???は語る
――波乱の『貴族議会』より、しばらくして。捕らえられた貴族たちの最終処分が決定された。
処刑嘆願書に記名した者、処刑許可を出した者たちは、例外なく王宮職を剥奪。加えてそれぞれの家のちまちました悪事に伴い、領地没収や来季の社交禁止、当主交代などの措置が取られた。家を取り潰されるほどの悪事を働いていた者は、幸か不幸か存在せず。しかし『悪の帝王』に目を付けられたと恐怖して、いくつかの家は自主的に爵位を返上したと聞く。
『紅薔薇捕縛』と『寵姫誘拐』に実際に関わった騎士たちは、驚くほどに処遇が分かれた。積極的に荷担した者と逆らえなかっただけの者、そして少数ながら、表向きは唯々諾々と従いつつ裏で離反していた者がいたのだから、ある意味当然ではあるのだが。細かな事情聴取としつこいほどの聞き取り調査によってその三者を明らかにし、内実と功罪に応じた処分が下された。最も厳しい刑で騎士称号の剥奪と財産差し押さえの後王宮追放、軽くて一ヶ月の減棒。王宮騎士の歪んだ『正義』を記した『功労者』は確かに存在したはずが、関係者に『功』を讃えられた者はいない。……実は本人の、「下手に褒美とかもらって目立つより、これからも安定して働き続けたい」という希望を加味した結果であった。
部下からさんざん『馬鹿』扱いされていたユーノス『元』騎士は、騎士の称号を永久剥奪、王宮騎士団小団長の職と地位ももちろん解かれ、四十間近で見事、路頭に迷うこととなった。兄であるユーノス子爵が貴族議会終了後、即座に内務省に子爵位の返上を申し出たため、実家の爵位と自身の騎士位を失った彼はその日から、貴族とは呼べないただの風来坊に成り下がる。
加えて王国は、新たに作ったユーノスの戸籍証明書に元の身分と職を事細かに記した上で、「彼と契約する際は国に届け出ること。これを破り、無許可で契約締結した際は処罰の対象となる」とした一文を追加。よほど頭の残念な者でなければ、一目で彼が『ワケあり』だと理解できるようにした。
ユーノスの罪状は重く、本来ならば懲役刑でもおかしくない。それが監視付き市井放逐という処罰に落ち着いたのは、もともと騎士職だった男を肉体労働させたところで大した罰にはならないという、独特の事情によるものだ。罪人の衣食住すら保障するエルグランド王国では、懲役中の罪人たちはある意味で非常に恵まれている。体力のある元騎士ならなおさらのこと。
これまでの蓄財も全て没収され、王より直々に騎士の称号を剥奪され、兄が貴族を捨てたことで貴族位ですらなくなった男は、これから真っ当に生きようとする度に、その『前科』を大々的に宣伝しなければならない。貴族位はもちろん騎士の称号も、王宮騎士小団長の職とて、よほどのことがなければ剥奪なんてあり得ない。つまり自分はその『よほどのこと』をしたのだと、新しい戸籍証明書を他人に見せる度、無言で教えることになる。
戸籍証明書は、真っ当な仕事、真っ当な寝床にありつきたいなら不可欠のものだから、この先のユーノスには、常に国に監視されつつ『真っ当』に拘るか、国に監視されない『裏』に走るか、その二択しか存在せず。既に『ノーラン商会』と商人でもある新興貴族の方々が、全国の支店を通じて『ユーノス元騎士』の悪行をありのまま、善良な市民の皆様にお伝えする『義務』に乗り出しているため、この先彼がただの王国民として平穏に過ごせる可能性は限りなく低い。戸籍の要らない『裏』に潜ったところで、クレスターの至宝をさんざん虚仮にした彼がどういう扱いを受けるかなんて考えるまでもなく。……どこへ行っても監視され、悪事すら犯させてもらえない彼の居場所はもう、この国のどこにも存在しない。
ハーライ侯爵に「騙されていた」と訴えるメルセス侯爵は、もっともお約束な結末を迎えたと言って良いだろう。職と貴族位の剥奪、生涯の登城禁止。彼の娘も、後宮における数々の素行不良を理由に側室の任を解かれ、実家へと帰された。候自身はメルセス家の別邸の一つにて『隠居』、外部とのやり取りも制限される。
