二人の勇者
僕は巨大化した左腕に力を込め魔神を押し返す。
「なんだ、これ!?」
シェズが声を上げた。
「解らない……けど……!」
今、この力が魔神を押し返しているのは間違いない。
魔神の腕は魔王の体を巻き込みながら、壁に叩き付けられた。
衝撃で崩れた壁の破片が舞い散る中、魔王の背中に翼が広がる。
来る……!
瞬時に身構えた瞬間、背中に熱いものが走る。それは熱の様でいて、冷たく凍るようで。
顔を顰める僕の横に、黒い翼が広がるのが見えた。
僕の背中に現れた翼が羽ばたく。
魔王の放つ羽根の矢を打ち消す様に、僕の背中から羽が舞い踊る。
「なん……なのこれ……?」
ベルシャが呆然と呟いた。
それに応える様に、魔王が低い声を零す。
「それは……わが半身……月の国に封じられていた……我の一部……」
魔王の右手が再び僕の元に伸びる。
「わが半身……返してもらうぞ!」
「ざけんな!」
右手が手のひらを切り裂いた。
「魔神の半身……まさか、あの時……」
ヘルクが呼び出した魔神、あれを封印した時……。
僕の体に感じた衝撃、あの時に僕の体の中に入っていたっていうのか?
また左腕が重くなる。黒を纏った左腕が魔王に近づこうとしているのを、僕は必死で押しとどめる。
切り裂いたはずの魔神の腕が形を取り戻す。
それは手招きをして、僕の体が引き寄せられるのを待っていた。
「ちょっと……勇者……!」
後ろから手をまわして、ベルシャが引っ張る。
「シェズ!」
近づいてきたマリーナさんが、炎の魔法を放って魔神の腕を攻撃した。
爆散した煙の中から、黒い爪が伸びてマリーナさんに向かう。
「危ない!」
左腕が、動いた!
引き寄せられる腕を振りほどき、僕は自分の掌を前に向ける。
「空間よ、開け!」
そして心の中で仲間に呼びかける。
空間の穴が開くと同時に、僕の肩にシーマが現れた。
「おいおい、あんなのしまうのかよ!」
シーマは文句を言いながら小さな両手を伸ばして僕に力を貸してくれる。
黒い霧を空間の穴が包み込み、吸い込んでいく。
「おのれ……渡すか……!」
黒い霧を自分の側に取り込もうと、再び魔神が手を伸ばした。
その時、魔王の左手から黒い霧が消えているのが見えた。
代わりに空間の穴が開いている。
そして、その向こうに……。
「マリーナさんの体が!」
朝倉さんが叫んだ。
僕は魔神を左手で受け止めながら、その姿を見据える。
魔王の開けた穴が少しずつ小さくなっていく。見れば左手に少しずつ黒い霧が集まってきていた。
「……あぁっ、もう!」
「ベルシャ!?」
ベルシャは魔王の開けた穴の前に立つと、両腕をその中に入れた。
そしてシェズの体が貼り付けられた十字架を掴んで、穴から引きずり出すと、そのまま勢いよく放り出した。
「シェズ様!」
慌てて駆け出したエミカが床に落ちたシェズの体に近づくと、磔にしている縄に手をかける。
今度はマリーナさんの体を取り出すと、それを受け止めるべくフレドさんと王子が駆け寄っていった。
「ベルシャ……ありがとう!」
「魔王様が、アンタに渡そうとしてたの、手伝っただけよ!」
そう叫んだ次の瞬間、ベルシャの体が宙に舞う。
「おのれ……小娘……!」
魔神の腕がベルシャの体を掴んでいた。
「いやっ、なに!?」
「ベルシャ!」
僕は叫ぶ。だけど、左腕の魔神を引き込むのに精いっぱいで体が動かない。
魔神はベルシャの体を高く持ち上げると、そのまま床に向けて投げつけた。
「きゃあああああっ……!」
思わず右手を伸ばした、その時だった。
まるで手が届いたように、ベルシャの赤い髪が空中で止まった。
そして、ゆっくりと鮮やかに地面に着地する。
ベルシャを抱えていたのは、金色の髪の男……。王子じゃない。
少し広い口が微かに開いた。その不敵な笑みを浮かべる横顔は初めて見たはずなのにとてもよく知っていた。
「シェズ様!」
たまらずに駆け寄ってきたエミカが金色の髪の男に飛びついた。
「こいつを頼む」
男はベルシャをエミカに預け、そして右手を差し出した。
「ふふふふ……りょーかい、しましたぁっ!」
ビシッと敬礼を決めてからエミカはリュックの口を開くと、剣の柄を取り出す。
男は剣を引き抜くと、僕の隣へと歩いてくる。
凛々しい眉を眉間に寄せ、鋭い目つきで魔神を睨むと、真っ直ぐに剣を向けた。
