26.アロイスの側仕え
新生活、スタート……似たようなことを前にも言ったような……
荷物は下級貴族であろう使用人たちによって各部屋へ運ばれていった。荷物と共に私も運ばれ、寮やこの学園の説明を聞くことはできなかった。後でアロイスが必要なことは説明してくれると信じている。
アロイスに与えられたのは突き当たりで日当たりのいい部屋で、ここなら移動で誰かが前を通ることもないし静かだろう。貴族の部屋なのだから当たり前なんだろうが広くて、家具もピカピカに磨き上げられた良い物ばかりで、壁に扉がついているからあの向こうにももう一つ部屋があると推測できるし、正直実家のアロイスの部屋より良い部屋だと思う。
全ての荷物が運び込まれ部屋が整えられた後、私の籠は窓際の鳥籠掛けに使用人によって丁寧に掛けられた。ありがとう、殆ど揺れなくて心地良い運ばれ方でした。と思いつつその使用人を見遣ると、何故かじっと見つめられていた。
「……これが噂の……」
噂とはなんぞや。私は知らないぞ。
そんな私の心の問いに使用人が答えてくれるはずもなく、暫く私を眺めたあと感嘆らしい息を吐いて部屋を出て行った。
一体なんだったのか。私は何か噂になっているのだろうか?いろいろな事情があって結局社交界にはお披露目の時の一回しかでていないし、噂になるようなことは……してないと言えないところがなんとも。
それから暫く待ってみたが、まだまだアロイスは帰ってこない。アロイスが居ない時間というのは珍しいし、居ないときはいつも部屋に放して本を広げておいてくれるので時間がいくらでもつぶせた。しかし今はそうもいかない。
とてつもなく暇だったので、籠を自力で開けて外に出てみることにした。鉤棒を引っ掛けて扉が開かないようにしている簡単な仕掛けなので、私の知能があればあけられないこともない。ただ私が自由に使えるのは嘴と足が二本だけである。人間の手があれば簡単なのだけど、鳥の体では少しばかり難しい。知恵の輪を解く気分でどうにか籠を開けて、外に飛び出したら丁度よくアロイスが帰ってきた。
ここ一年でさらに表情が分かりにくくなったが、目元がピクリと動いたので驚いたようだ。私はそのまま「おかえり!」といいながらアロイスの肩に止まった。そしてアロイスによく迂闊だと注意される自分の迂闊さを再認識した。
「わぁ……ほんとにお喋りが上手なんですね」
明るい茶髪に気弱そうなこげ茶の瞳をした、あの転移の場に遅刻してきた少年が私を見ていた。彼が居ることに気づかず、普通におかえりと言いながら飛んできてしまったけど大丈夫だろうか。アロイスに顔を向ける。無表情だけど金色には呆れが見える。うん、アロイス様のおっしゃるとおり私は迂闊ですごめんなさい。
「主が帰ると出迎えてくれるように調教されたんですか?お噂通りですね」
「……元々賢い鳥だったから、教えるのは難しくなかったんだ。そんなことよりもヒースクリフ、打ち合わせをしよう」
「あ、すみません!直ぐに用意します」
ヒースクリフと呼ばれた少年は慌てたように部屋の中を速足で歩いて行って、椅子を軽く引きアロイスに席を勧めた後、迷いなく壁にあった扉から出て行った。……何しに行ったんだろう。というか向こうの部屋、何があるんだろう。初めてきた場所じゃないんだろうか。色々と気になる。
「セイリア、余計なことを喋るな。分かったか?」
「はい……」
小さいが威圧感のある声に好奇心がしぼんだ。大人しくしておこう。アロイスも椅子に座って静かに待っているし、私も無言で彼の肩に止まったまま動かないでおく。少しして、何やらお茶の準備と思われるセットをカートに乗せてヒースクリフが戻ってきた。彼が両手でカートを押していたことで扉が勝手に開閉していたことに気づく。
また自動ドアだよ。室内に自動ドア……そう言えばアロイスが帰ってきた時も扉が勝手に開いた気がする。貴族学園、すごい。
