38 倒れたアナスタシア
馬車着き場の端で、数人の女子生徒たちがアナスタシア様を囲んで詰めている。
確か、三年生の先輩たちだ……。
親がドラウン宰相派閥に属していて、学園ではアナスタシア様派を標榜していた人たち。
中にはいつもよく見る取り巻きだった人もいる。
「生徒会長というお立場でありながら、学園内でのいじめを見過ごし、何ら解決に向けてお動きになることがなかった…………それも、この国では二百年ぶりに誕生する聖女様へのいじめを、ですわ」
(……は???)
詰められているアナスタシア様は、顔を上げて令嬢たちを毅然と見返している。
「そうね、それはわたくしの落ち度だわ」
長身と美貌とオーラ、凛とした様。彼女はまさに学園の女王様だった。いまもその威厳は変わらない。
変わったのは生徒たちのほうだ。
「認めましたわね! 聖女様への加害を」
「もはや、宰相閣下も聖女様を支持されて、アナスタシア様の婚約を解消したのでしょう? もうあなた様には王子の婚約者という肩書きもないのでしょう」
「聖女様への謝罪をなさるべきだわ!」
「誰もそんなこと要求してませんけど」
ヒョコッと乱入してみせると「えええっ!?」「メリ……いえ、聖女様っ!?」と声をあげる女子生徒たち。
「アナスタシア様がどうこうというより、そもそもあなた方わりと率先して私への嫌がらせをしてらっしゃいましたよね? 顔覚えてますよ?」
「そ、それは……っ」
「忘れてはいないですよね? だから、責任をアナスタシア様になすりつけて謝罪させて、そのまま自分たちは指示されてやったということにしたいんですよね?」
「ち……違……」
「わ……私たちは……」
「違うのです! 聖女様……」
「あと私は聖女ではないので。次に呼んだら本気で怒ります」
いたたまれなくなったのか一人の女子生徒がその場を逃げ出す。
すると、他の女子たちも釣られたようにばらばらと逃げていった。
完全に姿が見えなくなった。
もういいかな。
「では、私も失礼しますね」
「……どういうつもり?」
「助けたわけじゃないですよ。放っておいたら私のせいにされるパターンでしょう、あれ」
タイミングよく、私の迎えの馬車と、ドラウン公爵家の紋章の馬車が馬車着き場に入ってきた。
さて、このままさっさと離れようかな、と……。
視界の隅でグラリとアナスタシア様の身体が揺れた。
「!?」倒れかけたところをあわてて支える。
「アナスタシア様!?」
「何でも……ないわっ。放って……」
「!?」
意識がなくなっていく。
ドラウン公爵家の御者と侍女があわてて駆け寄ってきた。
私はアナスタシア様の身体を横抱きに抱えあげる。
抱き上げて驚いた。軽すぎる。
私よりも拳ひとつ分は背が高いその身体が、ゾッとするほど軽い。
「緊急です。医務室に行きます!」
ドラウン公爵家の面々と、自分の護衛と馬車の御者に大声で伝える。女性護衛士が駆け寄ってきた。
「メリディアナ様、私がお運びいたします」
「大丈夫です、ちょっと急ぐので────〈光速移動〉」
この際、校則違反はやむを得ない。
医務室に向かい、私は光速移動魔法で飛んだ。
***
「……大丈夫ですか?」
医務室のベッドで目を覚ましたアナスタシア様に、声をかける。
「……医務室? 私……」
「馬車着き場でお倒れになったのでここまで運びました」
「はこ……え?」
アナスタシア様は、状況の掴めない様子で、しばらくぱちぱちと瞬きをしていた。
「……倒れたわたくしを、あなたが指揮してここまで連れてきてくれたということね?」
「まぁ、そういう感じです。ひどい栄養失調、極度の貧血、睡眠不足、それからストレスでの魔律回路失調症とお見受けします。なので校医の先生と相談して、魔法治療を施して、いまは点滴をしています」
自分の腕に刺された針と管、それからその上にぶら下がった容器を目で追って、アナスタシア様はため息をついた。
その腕も、ひどく細い。
「アナスタシア様。魔力がない人は通常、魔力なしで身体の機能が維持されますけど、魔力の強い人は身体も自然と魔力ありきで回るので、魔力量が極端に下がると命の危険がありますよ。食事は召し上がっていますか?」
「……お礼は言います。ありがとう。だけど、それ以上は踏み込みすぎよ」
「正直、平民でしか見たことがないほどの栄養失調ですよ?」
「………………あなた、失礼ね」
それでも、私に言い返せるぐらいには回復して良かった。
シルヴァ様がいないタイミングで良かったかもしれない。
シルヴァ様とアナスタシアが同じ場にいたら、何をどうしていいかわからなくなってしまいそうだ。
もう少し、様子を見てから失礼しよう。
そう思っていたら、アナスタシア様の方から意外なことを言い出した。
「……父から……話はあった?」
え、と声が漏れそうになった。
「ご存じだったんですか?」
「ええ。父にとってはもう、私は用済みだそうよ」
「実の娘相手に、ひどすぎませんか……?」
「……そういう人だから。わたくしは、わたくしに残った務めを果たすだけよ」
「少なくとも、私がドラウン宰相の話に乗ることはありえません。オーリウィック家の皆さんが好きですし、信頼できない人の娘になりたくないです。それに……」
アナスタシア様の目が一瞬、鋭い光を放った。
「…………シルヴァ様と結婚したいから?」
「…………」
婚約は偽物だと言うべきか。
でも宰相閣下の娘のアナスタシア様にはやっぱり言えない。
一瞬考えた私に対して、アナスタシア様は寝返りを打って顔を隠した。
「…………忘れて」
スルーしたほうが良さそうだ。
「あの。でも、専門医に見てもらうことをおすすめしますよ。この魔力量の低下は異常です。何か大きな病気が隠れている可能性も…………」
そう話していると、途中で校医の先生がやってきた。
「あの、オーリウィックさん、ちょっと良いですか?」
声をかけて、私に耳打ちしてきて……。
「!? 本当ですか!?」
「おそらく……専門の先生に診ていただくべきかと」
私はアナスタシア様に向き直った。
「あの、アナスタシア様。このあとお時間ありますか?」
「…………王子妃教育が入るはずの時間だったけれど、今はなくなっているわ」
「じゃあ、うちに来ませんか?」
「………………?」
「もしかしたら、ですが」
私はアナスタシア様の耳に口を寄せ、さっき先生に耳打ちされたばかりのことを告げる。
「…………アナスタシア様は、脳干渉魔法の被害にあっている可能性があります」




