閑話その31〜寵姫の目覚め〜
ここから三話、シェイラ視点でお届けします。
――目覚めは、泥の中から這い上がるときの、利かない自由を必死で取り戻すときに似ていた。
(こ、ここ、は……?)
ちくちくする藁がかろうじて敷かれただけの、粗末な寝床。ずっとお嬢様暮らしをしていた者なら違和感ですぐに目覚めたかもしれないが、幸か不幸か、シェイラはほんの少し前まで、ふかふかのベッドとは縁のない暮らしをしていた。同じ屋敷にそれがあるのは知っていても、使わせてはもらえなかったのだ。
微睡みの中で、シェイラは思う。
(あぁ……。私また、疲れて納屋で寝ちゃったんだわ。今、何時くらいかしら。早く起きないと、また、あの人たちに怒られる……)
「この穀潰しが!」「家に住まわせてやっているだけありがたいと思え!」と言われながら、しかしこの家を相続する権利は本来自分にあるのにと、悔しさに唇を噛みしめた日々。――挙げ句の果てに、身売りのように家を追い出されて。
――そこまで考えたところで、我に返った。
(ちょっと……まって。私が今いるのは、あの人たちに乗っ取られた家じゃないわ)
ふかふかとは言えないまでも、体を伸ばしてのびのび休めるベッド。飢えることのない食事だって、与えてくれる。
自分の立場は不安定だけど、それでも傍にいてくれる友人たちがいる。助けてくれる侍女がいる。
何より、心を許し、預けられる親友がいる――。
(ディー!)
薬で自由の利かない頭を、身体を、シェイラは意志の力で揺り起こした。反射的に身体を起こそうとして、自らの身に降りかかった出来事を思い返す。
(そうだわ。私は、確か……)
後宮の中庭で行われた、王と側室全員による、星見の宴。そこでシェイラの膳に毒が仕込まれた。
親友の助言に従い、膳に手を付けずにやり過ごそうとするも、結局騒ぎになり。
最終的に、シェイラを助け、騒ぎを丸く収めるために、親友が全てを被ったのだ。
シェイラが辛くて苦しくて、どうしようもなかったとき。姿は見せず声だけで、いつもシェイラを支え、ときに叱咤激励して、挫けそうな背を押してくれた親友、ディー――側室筆頭紅薔薇、ディアナ・クレスターその人が。
シェイラの命を救い、なおかつ騒ぎを回避するために。よりにもよって彼女は、毒が混入したシェイラの膳を食べた。心配でどうにかなりそうだったそのとき、親友を救う一手が打てると囁かれ。まんまとおびき出されたシェイラは――。
(鼻に押し当てられた布、ものすごく変な臭いがしたわ。きっとあれで、眠らされて。……ここに、連れてこられた?)
早い話が誘拐だ。ずっと昔、父がまだ生きていてシェイラが幼かった頃は、「怪しい人に気を付けるように」と耳にタコができるほど、言い聞かされたものだけど。まさか時間差でこんな経験をすることになるとは思わなかった。
(どうしよう……どう、すればいいの)
薄目を開けて、そうっと状況を窺う。王宮のどこかならまだ希望が持てると思ったが、良い朽ち果て具合の木造床といい、窓の外から見える景色といい、王宮から連れ出されたことはまず間違いなさそうだった。
意識を失い、動かぬ物体となったシェイラが、ひとりでに動いて王宮を抜け出し見知らぬ廃小屋(そんな雰囲気だ)にやって来る、なんて珍現象が起きるわけはない。確実に、シェイラをここまで運んできた誰かがいる。女一人とはいえ、意識を失った人間は意外と重いという話を聞いたことがあるから、おそらく実行犯は複数だろう。
(私を、攫って。犯人たちはいったい、何がしたいの?)
ここがどこかも、あれからどれくらいの時間が経ったのかも、犯人たちの目的も。今のシェイラには、何一つとして分からない。状況が読めていない中で、無闇に動くのは危険だ。……毒を飲んだディーのことは気になって仕方がないが、その他ならぬ彼女と、シェイラは約束した。
『自分を、大切にするって。この先何があっても、自分の命を守る覚悟を、あなたには持っていて欲しいの』
――ディーは。あの聡明で優しい親友は、何をどこまで、見通しているのだろう?
