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ヴィアンカ・ベルトワーズ 3

 とりあえず最後の抵抗を試みました。

 馬車を降りる際に差し出された手を不自然にならないように外し、傍に居たミラの手を縁と思いぐっと握ります。

「送って下さってありがとうございました! ではお仕事頑張って下さい!」

 一気に捲し立てて頭を下げくるりと踵を返したところで、がしっと掴まれたのは手ではなく腰でした。そのままぐいっと引き寄せられてしまいました。

「逃げられると思うなと言ったのに、いい度胸だな?」

 泣きそうです。リオ様ってこんな人でしたか? 尊大ではありましたがフェミニストでもありましたよね? 失敗したり落ち込んでいる時は「馬鹿だな」って優しく微笑んで頭を撫でてくれて、きゅうって抱きしめてくれました。そうされるとほっとして甘えていいんだと思えて幸せだったのに

 ……って違います!! 今の無しです!!  女の子に「可愛くない」なんて面と向かって言える冷血漢でしたね! ふう、危ないです。危うく過去の私に呑まれるところでした。取敢えず逃げられないのですね。ではさっさとお茶の一杯でも飲んで帰って頂きましょう。

「では、客間へ……」

「ヴィアンカの部屋に茶の用意をしてくれ」

「女性の部屋に入るのですか!」

「今までに何度も入っているだろう。…何だ何か期待しているのか?」

「しししししてません!! 無作法だと言っています!」

「まあ、気にするな」

 そのまま腰を抱かれたまま移動です。彼にとっては勝手知ったる伯爵邸。すいすいと私の部屋を目指します。

 ねえ、ちょっと誰か止めないの? 大事なお嬢様(私)攫われそうなんですけど! ジャン(執事)! 私の部屋の扉率先して開かないでちょうだい!!


「な、に……?」

 部屋に入った途端私は瞳を丸くしました。

 何? なんですか? このプレゼントらしき箱の山。本当に山です。いくつあるのか数えられません。

 誕生日? いえ、三ヶ月先です。

 クリスマス? 誕生日の先ですよ。


「ああ、届いていたか。土産だ」

「お土産?」

「ああ。隣国にいる間に求めたものだが、これだけあったか。すぐに帰ると思い自分で渡そうと思っていたんだが、結構溜まっていたんだな。少しずつ届けておけば良かった」

「結構って…ものすごい量ですよ! 何年分のプレゼントですか!」

「五ヶ月分だろう。ほら、これなんか好きそうじゃないか?」

 ぽんと手渡されたのは割合小さな箱で、促されてするりとリボンをといて出てきたものは。

 ハートをモチーフにしたようなネックレスと指環、イヤリングのセットです。ハート形の菫色の宝石を中心に金の繊細な透かし細工が輝いています!

「かわいい……」

「伯爵令嬢が持つには安物だが、お前はこういうのが好きだろう。他にも蝶だの花だのいろいろあるから後でゆっくりみてくれ」

 後で? 後でですか!? 今みたいのですけど!!

 蝶々とかお花とか! 自分には不相応とは思いますが大好きなんです!!

「大きい箱は何ですか!?」

「ああ、あれはドレスや靴だな。この辺は夜会用のアクセサリーで、これはレース、だったか?」

「すごい! すごいです!! 嬉しい!! リオ様ありがとうございます!!」

「……漸く笑ったな」

 どきりとしました。

 我を忘れて喜びすぎました。そして笑ったと言うならリオ様貴方もですよ! なんて優しい笑顔をするんですか!

 眼の毒ですよ!!

「やはり女を喜ばすには贈り物なんだな。ほら、着けてやる」

 リオ様は私の手からネックレスをとると首に手を廻します。え? 正面からですか? 私後ろ向きますから!!

 その綺麗な顔で覗き込まないで下さい!!

 硬直している間にイヤリングまでも付けられました。そして今度は左手を掬い上げて薬指に指環を……

 って、ええ!!?

 そのまま指環に口付けが!! なんですか! やめて下さい!

「ちゃんとした指環を用意しないとな」

 何が! 何の為に! 要りませんから! いずれ婚約解消するんですから!!

 でもこのプレゼントたちは喜んで頂いておきます。なんて私の心を擽るものたちなのでしょうか! 控えめだけれどきらきら光る宝石。可愛らしい細工。素敵です!!

