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37 異質な親


「……まだ授業中なのですが」

「承知の上だよ、オーリウィック嬢」


 …………学園の会議室。

 ドラウン宰相が、円卓の反対側で笑みを見せている。

 その顔は見れば見るほどアナスタシア様に似ている……そして王族でもあるからだろう、シルヴァ様に似たところもある。

 お互いの後ろに護衛がついての対面だ。

 人払いしなくて良いなら、私も護衛同席のもとで話したい。



「宰相閣下。褒章の授与式の日に言ったことがすべてです。

 私は聖女に認定されたくありません。そしてシルヴァ様と婚約をしていますので、お二人の王子殿下のいずれとも結婚はできません」


「君の言い分はもちろん覚えているよ。オーリウィック侯爵も同じことを言った。聖女の輩出は、我が国にとって大変名誉なことなのだが」


「……宰相閣下も国王陛下の側でいらっしゃるのでしょう?」


「そうだね。だからこそ国王陛下の今のお気持ちも私には筒抜けなのだが、今後のオーリウィック侯爵の立場が心配だね」


 婉曲な脅しをかけてきた。


「……失礼ながら宰相閣下、学生の本分は勉学である以上、私もあまり授業から離れたくはありません。お話ししたいことを端的におっしゃってください」


「なに。君の味方になってあげても良い、と言いたいのだ」


「味方とは?」


「どちらかというと、君の目当てはシルヴァ様との結婚というよりも聖女に認定されたくない方だ。違うかい?」


「……望みもなにも、婚約済みだとお伝えしましたが?」


「あんな取って付けたような婚約宣言、誰が信じるものか。もし決闘の日の時点で婚約したのなら、君はさっさと公表したはずだ。公表せず、学園のなかで嫌がらせを受け続ける理由はない。国王陛下への報告も、オーリウィック侯爵がすれば良いだけなのだから」


 そうきたか。顔に動揺が出てしまわなかっただろうか。

 推測だけなのか、それとも他にも何かの情報をつかんでいるのか。

 握った手の中にじっとりと汗をかく。経験値が違いすぎる。


「……なにぶん、マクシーナ様の魔力暴走と召喚の件でこちらも動揺しておりましたので、最適な判断をできる状態ではなかったのだと思います」


「そういうことにしておこうか。いずれにせよこちらの提案は、聖皇庁と国王陛下へのとりなしだ。聖女認定を取り消すよう、私から働きかけよう」


 少なくとも、ウィール前宰相が失脚した今、ドラウン宰相の存在は王家にとって相当大きなものになっている。

 国王陛下を動かすことはできるだろう。

 一方で、少し前までウィール前宰相と強い結び付きがあった聖皇庁は、どれだけドラウン宰相の言葉を聞くのだろうか。


「宰相閣下は何をお求めなのです?」

「私の義娘にならないかね?」

「………………は?」


 頭が一瞬、宰相の言葉の理解を拒否した。


「オーリウィック家を出て、ドラウン公爵家の養女にならないかね?」


 残念ながら聞き違いではなかったらしい。


「……すでに大変優秀なご令嬢がいらっしゃるのに、なぜ?」


「ああ、いるね。幼い頃から勉学も何もかも大変優秀で努力家だったものの、私のお膳立てにもかかわらず王子の心をまるで掴めなかった役立たずの娘がね。最初の婚約者に一途になりすぎた。まったく、期待はずれも良いところだ」


「……どうして、そんなおっしゃり方をするのです」


「事実なのだ。仕方ないだろう。普通の王族や貴族なら婚姻で家同士の結び付きができればそれで良いのだろうが、私の娘ならば王子殿下の心をしっかり掴んでおいてもらわねば困る。アナスタシアにはそれができなかった」


「だからって、アナスタシア様まで婚約解消させるなんて……!」


「成績優秀で、現在王子二人を夢中にさせている君を私の義娘にするほうが確実だろう?」


「……もうお二方は、私になんて興味をもっていませんよ」


 宰相はせせら笑った。


「我慢なさっているだけだろう。君から声をかければすぐに落ちる」


「あなたは……殿下方を舐めすぎではありませんか」


「王子殿下お二人のうち、いずれでも君の好きな方と結婚して良いよ。君が結婚した方を次期国王にする。

 そうすれば、君の大切な人たちの地位は安泰だ。オーリウィック侯爵も、侯爵家の面々も、シルヴァ様も」


「………………!!」


 なんて人だ。

 なんて最悪な提案だ。

 自分の娘を、自分の周囲の人間たちを、完全に道具としか思っていないのか?

 怒りで顔が熱くなって冷静な言葉を選べない。


「ああ、君が望むのならシルヴァ様を王家に復帰させても良いよ。これが君の一番の望みじゃないのかな?」

「…………三年前、シルヴァ様をお見捨てになった方がですか?」

「おやおや、それが引っ掛かっていたのかい?」


 子どもに言い聞かせるような声で、宰相は続けた。


「そりゃあ仕方ないだろう。アナスタシアが王妃になるという条件のもとに婚約を承諾したのだ。それが履行できないなら、相手を変えるのもやむ無しだろう。ああでも、シルヴァ様が王子に戻ったとしても君の結婚相手はセオドア殿下かルーク殿下にしてもらいたいがね。シルヴァ様が相手では、君のその魔力がもったいなさすぎる」


 私は席を立った。


「……宰相閣下が私を怒らせる天才だということは嫌というほど理解いたしました」


「おや、断ると?」


「現状、私が宰相閣下のお言葉を信じられる要素は皆無ですので。今後のことは義両親と()()()と話し合います」


「私としては最良の条件を出したつもりだったのだがね」


 会議室を出ていく私を、宰相は止めずに「また会いに来るよ」などと悠然と言うのだった。

 護衛とともに廊下を歩きながら、憤りが後から後から込み上げてくる。


(…………あんな親が……あんな親がいるの!?)


 衝撃だった。

 子どもを愛さない親、利用しようとする親がいることは知っていた。

 だけど、なんというかドラウン宰相は……異質すぎる。

 成績優秀で、妃教育を受けてきて、公務だってこなしている娘を、あそこまでバッサリと切り捨てるなんて。


 一人では、あの怪物に太刀打ちできる気がしない。


 次に何を繰り出してくるか得体が知れない。

 シルヴァ様と、両親に相談をしなきゃ。


     ***


 放課後、急いで教室を飛び出した私は、馬車着き場へ急いでいた。


 今日の迎えにはシルヴァ様は来られないらしい。

 でも時間は少し遅くなるけれどオーリウィック邸には顔を出すと言ってくださった。

 早く家に帰って家族に相談したい。それからシルヴァ様がいらっしゃったら……。


 そう思っていたのだけど。



「────どう責任をおとりになるつもりですかしら! アナスタシア様!」



 そんな私の耳に飛び込んできたのは、女子生徒の責めるような声だった。

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