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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
121/243

羽ばたきが示した人物は

明けましておめでとうございます。新年最初の本編更新は、即席『ダー◯ィンが来た!』から始まります(笑)


 ――エルグランド王国を南北に走り、東西を分けるマミア大河。その西側に広がる草原、エクス平野が主な生息地であることから、エクス鳥はその名が付けられた。

 室内の光で見ても艶やかな茶色の羽は、太陽の下で角度を変えると虹色にも見えて。その美しさと鳴き声の心地よさから、観賞用の鳥として一番に名が上がる。


 しかし。彼らの習性を知る者の間では、昔から、エクス鳥は全く違う使われ方をしてきた。


「エクス鳥の特徴は、大きく分けて二つ。生まれて初めて見たものを親だと思い込む刷り込みと、その特異な帰巣本能だ」


 デュアリスが、『賢者』の本領発揮とばかりに、事情がよく分かっていない聴衆向けに解説を始める。


「刷り込みについては、よく知られているな。この特徴を持つ鳥は少なくないが……エクス鳥の場合、生まれて初めて見たものがなんだろうと、頑固に死ぬまでそれを親だと思い込む。極端な話、ただの棒きれだろうが壁だろうが、親だと思い込む。エクス鳥の親鳥はそれが分かっているから、野生の彼らは絶対に、何があろうと、雛が孵るまで卵の側を離れない」

「もしかして、エクス鳥を飼う場合、必ず『卵から孵してください』なのは……」

「刷り込みされた後の雛だと、まず確実に『親』以外に懐かないからだな。――エクス鳥の帰巣本能の第一は、視覚によって記憶された『親』の顔、第二に聴覚に記憶された『親』の声と言われている。この二つを利用し、エクス鳥は古くから、伝書鳥としても使われてきた」


 デュアリスが、今まさに帰巣を果たしたエクス鳥を指す。


「まず、孵ったエクス鳥に、帰るべき『親』の顔を見せ。次に、帰るべき『親』の声として、特殊加工された鈴の音を三回鳴らして覚えさせる。人間の耳には他の鈴と変わりない音に聞こえるが、エクス鳥は確実に聞き分けられるそうだ。雛が『顔』と『声』を覚えたら、今度はその二つを徐々に離して、間を往復させる訓練をする。エクス鳥は目も耳も抜群に優れているから、成鳥なら半径数十キロ程度は問題にならんらしい」


 中距離の通信手段としては、実に優れている、とデュアリスは頷く。


「エクス鳥が他の種類の鳥と違うのは、帰巣の本能が『巣』ではなく『親』にあるところだ。つまり、親がどこに移動しても、『顔』と『声』さえ覚えさせておけば、それを目指して飛んでくる。遠い昔、侵略戦争を繰り返していたアント聖教国にとっちゃ、非常に有能な『運び屋』だったわけだな」

「ですが、それほど有能ならどうして、もっと広くに知られていないのでしょう?」

「利点と同じくらい、欠点も多いからだよ。刷り込み本能からも分かるが、エクス鳥は非常に親愛の情が強い。同じような大きさの鳥の中ではダントツに長生きで、生涯に産む卵の数もそれだけ多くなるが、エクス鳥の死因で最も多いのは『親離れ』の失敗だ。成鳥になり、独り立ちの時期が来ると、エクス鳥の親は子どもを突き放し、巣から追い出す。『親』への帰巣本能のある子どもたちは、追い出されても追い出されても帰ろうとして、やがてここには帰れないと悟り、自分の巣を作るようになるんだが……野生のエクス鳥でさえ、そうして独り立ちに成功できるのは、かろうじて五割を越える程度だ」


 デュアリスの即席講座に、知らない人は聞き入って、知っている人は深々と頷いている。シェイラは知らなかったようで、息を呑んでいた。


「半分ほどしか、『親離れ』できないのですか?」

「追い出されても追い出されても、必死に『親』元へ帰ろうとして、そうしているうちに力尽きて飛べなくなり、死んでいく。エクス鳥が他の鳥に比べ寿命が長く、一生のうちに産む卵の数がそれだけ多いのは、その強すぎる帰巣本能による弊害を補うためとすら言われているんだ。一組のつがいが三羽以上『親離れ』を成功させれば、種としては緩やかに増えていけるわけだからな」


 分かるだろう? とデュアリスは肩を竦めた。


「野生のエクス鳥でさえ、そうなんだ。伝書用に調教して、敢えて『親離れ』させないエクス鳥たちの『親』への親愛は、野生の彼らの比ではない。『親』として認識した人間の顔は絶対に忘れないし、仮に迷子になっても、死ぬまで『親』を目指して飛び続ける。――一羽のエクス鳥を扱えるのは、実際のところ一人だけ。『声』の鈴はあくまでも合図であって、伝書鳥としてのエクス鳥は、生まれて初めて見た相手に死ぬまで手紙を運び続ける、たった一人のための『運び屋』なんだ」


 クレスター家が、通信手段としてエクス鳥を使わない理由もここにある。空飛ぶ鳥を使ってのやり取りが実はそこそこに目立つという理由以上に、エクス鳥の親愛は『重すぎる』のだ。一羽の鳥と死ぬまで向き合う覚悟をして初めて、エクス鳥とつき合う資格があるとディアナは思う。

