「羨ましくなるような」
港区某社内、パーテーションの内側
「長谷部さん、子供生まれたんですって?」
帰る支度をしている長谷部さんは、妙にいそいそしている。
「お?おう」
照れくさそうだけど、嬉しそうだ。
「水元さん、実家に帰ってるんですか」
長谷部さんは社内結婚だけど、奥さんは出産前に退社した。
妊娠中毒症で入院が長引いてしまい、そのまま。
「なんかもう、子供の二人ぐらいいそうですけどね」
「まあ、年齢から言えばそうだけどな」
三十代半ばも過ぎて、見た目も物腰も落ち着いている長谷部さんは
結婚は遅くても、やけに貫禄がある。
「日曜日に実家から帰ってきたんだ。風呂が怖くてなあ」
厚い掌で子供を抱いているのかと思ったら、おかしくなった。
「今度、写真持ってきてくださいよ」
両親とも顔を知っている子供の写真っていうのは、面白い。
顔のパーツのどこそこがどっちに似ていると、探すのが楽しい。
「やだよ、恥ずかしいから」
長谷部さんはそそくさと上着を羽織る。
「風呂入れなくちゃ。お先に」
うまく逃げられたような気が、しないでもない。
俺も、結婚したくなっちゃったな。
後姿の長谷部さんが、普段の倍くらいのスピードで会社を出て行く。
実はすっごく嬉しくて、でも長谷部さんだから、それは顔に出せない。
いいなあと呟きながら、自分のデスクに戻る。
彼女にメールしとこうかな。
ねえ、今晩空いてる?って。




