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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
106/243

信じる心

ディアナ視点ですが、雰囲気としては閑話に近いです。


「貴様の死刑が決定した。――丸一日後、明日の正午だ」


 ちょうど昼時、食事の代わりかは知らないが、ドヤ顔でそんな『連絡事項』を持ってきた馬鹿に、ディアナは憐れみの視線を向けないよう努力しなければならなかった。おかげで、カイとのあれやこれやを無意識に反芻してはじたばたする、挙動不審からは解放されたわけだが。


「ふん。さすがの悪女も、己の命が風前の灯火と知れば、恐ろしくなるか?」


 無表情になったディアナを見て何を思ったか、目の前の男――口調から察してもらえるかもしれないが、ディアナをここまで連れてきた王宮騎士は、顎を反らせて傲然と笑った。……何だかもう、気を遣ってやるのも面倒になるレベルの馬鹿さ加減である。


「本当に、救いようのない……」

「何?」

「何故わたくしが、犯してもいない罪で処刑されることを、恐れなければなりませんの。そもそも我が国の処刑とは、ごく一部の勝手な判断で行えるものではなく、然るべき機関を通してその罪を精査し、該当する刑が決定された後、国の上層部の了承を得て、初めて執行できるもののはず。確たる証拠もなく、一部の者が先走って行うのは、処刑ではなく単なる私刑であり、それが死刑ならば殺人と言うのよ。言葉は正しくお使いなさいな」


 目算で三十は確実に、下手したら四十も超えているかもしれない大人に、こんな分かり切ったことを切々と説かねばならない小娘の身にもなって欲しい。思わず言葉も投げやりになる。

 牢に入れられ、死刑を宣告されたにもかかわらず、まるで堪えないどころかふてぶてしく言い返す囚人に、沸点の低い馬鹿の顔が赤くなる。


「貴様……!」

「間違ったことは言っていないわ。ついでに、あなた方が行いたい『殺人』にケチをつけたつもりもない。殺したければ殺せばいいでしょう」

「生意気な。それなら今すぐ、ここで切り捨ててくれる!」


 剣を抜こうとした男に、面倒ながら殺気を放った。ディアナの視線を受けた男が、鞘から刃を半分出した状態で止まる。

 本気で馬鹿らしくなったディアナは、最低限の貴族的礼儀すら、放棄することにした。


「できると思ってる辺りが、本物の馬鹿よね」

「な……」

「目線一つで気圧されてる時点で、実力の差なんて明らかじゃない。そんなことも分からずに剣を抜こうとする相手を、見下す以外にどうしろってのよ」

「き、さま」

「何? 生意気? それとも無礼? 全部聞き飽きたわ。どうせならもうちょっと、語彙を増やして罵ってくれる?」


 座っている床の上で、ディアナは足を組み替える。目の前の馬鹿は言葉も忘れたようで、口をぱくぱくさせるばかりだ。


「ところで、言いたいことは全部言った? なら、ここから出て行くのが、お互いのためだと思うけど。おにーさんもこれ以上、生意気で無礼な小娘の戯言なんか聞きたくないだろうし」

「お、お前は……紅薔薇、なのか」

「頭だけじゃなく、目まで悪くなったの? この顔がディアナ・クレスター以外に見えるなら、目のお医者さまにかかった方が良いわよ」

「か、影武者……」

「そんなモノ立てられる顔じゃないでしょうが。あぁでも、別人だと思うなら、とっとと解放すれば?」


 そう言ったところで、男ははっと我に返る。何度か呼吸を繰り返して、剣を鞘に完全に戻すと、ディアナを睨みつけてきた。


「なるほどな。……さすがは悪女。考えることが卑しい」

「うん、まぁ、何がどうしてその結論なのか聞きたい気もするけど、別にいいや。聞いたところで『馬鹿?』って言いたくなるだけだろうし」

「ふん。そうやってせいぜい、別人のフリでもしておくがいい。――どうせ貴様の命は、あと一日だ」


 そう吐き捨てて、男はディアナの前から立ち去っていく。残されたディアナは。


(ひょっとして、別人のフリして牢から脱出する作戦でも考えてたって思われたのかなぁ……)