 帰巣本能と一体になった『親』の刷り込みであり『親愛』であるから、生まれて初めて見たものが感情を返さない無機物であったエクス鳥の雛は、実のところ長生きすることができない。生まれたばかりの雛は、それこそ『親』と覚えた相手からしか食物を受け取らないし、『親』が傍にいなければ眠ることすら難しいからだ。エクス鳥を伝書鳥として調教してきた歴史の中で、最初にエンブレムのようなものを見せて『親』と刷り込ませ、エンブレムと鈴の間を往復させようという試みも行われたそうだが、エンブレムを見せつつ餌をやっても一切反応せず、その雛はそのまま弱って死んだと記録に残っている。


「育てるのに手間暇かかる割に、片方の人間は必ず固定じゃないと機能しない。挙げ句、もし仮に顔を覚えた『親』がいなくなったら、鈴だけで従えておくには限度のある鳥だ。『親』を探して彷徨い、衰弱していく。人によく馴れて、頭も良くて、確実に手紙を運んでくれる奴らではあるが、いつ誰が死んでもおかしくない戦ばかりの世の中では扱いにくい鳥だったんだよ。だから、有能だけど広く使われることはなかった。現代でもエクス鳥は主に観賞用だ。卵から孵して『親』元で飼う分には、エクス鳥の本能も満たされて、かなり長生きするからな。……他人への譲渡だけはできないが」


 そこまで説明し、デュアリスは改めて、シェイラが投げ落とした鈴を拾って帰巣したエクス鳥と、その先にいる――。


「俺も知りたいな、ココット侯爵。それほど親愛の情が強いエクス鳥が、鈴を拾って一直線に飛んでいったそなたに、この件がどのように関わっているのか」


 言葉だけは軽く、しかし翡翠の瞳を重く光らせて、側室マーシア・ココットの父、ココット侯爵を睨みつけた。


 ここに来て、新たに出てきた『関係者』とおぼしき存在を前に、議会も落ち着きをなくしてざわめいている。

 言葉を返せないらしいココット侯爵へ、デュアリスの追及は止まらない。


「シェイラ嬢が持ち帰った鈴は、嬢を誘拐した一味のうち、『侯爵』とやらと繋がっていた男が持っていたもの。間違いないか?」

「はい、伯爵様。間違いございません」

「つまり、だ。エクス鳥の習性から考えて、その鈴と対になる『親』は、男が直接指示を仰いでいた相手である可能性が極めて高い。『声』を頼りにここまで飛んできたエクス鳥が、『声』を失い帰巣本能の第一である親の『顔』を目指したのだとしたら。――シェイラ嬢を誘拐した一味とココット侯爵には、何らかの繋がりがあったと考えるのが妥当だよな」

「ち……違う、違う! これは何かの間違いだ!」

「いいや。他の鳥類ならいざ知らず、エクス鳥は『親』を間違えたりしない。そいつはそなたに随分と懐いているようだぞ?」


 ピィ、ピィと鳴きながら、ココット侯爵の手に頭を擦り付けるエクス鳥。子どもが親に親愛を示すときの仕草そのものだ。

 目で見て分かる、まさに決定的な証拠。物言わぬ動物たちの行動には嘘がないからこそ、ときに彼らは、人間よりはるかに信頼できる『証人』になる。

 デュアリスは、ゆっくりとした歩みで、ココット侯爵が座る議席の下までやってきた。


「ココット侯爵。そなたの王宮での役職は、内務省副大臣。……それも、八人いる副大臣をまとめる頭だったな。法律にも詳しく、非公式ながら、調停局に意見を求められることも多いとか」

「それは……」

「忙しい中でも領地の管理に熱心で、特に自領の警備には殊の外熱を注ぎ、ココット侯爵領軍は王国軍にも引けを取らないと専らの評判だとも聞く。……その分、隣接する土地の領主からは、警戒されているらしいけどな」


 エルグランド王国にとって、各々の貴族が管理する領地は、王家から与えられた報奨であり、同時に責務だ。自領の警備のため、予算内で軍を組織することそのものは違法でも何でもないが(事実、各地のクレスター領にも軍は置いてある)、その軍で他領に侵入するのは御法度。何しろ旧く、まだ名前がなかった『湖の王国』時代から、『攻め込まれたら叩きのめして追い出すけど、自分たちから侵略はしない』を国義の第一に掲げ、それを貫き通して半島統一を成し遂げた国なのだ。武力による侵略には、潜在的な嫌悪感を持っている。

 王国の貴族たちが、互いの領地を守る軍をそれぞれに持ちながら、それでも何の衝突も起こすことなく平和を維持しているのは、この『武力侵略なんてあり得ない』という大前提ゆえでもある。実際、去年の春にクレスター領ゼフラで領地に関するいざこざが起こったときも、互いに軍を動かすという発想はなかった。

 ――要するに。そんな『大前提』がある国にもかかわらず、隣接する領主たちから警戒されるココット侯爵領軍は、客観的に見て『ヤバい』部類に入るわけだ。


 ディアナは二ヶ月ほど前、年迎えの夜会で衝突したココット侯爵令嬢マーシアと、彼女の父親について言及したリリアーヌのことを思い出していた。


『ココット侯爵は、貴族としての誇りを失わない、立派なお方。後宮でのマーシアの振る舞いを聞いても、愚かな女によくぞ立ち向かったと誉めこそすれ、お怒りにはならないでしょう。貴族でない者が、爵位を持つことこそ誤りだと……お隣の領地にでも、攻め入られるかもしれませんわね?』