跡を継ぐこととなったメルセス候の息子は、押しの強い父に幼い頃から圧迫されて育った、気弱で自己主張のできない男。父が罪を重ねて追放された王宮に居続けたいはずもなく、領地のほとんどを自主的に返上し、父の『隠居』先の土地で、細々と暮らす道を選ぶ。今回の騒動で、なんとか娶った妻にも離縁を申し出られた息子は、この先一人で生きていくそうで。……遠からず、メルセス侯爵家は途絶えることになるのだろう。
メルセス侯爵を騙していたハーライ侯爵もまた、「ココット侯爵の陰謀に巻き込まれただけだ」と主張を続けたものの。彼が自発的にシェイラ・カレルドの誘拐を補佐し、一切の証拠がないまま『紅薔薇』の関与を確信して処刑を行おうと目論んだことは、どう言い訳しても逃れられない事実であり、情状酌量の余地など存在しなかった。
加えてハーライ侯爵自身、怪しげな組織と手を組んでちまちませこせこ汚い金を貯めており。……強制捜査が入ったハーライ侯爵邸から、本来なら後宮にあるはずの美術品がいくつか見つかったのは余談だが。
諸々の罪を鑑みた結果、ハーライ侯爵家は彼の代で終わりを迎えた。侯爵本人は生涯、地方の修道院にて常時監視付きの幽閉となる。外部との接触は禁止、手紙のやり取りなどももちろん許可されない。
貴族位でなくなったこと、そして側室不適格の訴えが上がったことにより、ハーライ侯爵令嬢も後宮追放となった。当主を失い娘が出戻ったハーライ一家はもはや貴族ではなく、領地と財産全て失ったこの先の彼らが「食べていけない」と泣きついてきたところで、そこは国の関知するところではない。
そして、全ての『黒幕』とされたココット侯爵。その罪はとてつもなく重く、『アズール内乱』以前ならおそらく、問答無用で一族郎党処刑だったろう。後宮関連だけでなく、王都や領地の悪徳金貸しと共謀して利息を法外な値に設定し、知らないうちに一生かかっても返せないほどの借金を民に背負わせるなど、悪辣極まりない詐欺の常習でもあって。そうして侯爵に騙され、無報酬で働かされていた者たちが、続々と各地の役所や王宮に訴える騒ぎにまで発展した。
侯爵家が後ろ盾になっていた詐欺は、どうやら侯爵領ではほとんど『当たり前』だったようで。驚いたことに、ココット家自慢の『軍隊』には、そうして借金の形に無理矢理『入隊』させられた者が相当数存在した。
ココット侯爵家は即日取り潰し、財産は問答無用で没収。全ての領地は一度国が預かり、詳しい調査は追って行われることになる。
後宮にて毒薬の運び手となった娘、マーシア・ココットは、側室解任と生涯の登城を禁止された。彼女は今後、規律の厳しい女子修道院にて見習いの修行を受け、修道女になれる資格を得た後、外の社会に戻るか一生を神に捧げるか選択する。
父の悪行を止めるどころか、自分好みの少女集めに利用していたココット侯爵の嫡男には、無期懲役の刑が下った。女性へ著しい精神的苦痛を与えた男に対し世間の風は冷たく、また彼が「可愛がっていた」と主張する少女たちの誰からも助命嘆願が出なかったという事情もあって、『要望にある去勢は妥当』とする判断が降りる。ついでに、『意図しない性的苦痛がどれほどのものか知る意味で、男娼懲役は意義のあるものだ』とも決定され、現場からの『提案』がそのまま『実行刑』として採択された珍しい案件として歴史に残った。
肝心のココット侯爵本人は、残りの人生全てを肉体労働に捧げる終身刑となった。貴重な鉱石が数多く採れることで有名なガントギア特別地域の鉱石採掘場にて、監視付きで死ぬまで、朝から晩まで石を掘り続けることになる。衣食住は保障され、病気になったら医者にかかることもできるけれど、そうやって死なないように『石掘り要員』として飼い殺されるなど、おそらく侯爵にとって最も屈辱的なことだろう。唯一の慰めは一緒に連れて行くことを許されたエクス鳥だが、どちらかといえば親と離れたら死んでしまうエクス鳥のための『温情』なので、侯爵にあまり得はない。餌とて侯爵の給金から天引きになる予定だ。