 今更すぎることに気付き、この噛み合わない感じ久しぶり、と妙な感慨に耽っていた。

 ちなみにディアナが素に戻ったのは、いろいろと面倒になったのも大きいが、あれほど嬉々としてディアナを殺しにかかろうとするあの男は、この先真っ当な人生を送れないだろうと確信したせいである。貴族社会でこれからも関わるかもしれない相手には、さすがにあれほどぞんざいな対応はしない。


(それにしても……死刑かぁ。陛下と宰相様の了承はどうするつもりなんだろう)


 他の上層部はともかく、国のツートップがディアナの死刑に頷かないことは確実だ。正式な死刑にしたいなら、最低限この二人の了承を示す書類は揃えておかなければならないはず。以前のジュークなら、うっかり中身を確認せずハンコを押しちゃった、なんて怖いことも考えられるけれど、今の彼はそんな愚かなことはしないだろうし。


(万一陛下がハンコ押しちゃったら、どう足掻こうとも、もう取り返しがつかなくなるし……)


 着々と、事態は(国にとって)詰みに入っている。頼むからこれ以上、『クレスター家』を怒らせないでほしいものだ。

 寒々しい牢の中、ディアナは一人、ため息をついた。ここに連れてこられた時点で予想はしていたが、昼時だからと言って食事が差し入れられることもなく、申し訳程度に置いてある水も、何が入っているか分からず手をつける気にもなれない。飲まず食わずでも一日くらいなら死ぬことはないが、いちおう貴族の子女として、もう少し丁重に扱えと文句を言っても罰は当たらないはずだ。――そもそも、『地下牢』という場所自体、貴族を捕らえる用途で使われることはないのだが。


 牢の中にいる限り、ディアナ自身ができることなど無いに等しい。それでも何かできることはないか……と静かに目を閉じたところで、遠くから響く靴音に気がついた。また馬鹿が戻ってきたのかと警戒したのもつかの間、近付いてくる気配は慣れ親しんだものだ。ディアナはふっと緊張を解いて立ち上がる。

 やがて姿を現したのは、鍛え上げた身体に甲冑を纏い、精悍な顔立ちに今は苦悩を色濃く宿した、この国の――。


「済まない、ディアナ嬢!」


 やって来るなり土下座した国王近衛騎士団団長に、とりあえず用意していた言葉や段取りは吹っ飛んだ。……というか、仮にも見張りがいる地下牢で、こんな目立つ真似しないでほしい。


「……団長様、頭をお上げください。人目がございます」

「人目? 見張りのことか? そんなもん居なかったぞ。鍵さえかけときゃ大丈夫とでも思ってんのかねぇ、あいつら」

「逃げる気はありませんから……まぁ、間違ってはいませんけど」

「ディアナ嬢に逃げる気が無いから、助かってるようなもんだよな。その気になればこんなトコ、障害にもならんだろ」


 アルフォードの言葉に苦笑する。ディアナはともかく、『闇』たちに牢破りの技が備わっていることは否定できない。

 ディアナの言葉を受け入れたのかどうかは定かではないが(少なくとも土下座のままでは会話がし辛いのは確かだ)、アルフォードは顔を上げると、足を組んでその場に座り直した。長い話をするらしいと察して、ディアナも床に腰を降ろす。

 牢の中を一瞥したアルフォードは、苦い内心を隠しもしない。


「クレスター家のご令嬢をこんな場所に閉じ込めて……どんだけ馬鹿なんだろうな」

「皆がみな、スウォン家のように、過去の教訓を未来へ運んでいるわけではありません。父も申していたそうですが、これも時代ということではないかと」

「時代にしたって、考えが浅すぎる。……俺が言えることでもないけどな。馬鹿どもは完全に、『王宮』の名前で動いてやがる。クレスター家にとっちゃ、あいつらも、俺たちも……陛下も、同じだろう」

「我が家はそれほど、視野狭窄ではございませんよ。『王宮』と一口に言っても、その中には様々な考えの方がいらっしゃることくらい、父も兄も分かっています」

「けど……この事態を『止められなかった』王に、クレスター家がこれ以上『配慮する』ことはない。――違うか?」


 さすがに、建国以来四百年――どころか、建国以前からの王国の成り立ちを今に伝えるスウォン家の御仁は、理解が早い。クレスター家の『逆鱗』も、怒ったクレスター家がどう動くかも、手に取るように分かるようだ。