 そう。あのとき、リリアーヌははっきり言っていた。『ココット侯爵家は、戦の準備をしている』と。

 あのときは、そう言われて、ディアナはシェイラに危害を加えていたマーシアと、ついでにそこにいるハーライ侯爵、メルセス侯爵の娘からも、手を引かざるを得なかった。後宮の厨房や、クリスたち後宮近衛にも協力してもらって、決定的な現場を押さえたのに、だ。

 リリアーヌのはからいで、彼女たちの私的侍女は年が明けてすぐ、後宮から下がり。マーシアたちには後宮近衛の見張りがついて、事実上の軟禁状態だった。それからしばらくしてソフィアたちの動きが明るみになり、その関係で見張りの数そのものは減ったけれど、それでも何か不審な動きがあればすぐ分かるようにはなっていたはず。


 だが――それはあくまでも後宮内の、マーシアの話。

 ソフィアたちが熱に浮かされたように動き出してから、彼女たちの奇行の原因を探る方が優先されて、保守派貴族全体への注意は逸れた。ソフィアたちの動きが、あまりにも保守派にとって都合の良すぎる展開だという理由で、ランドローズ侯爵家については探っていたが……正直、要注意の保守派の家なんて山ほどあるのだ。いくらクレスター家が諜報に秀でていても、広く浅くではどうしたって限界が出てくる。

 もちろん、リリアーヌにあれほど直截に言われた『ココット侯爵家の軍備』について、クレスター家が調べなかったなんてことはない。しかしデュアリスの見解では、『確かに無視できる規模ではないけれど、今すぐ動く準備が整っているわけでもなく、訓練が行き届いているとも言いづらい』らしく、軍そのものは要注意事案に留まったのだ。

 百五十年前を最後にまともな戦を経験していないこの国の貴族にとっては、平均以上の規模と武器数の軍隊を所有する、好戦的な隣の領主は、脅威を感じるに充分すぎる存在なのだろう。が、兵と武器さえ揃えれば強い軍になるという考えは、残念ながら間違っている。『戦争』のための『軍隊』についてよく知っているデュアリスから見れば、ココット侯爵領軍は『注意して見ておく必要はあるけど、全力で警戒するほどじゃない』程度の存在でしかなかった。


 だから、ディアナも安心して。……それきり、後宮の外にいるココット侯爵については、たまに思い出すだけだった。

 今回の『誘拐事件』。ベルを、ライノを、オレグを操り、ここにはいないけれどノーマードと繋がって。

 保守派の『調整役』を担ったのは――。


「――ココット候。そなたの立場なら、ハーライ候の後ろ盾になることも、メルセス候の調停局での扱いについて口出しすることも、どちらも可能だな。軍備増強に力を注いでいるそなたの『部下』なら、酒場に集まった無法者たちをノして、誘拐犯の六人に潜り込むことだって造作もない」

「ま……待て」

「あぁ、なるほど。軍作りに熱心だからこそ、今では専門家くらいしか知らない、エクス鳥の伝書利用にも辿り着いたわけか。いまどき、アント聖教国研究家か鳥類専門の学者くらいしか知らんぞ。伝書鳥としてのエクス鳥なんか」

「クレスター伯もご存知ではないか。シェイラ・カレルド嬢を送り届けたという、旅の者も」

「俺はたまたま、その手の本を読む機会があったからだな。その『旅人』がどこで知ったかは、本人に聞かんと分からんが……王国全土を旅してるなら、エクス平野に行く機会があったのかもしれん」


 ……まぁ、カイのことだから、エクス平野にくらい行ったことは当然あるだろうけど。どちらかといえば、裏社会をまたにかける『仔獅子』として、その手の知識が必須なのではなかろうか。数は少ないとはいえ『裏』の『運び屋』には、鳥を専門に扱う者もいるから。

 嘘はついてないけど真実でもない、絶妙なデュアリスの言葉に惑わされ、『調整役』――ココット侯爵の顔色が、どんどん悪くなっていく。言い逃れようにも、彼の膝の上でくつろぐエクス鳥が雄弁すぎて、言葉すら上手く出てこないようだ。

 きょろきょろと落ち着きなく、左右に瞳を動かして。――彼はようやく、立ち上がる。

 膝の上のエクス鳥が驚いて飛び上がった後、ココット侯爵の肩にちょこんと収まった。


「なるほど。確かに、このエクス鳥は私が卵から孵し、育てた個体であることは間違いないようだ。――が、クレスター伯。この鈴を誘拐犯が使用して、手紙のやり取りをしたという、確かな証拠があるのかね? シェイラ・カレルド嬢は手紙と同じ場所にあったがゆえに鈴を持ち帰ったそうだが、実際に鈴が使われた現場を目撃したわけではないだろう」

「ごくごく一般的なお嬢さんに、何を要求してるんだ? 誘拐され、王宮から大々的に捜索されることもない中で、自力で脱出して確かな物的証拠を持ち帰っただけで、かなりの絶技だろうに」

