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32 【過去】ルークは人違いでさらわれる

     ***



「……何やってんの?」


 十四歳の初夏。

 マクシーナと役立たずの護衛たちを撒いて王宮の中庭に逃げ込んだときのことだった。


 なぜか貴族令嬢なのに木に登っているメリディアナと目が合った。


「あー……見られてしまいましたか。これです」

と、気まずそうに彼女は本を掲げてみせる。


「王立図書館から借りた本なんですけど、嫌がらせで盗まれてしまったみたいで。魔力探知したら、この木の枝に隠されていました」

「うわぁ……その手口はマクシーナが誰かに指示した感じだね。ごめん、ほんと」

「殿下が謝ることではないとは思いますが……殿下から一言いっていただけると嬉しいのですが」

「俺が何年あいつに手を焼いていると思う?」

「そうでしたね……すみません。まぁ。破かれたり汚されたりしなくてよかったです」


 そう言って、念動魔法を使いながら、ふわりと木から降りてきた。


 風属性の魔力の俺以上に空中移動が上手い。

 見るたびに恐いぐらい魔法が上手くなっている。


 彼女は芝生に残していた靴を片足ずつ履いていく。

 そのしぐさで形のいい足がふくらはぎほどまで見えてしまい、あわてて目をそらした。


「ていうか、一人? 侍女は?」

「あー……医務室です」

「なんで?」

「私の代わりに本をがんばって取ろうとしてくれたんですが、腰がグキッとなってしまいまして。腰って本当に治りにくくて恐いので、治療魔法をかけてから医務室に連れていって休ませています」

「侍女の意味なくない?」


 メリディアナは基本的には勉強家だし、元平民のわりには貴族社会に馴染めている方だと思う。

 けれど、貴族令嬢として育ったわけじゃないので、たまにこういうことをしちゃう危なっかしさがある。

 そこも含めて、テオは彼女のことを好きなんだろうけど。


「今回はしょうがないけどさ。次からは誰かに助けを求めるとかして、侍女と離れずにいなよ? 俺たちの世界では、こんな風に男女が二人きりでいるところを見られたら、それだけで女の貞操が疑われるんだから」

「……そうでした。すみません、迂闊(うかつ)でした」


 素直に反省するメリディアナ。


 でも、同年代の王族・貴族の女の子たちの中で、マクシーナと渡り合えるのはアナスタシアと彼女ぐらいだ。

 アナスタシアは威厳と氷のような眼差しで怯ませる感じだけど、メリディアナは弁が立つ。最終的にあのマクシーナを黙らせる。

 それであいつが王宮の女官たちをいびるのをやめさせたりするので、女官たちの間ではメリディアナの人気が高いとかなんとか。


 死ぬほど大嫌いな女と婚約させられて正直この先の人生に希望なんて欠片も見えない俺にとっては、唯一の癒しだった。


(ああもう、ほんと……無理だとわかってるけどさ。テオと結婚して家族になってくれないかな。そうしたら、絶望的な未来もちょっとがんばれるかもしれないのに)


 シルヴァが廃嫡になったから、テオか俺かどちらかが国王になるんだって?

 知らん、と言いたい。

 後先も考えずにくだらない権力争いやらなんやらでシルヴァを廃嫡したおまえらが無責任すぎるだろ。

 大人たちの方が俺たちの思いをことごとく無視して踏みにじってくるのに、なんで俺たちが国に尽くさないといけない?


「では、私は医務室に戻り……」

「……あ、待って。その本、何?」

「これですか? 昔シルヴァ殿(でん)……いえ、シルヴァ様がお読みになっていたので、読んでみたくなったんです」

「へぇ」


 スッと心が冷えた。正直、彼女の口からは聞きたくない名前だった。


「シルヴァ様は……あれから王宮にいらっしゃっていますか?」

「王宮に来るわけないでしょ。公務すべてから閉め出されたのに。会いたきゃ、学園の男子寮にでも行ってきたら?」


 したくないのに意地悪な言い方になる。

 廃嫡の後もシルヴァを慕っている奴は意外と少なくない。

 テオと、メリディアナもその一部。

 あんな奴、そんな高潔でも完璧でもないのに。


(……なんで俺、シルヴァのこと考えるとこんなにいらだつんだろ)


