54.学園社交界
デス・ツリーの討伐から暫く。皆の傷も癒えて、またパーティーとしての活動ができるようになった頃。特クラス一年生のパーティーは、学園中の噂になっていた。脅威個体を前に逃げなかった精神力、打ち倒した実力。特にアロイスは光の神から愛された、勇者となる者などと言われて、噂は尾ひれを生やしてあちらこちらを泳ぎ回り、一躍有名人である。
……そのせいで心配事も増えたけどね。
〔アロイス、隠れて〕
私の意思を聞いたアロイスは即座に近くの空き教室に入り、気配を殺した。
しばらくして、ワイバーンをつれた金髪に紫の目をした少年が通り過ぎる。その気配が遠ざかってから、二人でほっと息を吐く。
学園中がアロイスを持て囃すような今の空気を、テオバルトが面白いと思うはずがない。出会ったら何を言われるか、何をされるか分かったものではないのだ。今のところ私の本能に訴えかけてくるテオバルトの【鳥類の天敵】があるおかげで避けられているけど、いつか逃げられない日が来そうで嫌だ。
寮での部屋は階も違うし場所も離れているから避けやすいし、アロイスが授業に出る必要がなくなってB棟で出会う確率も減っていたのだけど、今日はペトロネラに教室へ来るよう呼び出されている。顔を合わせることにならなくて本当によかった。
……と思っていたら、教室にて逃げられないイベントの告知を受けることになった。
「もう全員が回復したことだし、このクラスは学園社交界へ参加することとなった」
学園社交界。その名の通り、貴族の社交界学園版である。上級生が主催側となり下級生が招待客として参加するもので、貴族の社交界の練習とも言える。ここで実践経験を学び、将来に生かすのだそうだ。
特クラスは人数が少ないため、毎回全学年が参加することになるらしい。分けられることはないと聞いて真っ先にテオバルトの顔が浮かんだ。どうしても出会うことになるだろうし、少し不安になる。
「ああ、もちろん特クラスの社交パーティーなのだから、従魔を連れて行くことも可能だ。このような機会はめったにないし、従魔を着飾ってみるのも悪くないだろうね」
従魔を着飾るって、ペットにお洋服を着せるようなアレですか?
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アロイスはボタンや刺繍の多いかっちりとした礼装に身を包み、髪をきちりとまとめている。私はその肩に乗って、会場を見回した。
なんというか……魔物と人間が入り乱れている光景がとても不思議だ。人数は二十名程度しかいないのだけど、様々な魔物がいるからかずいぶんとにぎやかに見える。それぞれ同じ学年で固まっているようで、少人数のグループが出来上がっていた。そしてそのにぎやかな会場中の視線を集める一年生パーティーメンバーもまた、皆着飾っていた。
礼装は領によってそれぞれ違うようで、五領地の者が一人ずつ揃っている一年生には統一感が全くなかった。ピーアはドレスの上に薄いストール、それから顔を隠さない薄い緑がかったベールをつけている。ストールやベールには何か特殊なものが使われているのかキラキラしていて目を引く。特に鳥の目を。同じような素材のキラキラスカーフをつけたブルーノは自分が身に着けているそれを嬉しそうに見ている。……羨ましいなんてちょっとしか思っていない。
ムラマサが着ているのはなんと狩衣である。神社の神主さんが行事の際に身につけているようなあれだ。勾玉の飾りをつけたイナリもいて、完全にその場だけ空気が神社である。
ソフィーアは、水色の糸で複雑な模様が刺繍された白いドレスを着ている。足元まで完全に隠すほど丈が長いのが特徴だろう。その生地は分厚く、少し重たそうに見える。彼女の隣で嬉しそうに尻尾を揺らしているエルマーの両前足には、白銀の腕輪のような装飾品がはめられていた。
最後にドミニクだが、全体的にゆったりとしていて袖が長くひらひらとした服装だった。ギリシャっぽい服、といえばイメージしやすいかもしれない。生地はうっすらと色づいてピンクっぽいけど。ヴァンダは鈴のついた首輪をつけられていてとても飼い猫っぽくなっている。
……なんだかんだ皆従魔を着飾っている。いつもどおり【仲間の指輪】しかつけていない私とは大違いだな。
「セイリアは何も着けなかったんだね」