 ディアナは、小首を傾げて小さく笑った。


「父は……『総力』で動く、と」

「……だろう、な」

「わたくしは、止めたのですが。力及ばず、申し訳ありません」

「ディアナ嬢が謝ることじゃない。こんなことになって、牢にまでぶち込まれて、そこでどうして俺たちを庇えるんだ……!」


 無力に嘆くアルフォードに、ディアナは微笑んだまま首を横に振る。


「理由もなく庇いはしませんよ。陛下が変わろうとしていらっしゃることも、そんな陛下をアル様が信じて、支えていらっしゃることも、ずっと後宮から見てきましたから。……今も、ただ謝るためだけに、こんな地下まで降りてきたわけではないでしょう?」


 苦悩の中にありながら、アルフォードの瞳に瞬く光は揺るぎがない。それは、この状況においても、彼が全てを諦めていないことの証。

 ただ真っ直ぐにアルフォードを見つめれば、彼も真摯な眼差しを、ディアナに返す。


「あぁ――そうだ」


 迷いなく、彼は頷いて。


「俺たち近衛騎士団は、今、陛下のご命令によって動いている。誘拐されたという『寵姫』を救い、無実の罪を着せられた『紅薔薇』を救うために」

「『寵姫』の捜索は、危険を伴います。どうか、深追いはなさらずに。……皆様に手を貸して頂きたいこともございます。『死』を選ぶことだけは、なさらないでください」


 近衛騎士たちの動きは、あくまでも秘密裏にだろう。ここで大々的に動けば、王が誘拐された側室を特別視していると公表するも同じこと。そうなれば、この件に関わっている王宮騎士たちにも動きが出るはずだが、そんな空気は先ほどドヤ顔でやって来た馬鹿からは感じ取れなかった。

 そして、王と近衛騎士たちの気持ちはありがたいが、シェイラの救出にはデュアリスが『闇』の出動を見合わせるほどの危険が伴うのだ。下手に頭から突っ込んでいっては、死体が増えるだけである。

 いくら見張りがさぼっているとはいえ、いつ誰が来るかも分からない牢の中。アルフォードとディアナは、抽象的な言葉で互いの情報を伝え合う。


「『寵姫』の居場所は、掴んでいるのか?」

「わたくしは、まるで。……彼女のことは、信頼できる方にお任せしています」


『助けて』と縋りついて、『その言葉を待っていた』と返してくれる、ただ一人のひと。『ディアナの全てを守る』と約束してくれた彼を、ディアナは信じている。

 無意識のうちに、唇に浮かんだ微笑みを見て、アルフォードは何を思ったのか。それはディアナには分からないけれど。


「……外のことなんて全く分からない、牢の中で。ディアナ嬢がそれほど落ち着いていられるのは、そいつの存在があるからか?」


 ふと、団長の立場を離れ、ただのアルフォードになった彼に、ディアナも飾りのない心を返す。


「あのひと、だけではありません。大切な友人を、仲間たちみんなを、わたくしは信じています」


 後宮に来たばかりの頃、今のような状況に陥ったなら。きっと平静では居られなかっただろうなと、我がことながらディアナは思う。信じられるのは自分とリタ、他は後宮の外にしかいなかった。危険は承知で脱獄し、身一つでシェイラの救出に動いたかもしれない。


 けれど。今は、違う。


「わたくしが打てる手は、ここに来る前にできる限り打って参りました。後宮にはリタもいる。わたくしなどよりよほど王宮と後宮に詳しい、頼れる仲間たちも揃っております。外宮の、有能な官吏たちが集う部署だって、わたくしたちの味方。『総力』と決めた家族も、まさか罪のない者を無差別に葬るような真似はしないでしょう。――こんなにも心強い仲間が大勢いるのに絶望するなんて、みんなに失礼だわ」


 唯一にして最大の不安、シェイラの命さえ、『守る』と誓ってくれたひとがいる。

 この状況で、牢の中にいるディアナができること。……それは。


「最後の最後まで、わたくしは諦めません。自分を、仲間を、大切なひとを信じて、信じ抜く。……アル様が仰るように、過酷な状況にいるわたくしが、皆のためにできることがあるとしたら。それは希望を捨てないこと。皆を信じて、待つことと、そう思っています」