「あの、いえ、伯爵様。確かに、鈴が使われた現場を目撃してはおりませんが……音は、聞きました」

「音?」

「はい。男が『『侯爵』の指示もなしに殺してはまずい』と呟いて廃小屋を出ていってから、紙を持って戻ってくるまでに、人気のない森には不自然な鈴の音がしたのです。……おそらくそのときに、手紙のやり取りが行われていたのではないかと」


 シェイラの証言に、突破口を見つけたつもりだったココット侯爵が、再び焦りの色を濃く宿した。年齢の割には寂しい頭が、汗のせいか先程より光って見える。

 デュアリスが、非常に人の悪い笑みを、ココット侯爵に向けた。


「そうだな。街中なら、どこからともなく鈴の音が聞こえてきても、おかしいことなんかまるでないが。人気のない森で鈴の音が聞こえて、その後にどこからともなく『指示』の紙が現れて、その紙と同じ場所に伝書鳥を呼ぶ特殊な鈴があったと来たら、目撃証言なんてなくても充分すぎる『証拠』だろ」

「あ、父上。少しよろしいですか」


 デュアリスから『指示』の紙を受け取り、キースとともにカートの側に引っ込んでいたエドワードが、何かを発見したらしくひょいと手を挙げる。


「何だ?」

「はっきり鑑定してみないと分かりませんが、この紙を書いた人物は、ココット侯爵である可能性が高まりました」

「……何を根拠に、そのようなことを。クレスターのご子息に、一目見て他者の筆跡を判断できる才能があったとは驚きですな」

「いえ、侯爵。俺にそんな文官的才能はありませんよ。確認したのは筆跡ではなく――使われているインクです」

「な……!?」


 ココット侯爵が目を見開くと同時に、デュアリスが首を傾げた。


「特殊なインクには見えなかったが?」

「ハイゼット殿が、覚えていてくださったのですよ。なんでも最近、上の方々の間で、ペン先からインクが出るタイプの、インク壷と一体になった新しい筆記具が流行っているとか」

「ほー。そんな流行があるのか」

「ココット侯爵はその新型の筆記具を愛用しておられ、常に身につけ、ちょっとしたサインや走り書きなどにはそちらを使われるそうです。その筆記具に使われているインクは、乾きを早めるために成分を調整してあるとかで、熱を加えると色が薄くなるんですよ」

「あぁ、なるほど。筆跡鑑定の前に、ひとまず温めてみたわけか?」

「えぇ、ものは試しですから。『指示』の紙はまさしく走り書きで、飛んだインクも多かったので、その辺を少し。……で、見事に薄くなったんです」


 話しつつ、エドワードはデュアリスに近づき、紙を手渡して該当の場所を示す。さすがにディアナの位置から、薄くなったインクまでは確認できないが、エドワードがこんなところで嘘を言うわけもない。

 親子の会話に、ココット侯爵が割り込む。


「そのようなものは証拠にならん。新型の筆記具を使っているのは、私だけではなかろう」

「えぇ、それはもちろん。ですが少なくとも、先程まで『首謀者』とされていたハーライ侯爵、メルセス侯爵の二人は、その筆記具をお使いになる習慣がありません。それだけでも、誘拐犯が指示を仰いでいた『侯爵』が二人でない証明にはなりますね」

「侯爵など、この国には他にも大勢おる! 保守にも、中立にも、革新にもだ!」

「革新派を明言していらっしゃる侯爵がおいでなのは確かですが、彼らにシェイラ嬢を誘拐する動機はない。後宮の争いがどう転んだところで、側室のお身内はいませんからね。『紅薔薇派』が優勢になることは、確かに革新派の一助にはなるでしょうが、縁もゆかりもないディアナのためにわざわざ危ない轍を踏むこともないですし。……ていうか俺、ずっと言いたかったんですけど」

「……何をだ」

「いえね? どうしてディアナが、革新派の優勢のために、後宮で『紅薔薇派』を盛り立てるみたいな論調になっているのかと。皆様お忘れのようなので明言しておきますが、クレスター伯爵家は代々、王宮の派閥争いからは距離を置く、典型的な中立派ですよ?」


 ぽかん、という擬音が、今にも議会全体から聞こえてきそうだ。ディアナが『紅薔薇』になって、いつの間にか『紅薔薇派』ができて、保守派側室が集まる『牡丹派』と火花を散らしているから、なんか勝手に当代『紅薔薇』イコール革新派、と思い込まれたようだけど。

 そもそもディアナは派閥争いになんか本気で興味がないし、『紅薔薇派』ができたのだって不幸な偶然と勘違いが重なった末の想定外。ここまで率いてきたのも、革新派を盛り立てるためなんかではさらさらなく、リリアーヌの暴走を止めて後宮を安定させ、革新派の側室とその実家の不満を抑えて、後宮が戦争の引き金にならないようにするためだ。割と真面目に、『紅薔薇派』や革新派の盛衰そのものは、どうでも良かったりする。


 エドワードの言葉に「そういえば」という表情になった方々が、被告席に座るディアナを見上げてくる。目は口ほどに雄弁で、「なんで革新派閥なんか作ったの?」という声が、今にも聞こえてきそうだ。

