えて『霊力』関連の知識からディアナを遠ざけ、彼女の力が目覚めないようにと祈って。何よりも〝ディアナ〟自身を大切に思い、その成長を見守ってきたのだ。
エドワードは徐に立ち上がると、ジュークの前に膝をついた。
「――どうか、頼む。当代の『森の姫』ではなく、俺の大切な妹を守るために。過酷な運命に翻弄され、その心身を害されることがないように。この国の、エルグランド王国の力を貸して欲しい」
一瞬の無言の後、強い芯の通った声が降ってくる。
「頭を上げてくれ、エドワード。膝をつく必要もない」
「ジューク……」
「頼まれるまでもないことだ。紅薔薇は、我が国の恩人。そしてシェイラにとって、唯一無二の大切な友人でもある。誰に頼まれずとも、彼女のためならば我らはできる限りのことをする」
「ジューク様の仰る通りです、エドワード様。ディーの幸福は、彼女を思う全ての方々が願うこと。ディーの真価は特別な『霊力』にあるのではなく、あくまでも彼女の内面の美しさ、魂の尊さにあるのです。……決して、『森の姫』の力などにディーを壊させはしません」
「……ありがとう、ジューク。シェイラ様も……〝ディアナ〟を見つけてくれたこと、心から嬉しく思います」
ようやく笑ったエドワードにつられるように、ジュークとシェイラも微笑みを浮かべる。
初夏の風が吹き抜ける中、エドワードはディアナの未来に思いを馳せるのであった。
ソラさん怖い……分かってたけどソラさん怖い……っ!
年末ということで、活動報告にご挨拶と来年の更新予定を載せております。
取り敢えず2020年1月1日0時に、番外編の方へ小話を一つ投稿しますので、よろしければご覧くださいね。




