42 一か八かの治療法
「大丈夫か!?」
「はっ、はい!?」
衝撃で席から投げ出されそうになった私の身体をシルヴァ様がしっかり受け止めた。
その胸に顔面を押し付けるかたちになり、あわあわしていると、私を抱き抱えたままシルヴァ様が窓から外の様子を窺った。
近い近い近い近い、なんて焦っている場合じゃなかった。
「襲撃だ。なんでこんな人の多い場所で」
どうやら馬車にぶつけられたのは数頭の馬だったようだ。
十数名の、顔を隠した者たちが馬車を取り囲んでいる。
「シルヴァ様! メリディアナ様! 馬車からお出にならないでください!」
護衛士の声、剣を斬り結ぶ音。
これぐらいの人数なら、私の魔法なら何とかなる。
そう思うのに、シルヴァ様が私をギュッと抱き締めて離してくださらない。
「あのっ、私、あれぐらいなら追い払えますっ」
「駄目だ、出るな」
「でも……」
「見える数しか敵がいないとは限らない」
だけど……このままだと、女性護衛士一人で十数人を相手にすることになる。
シルヴァ様のそばにいては、私は魔法が使えない。
「この場所ならすぐに衛兵が駆けつける。馬車に立て籠るほうが安全だ」
「ええ、ですが……」
反対側から再び馬車を衝撃が襲った。
別の馬車をぶつけられたらしい。
何がなんでも物理的手段で馬車を壊そうとしている……?
「俺がいる限り、この馬車には魔法攻撃は使えない。爆薬や火炎でも使われれば別だがそんな余裕がある場所でもない。しばらく耐えれば終わる」
「……これは……あの……私を狙って……?」
「君かもしれないが俺かもしれない。廃嫡後はよく命を狙われた」
「……!」
馬車の外から護衛士の悲鳴が聞こえた。
しばらく耐えれば終わる、とシルヴァ様は言う。その中に、外の二人の命は入っていない。
このまま、御者と護衛士が殺されるのを見守らなきゃいけないの?
「……ごめんなさい、シルヴァ様!」
「! 何をする」
扉を開けて馬車から出る。
シルヴァ様の無効化領域からどうにか離脱して、
「────〈おやすみ〉」
私に向かってきた襲撃者たちに一気に脳干渉魔法をかけて昏倒させた。ちょっと手荒だけどやむを得ない。
護衛士と御者は?
斬られたようで出血しているけど、生きている。
「早く中に入れ!」
「えっ、わっ」
二人を助ける前にシルヴァ様に捕まえられ、私は馬車の中に放り込まれた。
それでも私が無理矢理助けに行かないか心配だったのだろう、残された二人を私のかわりに助け、二人ともその手に抱えてシルヴァ様は馬車の中に戻っていらした。
「すみませんっ、あのっ……」
「彼女の仕事は君を守ることだ。君が彼女のために命を危険にさらしてどうする」
「…………!」
自分が、守られる側の人間になってしまったという重みがズシリと胸に響いた。
すみません、と謝りながら痛みにあえぐ女性護衛士は、その命を私のために使っている。わかっていなかったのは私だ。
「……申し訳ありません、危ないことをして」
「いや、こちらも読みが甘かったようだ。安全なルートを選んだはずだったが」
馬車の窓から見える範囲では、私が昏倒させた襲撃者たちの仲間らしい者たちが馬車を囲んでいる。
思った以上に大勢でこちらを襲ってきたらしい。
駆けつけてきたらしい衛兵が、たじろいでいる様子が見える。
ああ、私だったらあれぐらい蹴散らせるのに。そう思ってしまうけど、でも……。
「……魔法を使えなくしてしまう俺がそばにいると、君は力を発揮できなくなる」
不意にシルヴァ様が言ったその台詞は、妙に切なげに聞こえた。
「馬車の扉を絶対に開くな。すぐに戻る」
「え……シルヴァ様っ」
シルヴァ様が馬車から飛び出した。
丸腰だったシルヴァ様は最初に斬りかかってきた敵から剣を奪い取り、蹴り飛ばす。
その剣筋は躊躇なく、襲撃者たちを斬り裂いていく。剣術と格闘術、それからシルヴァ様の卓越した身体能力が見事に融合したその動きには、誰もついていけない。
十代前半ですでに騎士団の猛者たちをその技量で圧倒していたその腕は、さらに進化していた。
シルヴァ様の存在によって魔法は無効化されるので昏倒した襲撃者たちも起き上がりつつあったが、すぐに倒されていく。
驚くほど文字通りの"瞬く間に"、シルヴァ様は襲撃者たちを制圧してみせた。
憲兵が襲撃者たちを捕らえていく。
無事済んで良かった。
そう思った私は、ひどく油断していたのだ。
息を弾ませて馬車に戻ってくるシルヴァ様が、背後からブッスリと剣で刺された。私の目の前で。
「………………!!!」
医療用品の入った革鞄を抱えて馬車を飛び降りる。シルヴァ様が、膝をつく。
やられた。
野次馬を装って隠れていた刺客がいたのだ。
有象無象の集団に襲わせ、それを撃退できたターゲットが安堵したところを刺す。そういう刺客が。
(……この可能性を考えて、私に馬車の中にいろとおっしゃったの!?)
