「桜の下に灯る」
都内某ホテル、桜まつりの賑わい。
内庭にセットされたテーブルを確保したら、克之がトレーを運んでくる。
不器用な歩き方だなあと思いながら、それを見ていた。
しつらえられたステージでは、スタンダードなジャズのアレンジ。
こんな空間は、オトナだけの楽しみだ。小さな子はいない。
妊娠中の野口が「行きたい」と言い、旦那様である山口君が
「身体冷やすからダメ」と止めてたけど、私には野口の気持ちがわかる。
今年を逃すと、もうずうっと先まで、ふたりだけで桜を見ることがないんだもん。
ふたりきりなら残っている恋人気分が、惜しくなっちゃうよね。
もっとも、未経験の私は、想像しているだけだけど。
克之が運んできたペリエと水割で、乾杯する。
内庭を囲んでライトアップされてる桜の木は、人間の感情なんて知らない。
克之が私を選んでくれたことに、私がどれほど感謝しているか。
これから訪れるふたりの生活は、どれだけ関係を変化させていくんだろう。
のんびりと辺りを見回す克之を、幸福にしてあげることができるだろうか。
「佑子、なんか食べる?」
屋台を指差して、克之が言う。
「ピタサンドにしようかな。私が行ってくる」
「座ってていいよ。俺が行くから」
身軽く立ち上がった克之を見上げる。
懐かしくて、優しい気持ちになる。
誰からどう見えても、克之は私の灯りだ。
もうじき、一緒の生活がはじまる。