シェイラが今するべきは、焦って闇雲に動き、命を縮めることではない。状況をしっかりと見極めて、生き延びる最善手を探すこと。そして実際に生き延びて、後宮に帰ることだ。
身体の力を抜いて、シェイラは再び目を閉じる。幸い今、自分以外の人間は小屋の中に見当たらないが、誘拐した人間をいつまでも放置したりはしないだろう。犯人が帰ってきたとき、意識を取り戻しているとばれたら、警戒されることは分かり切っている。少しでも情報を集めるために、今は意識を失っているフリをしていた方が良い。
ディーの……ディアナのように、何事にも秀でた女性でなくて良かった。運動神経も頭脳も人並み、無力極まりない自分は、おそらく犯人からまるで警戒されていない。薬で眠らされただけで、縄すら掛けられることなく、持ち物検査さえもされていないようだ。……服の袂には、部屋を出る前何となく持ってきた、ディーへ渡してひょんなことからシェイラの手元に戻ってきたプレゼントがそのまま入っている。
しばらく目を閉じていると、外ががやがやと騒がしくなった。足音や声の感じからして、複数の男だ。
緊張して勝手に固くなりそうな身体から、シェイラは努力して力を抜き、人生初となる『意識を失っているフリ』に取り組む。
外の気配はたまたま通りがかっただけの旅人、なんて都合良い展開には当然ならず、外のざわめきは騒がしいまま、ばぁん! と扉を開けた。
小屋の隅、意識を失っている(フリをしている)シェイラを見たらしい、男たちの会話がはっきりと聞こえてくる。
「……んだよ、そろそろ薬の効果が切れるっつーから、急いで戻ってきたのに。まだぐーすか寝てんじゃねぇか」
「ま、薬の効き方には個人差があるって話だし。むしろ目が覚める前で良かったんじゃねぇ?」
「だな。下手に目を覚まして逃げられでもしたら厄介だぜ」
「後宮住まいの貴族令嬢に、そんな度胸あるかー?」
「忘れたのか。後宮住まいは後宮住まいでも、この女は実家で下働き同然にこき使われていたんだ。生まれが卑しい奴ほど、自分の命を惜しむものだろ」
「だはっ、違いねぇ!」
俺たちがまさにそうだもんなぁ、と下卑た笑い声があちこちから上がる。発言した人間は全員声が違い、ということは最低でも六人、今この中にいるのだなと、シェイラは努めて、冷静になろうと考えた。
「にしてもよぉ、ムカつくよな。ちょっと前まで俺らと変わらん暮らしをしていた奴が、たまたま親が貴族だったってだけで後宮入って、良いおまんま食って、挙げ句王様に色目使って出世しようなんてよ」
「男と違って、女は色気さえあれば良い暮らしできるんだから、楽なもんだよなぁ」
「しっかし、この女のどこに、色気があんのかねぇ?」
「案外、脱いだらすげぇんじゃ?」
「ソッチが巧い、とかな!」
後宮だってみんな苦労が絶えないし、正妃になりたいとは思ったけれど出世が目的ではないし、そもそも色目なんか使った覚えはない。色気がなくて悪かったわね、など、言いたいことは山のように浮かんできたが、シェイラはぐっと堪える。声から感じ取れる男たちの雰囲気は、場末の酒場で安い酒を呑んでクダを巻くダメ男の群れそのもので、そういう奴らの相手が時間の無駄なのは、庶民の常識だ。
(……それにしても)
実行犯たちが、シェイラの身の上を、かなりの歪曲はされていたが把握している。そこから考えて、この誘拐が最初からシェイラ狙いで仕組まれたことは、ほぼ確実だろう。ほとんど底辺の生活から一転、王に気に入られた小娘が気に入らない。男たちの動機としては、そんなところか。
――しかし。
(それなら、誘拐なんて回りくどい真似せずに、さっさと殺せば良かったのに)
とてもリアルに殺されかけたシェイラだから分かる。『殺人』は気に食わない者を最も簡単に排除できる手段の一つだ。意識のない人間を王宮から連れ出す誘拐の方が、よほど手間暇かかる。