 ディアナはディアナで、ここに来て全ての論法(ロジック)を前提からひっくり返しにかかる兄を、半ば呆れて眺めた。


「ディアナが、王宮でのクレスター伯爵家の権勢拡大を謀って、実家やその協力者と手を組んで悪事を働いた……とかなら、理屈としては成り立つんですけど。革新派のタンドール伯爵家嫡男その他を操って、シェイラ嬢誘拐して、もし仮にそれが成功して正妃になって、タンドール家含む革新派の後ろ盾になったところで、ディアナに何の得もありませんよね? 革新派の力が増したって、ウチはもともと中立派ですから、はっきり言って無意味です。そんな無意味なことを、穴だらけの計画立てて、その穴も理解しないまま強行した挙げ句にとっ捕まるなんて、皆様ご存知の『ディアナ・クレスター』はやりそうですか?」

「し、しかし。そうして革新派の信頼を得て、クレスター家を王宮へと招く算段だったのでは」

「いや。革新派に擁護される『正妃』に招かれても、我らは応じない。クレスター家が革新派とみなされるからな。派閥の力を借りてまで、王宮台頭を果たそうとは思わんよ」

「――と、妹も、父がそう言うことは分かっているはずですから。どう転んでも無意味なんですよ、ディアナがシェイラ嬢誘拐を企てるのは」

「正妃になりたい、それだけで充分な動機ではないか!」

「……ディアナは現側室筆頭『紅薔薇』で、国王陛下ともそれなりに気心知れてて、外宮からもある程度認められつつあって、このままいけば特に何をする必要もなく正妃になれる立ち位置だと思うんですが。わざわざ罪を犯して、陛下と外宮の心証を悪くする必要なんてどこにもない。本当に、考えれば考えるほど、ディアナ自身に利がありませんね」

「紅薔薇に動機がないことは、議会の最初の方で、本人も言っていたぞ」

「そうなのですか、陛下?」

「あぁ。シェイラ・カレルドの存在を邪魔に思い、排除に動いたと皆が言うが、そのようなことは考えたこともない、と。そうであったな?」


 ジュークが視線を向けて確認を促してくる。ディアナは苦笑した。


「動機を論点に据えるのでしたら、シェイラ様とわたくし、その両方を排除して、もっとも得をする方々を探るべきではございませんか? わたくしがこの件に実質無関係であることは、マグノム夫人の調査とシェイラ様が持ち帰ってくださった証拠の品で明らかになったわけですから。それどころか、シェイラ様の誘拐を指示していたという『侯爵』は、シェイラ様の殺害を『紅薔薇派』の仕業に見せかけようとすらしていた。それはわたくしが無関係であること以上に、『紅薔薇(わたくし)』に『寵姫(シェイラさま)』を殺してほしいのだという、『侯爵』のはっきりとした意志を表しています」


 既にディアナが捕らえられている状況で、さらにディアナを追い込むであろう『紅薔薇による寵姫殺害工作』を命じた『侯爵』の意図は明白だ。誘拐だけならまだしも、側室筆頭が私利私欲で同じ立場の側室を殺したとなれば、確かに王国法に照らせば死刑も選択肢に入る。


「シェイラ様がお亡くなりになって、その咎でわたくしも首を切られ。――そうなって、いちばん得をするのはどなたなのでしょうね?」

「少なくとも、革新派でないことは確実だな。クレスター家の派閥がどうであれ、後宮の革新派をまとめているのがそなたである現実は変わらない。現『紅薔薇』がいなくなることは、後宮の革新派を瓦解させこそすれ、良い方向に動くことはないだろう」

「中立派にも得はない。クレスター家が中立ですからね。そこの家の娘を殺して、派閥に益があるわけもないですし」

「――分かるか、ココット候。消去法で、誘拐を指示していた『侯爵』は、保守派の人間ということになる。さらに、ハーライ候を庇える地位、という条件もつく。その中で、新型の筆記具を普段使いにしている者……と絞り込んでいけば、さて、そなたと、他には誰が残る?」


 王とクレスター家の、何故か息の合った連携攻撃に、皆が呆気にとられて見入っている。

 畳み掛けられたココット侯爵は、ぶんぶんと首を横に振った。


「そのようなものは全て、そなたらの勝手な推測だ! エクス鳥の鈴は、誘拐犯の男がたまたま拾って持っていたもの。『侯爵』はカレルド嬢の聞き間違いだとすれば、新型筆記具のインクとて決め手にはならん。現『紅薔薇』に動機がなく、この件に保守派が絡んでいるとしても、それならばまず鳥を呼ぶ前に、そこにいるハーライ候を尋問すべきであろう。少なくとも、ハーライ候がディアナ・クレスターを陥れるべく画策したことは、疑いようのない事実なのだから!」

「そ……それはどういう意味か、ココット候!」


 エクス鳥のくだりから、忘れ去られていたハーライ候が叫んだ。青ざめながら、肥えた身体を揺すっている。


「ディアナ・クレスターがシェイラ・カレルドを目障りに思い、誘拐を企んでいると、私に教えたのはあなたではないか! 証拠はないが間違いのない事実、これを利用すれば『紅薔薇派』を潰せると!!」

「知らぬ! 身に覚えのないことだ」

「あんまりだ。私をお見捨てになるか!」

「見捨てる? 何を申す。内務省の副大臣補佐という身でありながら、大した証拠もないままに側室筆頭を捕縛し、死刑を求めるなどという暴挙を平然と行ったそなたを、もはや庇いようがないのは一目瞭然だ」