――卑劣な犯罪に荷担した者たちが華々しく裁かれていく裏側で、利用されていた者とその縁者たちも、ひっそりと表舞台から去っていく。
家族の暴走に気付けなかった責任を取るとして、マジェンティス家は爵位を返上。弟にそこまで恨まれていたと知らなかった嫡男は一時ショックで寝込んだものの、妻に檄を飛ばされて復活したそうだ。弟の罪を償うためにもと、今後の道を模索中と聞く。――オレグ本人は、意識を失ったまま家へと帰され、家族全員が見守る中、議会の翌日静かに息を引き取った。
嫡男と、彼が妻にと望んだ娘を同時に喪ったタンドール伯爵もまた、爵位を手放した。今後は領主としてではなく別の立場から、異国との交易に関わっていくそうだ。
証言にあった『赤銀の髪の男』として有力候補だった、ノーマード・オルティア。議会の閉会後、慌てたオルティア侯爵が家に飛んで帰ったところ、自室にて眠るように死んでいる息子を発見。死因は不明だが、彼の肉体的な変貌が利用されていた他三名と酷似しており、同時にココット侯爵がノーマードとの関係を自供したため、オレグとココット侯爵を繋いでいた人物の可能性が極めて高いと調書に記された。
――だが、革新的中立派だったオルティア家のノーマードと、過激保守派の急先鋒だったココット侯爵の関わりそのものを疑問視する声も強く、引き続き調査を続けていくことになりそうである。
……そして後宮にて、操られた結果とはいえ全ての発端となった、ソフィア・タンドール含む四人の側室たち。「真摯に反省するのであれば」と王宮側は寛容な姿勢を取ったが、元来真っ直ぐな気質を持った娘たちだ。甘い措置は、彼女たち自身が望まなかった。
「犯した罪を償うためにも、生涯神に近い場所で、祈りを捧げたく思います」
ある者は修道院へ、ある者は神殿へ。貴族位を自ら捨てて、彼女たちは後宮を去った。
――愛する兄姉を亡くした、ソフィア・タンドールもまた。
「お兄さまと、……おねえさまと。二人のために、祈り続けたいのです」
二人が眠ることを赦された墓地を管理する神殿に入り、下働きの下女として、墓の世話をしたいと申し出た。父が伯爵位を返上したソフィアは既に貴族令嬢ではなく、どのみち後宮に居続けることはできないが、自ら下働きを志願した彼女に、振り回された後宮の女性たちからも同情の声が多く寄せられたという。
彼女が後宮を去った日。非公式ながら、見送りには『紅薔薇』ほか、数名の側室が揃った。
ソフィアは改めて『紅薔薇』に謝罪し、『紅薔薇』もまた、ソフィアの気持ちを深く知ろうとせず、止められなかった現実に頭を下げた。「どこまでお人好しなのですか」と、ソフィアは泣きながらも綺麗に笑ったそうだ。
やがて、朝靄の中。彼女は朝日に向かって凛と立ち。
「あなたが陛下と創られる、未来を。この国の片隅より、いつまでも見守っております――」
瞳は合わさず、けれど迷いなく。見送りに出向いていた『彼女』に告げ、ソフィアは振り返ることなく後宮の門をくぐり、遠ざかっていった。
――そう、とある女官の回顧録は語る。
* * *
『…………
……
エルグランド王国歴、四百十三年。史上例を見ない規模の後宮は、開かれて一年経たないうちに七名の側室が追放されるという形で、王国の歴史に刻まれることになった。
この時期のジューク王が誰を寵愛していたかについては、歴史研究家の間でも意見が分かれている。当時一部貴族の間で、シェイラ・カレルドが『寵姫』と認識されていたのは誘拐事件からも確かと思われるが、それがジューク王の内実を示しているのか判然としない。ジューク王がシェイラ・カレルドと接触し、言葉を交わした公式記録は『貴族議会』まで存在せず、かろうじていくつかの私的資料でその片鱗が窺えるのみ。それとて「夜会で王がカレルド男爵令嬢を踊りに誘ったように見えた」や「非公式に後宮に通われているらしい。きっと身分低い寵姫ゆえに、公にすることができないのだ」など、憶測の域を出ない。この私的資料を元に「ジューク王は後宮開設当初からシェイラ・カレルドを寵愛していた」と主張する一派がいることは事実だが、あくまで少数派である。