ピーアがそのように話しかけてくる。アロイスはそれに軽く頷きながら答えた。
「セイリアの色は、余計な物がない方が綺麗に見えると思いましたから」
「ああ、確かにね。カナリーバードは元から綺麗だもの」
カナリーバードは元から観賞用の美しい鳥として目を楽しませてきたものであり、存在自体が宝石のようなものだから装飾はない方がいいと言われた。そもそも愛玩用であるカナリーバードが従魔にカウントされているはずもなく、従魔を着飾ることとカナリーバードである私を着飾ることはイコールにならないらしい。むしろカナリーバードは主人の装飾品の一つであるような認識である。
暫くして、主催側である最上級生達が入ってくる。服装的にセディリーレイとミョンルグルガ領の者だろう。招待客である下級生は、下の学年から順に挨拶に向かう。つまり、私たち一年生が初めである。意外にもメンバーに緊張はなく滑らかな動きで挨拶を終えることができた。
「一年生の皆様を招くことができて光栄です。後でデス・ツリー討伐のお話を聞かせてくださると有難く思います」
セディリーレイの女性はアロイスに向かって愛想のいい顔でにこりと笑い、その隣のミョンルグルガの男性は完全に目を伏せている。なんだか最初の頃のドミニクとソフィーアを思い出した。
「光栄ですね。私からお話しましょう」
いつもとは大分感じの違う落ち着いた笑顔のドミニクが答える。それが彼の愛想笑いだと気づくまで少し時間がかかった。いつもソフィーアに向けているキザっぽい笑顔とか、楽しそうに笑ってる顔しか見ないから新鮮な気持ちだ。ドミニクの領主一族としての顔を見た気がした。
挨拶は短く終えなければ次を待たせてしまうので、それくらいで終えて下がる。招待客が主催に挨拶を終えれば、後は自由に食事をしたり誰かと話をしたり、社交を楽しむらしい。当然というか、予想通りというか、パーティーはそれぞれのメンバーが素早く他学年に囲まれてしまった。同じ領地の者の方が話を聞きやすいのだろう。アロイスを気にしつつ、それぞれの領主一族の元に詰め掛けている。マグナットレリアはテオバルトの他にもう一人居るようだけど、こちらに近寄ってくる気配はない。正直、囲まれなくてほっとした。
……皆優雅な動きで素早く詰め寄ってくるんだよ、怖いよ貴族。めっちゃ怖い。
皆の邪魔にならないよう、アロイスが飲み物を取りに向かった時だった。どれだけ悪寒がしようと今は逃げられない、その元凶がにこやかな笑顔で話しかけてきた。
「アロイス。ずいぶんと頑張っているようだな」
ずいぶんと久しぶりに聞いた声は相変わらず偉そうで、その笑みはどこかアロイスを見下していて、非常に苛立たしかった。私の威圧は相変わらずテオバルトに通用しないようで、反応したのは付近の従魔達だった。皆ビクッとしたからね。テオバルトの斜め後ろでゲオルクが顔色というか体の色を悪くしている。濃紺の体は血の気が引いたのか紫色だ。ごめんね、君を威嚇したいわけじゃないんだけど。……なんでテオバルトに効かないんだろう。むかつく。
〔セイリア、頼むから抑えてくれ。威圧感がとてつもない〕
アロイスの【伝心】に驚いてその横顔を見る。表情を殺すのが上手いアロイスの笑顔が強張りかけているのは、テオバルトのせいではなく私のせいなのか。吃驚して慌てたら威圧が消えたのか、いつもどおりの作り笑顔になった。
……アロイスには効果が出てるなんて、知らなかったよ。どうなってるの【強者の風格】ってスキル。アロイスは威圧しちゃ駄目だろうに……。
「有能な弟を持って、次期領主の私はとても幸せだ。それに、素晴らしい従魔まで育てあげてくれたのだから、本当にお前は兄思いのいい弟だな」
何を言っているのかさっぱりわからなかった。まるで私がアロイスからテオバルトに譲られるような物言いだ。それは以前、だまし討ちのような事をして失敗したし、ついでに領主を通してきっぱりと断りを入れたはずなのだが。
「先日、王族に呼び出しを受けた。光属性の特別なカナリーバードは、領主にならぬ弟には不相応だと進言しておいたので、安心して王族からの通達を待つといい」
アロイスが目を見開いた。テオバルトはにこやかに笑いながら、闇のような瞳で言った。
「その鳥はお前に相応しくない。大人しく譲れ、アロイス」