「薄情な……。あなたは確かに仰ったぞ。万が一、私が劣勢に追い込まれたとしても、必ず味方すると!」

「もちろん、副大臣補佐たるそなたを、副大臣である私が信じ、味方でいるのは当然のことだ。しかしそれは、そなたの行動に、確かな正義があった場合に限ろう?」

「紅薔薇を廃し、『紅薔薇派』を壊滅へと追い込み、後宮の覇権を我らの手に取り戻すことこそ正義と、あなたは仰った!」

「さて、どうだったか。仮にそれが正義であったとしても、その遂行のために罪のない娘を犠牲にしようとしたそなたには、どのみち『義』は存在しない」


 ココット侯爵の言葉はいちいち正論ではあったが、同時にいちいち「お前が言うな!」でもある。

 突如始まった言い争い(デュアリスの言葉を借りれば『絵に描いたような仲間割れ』)を呆気にとられて眺めていると、精神的に追い込まれたらしいハーライ侯爵が叫んだ。


「私に『義』がないのなら、あなたはどうなのだ! ディアナ・クレスターは誘拐を企ててなどおらず、誘拐犯の一人が使っていた伝書鳥があなたと繋がっていた。それは、つまり。シェイラ・カレルドを誘拐した真犯人は、あなたということではないか!!」

「そういうことになるよな。――ハーライ候、そなた、思っていたより頭は動くらしい」


 本題をズバリと突いたハーライ侯爵の言葉を、褒めているのか貶しているのか微妙な言葉とともに、デュアリスが引き取った。

 エクス鳥を肩に乗せたまま、呆然と立ち尽くすココット侯爵に、デュアリスは身体の芯まで凍るかのような冷気を向ける。


「真犯人、って言い方には語弊があるか。この誘拐を企てたのが、ライノ・タンドールとオレグ・マジェンティスである事実は揺らがない。実行犯を集めたのも、王宮までの『足』を手配したのもこの二人で、王宮内部の手引きをしたのもベルだからな。――ココット候はただ、陰でこの誘拐劇を操ろうとしただけだ」

「ライノがオレグに唆されていたのはともかく、オレグもさらに赤銀の髪をした『誰か』に操られていた節が強そうですからね。ココット候と、その赤銀の髪の人物とが、何らかの形で繋がっていたと考えるのが妥当でしょう」

「手紙の文面を断片的に聞いただけだが、ライノもオレグも、自分たちの意志で悪事を働いていたつもりであることは窺える。実行犯を上手いことその気にさせ、自分の意志で『側室誘拐』という大罪を犯したように思わせておいて、実は彼らが『手駒』として集めた破落戸の中に手の者を紛れ込ませ、計画を操縦(コントロール)しようとした、ってところか。実行犯に操られている自覚がないなら、確かに黙ってりゃ、糸の先までは辿れまい」

「真犯人っていうか、計画を立てて、操り糸持って、実行にも絡んでるって、ただの主犯ですよね」

「だな。ディアナが訴えられた罪状は、本当ならココット候が被るに相応しい」

「それどころか、そうしてシェイラ嬢を誘拐し、その罪を現『紅薔薇』に着せて処刑まで企てるところまでワンセットです。これもう『寵姫誘拐罪』だけじゃなく、『側室筆頭を陥れようとした反逆罪』も加わる案件では?」


 クレスター父子(おやこ)のテンポの良い会話は、言葉だけならぽんぽん軽く投げ合っているだけに思えても、実質のところは氷のつぶてをココット侯爵に休みなくぶつけ続けているようなものだ。デュアリスのみならずエドワードも、いつもの柔和な微笑みを消し、その翡翠の瞳を怜悧に光らせて、ココット侯爵を見据えている。

 完全に『クレスター』を敵に回したと悟ったらしいココット侯爵は、狼狽えるまま周囲を見渡して――冷めた目で己を見る、つい先程まで『味方』だったはずの保守派に気付き、完全に我を失った。


「なんだ……なんだ! 何故、そのような目で私を見る! そなたらまさか、『王国の悪』たるクレスターの空言(そらごと)を信じておるのか!?」

「ココット候……」

「そのような声で、私を呼ぶな! クレスターの言葉に真などない。彼らに爵位が与えられてから、どれだけの者が彼らの悪事の犠牲となり、歴史の中に消えていったか。遠い昔から王国を支えてきた我ら古参であれば、よく知っているはずであろう!」

「そ、それは……」


 ハーライ、メルセスと違い、ココット侯爵家は建国して割とすぐ爵位を与えられ、その歴史は三百八十年ほどになる。古参貴族の中でも重鎮である家の当主の言葉は、保守派にとってそれだけ重い。

 冷静に、筋道立てて考えれば、理があるのは明らかにクレスター家……というより、ディアナに味方する陣営の方だ。クレスター家も加わってはいるが、後宮組が乗り込んだ時点で、ディアナの無実を主張するのに家族云々は関係なくなった。

 しかし。いくら『名付き』の三人が味方について、引っ張ってくれてはいても。ここまで乗り込んでくれたのは当然、『紅薔薇派』に属する新興貴族家出身の側室がほとんど。そもそも貴族扱いされていない彼女たちの言葉は、同じ立場の『人間』の声として、少なくとも過激保守派の面々には届かない。