「……ディアナ嬢が『信じて、待っている』中には。この国の王も、いるか?」

「当然でしょう? 信じていたかどうかは、ちょっと自信がありませんが。少なくともわたくしは、後宮に参ったそのときから、陛下のことをお待ちしていたつもりですよ」


 ふわりと笑んで、ディアナは。

 数ヶ月前の『約束』を、思い返していた。


『けど、ディアナ……!』

『形だけでも、私が『側室』として、彼の近くへ行けば。ひとまず、彼と『クレスター家』の物理的距離は近くなるわ。……今のままではもう、状況が動きようがないのは、お兄様だって分かるでしょう?』

『お前を犠牲にしてまで、欲しいものじゃない!』

『犠牲じゃないわ。どのみち、防ぎようがない流れみたいだし。どうせ抗いきれないのなら、こっちもせいぜい、その流れを利用してやるだけよ』

『こちらから仕掛けるのは、誓約に反する』

『あら、『勅命』を下したのはあちらじゃない。こちらはそれに従っただけ、違反を問われるのは筋違いよ。……私だって『クレスター』の人間、越えてはいけない最低の(ライン)は弁えてるわ』

『ディアナ……』

『――お兄様だって本当は、諦めたくないんでしょう?』


 私が近くに行くことで、きっと動くものはある。近くで見守り、『彼』が変わるのを待つこともできる。

 だからお兄様も、まだ諦めないで――。


『あの日』の約束を反芻し、ディアナは静かにアルフォードを見た。


「わたくしは最初から、陛下の寵愛を望んではおりませんでした。陛下と男女の愛を交わすつもりは、あの頃も今もございません。……わたくし『たち』が望んだのは、そんなものじゃない」


 短い言葉に込めたものを、『歴史』を紡ぐ一族の末裔は、正確に受け取ったらしい。アルフォードの目が、大きく見開かれていく。


「そんな……まさか」

「アル様。アル様なら、知っていらっしゃるでしょう? 単純で、直情的なようでいて、本当に望むものほど、あの人は心の奥底に隠して見せないということを」

「そう、なのか。あいつは、ずっと?」

「お父様と小父様を、子どもの頃から見てきたのですよ。自分たちもああなりたいと憧れるのは、幼い少年にとって、ごく自然なことだったはずです」


 何度も、何度も、首を横に振って。

 アルフォードは不意に、何の前触れもなく立ち上がった。


「――これから、会いに行くつもりだ」

「お兄様にですか?」

「妹君をこのような事態に巻き込んだことを謝らないとだし……虫が良いのは百も承知で、『待って欲しい』と頼みたい」

「確かに。お父様よりお兄様の方が、この場合は切り崩せそうですね」


 頷いたディアナを、アルフォードはじっと眺めて。


「ディアナ嬢。――信じてやってくれるか」

「陛下のことを、ですか?」

「というより……ジュークのことを、だな」


 凪いだ瞳で、アルフォードはどこか遠くを眺めている。


「ジュークが今していることは、『王』としては失格なのかもしれない。けど、ジュークが『ジューク』である為に、己を失わずにこれからも王であるためには、譲れない一線だ。……昨日からのあいつを見て、俺はそう思っている」


 抽象的な言葉だが、ディアナには分かった。

 今、この瞬間も。王は諦めず、『何か』に挑み続けていると。

 真剣な顔でこちらを見るアルフォードに、ディアナは笑った。


「わたくしにできるのは、仲間を信じること。その中には当然、陛下も――ジューク様も、含まれております」

「恩に着る!」

「とんでもない。……それより、お兄様に会われるのなら。伝言をお願いしても、よろしいでしょうか」


 ずっと、ずっと、願いを秘め続けてきた彼は。

 きっと本心では、『総力』に納得できていないはず。


 ――蒼の瞳を煌めかせ、ディアナは静かに、口を開く。


「私は、諦めないから。お兄様も最後まで、諦めないで。――そう、伝言を」

「分かった」


 しっかりと頷いて、立ち去るアルフォードの背を見送って。


(泣いても笑っても、あと一日で全ては決まる。……どうか皆、無事で。滅び以外の未来を、掴めますように)


 神ではなく、自分たち自身に、ディアナはそう祈るのだった。





ここからしばらく、ディアナ視点はお休み。

次回から、このお話におけるもう片方の主役組が、(ようやく)動き出します!


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