「寮……ですか」

「あぁ、寮にはあまり戻ってないんだっけ。最近は授業も出てないらしいね」


 私生活がすごく荒れて、悪所通いしているという噂さえある。

 なぁ、あんな奴よりテオが良いよ。

 そう、いつかうっかり言ってしまいそうで恐い。


「…………わかりました。ご親切にどうもありがとうございます」


 形の良い唇をきゅっと引き結び、無表情になった彼女は「失礼いたします」と踵を返した。


(……嫌われたかな)


 嘆息した俺の耳に、遠くからマクシーナの声が聞こえた。

 ここにいたら見つかるかも。次にどこに逃げるか考えながら、俺は足に風魔法をかけてフワリと浮いた。


     ***


 それから間もなく。

 ある休日、俺は早朝に王宮を抜け出した。


 風系魔法で空中を移動するにも、衛兵に見つからないルートを考えないといけないので結構苦労する。

 でも、身分を隠して街中を自由に歩くのは、ワクワクしてすごく楽しかった。たとえ動機が逃避だとしても……。



(……あれ?)


 良く似ている女の子がいる、と思ったら、平民の町娘風の格好をしたメリディアナだった。

 何やら、大きな革の鞄を手に提げて、足早にどこかに向かっている。


(……もしかして俺が変なこと言ったから、こんなところにシルヴァを探しにきたとか?)


 焦って彼女を追いかけたけれど、人混みのなか、見失ってしまった。

 どうしよう……。


「────見つけましたわ!」


(────こんな時に!)


 今度は、聴きたくない声が聞こえてきた。

 ふりかえると、鬼の形相をしたマクシーナが馬車から下りてくるところだった。

 俺の左右に、ウィール宰相のところの侍従らしい男たちが回って逃げ道を断つ。

 風魔法で逃げようとすると、カシャン、と、俺の首もとで金属音がした。

 何だか、鋼鉄のようなものでできた首輪をはめられている。

 急に……力が抜けて、へたりこんだ。


「ひどいですわ、お約束していましたのに!」

「俺は承諾してない! そっちが休みのたびに押し掛けてくるんだろ……もう、頭がおかしくなりそうなんだよ……ていうか何だよコレ……」

「知り合いの高位聖職者に作らせましたの! 魔法封じの首輪ですわ。国王陛下にはルーク殿下に使用させていただく許可をいただきましたの」


(……あの国王(クソオヤジ)……本気でなんなんだよ……!?)


 なんでそこまでして、この女を俺に押し付けるんだよ。

 そんなに息子の心を壊したいのかよ。


 結局抵抗できず、俺は、馬車の中に押し込まれた。

 それも、マクシーナと二人きりで。侍従たちは別の馬車に乗った。

 王宮ではないどこかに向かう馬車。

 興奮した様子で一方的に話し続けるマクシーナの話なんて、まるで耳に入ってこなかった。


 なんか、もう。抗うことさえ俺には許されないんだ。


 もう、ほんと……疲れた。

 心なんてなくなってしまえばいいのに。


「…………!!」


 急に馬車が大きく揺れた。

 と思ったら、護衛たちの声、それから怒声が、馬車の外から聴こえた。


「え……?」馬車の外をのぞく。

 いつの間にか郊外に出ていた馬車を、数多くの男たちが取り囲んでいた。

 失業者らしく見える。

 日の高いうちから酒を飲んでいるのか、えらく興奮して、理性のたがが外れた様子だった。


「これだ! ウィール宰相の馬車だ!」

「あの鬼畜宰相め……思い知らせてやる!」


 殺気立っていて危険だ。風魔法で蹴散らそう。

 そう思って首輪に手を掛けたが、外し方がわからない。


「……おいマクシーナ、これ、外せ!」

「か、鍵は侍従が……」


 そんなことを言っているうちにドアが壊された。

 悲鳴を上げたマクシーナは、鋼属性の魔力で壊されたドアを楯兼武器にして、泣きながら一人で逃げ出す。

 侍従が彼女を自分たちの馬車に乗せる。そして、グルリと回って逆方向に走り出した。

……囲まれたこちらの馬車と、中に残された俺一人を置いて。



「女が出ていった。残っているのは若い男……いや、子どもだな」


「ウィール宰相の長男だな!? こいつを人質に身代金を要求してやる!」


 マクシーナの兄貴はもっと年上だけど。

 ああもう、なんでもいいよ。好きにしろよ。

 そんな気持ちで俺は破れかぶれになり、そのまま馬車ごと連れ去られたのだった。


     ***

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