 夏からのディアナを同じ場所でずっと見てきた、側室の娘たちの真っ当な訴えより。破れかぶれのココット侯爵の言葉に揺らぐ程度には、彼らにとって『家柄』と『歴史』は絶対なのだ。


 激情のままに言葉を紡いだココット侯爵ではあったが、自分の言葉がまだ保守派にとって有効らしいと知って、落ち着きを取り戻したらしい。息を整え、胸を張る。


「良いか。よく考えるのだ。クレスター家が認めた誘拐の実行犯の一人、ライノ・タンドールは、後宮における『紅薔薇派』において、もっとも紅薔薇に近いとされる側室、ソフィア・タンドールの兄。そして、ソフィアが年明けからシェイラ・カレルドに危害を加えていたことも、紅薔薇自らが認めたところなのだ。操られていたなどという戯れ言に惑わされることなく、事実だけを直視すれば、タンドール兄妹の暴走には紅薔薇も絡んでいたと、紅薔薇にも責任があったと、そう考えるのは至って妥当ではないか?」

「絡んでいた、かどうかはともかく……」

「そう、ですな。紅薔薇本人も、監督不行き届きの責があれば負うと、そう申しておりましたし」

「あぁ。犯人たちが操られていたなどというのは、クレスターの言い逃れに過ぎぬ。仮に操られておったとしても、そこの廃人どもが、紅薔薇の権勢を確かなものとするために動いた事実は動かぬのだから。であれば、その責を紅薔薇本人に求めるのは、それほど筋違いではないはずだ」


 怒りという感情が視認できるものであったとしたら、この瞬間、議会は燃えるような(ひいろ)に染まったかもしれない。それくらい、後宮組の変化は劇的だった。シェイラはもとより、ライア、ヨランダ、レティシアの三人も。マグノム夫人含む、女官たちも。ディアナの危機と駆けつけてくれた、側室たちも。――皆が皆、一様に、ココット侯爵を凝視している。

 罵声が飛び出さなかったのは、彼女たちの自制心が優れていたからではない。怒りの感情が頂点を極めたとき、人間は言葉を忘れるのだという、それは見事な証明だった。

 彼女たちほどの怒りは抱いていないとしても、デュアリスとエドワードとて、厚顔無恥な侯爵の言葉に呆れ返っていたのは確かだろう。ココット侯爵はどうやら、「お前が言うな」としか言えないような屁理屈の数々を、さも良識人のフリをして言い聞かせるのがお得意らしい。

 議長席のヴォルツも、国王席のジュークも、あまりにあんまりな侯爵の言い分に、返すべき言葉を迷っているようだ。こういうとき、常識人は不利である。


 ぐるりと議会全体を見回して、ディアナは内心で深々と、ため息をついた。このままでは、ココット侯爵の『お前が言うな戦法』に呑まれてしまう。

 ――覚悟を決めて、ディアナは一歩、踏み出した。


「侯爵のお言葉は、よく分かりましたわ」

「……ほぅ?」

「紅薔薇!?」


 焦るジュークに、ディアナは微笑みを返した。爵位を与えられ三百年、ひたすらに王国を乱す者を炙り出し続けた『クレスター』が、この程度で怯むと思ってもらっては困る。


「そうですね。理由はどうあれ、彼らがわたくしの地位を確固たるものにするために動き、シェイラ様を拐かし、王宮を混乱させたのは事実。それが実際のわたくしの意図とはかけ離れ、彼らの悪事にわたくしが一切の関与をしていなかったとしても」

「やけに素直ですな」

「もとよりわたくしは、事実をねじ曲げるつもりはございません。――ですが、侯爵」


 罪人が立つ、その場所から。

 ディアナは、鋭く強い、真っ直ぐな眼差しで、ココット侯爵を射抜く。


「立場ゆえの、わたくしの責を問うのであれば。当然のことながら、彼らに道を踏み外させた人物の行動についても、同じく罪を問うべきでしょう。わたくしは彼らを『止められなかった』責を。そして――あなたは、彼らを操り、シェイラ様のお命を狙った、その罪を」

「な……!?」

「わたくしに責があるからといって、あなたの罪がなくなりはしませんわ。つまり、先程のあなたのお言葉は……議会にわたくしの責を認めさせ、諸共に心中なさりたいということではありませんの?」


 微笑んで紡いだ、最後の言葉。

 その余韻が消え去る前に、悲鳴のような声が、議会場を切り裂いた。


「――ディアナ様!!」


 青ざめたシェイラが、瞳を極限まで丸くして、こちらを見つめている。


「いけません! また、またあなたは――自分一人で全てを被って、何もかもを引き受けて、あなたの存在で世界の歪みを『なかったこと』にしようとする!!」

「シェイラ様……。ですが、わたくしがソフィア様を止められなかったのは確かです」

「だから、どうして、あなたがそれを背負わなければならないの? 『紅薔薇派』なんてものを、あなたに背負わせたのは私たちです。あなたは本心では、派閥争いも、その頂点に立つことも、望んではいなかった! ただ平和に、ありふれた日常を過ごせたら、それで良かったのでしょう?」


