そして魔神が蘇る
「誠様こちらです!」
フレドさんを先頭に回廊を走る。
僕とベルシャが走る後ろに鎧の音がガシャガシャと続く。
「その先の部屋に……桜……くんが……」
息も切れ切れに王子が叫ぶ。
一際大きな扉が見えた。朝倉さんはそこか!
僕は走る速度を上げてフレドさんに並んだ。
その背中に声が突き刺さる。
「アンタたち、止まりなさい!」
ベルシャの声が聞こえたと同時に、目の前の空間に穴が開いた。
僕とフレドさんが慌てて急制動をかけると、穴の中から大きな手がゆっくりと伸びてくる。
現れたのは石の巨体。
頭を天井に擦りつけながら、石の巨人が僕たちの行く手を阻んだ。
「流石に守りがゼロって事は無かったか」
シェズが言った。
僕は剣を呼び出して構える。
「全く……大人しくしていてくださいとお願いしましたのに」
石巨人の後ろに小さな影が見えた。
「エミカ……!」
そして、エミカの傍らには仮面の男が立っていた。
「魔王様……」
ベルシャが呟く。
それを見たエミカがニヤリと笑う。
「まおー様、あそこの裏切者はどうしますー?」
「アンタが言うなっ!」
「一緒にやっつけちゃっていいですか?」
言いながらエミカは魔王の体に寄り添い、マント越しに体をギュッと握る。
「何くっついてんのよ、図々しいっ!」
ヒステリックな声を上げるベルシャに向かって、エミカはあかんべーして魔王の後ろに隠れた。
「なんか気が抜けるな……」
シェズの言葉に、僕も同感。
「あいつらはほっといて、あいつを叩きのめすぞ!」
剣を握りなおして石の巨人を睨みつける。
だけど、あの巨体……どうする?
「魔法で関節組み合わさってるのはウッドマンと同じだ。行け!」
「解った!」
僕が飛び出すと同時に石巨人が拳を繰り出してきた。
「受け止めるのは無理だ、大きくジャンプして後ろに下がれ!」
シェズの言葉通りに地面を蹴り、後ろに飛びのく。
僕のいた場所に石の拳が突き刺さる。
「そのまま、腕に乗っちまえ!」
なるほど!
僕は石巨人の腕に飛び乗ると、そのまま関節に剣を振り下ろす。
ガシンと音が鳴り剣が弾かれる。解っていたけど硬い……!
「狙うのは一点……切るんじゃなくて突き立てろ!」
シェズの言葉を頼りに、上腕と前腕の隙間を狙って剣を刺す。
剣の先ががっしりと食い込んだ。僕は柄に力を込めて、全体重をかけて剣を傾ける。
一気に力がはじけて腕が外れた。
支えが無くなって軽くなった右腕から僕は慌てて飛び降りる。
腕はもう一本。
今度の拳は真っ直ぐに飛んできた。
「うわぁっ!」
当たるまいと体を思い切り仰け反らせる。身体の上を拳が通り過ぎた。
「王子!」
フレドさんが叫ぶと、王子が石巨人の拳を受け止めた。
鎧の重さが勢いを殺し、動きが止まる。
「ありがとう、王子!」
僕はまた関節部に剣を立て、てこの原理で関節を外す。
バランスを崩した石巨人はそのまま前のめりに倒れると、ジタバタと足を動かした。
流石に腕がないと起き上がれないみたいだ。
「ぐぬぬ、流石ですね……」
「やるじゃないの……」
エミカとベルシャが感心した目でこっちを見ていた。
そして、魔王アクノボスも……。
僕は剣を構えた。
相手は、すぐに視線を外して後ろの扉に手をかけた。
「待て!」
魔王が扉を開けて中に入る。
慌てて追いかけると、部屋の中は広い寝室になっていた。
部屋の中央に天蓋付きのベッドがあり、そこに……
「朝倉さん!」
彼女は横になったまま目を閉じていた。
その傍らに立った魔王が、朝倉さんの額に手を伸ばす。
「やめろ!」
僕が飛び出すと同時に魔王がこちらを向いた。
伸ばした手の平に剣が握られている。
咄嗟に僕も剣を繰り出した。
互いの剣が弾かれて乾いた音が鳴った。
「……う……うぅ………」
朝倉さんの瞼が動いた。
「朝倉さん!」
思わず視線を向けた。
その一瞬の間に、魔王の剣が僕の剣を弾き飛ばした。
しまった……!