殺されては困るから、結果としては誘拐で助かったけれど、と思ったところで、げらげら笑っていた男の一人が大きく息を吐いた。
「なー、もう殺そうぜ。意識がない今なら、楽に殺れるだろ」
「王宮で死体が見つかるのはマズいって……理屈は分かるけどなぁ」
「こんなに生かしとく意味もないよな」
あっさりした言い方だからこそ、男たちがシェイラの命をゴミ屑程度にしか思っていないことが伝わってくる。恐怖で震えそうになる身体を、シェイラは全身全霊で抑えつけた。殺せば良かったのにと感想としては思っても、実際に殺されたいわけがない。今は意識があるのだから、尚更だ。
「俺らを集めたあの坊ちゃんも、手引きした女も、王宮から引き離した後なら煮るなり焼くなり好きにしろっつってたし」
「だよなぁ」
「いつまでもこんな辛気くさいトコに潜んでるのも飽きる」
「よし、殺すか!」
「まぁ、待てよお前ら。短気は損だぜ?」
「何でだよー」
「殺すにしても、時間ってのがあるだろ。こんな真っ昼間から殺って、後はどうする? 死体埋めてるの誰かに見られたら、そこで終わりだ」
「あぁ……それは確かに」
「どうせ暇なんだ。殺るなら夜になってからでも遅くねぇよ」
一人の提案は、シェイラにはよく分からない理屈だったが説得力のあるものだったらしく、『殺すのは夜から』という方向で男たちは固まったらしい。ひとまずの危機は脱したが、長い目で見れば全然助かっていないどころか、シェイラの状況は悪化の一途である。今は真っ昼間、と言っていたから、夜になるまで短くてあと数時間ほどか。真夜中を待つなら、約半日。
(それまでに、何とかしないと)
大人しく殺されるわけにはいかない。今の自分には、帰りを待っていてくれるひとがいる。――無事を、確かめたいひとがいる。
帰りたい、ではない。帰らなければならない、理由があるのだ。
それはともかく……と、シェイラは内心で首を傾げた。
(暗いうちに殺すんだったら、それこそ連れ出してすぐなら、問題なく殺して死体を埋められたんじゃ?)
シェイラが意識を奪われたのは、真夜中だった。窓の外は木が生い茂っているから、ここが王都でないことは確実だが、いくら王都が広くても、明るくなる前に脱出できなかったなんてことはないだろう。シェイラを攫い、王都を出て、人気のない森の中で殺して埋める。今は冬で日が昇るのも遅いし、あれだけの時間があれば……。
「にしても、オマエは慎重だよな」
考え込んでいたシェイラの頭上で、男たちの会話は続いている。
「俺らはただ、王宮にこっそり忍び込んで、高慢で高飛車な女を連れ去って、森の中で殺すだけの簡単な仕事だと思ってたのによ。王都の近くじゃすぐに見つけられるかもしれねぇなんてオマエが言うから、結局こんなところまで逃げる羽目になったんだぜ?」
「おかげで、誰にも見つかることはなかったろ?」
「ま、ここは街道からかなり外れた、辺鄙な場所にあるからな。ここなら、育ちの良いお貴族連中は絶対に見つけられねぇっていうのは確かだよ」
「あぁ。ここまで用心したんだ。肝心の殺しをミスっちゃ、どうにもならねぇ」
「そりゃそうだけどよぉ……」
「どん底の暮らしを忘れていい気になってるクソ女を殺して、それで俺たちの後ろに手が回っちゃ、本末転倒じゃねぇか。せっかく手に入れた金で心おきなく豪遊するための、ちょっとした我慢だよ」
ふとシェイラは、「殺すのは夜がいい」と言った男が、この中でただ一人の慎重派だということに気がついた。部屋の中にいる男は、話し声や足音から考えても六人だろうけれど、短気な五人と残りの一人はどこか違う。
単なる性格の違いだろうか? ――いや、違う。
(この人……意見を誘導してる?)