 シェイラが言った、その『本心』は。『ディアナ』ではなく『ディー』として、彼女に告げた言葉だった。

 ディアナは力なく、首を左右に振る。


「シェイラ様。今、その本心をここで告白したところで、集まった方のほとんどは、耳を傾けてすらくださいません」

「目も耳も飾りでしかない方々なんて、放っておけばよろしいのです。あなたの本心も知らず、どれほど後宮のため、私たちのため、あなたが心を砕いてきたかも知らないで。ソフィア様を止められなかったのが、どうしてあなた一人の責任になるのでしょう? ソフィア様より上位の側室方なんて他にもいらっしゃるわ。ソフィア様の行動が後宮の秩序を乱す悪行であったなら、それを止めるのに派閥や立場は関係ない。皆が己の責任を自覚し、向き合うべきだった。……違いますか?」


 ディアナが反論するより先に、『名付き』の三人が進み出た。……さすがにここまで付き合いが長くなると、間合いもばっちり読まれている。


「シェイラ様の仰るとおりですわね」

「『紅薔薇派』に属する方だからと、積極的な手出しを控えた我らにも、責はございます」

「同じ伯爵位の家より参りながら、私は『名付き』の部屋を賜り、それゆえにソフィア様とはあまり親しんでお話することができませんでした。ですが今思えば、同じように革新的な取り組みをする家から参った者同士、思い切って話しかけてみれば良かった。派閥とは関係のない場所に、気心の知れた友人がいれば、ソフィア様のお心も違ったものになっていたかもしれません」

「ライア様、ヨランダ様、レティシア様……」

「ディアナ様。わたくしたち、あなたの好きにはさせないと決めたのよ」

「そうです。ディアナ様は少し目を離すと、ご自分を犠牲にして、全部丸く終わらせようとなさるんですから。それでどれだけ私たちが傷つくかなんて、少しも考えてくださらない。……ディアナ様のお優しさは、ときに残酷です」


 思ってもみなかったレティシアの言葉に、素で目が丸くなった。……他人からはそのように見えているのだろうか、自分は。

 状況も忘れてぽかんとなったディアナに、ライアが苦笑した。


「ディアナ様は、責任感が強すぎるわ。側室筆頭だからと、何もかもを背負いすぎてしまう。公平な視点から考えて、今回の件に関しては間違いなく、ディアナ様はそちらの方々に嵌められた被害者でしょう。ソフィア様がディアナ様の説得に応じなかったのだって、洗脳状態だったことを考えれば、悪いのはソフィア様を洗脳した者たち……それを企てた方々よ。ディアナ様が気に病まれることじゃないわ」

「そう、なのでしょうか……?」

「少なくとも、ここにいる後宮の者たちは、ソフィア様の、ライノ様の行動の責をディアナ様に負わせようなんて、そんな愚かな主張は受け入れないと思うわよ。ねぇ、ヨランダ?」

「当然でしょう。ディアナ様ほど、側室筆頭としての責任を全うしてこられた方も、歴代いらっしゃらないのに。そんな方に、よりにもよって『監督不行き届き』の責を負わせようなんて、王国の歴史に残る悪行でしかありませんわ」


 ヨランダが深々と頷くと同時に、シェイラが再び口を開く。


「ディアナ様は、もう充分に、王国の犠牲になってこられたお方です。この上、愚かな殿方の罪を裁くためだけにその気高い魂を踏みつけるような真似は、ここにいる我らが絶対に赦しません。――ディアナ様ご自身からも、私たちは『ディアナ様』をお守りしてみせます!」

「えぇい! 何をごちゃごちゃと、ワケの分からぬことを!」

「往生際が悪うございますよ、ココット候」

「黙れ、ストレシアの小娘! 本人が責を認めたのだ、外野が出しゃばるな!!」


 ディアナを置いてけぼりに、何とかして今回の事件におけるディアナの責任を追及したいココット侯爵と、全力でディアナを守ろうとする後宮組が、火花どころか着火した火薬玉片手に睨み合う。悪がどうの、と揶揄されたクレスター家は、完全に蚊帳の外だ。

 ここからどうなるのか、と議会中が息を呑んだ――そのときだった。


「では……『外野』でなければ、よろしいでしょうか?」


 開け放たれたままの、正面扉のその下で。

 ミアと、ユーリに付き添われ。

 名前ばかりが出されていた側室、ソフィア・タンドールが、自らの足で立ち、議会場へと姿を見せていた――。





いつから後宮組が出揃ったと思い込んでいた?

次回は、これまでただの困ったちゃんだったソフィアさんの本領発揮です。


ちなみに感想欄でしょっちゅう突っ込まれるので、ここらでカイについて触れておきます。

現在地:議会場の屋根付近、中の音が聞き取れる位置

お役目:一度呼び出したエクス鳥が逃げ出さないように捕らえつつ、シェイラさんの合図で飛び立てるように待機

本文中に出番はありませんが、ちゃんと議会の状況は把握してますし、それなりに重要なお役目も担ってました。『親』でもないのに一定時間エクス鳥を従えておけるカイさん、さり気ないけどかなり万能です。


それから、年末の活動報告で触れていた新年特別更新ですが、新規の短編として投稿されておりますので、気になる方は涼風の投稿作品からそちらもぜひどうぞ。

こちらの短編についてのご説明を含む新年のご挨拶も、活動報告に上げております。

お時間ございましたら、お目通しくださいませ。


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