手のしびれが消えるよりも先に、魔王の左手から放たれた赤い光球が僕の体を弾き飛ばす。
「ぐはぁぁぁぁっ!」
魔王が近づいてくる。
僕は剣を支えにして起き上がる。
助けなきゃ……朝倉さんを……。
震える身体を必死で支えながら、僕は剣を構えた。
その時、目の前に少女が立ち塞がる。
「エミカ……」
「すみません、誠様……今はまだ桜様をお返しするわけには行かないんです」
真剣な眼差しでエミカは言った。
「どけ、エミカ!」
シェズが言った。その言葉にエミカは首を横に振った。
「エミカ!」
エミカは首を横に振るのをやめない。
僕は唇を噛んだ。
エミカを押しのけようと手を伸ばした、その時。
「ま、まて貴様ら……!」
突然、背後から低い声がした。
振り返ると、そこにはヘルクがいた。背後には兵を引き連れていた。
「随分と早く起きてきたわね」
ベルシャが言うと、ヘルクは眉間にしわを寄せた。
「貴様らわしを足蹴にしたこと許さんぞ……ひっとらえろ!」
ヘルクが合図を出すと、兵士が大挙して部屋に流れ込んできた。
フレドさんが飛び出し蹴散らすが、数の多さに圧倒される。
それに紛れて、ヘルクが前へ飛び出すと、朝倉さんの体を担ぎ上げた。
「朝倉さん!」
僕が駆け寄ろうとするのを兵士たちが邪魔をする。
「くそっ! どけっ!」
僕は剣を振るが、相手は手慣れた様子で弾き返していく。
「ヘルク!」
魔王が声を上げた。
その声に目もくれず、ヘルクは部屋を抜け出す。
「ベルシャ、兵士達を押さえておいてくれ」
魔王が言いながらヘルクを追いかけた。
仲間割れか!?
驚く僕をよそに、ベルシャがウッドマンを呼び出して兵士たちを抑え込む。
「誠、俺たちも追うぞ!」
シェズが叫ぶと同時に、フレドさんが僕の目の前の兵士を蹴り倒した。
「ここは我々に任せろ!」
僕を部屋の出口へと誘導し、王子は出口の前で両手を大の字に広げる。
「ありがとう……!」
僕は部屋を飛び出して、回廊を駆け出した。
すり鉢状になった魔法陣の部屋。ヘルクはそこにいた。
朝倉さんを抱えたまま、その真ん中に立っている。
魔王が階段を下りて真ん中に向かっていく。
僕も魔法陣の真ん中を目指して走る。
「朝倉さんを離せ!」
僕は剣を構えて叫んだ。
そして魔王の仮面もヘルクに向いていた。
「お前ひとりで封印を解くつもりか?」
視線が交錯する中、ヘルクは喉の奥から笑いを零した。
「魔王……わしがこの城の主である事を忘れてはいまいか?」
ヘルクは僕たちの遥か後方に目を向けた。
僕らが視線を追うと、そこには……。
「ミザ! 扉を開けぃ!」
黒いメイド服を着たその女性が手の平をかざすと、魔法陣の真ん中に亀裂が走った。
「あの人、ゲートキーパーだったのか!」
「メイドは仮の姿って事かよ」
亀裂から黒い靄があふれ出してくる。
なんだこれ……!?
全身に鳥肌が立った。
得体のしれない嫌な雰囲気が溢れだしてくる。
部屋中に広がった黒い靄は、熱風の様に激しく身体を掠めていく。
そして魔法陣に入った亀裂を広げるようにして、巨大な手のひらが、ゆっくりと伸びてきた。
「我は闇……」
震える様な暗い低音が穴から漏れ聞こえてきた。
思わず背筋が震えた。
「今の声……魔神なのか……!?」
激しい向かい風の様な衝撃が体を襲う。
僕は倒れまいと必死に体を支えるが、それしかできなかった。
「ふはははははは、魔神が蘇るぞ!」
黒い巨大な手は、やがて肘まで姿を現した。
そこから更に爪が伸び、まるで大蛇の様なフォルムになって、天井や壁に向かって伸びていく。
ガリガリと大理石が削れ、ひび割れた天井が崩れ始める。
巨大な破片が落ちてくるのを、僕は必死で避けた。
「どうだ、素晴らしい力だ!」
ヘルクは笑いながら言った。
この力、確かに危険だ!
咄嗟にそう悟った。
破片はヘルクの上にも容赦なく降り注ぐ。
「このままじゃ、自分も巻き込まれるぞ!」
僕の言葉も聞かずにヘルクは高笑いを続ける。
「この力を封印するのだ……聖女の体にな……!」
腕の中に横たわる聖女の姿を見て、ヘルクは唇を舐めた。
そして抱えた朝倉さんの体を魔神の前に掲げる。
「我への生贄か……」
黒い手は朝倉さんの体を掴もうと指を広げた。
「やめろぉぉぉぉっ!」
僕は前に飛び出した。
朝倉さんの前に手を伸ばすと、目の前を真っ黒い霧が覆う。
そして次の瞬間、僕の身体は宙に浮いた。
「やべぇ、捕まった!」
僕の体は霧で出来た巨大な手に掴まれていた。
「邪魔を……するな……」
逃れようと必死でもがく。
だけど体は強い力で締め付けられ、思うように動かない。
「離せ! 離しやがれ!」
シェズが叫ぶ。
瞬間、視界が逆さまになり、僕は壁に向かって飛んでいた。
「うあああっ!」
勢いよく壁に叩き付けられた僕はそのまま床の上に崩れ落ちた。
全身に痛みが走り、顔を上げるのが精いっぱいだ。
そして、僕の視界には朝倉さんの体を包む、黒い霧の手の平が映った。
「さぁ、魔神よ! 聖女の体の中に入るのだ!」
朝倉さんの体に黒い霧が吸い込まれていく。
濃くなった霧が朝倉さんを包み込むとまるで卵の様に丸くなった。
次の瞬間、それが弾け飛ぶと、朝倉さんが空中に立っていた。
ゆっくりと瞼を開ける。
そして、口を開くと聞いた事もないような低い声がした。
「我……肉体を……得たり……!」




