26 不意討ち
…………身体を動かすことは昔から大好きだった。
初等学校に通っていた頃なら、好きな教科を聞かれれば『体育!』と元気良く答えるような子だった。
それは学園の中等部に入学してからも同じで、乗馬の授業もダンスの授業も楽しく受けていたし、ダンスの実技の成績もずっと良かった。だけど。
いまの私のダンスは、きっと周囲から見てとても酷いものだと思う。
さっきの二回のダンスとは全然違う。足元がふわふわして、頭もふわふわして……。
(どうしよう……全然集中できない)
胸に顔が埋まってしまいそうなほどの身長差はあるけれど、シルヴァ様のリードはとても頼もしくて上手だ。
なのにさっきの二回と私の踊りぶりが全然違うのは、相手がシルヴァ様だから。
ずっと至近距離で、身体に触れられ、こちらも触れていて、衣服の下の体温や筋肉の質感を否応なく感じつづけ。
「もう少し、こちらを見てくれ」
いえ、すみません無理です。
この上お顔まで見ながら踊ったら、確実におみ足を踏んでしまいます。
こんな酷い状態でもかろうじて踊れているのは、シルヴァ様のリードがとてもお上手だから。
そうじゃなかったらもう四、五回は足を踏んで、自分が転ぶぐらいのことはしていた。
いつもはうまくできるのに。
せっかくシルヴァ様が踊ってくださっているのに。
恥ずかしくて顔が熱くて、申し訳なくて。
「……す、すみません」
「なぜ謝る?」
「ごめんなさい、うまくできなくて」
思わず口走ってしまい、口に出したことでますます焦る。こんなこと、今言われてもシルヴァ様は困るだろうに。
「最初の夜会だからな。靴も慣れなければ足が痛むだろう」
そうではなかったのだけど、そういうことにしておこうと私はうなずいた、その時。
「……もう少しヒールは低めにしておいた方が良かったな」
ごくごく小さな声でシルヴァ様が呟いたのが、耳に入ってきた。
この靴は確かに初めて履くけれど、ドレスと合わせたものとして渡されたものだ。
え?
ということは……?
「シルヴァ様……」
「ん?」
「あの、もしかして、このドレスはシルヴァ様が……?」
目線を下にして、シルヴァ様の瞳と同じ矢車菊の青のドレスを見ながら私は今さらすぎることを尋ねた。
「あ……まぁ、うん」
若干、気まずそうな反応のシルヴァ様。
「そ、そうなのですね!? どうして……」
「……卒業式用のつもりで贈ったんだが、ちょうどその日に君が被災地に発ってしまって入れ違いになった。そのまま君は卒業式を過ぎても王都に帰ってこられなかったからな。気にすると思って、侯爵夫妻には黙っていてもらった」
「すみませ……いえ、あの、ありがとうございます! とても、素敵です……」
言ってほしかったです、お義母様。
でも、言ったら着るのを躊躇すると思ったのかもしれない。
シルヴァ様にお相手がいないとは言っても婚約者でもない男性にドレスを贈っていただくのは貴族のマナー的に大丈夫なのか……それに、将来のシルヴァ様の結婚に差し障りがないだろうか?
「良く似合っている。綺麗だ」
「…………!」
動揺して思わずドレスの裾を踏んでしまった。
よろけた身体をシルヴァ様に支えられる。
「す、すみませ……」
「俺には謝ってばかりだな」
近すぎる体温と息づかい。
否応なく認めさせられる。何度諦めようとしても、墓場までこの気持ちは持っていこうと決めていても、結局私は未だにシルヴァ様のことが好きなのだ。
……今だけは、この幸せを受け入れて良いだろうか?
一曲、演奏が終わるまで。それまでの短い時間。
チラッと、アナスタシア様のことが脳裏をかすめたけれど、無理矢理押さえつけて、私はシルヴァ様と踊りつづけた。
────現実の舞踏会は、絵本のそれとはまるで違う。『王子様』は目映くて生々しくて、心臓が止まりそうなほどドキドキさせられる。ため息が出て、刺激が強すぎて……夢中になる。
永遠のようで一瞬だった。
演奏は終わってしまい、私は名残惜しくシルヴァ様から手を離す。
「ありがとう。メリディアナ」
「シルヴァ様、ありがとうございます」
シルヴァ様の声が身体の深部に響く。
音楽とダンスの余韻に浸って身体がぽーっとしてしまっている。
いけないいけない、現実に戻らなきゃ。
シャキッとしたくて、グッと顔を上げた、その時。
「────注目! 国王陛下よりお言葉がございます」
警備兵より号令がかけられ、国王陛下に注目が集まる。
「今宵お集まりの紳士淑女一同………聖皇庁より遠路はるばるいらした枢機卿猊下より大切なお話がある。心して聞いてもらいたい」
(…………?)
同時に、私の周囲に警備兵が入り、シルヴァ様と引き剥がされた。
シルヴァ様を敵視している聖皇庁の人間が……一体、何を言おうとしているの?
「ではお伝え申し上げます。
今宵、褒章を授与されましたメリディアナ・オーリウィック侯爵令嬢殿。彼女は先日、このか弱い少女の身でありながら、王都に現れた凶悪強大なる魔獣、崩壊闇狼と闇雷亜竜を消し去ったのです」
(……え?)
亜竜の召喚は隠蔽するのではなかったの? それがなぜ、公表されて私の手柄にされてるの?
王子二人が慌てた様子でいる。彼らもこのことを知らなかったの?
「それは、ちが……」
「まさに奇跡の為したことです! 神の御業としか言いようがございません。さらに、このオーリウィック嬢は、三月の地震の折りにも死に臨んだ数多の怪我人たちを救い、その結果、死者数は驚くほど少なかったのです! これも、まさに奇跡!!」
私の声は、枢機卿の拡声魔法のもとにかきけされた。
恐ろしい形相で枢機卿に駆け寄ろうとしたウィール宰相が、警備兵たちに拘束されている。
「聖皇庁は、この二つの奇跡を正式に神の御業によるものと認定し」
胸を張って、枢機卿は一際大きく声を張り上げた。
「メリディアナ・オーリウィック侯爵令嬢が『聖女』であることを、ここに宣言いたします!」