「アロイス様、お茶のお好みは……」
「特にないな。適当に淹れてくれ」
「……かしこまりました」
どうやらヒースクリフがお茶を淹れてくれるらしい。でも、せっかく好みを訊いてくれたのに特にないって……ほら、ヒースクリフちょっと困った顔でお茶の葉を見てるよ。何にすればいいか分からなくて悩んでるよ。仕方ない、ここは私がアロイスの好みを教えてあげよう。もちろん普通に喋ったりはしない。私は人間のモノマネをするお喋りバードだ。アロイスの真似をすればいい。
「レモンバームだ」
「レモンバームですか……ん?」
ヒースクリフと目が合った。アロイスに軽く睨まれた気がするが気づかないフリで首を傾けて、もう一度アロイスの声で「レモンバームだ」と言ってみる。アロイスに教えてもらった言葉をそのまま返している設定である。ヒースクリフはちょっと驚いて固まったけどコクリと頷いてレモンバームを使ったハーブティーを淹れてくれた。うんうん、これだよこれ。胃腸によくて緊張緩和するしストレスにも効くってアロイスが言ってた。アロイスのお茶は大体これで、あとはラベンダーとかダージリンとかを飲んでいる。今日は初めての環境にやって来て緊張しているだろうからこれがいいはずだ。
アロイスが一口飲んでふっと息を吐き、少し体の力が抜ける。それを見てヒースクリフが安心したような笑顔を浮かべた。
「アロイス様、私で良いのでしょうか?」
「……あぁ。良い腕だな。これから頼む」
「はい。誠心誠意お仕えさせていただきます」
ヒースクリフが膝をついて、指を組んだ。指を合わせる挨拶とは少し違うけど、何だろう。二人の間で何が起こっているのかよくわからない。
その後二人はこの部屋での過ごし方やヒースクリフが訪れる時間などを話し合って、最後にヒースクリフがお茶セットを片付けて帰っていった。
話の内容からしてヒースクリフがアロイスの専属使用人、もとい従者になるということは分かった。私が知らないところで色々あったらしい。ヒースクリフがアロイスに感謝と尊敬の念を抱いていることは会話から伝わってきた。
「さて、セイリア。少しお話をしましょうか」
ニコリと笑いながら敬語で話しかけられてアロイスが怒っていることを一瞬で理解した私は、彼の肩から机に飛び降り、直ぐ机に頭をつけて謝った。
「ごめんなさい」
「………はぁ……この先が不安だ」
「私、気を付けるよ」
「君のその言葉は信用できないからな」
反論できないところが悔しいが、私が迂闊なのは先ほど証明されたばかりなので仕方がない。注意力が足りないと言うか、危機感がないと言うか、完全に野生から離れてしまって……野生を忘れた鳥というより、平和な日本という国で育った人間なのがいけないよね。私人間だもの。
「ところで、さっきヒースクリフがしてたのは何?指を組むのは初めて見たよ?」
「あれは強い感謝を示す時にするんだが……色々あってな」
話をまとめると、ヒースクリフは今期入学生の中ではもっとも身分の低い下級貴族で、他の貴族達に遅刻をねちねちと責められていたが何も反論できず、小さくなっていたらしい。段々と言葉に棘が増えていくのをアロイスが止めて、自分の従者に誘ったとか。居場所がなかったヒースクリフはその話に一も二もなく頷いて現在に至ると。
うんうん、虐められてるところを助けてくれた人ってヒーローに見えるよね。しかも領主の息子で、身分が低い自分を召し上げてくれるとか感謝しちゃうんだろう。それであの感謝の礼って訳だ。
「とにかくヒースクリフが私の側仕えだ。この部屋にも出入りする」
「うん、わかった。鳥っぽく喋るようにするね」
「……君が普通に喋ることが直ぐに知れる気がするんだが、どう思う?」
まさか、そんなことは……ないと思いたい。
授業とかでまだ出せてない設定を出していきたいと思っていますが授業まで中々到達しませんね……次は学園での鑑定になるかと思います。