思えば、最初から。
シェイラを無力と決めつけようとした男たちが、一抹の警戒心を張ったのも。
今すぐ殺す結論が、夜に変更になったのも。
そもそもここまでシェイラを連れてきたのも。
――全部、この男の『意見』があったからだ。
男たちも、無意識下ではそれに気付いている。会話の中で、『俺ら』と『オマエ』を明確に区別していた。
これまでの話から察するに、男たちは『坊ちゃん』に集められ、『女』に手引きされて王宮に侵入した誘拐犯。『坊ちゃん』の正体は分からないが、手引きした『女』は間違いなくベルだろう。その二人は、シェイラを王宮から連れ出しさえすれば、あとは知ったことじゃないといった風情だった。その態度は、シェイラを邪魔に思い、殺そうとしたソフィアたちの姿勢と被る。
……けれど。
「殺すのは、夜になってからだ。お前ら、くれぐれも早まるなよ」
こんな風に、計画的に。シェイラを王宮から引き離し、『いつ』『どこで』殺し、あまつさえ殺した後のことまで考えるなんて、はっきりソフィアらしくない。ソフィアの行動は良くも悪くも真っ直ぐで、後の保身なんて欠片も考えちゃいなかったから。
(……そうよ。保身とか、自分の立場とか、ソフィア様はそもそも考えてなかった)
彼女はただ、『紅薔薇様』の幸せしか、考えてはいなかったのだ。……そんなソフィアがもし本当に、ディアナを助ける解毒薬を持っていたなら。信用がどうとか考える前に、ディアナに届けようとしたはずなのに。
(ソフィア様が解毒薬を持っているという話は、私を誘い出すための、ベルの嘘だったのね)
ソフィアの指示か、ベルの暴走か。そこまでは分からないけれど。
――少なくともこの誘拐に、彼女たちとは別の、第三者の思惑が絡んでいることは確実だ。シェイラさえ排除できれば後はどうなっても構わないソフィアと、繰り返し保身を口にする実行犯の中にいる男は、決定的にそぐわない。
それからしばらくは小屋の中でがやがや話していた男たちだが、夜が来るまでやはり暇らしく、一人、また一人と外へ出て行った。最終的に残ったのは……。
「ったく。脳味噌スカスカな奴らの相手は、骨が折れる」
がらりと、一瞬で雰囲気を変えて。あからさまに疲れた風情で、男は言った。
「侯爵の指示なしに殺したりしたら、俺が後でどやされるじゃねぇか。今のところ、日が沈んだら殺していいとは言われてるが……念のため、確認しとくか」
ぼそりと呟き、男も小屋を出て行く。誰もいなくなった小屋の中で、シェイラは思わず、大きく息を吐き出した。意識して力を抜くのは、思っていた以上に難しい。起きているのにずっと目を閉じるのも、同じく。
小屋の外が静かなのを確認して、シェイラはそうっと目を開けた。怪しい男が出て行く前、呟いた言葉を思い返す。
(……侯爵?)
どうやら彼は、『侯爵』の指示で動いているらしい。ディアナはもちろん除外するにしても、ソフィアの実家も確か伯爵家だ。つまり、彼を動かしているのは、ソフィアの父ではない。
……そもそも。
(『紅薔薇派』に、侯爵家出身のご令嬢はいらっしゃらないわよね……。睡蓮様と鈴蘭様を除けば、侯爵家を実家に持つのは皆、『牡丹派』の方だったはず)
何となく、そこまで考えて。シェイラは不意に、背筋がぞっと寒くなった。後宮が開設されてからのあれこれが、走馬燈のように脳内を走り抜ける。
身分低い、新興貴族出身の側室を冷遇し、危害を加えていた、保守派の貴族令嬢たち。
夏にディアナがやって来て、『紅薔薇派』をまとめ上げることで、保守派の暴走を食い止めた。
同時にジュークとシェイラが出逢い、距離を縮めて。シーズン開始の夜会で、二人の仲が知られかねない一幕もあった。
王に気に入られたシェイラを、ディアナが『紅薔薇』として守ると宣言し。園遊会と、その後のマリス前女官長の免職騒ぎを通じて、後宮での立場を不動のものとした。
更に、正妃代理として礼拝に赴く中で、ジュークとの関係も変え。
王と『紅薔薇』不在の後宮では、シェイラが『牡丹派』――保守派と対決し、危害を加えられる事件もあった。
そんなシェイラを救ったのは、またしてもディアナ。『牡丹派』のトップ、リリアーヌと、一歩も引かぬ戦いを、年迎えの夜会で繰り広げた。
その夜会が過ぎて、しばらくしてからだ。シェイラが、『紅薔薇派』の側室たちから、「身を引け」と言われるようになったのは。彼女たちがシェイラに危害を加えた場面をジュークに目撃されることもあった。
シェイラを殺そうと、宴の膳に毒を入れたのも、どうやらソフィアたち。
シェイラを誘拐する手引きをしたのも、ソフィアの私的侍女である、ベルだ。
例えば。ソフィアがシェイラをぶったのを見たジュークが、勢いのままに彼女を罰していたとしたら。
例えば。宴で、ソフィアがシェイラに毒を飲ませるのを、成功させていたとしたら。
例えば。ベルの手引きで王宮に忍び込んだ男たちが、シェイラを殺したとしたら。
――窮地に陥るのは、誰? ……有利になるのは、果たして、誰なのだろう?