 それにしても

『やはり女を喜ばすには贈り物なんだな』? どこの女の機嫌を取ったんですか。

 思い出したらちょっと冷めました。気の無い婚約者にまで沢山の贈り物をありがとうございます。なんて礼儀正しい方なのでしょうか! 本命のお相手にはさぞかし素晴らしいものをお贈りするのでしょうね!! 宮殿とかでしょうか!

 知ったことではありませんけどね!!


「ヴィアンカ」

「何ですか?」

「挨拶をまだ貰っていないのだが?」

「あい、あいさつ!?」

 リオ様は殊更にこやかに微笑みます。

 挨拶…挨拶ですね。所謂あれです。婚約者ですから。キスです。キスなんです。しかし、なんですか。可愛くもない女からそんなもの貰いたいのでしょうか。リオ様が分かりません。いままで婚約者という枠組みで私も不思議に思いませんでしたが、いらないでしょう? ああ、でもそうですね。儀礼的にしたほうがいいのでしょうね。儀礼に乗っ取るなんて真面目な方です。

私が背伸びをすると、あわせて身長の高いリオ様も屈んでくれます。そうしてそっと頬に口付けました。ほんの軽くですよ。ええ。

「おかえりなさい、リオ様。外交お疲れ様でした」

「……ヴィアンカ。違うだろう」

「はい?」

「こっちだ」

 リオ様の長い指が口元に持って行かれます。

 いや! なんて色っぽ、じゃなくていやらしい!! 本当に怖いです!この人!!

「いえ、でも……頬でもいいじゃないですか……」

「今更何を言っている。何度もしているだろう」

「そういう問題ではなくてですね!」

「ヴィアンカ」

 強制力を込めた声に肩が跳ねます。ああ、もう抵抗は許されないのですね。

 私はもう一度背伸びをしました。そっと自分とは違う柔らかなそこに触れて離れようとしたら、ぐっと腰と後頭部を固定さてしまいました。

「んっ」

 柔らかな感触を楽しむように優しく触れては、啄むように離されて、触れ合う部分を変えていきます。舌先で撫でるように唇を舐められるのは唇を開けという合図です。

「……ヴィアンカ……」

 躊躇いを見せる私に唇を離すか離さないかで彼は名前を呼びました。閉じていた瞳をうっすらと開けると間近にある澄んだ天色の双眸に促されます。

「……あ……」

 するりと温かな舌が侵入してきます。逃げようとした私の舌は当然捕まって、絡められ吸われます。

「ん、はぁ……あ、あ……」

 口腔から聞こえる水音が恥ずかしい。舌が解放されたと思ったら、歯列を舐められ上顎を擽られます。

「あ、や、ぁ…ぁんっ」

 解放されるときにはすっかり腰砕けです。だから嫌なのに……。

 リオ様以外の方としたことはないけれど、きっとリオ様はキスが上手だと思います。だって ダメ、とか イヤって言えなくなってしまうんですから。

 …… 一体、どこの誰と経験を積んだのでしょうか。


「甘い、な」

「あ……けーき、たべました…から?……」

 私がぼんやりと答えたら、喉の奥でくっと笑って「そうじゃない」と言われました。じゃあ何が甘いというのでしょう。


 そうこうしているうちに私は抱え上げられ、ソファの上…に座るリオ様の膝の上です。

 何ですか!! この座り方は!!

「あの! リオ様!! なんでこんな座り方……」

「五ヶ月分の補充だ。気にするな」

「何を補充するんですか?」

「うん? 癒し?か?」

「疑問形……」

「だから気にするな」

 頭に額に口付けが落ちてきます。なに? なんですか? 何が起きているんですか!?

 こんな事をしていると勘違いされそうですが、私達清い交際です! キスまでです! そのキスすら私が十五歳になってからです。つまり一年経ってません。さらに言うなら五ヶ月間は顔すら合わせていなので何もありません。リオ様もこんな風にべたべたしてくることありませんでした。

 なにが? 何があったんですか! リオ様!!

 なあんて思っていたら 反対に訊かれてしまいした。


「さあ、ヴィアンカ。三ヶ月前に何があったか聞かせてもらおうか?」

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