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Dungeon Maker -revision-  作者: 蝉時雨
《死薔薇の園》編
34/36

第一章<33> 壊れた人形

お久しぶりにございます。蝉です。

毎度毎度前書きに「お久しぶり」と書いていると、どれだけだらだらやってるのか……というか反省とかしないよなーと思います。ええホントに。

今月中の更新という目標は達成できたので、これで少しは信頼が……嘘ですごめんなさい。

また課題が近いので不定期になりますが、見捨てないでいただければと思います。切に。

 誰もが死屍累々といった状態だった。かくいう、簡易ベッドに寝かされた俺もまた、周囲の面々と同じくらいにボロボロだった。特に感覚のない右腕は、果てしない喪失感を覚えさせる。

 かつての竜人族ドラガンズ討伐を思い出す。仲間が何人も死んだ。今もまた同じだ。

 こんなとこで寝てる場合じゃないのに。

 地獄から逃げおおせてきたアルゲルドたちは、《ロッジブロッド大神殿》の拓けた場所に設置された、騎士団と協会による救護班のテントで治療を受けていた。

 邪神を信仰する異教徒たちの聖地。森に囲まれたこの怪しげな神殿が奉っていたのは言うまでもなく悪魔なのだろう。森の奥にある《巣穴ネスト》はまるでそこが絶対の神域かなにかのように囲われている。

 開拓地として指定された当初は盗賊には恰好の住み処だったようだが、ダンジョンメイカーたちに追い立てられ今は無人だ。罠もあらかた解除された今、この立派だったであろう神殿はもう人知れず朽ち果てていくだけの運命を決定づけられてしまっていた。

 所縁もないこの地に大した思い入れもないので、別にどうってことないけれども。

 それよりも肩からまるごと腕が吹き飛んだ方が問題だ。アルゲルド自身この生業で、しかもあの地獄の住民の攻撃をくらって腕程度で済んだのなら逆に御の字だ。あの不可思議な力をまともにくらった他の同業者たちは挽き肉にされたのだから、そう思わざる得ない。

