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24 舞踏会は波乱の幕開け

 ─────それからたっぷり一時間以上後に式典は始まった。

 赤いカーペットの道を、周囲に立つ貴族や高官たちに注目される中、歩いていく。とにかく、焦らずに。

 その時間はまるで永遠かと思えるほど長く、知らず知らずに重圧が身体にのしかかる。

 足の動きが鈍くなった時は、落ち着いて深呼吸し、さっきのシルヴァ様を思い出すと、周りがよく見えるようになった。


(……国を動かしている人に見える景色って、こういうものなのかな)


 圧倒的多数から向けられる、その視線が重い。


 歩きに歩いて、ようやくたどり着いた国王陛下の御前。(うやうや)しく礼をし、高官が私の名を読み上げるのを待つ。

 国王陛下から短いお言葉を賜り、装飾の付いたメダルを、王妃陛下に首から提げていただく。

 そうして、両陛下にふたたび礼をして、退出していく……。


 時間にすれば意外と短かっただろう。

 だけど、どうにかそれをこなして義両親と義兄のところに戻ってきた時にはホッとするあまり全身の力が抜けそうになってしまった。


「戻ったか。粗相はなさそうで良かったな」

「お疲れ様。まぁたぶん大丈夫よ」

「たぶんって何ですか、たぶんって」


 義両親の言葉に返していると、義兄が「それにしても」と小声でささやいてきた。


「……ウィール宰相たちも結局出席しているんだな」


 言われてうなずいた。

 そう、王族の立ち位置にウィール宰相夫妻とマクシーナ様がいた。


 拘束されていたはずのマクシーナ様、犯人の目星がついた、というか断定できたから、容疑は晴れたのだろうか。

 だとしても、普通ならあれをこの国に持ち込んだ過失責任を問われそうだけど……。

 私が今回、崩壊闇狼(コラプサー・ウルフ)を退治して褒章を授与されているのとは、どう整合性をつけるんだろう、と、ちょっと気になった。


     ***


 晩餐会も終わり、いよいよ舞踏会が始まろうとしている。

 本来ならこの国の貴族の子女は、成年式に出てからの社交界デビューという形になるのだけど、私は今日が社交界デビューになるようだ。


 今日は裏方も含めて忙しく駆け回っていたであろう王子たちのちょっかいもなかったし、学園で言い寄ってきている男子生徒たちもさすがにこの場ではわきまえているのか寄ってはこない。

 単にうちの義兄が恐いだけかもしれないが。


 ただ、舞踏会では主賓という扱いになるため、最初にダンスを踊らないといけない。王子二人と。二人の婚約者を差し置いて、先に。


「……こういうの、普通に婚約者からで良いと思うんですけど」

「ルーク殿下が婚約者と踊っているところなど見た覚えがないがな。もっとも、あれが王妃になったら国が滅びる。この機会にさっさと破談にしておくべきだ」


 当然のようにウィール宰相が大嫌いな義兄は、マクシーナ様のことも大嫌いだったりする。


 ────舞踏会が始まり、私は義兄のエスコートで入場した。

 その容姿ゆえに女性陣からは密かに人気があるらしいが、男性陣は彼の本性を知っているので恐がって近づかない。強力な男性よけである。


 ファーストダンスは、あれ以来話しておらず大変気まずいセオドア殿下と踊った。先日の非礼について端的に詫びると「……いや、あれは私が悪かった」と殊勝な顔で頭を下げてきて、緊張はしたものの何事もなく終わった。


 そして次のダンスはルーク殿下と。軽やかなステップと上手なリードでとても踊りやすい。だけど、

「……ねぇ、身の回りに変わったこととかなかった?」

と不穏なことを聞いてくる。


「護衛の皆さんのおかげで、安全に過ごせていますが?」

「……そう、それなら良いんだけどさ。あの……宰相の派閥から何かされたりとか」

「それもありません」

「……俺たちのことを警戒してるのって、二人とも婚約者がいるからだよね? もしさ……もしも婚約解消したら、一から俺のこと考えてくれたりする……?」


(……?)


 正直、困惑した。


「……貴賤結婚したら、王になれないでしょう?」

「もしそのルールがなくなったら?」

「…………何を企んでるんです?」

「なぁ、わかってよ」

「!」


 ダンス中だというのにいきなりグッと抱き寄せられた。


「待ってください、ここはっ……」

「俺は君が好きなんだよ。本気で」


 衆目の中で、何を!?

 あなたも私も思い切り醜聞にしかならないのに!?

 混乱した私の身体を、誰かの手がルーク殿下の身体から力強く引き剥がした。


「─────!」

「……シルヴァ!」


 後ろから抱き支えられ、ふらついた足元が安定する。……背中がぴったりとその大きな身体に密着して、顔が熱くなる。シルヴァ様が、助けてくださった?


「お足元がふらつかれたようでしたので、ルーク殿下」


 王家主催の舞踏会という場だからだろう、今は王子ではないシルヴァ様はルーク殿下に敬語を使った。

 敬語でもその言葉にはかなりの怒気をはらんでいる。


「……曲の途中だろうが」

「失礼いたしました。衆目のなかで、未婚の女性の名誉に関わるような行為と勘違いされてはなりませんでしたので」

「……!」


 なぜか一触即発。

 いや、今のはルーク殿下が悪いのですが。


 でもシルヴァ様のおかげで動揺したのを建て直すことができた。

 私は無理矢理笑顔を作り「申し訳ございません、シルヴァ様。わたくしのステップが未熟でしたためにルーク殿下をふらつかせてしまいましたようです」と周囲に向けて、すこし大きめの声で建前の言い訳をする。


「これ以上ご迷惑をお掛けしてはなりませんので、取り急ぎ義両親のもとに戻ります。踊ってくださりありがとうございました、ルーク殿下」

「待っ、待って、メリディ……」


 引き留めようとするルーク殿下に「…………次やったら人前だろうと殴りますから。拳で」と小声でささやいて、私はきびすを返した。


「…………大丈夫か」

「ありがとうございます、シルヴァ様。助かりました」


 チラッと見ると、女性に取り囲まれて逃げられない義兄がすごい顔でこちらをにらんでいた。

 またおまえはシルヴァ様にご迷惑を……!と言いたげだ。これは後でお説教かな。でも今のはルーク殿下のせいなので。


(………………)


 ────もしも婚約解消したら、一から俺のこと考えてくれたりする……?

 ────もしそのルールがなくなったら?


(…………ルーク殿下、いったい何を考えて…………?)



「こんな栄誉ある場に、娼婦が来て良いと思っているのかしら」



 歩きながら考え込んだ私の耳に、久しぶりの声が入ってくる。

 声のした方に目を向ける。豪奢なドレスをまとい宝石で着飾った、マクシーナ様がそこにいた。

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