21 義兄の帰還
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休日の朝。
私メリディアナは、朝食の席に出るなり「……顔色が悪いわね」と義母に声をかけられた。
「あまり眠れていないんじゃない?」
「あはは……そうですね」
「そりゃあ、外国から命を狙われてるなんて聞かされたら恐いでしょうけど、王家からの護衛もついているのだから大丈夫よ。ほら見なさい。レイチェルなんて休日だからと堂々と朝寝坊よ。昨日また新刊が届いていたから、きっとそれね」
義姉の席が空いているのを指差して言う義母に、つい噴き出す。
運ばれてきた食事には、普段のような食欲はわかないけれど、無理矢理ぎみに口に入れる。
────悪夢を何度か見た。
この邸で魔獣を召喚され、私の巻き添えでみんなが殺される夢。
多少のことでは動じないつもりでいたけど、やっぱり亜竜の召喚が私を狙ったものかも知れないと聞かされたのは堪えていたようだ。
あれからオーリウィック侯爵家全員に護衛がついている。
それは王子たちに感謝だけど……。
「ああ、それと、昨日ルーク殿下から届いたものは、全部お返しで良いのね?」
「はい。よろしくお願いいたします」
あのセオドア殿下と私の会話を横で聞いていたのにびっくりだが、ルーク殿下名義でドレスと宝石類一式が届いた。
いやもう本当に……なぜそうなる。
義姉レイチェルは
『すごく素敵なドレスよ! ネックレスもイヤリングも豪華! 絶対あなたに似合うわ! ちょっと袖だけでも通してみない?』
と言っていたけど、断固触れずにそのままお返しする。返されても困るのだろうけど、こちらも困るし。本当に。
それより、ずっと気になっていることがある。
「……あの、お義父様。そういえば、シルヴァ様はそろそろお戻りなのですか?」
義父に聞いてみる。
シルヴァ様とは決闘の日以来お会いしていない。
「うむ。もう少しかかるのではないかな。あまり詳細は伺っておらんが、国王陛下の反対を押しきるかたちで聖皇庁に向かわれたようだ」
「……聖皇庁!? 聖皇庁って……シルヴァ様の敵の巣窟じゃないですか!?」
「まぁ、そうだな」
シルヴァ様の廃嫡を仕掛けたウィール宰相は宗教勢力と深く結び付いている。
聖皇庁は魔力を聖力と呼び、魔法を神から人間に与えられた恩寵とみなす。
魔法が使える人間は、神に、他の人間の上にたつ資格を与えられている。魔法が使えることが支配者の証。
そういう考えだから、聖皇庁の聖職者たちは、魔法が使えないだけじゃなく他人も魔法を使えなくしてしまう魔力無効化障害の人間を『悪魔の落とし子』といって忌み嫌う風潮がある。
だからシルヴァ様の立太子の時から、廃嫡しろと外圧をかけようとしてきたのだとか……。
「だっ、大丈夫ですか!? そんな危険なことを、どうして!?」
「────死ぬほどお怒りでいらっしゃるからに決まっているだろうが」
後ろから新たにかけられた声に振り向く。
今ここにはいないはずの人物が、部屋に入ってきていた。外国に留学中の義兄が。
彼は遠慮なく義姉の席に座る。
「アバクス、帰ってきたのか」
「昨日の夜、王都の近郊までつきましたので」
「お義兄様……どうしてお戻りに」
「いろいろと国際情勢がきな臭いことになりそうだからと国から呼び戻された。途中でシルヴァ様にもお会いした」
「シルヴァ様にも!?」
オーリウィック家の長男、アバクス。
シルヴァ様と同学年なので私より三歳上で、義父とはまったく違って黒髪に鋭い目つきの、シャープでクールな印象の美青年だ。
基本的に成績優秀で何でもできる人だが、一点だけとっても面倒くさいところがある。
義兄はその猛禽みたいな目で、ジロリとこちらを見る。
「……おまえ、魔獣退治をシルヴァ様にやらせたらしいな」
「いや、あれはやらせたというか私にはどうにもできなかったというか」
「ふん情けない。まぁやはり将来のシルヴァ様の側近にふさわしいのは俺だということだな」
「だから変なところで義妹に張り合わないでください?」
亜竜はたぶん義兄にもどうにもできなかったと思うけど。というか私は官僚志望だと何度も言ってるのに。シルヴァ様の側近の座なんて狙っていないのに。
義兄アバクスの大変面倒くさいところ。
猛烈にシルヴァ様を崇拝しているのはいいのだけど、そのせいでしばしば暴走しがちなところだ。
学業では常にシルヴァ様に次いで二位の成績で、廃嫡までは『将来王太子殿下の側近になるのは俺だ』と公言してきた。
私がオーリウィック侯爵家に養女としてやってきたときは、敵意剥き出しだった。
年齢より大人びて冷徹に見える隙のない美貌の少年の口から
『シルヴァ殿下に気に入られているからといって調子に乗るなよ?』
といういかにも小物悪役みたいな言葉がでてきた時には目を丸くしてしまった。
(そのあとシルヴァ様に叱られたらしく、ものすごく嫌そうな顔で渋々謝ってきて、笑ってしまった)
廃嫡の時も、一番この人が猛烈に抗議していた。
国王陛下のところに殴り込みをかけようとしたのを家族全員で何とか必死で止めたものだ。
見た目は冷徹美形、中身は地獄犬である。
「王家はもう、仕掛けた聖職者も、その黒幕も掴んでる。できれば全面的な敵対には発展させたくないから穏便に解決したかったんだろうが、シルヴァ様は聖皇庁に単身乗り込まれた。
『悪魔の落とし子』なんて呼んで蔑んではいるが、彼らからすればどんな強い魔力の持ち主だって魔法を使えなくしてしまう恐怖の存在だ。
その気になればシルヴァ様単身で、聖皇庁の権威を『殺せる』────地に落とすことができる。まぁ震え上がっただろうな」
「で、でも、シルヴァ様は生身の人間です。魔法を使わない暗殺手段をとられたら」
「俺が途中でシルヴァ様にお会いしたと言っただろう」
「は、はい」
「────人間って、あんな怒り方ができるのかと思った」
「…………?」
「一見静かに凪いだ湖面の下に、すさまじい量の煮えたぎった溶岩が蠢いている。顔や言動ではあくまでも冷静に、それでいて言葉じゃとても追いつかないほどの怒りを押し込めてる」
義兄は深く、息をつく。
「あんなシルヴァ様は、誰にも止められない」