 全身に麻酔が効いているせいか、身体は思うように動かない。そもそも満身創痍の状態なので、意識があるだけでも褒めてほしい。

「目覚めたか、アルグ」

「……おォ。サルファか。みんなは?」

「生き残った者はちょっとずつ帰還を始めてる。あの娘は……応急措置は施したが意識はまだない」

「そうかィ……肝心のユキ坊は……」

「まだだ。確認する術もない……今は信じるしかないな」

 《巣穴ネスト》は基本一方通行。ここからまた侵入用の《巣穴》に戻るにはまた時間がかかる。それにこのていたらくだ、何日かかるか知れたものではない。

 きっとサルファも同じことを思っているだろう。ユキトならきっと大丈夫だと。だが不安は拭えず、やる瀬なさだけがのしかかる。

 とにかく歯痒いのだ。

「ドミニク……継ぎ接ぎの連中が先にとんずらしてたようだ。生存者なし、騎士の遺留品を確保し即時離脱。俺達は栄えある殿だと」

「あンの蛇蝎め……」

「まあそれは些細なことだ。殿が帰還した以上、ここは撤収される」

「な……まだユキ坊が……! つ……てて……」

「叫ぶな、傷に響く。解ってるから。なんとか引き延ばしているが、それも時間の問題だ」

「あとどれくらいだ。日の出には出立したいと言っていた」

「今の時刻は……」

「四時半だ。あともうだいぶ白んでいる」

「くそ……」

 歯軋りすら力が入らない。ここで待つといっても、無理矢理連れて帰られるだけだろう。

 なにも出来ないどころか、待つことも出来ない。屈辱だ。

「うへぇ……さっきのあの大穴すげかったスねぇ」

「《巣穴ネスト》っつーんだと。あれに飛び込むとか正味マトモじゃねーな」

 声に耳を傾ける。おそらくは見回りの騎士だろう。未帰還者がまだ一名いるということで《巣穴ネスト》で待機している。俺たちの時もそうだった。

 若い騎士が大きな溜め息を漏らした。

「つーかまだ撤収しないんスか?」

「あーなんだ、まだ一人いるとかでな。帰ってくるわけねーのにな」

 身体が動けば、ぶん殴ってるところだ。あいつは帰ってくる。絶対にだ。

「はぁー帰りてぇー」

「ま、もうじき出発だ。さっきの組が帰ってきたらすぐ出発するからな」

 時間がない。手もない。

 いつも通り、気怠げに帰ってくるはずだ。白い髪を物ぐさに掻きながら「だー……疲れたー」とぶつぶつ文句を垂れながら。

 なのにこの焦燥はなんなんだ。

「なんとかして、俺だけでも残れるように……」

 サルファにも同じ焦りがある。

 いや、焦りというよりは、これは予感だ。悪い、というか、もっと度肝を抜かれそうな。

「うわぁぁぁあああッ!?」

「な、なんだあれはッ……」

 騎士たちの叫びがアルゲルドの思考を止めた。

 顔を上げようとして上手くいかず、目線だけをさ迷わせる。

 そして予感が当たったことを確信した。さすが多くの修羅場を超えてきた第六感だ……が、あれはさすがに予想していなかった。

「……な、なんじゃありゃァ……」

「敵か!? あれは……なんだ?」

 サルファがたじろぐのも無理はない。《ロッジブロッド大神殿》を囲む森の向こう――おそらく丁度《巣穴ネスト》がある位置から、無数のうねる触手のようなものが伸びているのだから。

 太さも長さもばらばらのものが、白んだ空のした、黒くその存在を強調している。十数本というところか。

「悪魔が外に出てきたということか……!?」

「解らねェ……が、今まで悪魔が外に出てきたなんて事例はねェ」

 理由は定かではない。出られないのか、出てこないのかも解らないが、悪魔は《巣穴ネスト》から潜り出てくることはない。

 《巣穴ネスト》を通れるのは俺たちダンジョンメイカーと、

「《壊れた人形ブロークンドーリィ》か……?」

 だがあんな巨大なもの。

 いや、否定は出来ない。そもそもそれしか考えつかない。

「アルゲルドさん!」

「《鬼火》のシモン……おめェ先に帰ったんじゃねェのかよ!?」

「ユキト置いて帰れねっスよ! それより、あれ!」

「俺にも解らねェ……それより、騎士は恐慌してらァ。残ってる面子はどーなってる?」

「半数は帰還してるス。残ってるのは……」

「貴様らはここにいろ……!」

 駆け抜ける一陣の黒い影。追随するように二人組が走り抜けていった。

「《蛇竜ヨルムンガンド》か……!」

「どうする、アルゲルド?」

 スオウの言葉に従うか否かではない。もとより満足に身体が動かない俺が行ったところで意味がない。ここは彼らに任せるべきだ。

「まった出遅れたァァァ!」

 全力疾走するアイゼンが三人を追う形で森の中に消えた。まあ、あの四人がいればまずなんとかなる。

 スオウはこの場を俺に託した。それに応えるのも、ギルドの長としては重要なことだ。

 気合いを入れて、ゆっくり立ち上がる。まだ節々がギシギシいってるが……動くだけなら多分問題はない。腕の感覚がないのは少々寂しいが。

「よし、慌てん坊どもをまとめて退避させるぜィ。サルファ、頼まァ!」

「了解だ」

「あの、アルゲルドさん」

「なんだシモン。お前さんにも頼みたいことは……」

「いや、じゃなくて、あれ……」

「あ?」

 シモンが指差す方向に視線を移す。

 そしてアルゲルドもまた目を見開いた。

 肉眼で解るくらい、鮮烈だった。

 スオウたちが到着したにしては早過ぎる。

 ならば空で煌めく無数の銀の閃光は一体なんだ。

 いや、解ってる。

 紛れも無い、あれは。

「――ユキ坊じゃねえか」


◇◆◇◆◇


 一難去ってまた一難というやつだ。

「クソッタレ……!」

 地上に溢れた触手を蹴りつけ、飛び交うようにして刻んでゆくがイマイチ手応えがない。次から次へと湧いて出てくるので、数を一定に保つだけで精一杯だ。

 てか《巣穴》から足しか出せないやつは初めて見た。災害クラスじゃねえのか、これ。

 まるでキリがない。

 気功刃式で消耗した身体を鞭打っているユキトだ。むしろこれ以上増やさないようにしてるだけでも十分健闘している。

 とは言え、情けない話だ。

 最強を誇る飛燕の体現者がたかだか数発の斬撃で息を切らせているのだ。もはや情けないの一言に尽きる。

 しかし気功刃式は生命そのもののエネルギーを利用した技だ。ゆえにその威力は絶大。むしろ一撃で敵を消滅させるための技にそもそも次の手なんてものは想定されていないのだ。