噴き出す血。刺客を憲兵たちが取り押さえる。
「……だから、馬車の中に、いろと……」
「シルヴァ様……!! 待っていてください、すぐに止血と、縫合をしますから!!」
シルヴァ様に医療魔法は使えない。だから通常医療で何とかしなきゃ。
そう思っていたのに、シルヴァ様のシャツをまくり上げ、背中の傷を目の当たりにすると、絶望に染まった。
心臓には達していない、けど、明らかに内蔵が大きく傷つけられていて……血を止めるだけじゃ死んでしまう。
治癒魔法なら何とかなるのに。
あの日の父の遺体が頭をかすめる。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!
どうしたら……。
────やっぱり、なかなか難しいね。
不意によみがえったのは、記憶のそこに眠っていた父との会話だった。
『どうも皮膚に無効化の力があるようだから、皮膚じゃなく粘膜経由なら魔力を届けられるかと思って、思いきって殿下のお口の中に指を入れさせていただいて治癒魔法をかけてみたんだが……』
『え、そんなことしたの!?』
『ああ、それで、ちょっとは患部に魔法を届けることができたんだけど、やっぱり僕の魔力じゃ足りないみたいでね。もっと魔力があれば、違ったのかもだけど……』
(もっと魔力がある魔法医師なら?)
(…………こちらも粘膜経由なら?)
あらゆる魔力を無効化できるシルヴァ様の側にいても、魔力を失うことはない。ということはある程度、私たちの皮膚でも魔力が遮られていると考えるべきだ。
いまの私の魔力は、当時の父より遥かに多いはず。
一か八か。
私が今考えていることは、意識朦朧としている人にしていいことではない、と思う。まして好きな人が相手なら、下心が皆無とは言えなくなる。
だけど私は。
自分の生命維持分の魔力を差し出しても、シルヴァ様に生きてほしい。
「…………シルヴァ様」
荒い息のシルヴァ様の両頬に、触れた。
「メリディアナ、早く……安全な、ところに……」
「愛しています、シルヴァ様」
矢車菊の青の瞳が見開かれる。
世界で一番心を揺さぶる青。
こんな美しいものを見ることが出来るなら、これが最期だってかまわない。
「私の魔力、ぜんぶ差し上げます」
シルヴァ様に口づけ、身体中の魔力を全て搾り出す。
治癒魔法として、傷に届ける。その魔力は急速に無効化され、傷に届く頃には何十分の一かになっている。でもかまわない。それでも、シルヴァ様の命を繋ぐことが出来るなら。
損傷した内蔵の修復、筋肉や血管の修復、それから出血を止めて……。
魔力が減りすぎて頭がクラクラする中、ひとつひとつ手応えを感じていく。
ああ、意識が混濁してきた。駄目、もう少しだけ保って。
そんな願いもむなしく、私の視界は暗転し、意識を失ってしまった。
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