「確かに身体は返してもらったぜ、アクノボス」
言いながらシェズは剣を構え、地面を蹴った。
剣は魔神の左腕を一瞬で両断した。
「なんだ……この力……」
切られた腕を再生しながら魔神が呻く。
その面前に立ったシェズは今度は右腕と、そして背中の翼も同時に切り裂いた。
「悪いが……俺も一応は勇者なんでね」
魔神の力が弱まったおかげか、僕の左手にかかる負荷は一気に軽減された。
黒い霧を飲み込んだ空間の穴を、僕は握りつぶす様に指を閉じる。
シーマが肩の上でぐったりとしていた。
「お疲れ」
僕はシーマの頭を撫でてやる。そして隣に駆け寄ってきた朝倉さんに預けた。
片翼の魔神に視線を向け、僕は歩き出す。
「こうして並ぶのも、変な感じだな」
隣に立つ勇者は笑いを浮かべながら言った。
「そうだね」
僕も笑って答えてやる。
再生された魔神の左腕から爪が伸びて襲ってくる。
それをシェズが一気に五本切り裂いた。
次に片翼から羽根が舞った。
僕は両手を掲げ、空間の扉を開く。
放たれた羽根のすべてを、漆黒の穴が飲み込んでいく。
「おのれ……おのれぇっ……!」
魔神の声が響き空気を震わせる。
いや、震えているのは魔神の方か。
僕はシェズに視線を飛ばす。
力強く頷いたシェズが剣を構える。
僕も剣を拾い上げ、並んで構えた。
「我を……倒そうというのか……人間ごときが……!」
「俺が魔神を倒すのは二度目だけどな!」
飛び出したシェズが残った翼を叩き切る。
そして剣を魔王の仮面に向けて突き出す。
その剣を間一髪、魔王は首を傾けて避けた。
魔王は自分の胸の前に手をやった。黒い霧が凝縮し塊となる。
そしてまるで心臓を引き出すような仕草で霧の塊を天に向けて掲げた。
「……魔神を倒すのはこっちも二度目だ……」
魔王は呟きながら、仮面をこちらに向けた。
そして僕の方へと、霧を差し出す。
霧は少しずつ霧散した粒子を集め、成長しようと蠢いているように見えた。
「やめろ……やめろぉぉぉ……」
魔神の最後の抵抗。
放たれた羽根の矢が鎧を砕く。だけど僕は止まらなかった。
最後に残った羽根が額を掠めて通り過ぎていく。
右目が血で赤く染まるのを見ながら、僕は剣を振りぬき、黒い霧を真横に切り裂いた。
「ぐ……ぎゃぁぁぁ…………」
意外とあっさりした断末魔と共に、霧が消えていく。
終わった……のか……?
痛みが走る額を押さえながら、僕は何とか立ち続けようと足に力を入れた。
魔王は力なく壁に背中を預けていた。
彼は魔神に操られていただけなのか……?
ベルシャが魔王に駆け寄る。
そして僕の横にも。
「やったな誠君」
「お疲れさまでした誠様」
王子とフレドさんが体を支えてくれる。
見ればエミカはシェズの方に言っていた。
そして朝倉さんは……横たわるマリーナさんの体の横にいた。
こっちも、ようやく元に戻るんだ……。
僕が近づくと、マリーナさんの体が、微かに動いた。
シェズの言うとおり、スタイル良いな……。
大きく膨らんだ胸元に思わす目が行ってしまう。
ゆっくりと、その胸が揺れたかと思うと、うっすらと目を開けたマリーナさんが、静かに上体を起こした。
「こ、ここは……わたし……」
予想と違って、か細い声が零れ、不安げに辺りを見回していた。
少し混乱しているのかもしれない。
僕は溜息を落とす。また額が痛んだ。
その時だ。
「ま、魔王様……?」
ベルシャの声がする方を見ると、魔王がゆっくりと立ち上がっていた。
そして僕の元へ歩みを進めると、大きく開いた右手を翳す。
僕は反射的に身構えた。
だけど、それよりも早く。魔王の右腕に開いた空間の扉が僕の体を包み込んでいた。
「これは……!?」
いつもとは感じが違う。まるで穴の中に吸い込まれるような、激しい水流が全身を包むような衝撃が襲う。
「これで終わりじゃない……ここから、始まるんだ……」
魔王が呟いた。
その声をかき消す様に仲間たちが叫ぶ。
「誠君!」
「誠様!」
「真島くん!!」
朝倉さん……!
視界を覆う黒が広がり、光が消えていく。
「誠ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
シェズが手を伸ばす。僕の伸ばした手は逆の方向へと引っ張られ、どんどんと離れていく。
そして視界は闇に飲まれ。
意識が急激に薄れていく…………。