一方の『紅薔薇』ディアナ・クレスターに関しては、ジューク王との公式記録が入宮当初から充実している。そもそも彼の王の後宮にて、入宮初日に公式訪問を受けて一夜を共にしたのは彼女のみであり、それ以降側室が増えなかった事実からも、初対面で二人の間に特別な感情が芽生えたのだとする説は根強い。入宮してすぐに、彼女が後宮内で巨大派閥を作ることができたのも、王の寵愛があったからだという説が一般的である。
『紅薔薇』として正妃代理をそつなくこなし、異なる派閥の貴族が一堂に会する王国史上初の後宮園遊会を大成功へと導いたディアナ・クレスターへのジューク王の信頼は、非常に厚かったようだ。園遊会後に突如発覚した女官長、サーラ・マリスの不正を暴く際も、ジューク王は彼女に協力を要請したとされている。公開されている資料を紐解くに、ジューク王がディアナ・クレスターを特別に想っていたことは確かであろう。
ジューク王がシェイラ・カレルド誘拐事件の際、『黒幕』として捕らえられたディアナを救うべく『貴族議会』を開いたことは、キース・ハイゼットが残した手記からも明らかになっている。同手記によれば、王は同時にシェイラの救出も試みていたそうだが、それが寵愛故か王としての義務感故かは知らされていない。その曖昧さ故に、現代まで続く論争の的となっている。
この『貴族議会』において、ジューク王と『紅薔薇』ディアナが明らかな絆を見せつけたのは、あらゆる資料で語り尽くされている歴史的事実だ。「一年目のジューク王が誰を寵愛していたか」という論争において、『紅薔薇』ディアナ・クレスターだと主張する歴史家たちは皆、この『貴族議会』を確固たる論拠として挙げる。それに対しシェイラ・カレルドを推す研究家は、「資料をよく読み込めば、『紅薔薇』は一度もジューク王との恋仲を肯定してはいない」と反論するが、さすがに無理があると言わざるを得ない。
仮に、ジューク王とディアナが当時、男女の関係にあったとすれば。「シェイラ・カレルドの誘拐に『紅薔薇』ディアナが何らかの形で関与していたのではないか」とする当時の疑惑は、的外れとは言えない。ディアナが恐怖によってソフィアらを支配していたと考えれば、『貴族議会』の場でソフィアに嘘八百を証言させることも可能だろう。後宮外から後宮内を操ったのだとする当時の調査結果はそのまま、後宮内から後宮外を操れる証明にもなる。
表向きはあくまでも『被害者』のまま、実は黒幕すらもディアナが操り、自らの権勢の邪魔になるココット侯爵らを葬り、用済みになったソフィアらも同時に捨て去った――。当時の『貴族議会』の結論とはまるで異なるが、その後の『紅薔薇』の軌跡を見るに……』
「――何読んでんだ?」
「うわっ、びっくりした! 気配消して近付くなよ」
「別に消してない。えーと……何だ、キューブリックか。確かに手っ取り早く調べ物できるけど、コレ素人も編集に参加できるから、信憑性はそんなに高くないらしいぞ」
「そんなことは知ってる。けど、だからこそ世間一般の俗説を知りたいときには便利なんだよ」
「……俗説が知りたいのか?」
「というより、俗説の確認だな。あまりにも自分の知ってる事実と世間の認識が食い違ってると、どう話を合わせるべきか分かんなくなるから」
「あー。たまにあるな、そういうこと。けどこれ、『エルグランド王国』の項目だろ? ……しかもジューク王の時代って」
「お前、世界史詳しかったっけ?」
「世界史っつーか、家の事情でエルグランド王国には詳しい。――うーわ、さっすがキューブリック。ディアナ姫、めちゃくちゃ言われてんなー」
「……え、何で、」
「なぁ、これ続き読まないか? キューブリックで姫がどう語られてんのか、俺も興味出てきた」
「別に良いが……読み終わったら話がある」
「奇遇だな。――俺もだよ」
――歴史に闇は存在しても、時の流れに空白は存在しない。
その体現者たる少年たちは、それぞれが抱えるものを秘め、画面を下へとスクロールさせた――。