(まさか……まさか!)
分からなかった。気付かなかった。
ソフィアの行動が、本心からのものだったから。心の底からディアナを想い、間違った方向ではあっても、彼女のためにと動いていたから。
ディアナのために、『紅薔薇派』のためにと必死だった彼女たちの行動は全て、結果として派閥を……『紅薔薇様』を危うくする。ディアナのために必死なソフィアがシェイラに危害を加えれば、最終的にその責を負うのは、派閥の長であるディアナ。ソフィアの毒がもしもシェイラを仕留めていれば、殺人の罪はディアナにも及び……どれほど軽い処罰であったとしても、『紅薔薇』の座に居続けることは不可能だろう。――それ即ち、『紅薔薇派』の崩壊。
(これが……これまでの全てが、派閥抗争だというの?)
知っていた。後宮も、王宮の一部。政と無関係ではいられない。
後宮が開設されてすぐ、その実権を握ったのはリリアーヌ。保守派の中でも過激な思想を持つ、ランドローズ侯爵家の娘だ。それはつまり、後宮の権は保守派が握ったに等しい。
その状況を、時期をずらしてやって来た『紅薔薇様』が、少しずつ切り崩していったのだ。『紅薔薇派』をまとめて冷遇されていた側室たちを守ったのも、幾度となくリリアーヌと火花を散らし、押し勝ってきたのも、保守派から見れば、目障り極まりない行為だったはず。挙げ句、マリス前女官長が後宮から去り、後任のマグノム夫人がディアナを『紅薔薇』として尊重するようになって、リリアーヌの――保守派の手から、後宮は完全に離れていった。ディアナは側室としてだけでなく、正妃代理をこなし、王とも心を通わせて。
――邪魔な存在、だったはずだ。ディアナは、保守派にとって。
(そんな……!!)
ディアナを想い、シェイラの排除に動いたソフィアは。王宮の保守派が仕掛けた、ディアナを追い落とすための『罠』だったのか。ソフィアの想いは、あの純粋すぎる気持ちすら、保守派に操られたものだった?
もちろんシェイラとて、リリアーヌにとっては邪魔な存在だろう。しかし、派閥規模で考えた場合、より邪魔なのはどう考えてもディアナだ。
ディアナを、確実に消して。殺意を育てたソフィアにシェイラが殺されてくれれば万々歳。……年が明けてからの一連の流れは、もしかしてそういうことなのか。どう転んでも、ディアナを『紅薔薇』でいられなくするために?
(だとしたら……私を殺すのを待てと、指示が出るのも分かるわ。あくまでもディーが狙いなら、私の命は取引材料にもなるもの)
心が、震えた。――恐怖ではない。
(……赦せない)
ソフィアの真っ直ぐな心を、悪事に利用したことも。
多くの人を救い、王国の安寧のためにと、自らの命すら盾にするディアナを、ただ派閥の障害としか見ないことも。
何より。
(私の命を質にして、ディーを苦しめるなんて。絶対に、赦さないわ――!!)
冬なのに。すきま風が容赦なく入り込んでくる、廃小屋の中なのに。……全身が、燃えるように熱い。
死への恐怖は、もはや欠片もない。『あり得ないもの』に恐怖などしない。
(あなたたちの、思い通りにはさせない。生きて、ここを出て。あなたたちの企みを、私は必ず、暴いてみせる!)
誰よりも、大切な親友を。派閥争いごときの犠牲になんて、させるものか。
床に横たわったまま、シェイラの心はこれまでになく、熱く燃えたぎっていた。
ジュークのログアウトっぷりがもはやネタレベル(笑)
念のため申し上げますが、私は全力で、彼を反芻させようとしましたからね!
状況的に仕方ないとはいえ、シェイラの思考が『ディー』一色なのが、ここまで来るともう全部突き抜けて清々しい……。
どなたか、ウチの百合の花、お買い上げくださるお客様はいらっしゃいませんか(泣)