 先代飛燕が伝えたかったのはおそらくはこのことだろう。

 常に複数の敵――しかも軍隊規模の敵と戦う飛燕だからこそ、一撃必殺であらねばならないのだと。

 そして命を削ってでも、勝利こそが絶対であるのだと。

「……まぁ、要するに、言い訳する前にとっとと倒せってことだ」

 とはいえ厄介なことをしてくれたものだ、あの悪魔は。だいたいあれがいらないことをしなきゃこんな目には遭わなかったってのに。

 だがその恨みつらみを聞かせる相手はすでにこの醜悪な化け物の腹の中だ。まあ胃袋なんてものが奴らにあるのか解らないが。

 背後から触手の歪な口が襲い掛かってきた。

「僕は旨くねぇっつってんだろうが……!」

 なによりの救いは白夜の切れ味は未だに衰えていないということか。ユキトの振るう剣は自分でわかるほどに衰えを見せていたが、類稀な名刀は襲いくる触手を鮮やかに斬り落とした。

 体液を撒き散らし、のたうちながら触手は《巣穴》に向かって落ちるが、それよりも早く塵芥のように霧散した。

 なるほど、なんとなくだが見えてきた。

 この化け物もまた悪魔の産物か。これほど膨大で規格外のものはさすがに見たことがないので、まだ半信半疑ではあるが、納得はいく。

 悪魔は、《巣穴》を通れない。

 通らないのか通れないのか、とにかく結論だけ言えば奴らは出てくることはなかった。今まで一度たりとも、だ。

 理由まではさすがに知る由もないが、まるで悪魔どもは示し合わせたかのように地上にだけは出てこようとしない。だからこそ、あんな極限の地獄で僕らのようなダンジョンメイカーは活動ができてるのだ。要するに逃げ切れば勝ち、死んだら負けだ。

 この不文律めいたルールを無視できるのは、悪魔の作った玩具だけだ。だからダンジョンメイカーはこっちを危険視する。

 《壊れた人形ブロークンドーリィ》などと同業者は名付けているが、いささかこの規模の化物を「人形」と呼ぶには語弊があると思う。

 つーか呼び方なんてなんだっていいんだけれども。

 地上にいる化け物のうち半分の割合でこの悪魔の人形がたむろしている。見分ける方法で手っ取り早いのはまず殺すことだ。人形はだいたい死ぬと個体で時間差はあるがヘドロやら土くれのような、なんだかよく解らないものに変わる。

 既存の生物ではないのだろう。もしかしたら生きたすらいないのかもしれない。

 悪魔の技術には感心すらするが、傍迷惑にもほどというものがる。

「正体の予測がついてもな」

 問題の最たるはどうやって殺すかだ。

 《庭師ガーデナー》や腐蝕した怪物は一応生物の基盤に則っていた。つまり中枢となる部位がある。

 ならばこれにも必ず核となる部位かあるはずなのだが……、

「どこにあんだよ」

 なにせまだ身体のほんの一部分しか出ていない。

 しかもこの触手は養分を得るための口で、到底核とは思えない。そんな虫のいい話があるはずもない。

 十中八九まだ《巣穴》の裏側に広がる地獄にあるだろう。

「そんで、どうやってそこに辿り着くかだが……」

 もう出てきてしまった以上、引き返すこともできない。いちいちまた侵入用の《巣穴》に向かわなければならないわけだが、それでは時間がかかりすぎる。早馬を飛ばしてもおそらく二日は必要だ。馬のほうが保たないし、そもそもそんな馬を調達してる暇がない。金もない。

 おとなしく核が出てくるまでここで戦い続けるという案もなしだ。その前に僕が倒れる。

「――白蓮ッ!」

 下方から聞き覚えのある声。

 触手を蹴りながら、声の主の元まで近付く。

「蘇芳か。皆は無事か?」

「貴様が懇意にしていた女は重傷だったが一応無事だ」

「そうか。ならアルグたちも無事だな」

「それよりも、貴様は一体なにを持ち帰ってきた!」

「《死薔薇の園》の死薔薇だ。別に持ち帰りたくて持ち帰ったわけじゃない」

「余計な手間を増やしてくれる……」

 そういう割には楽しそうだ。まあ、もとが戦闘狂こういうピンチでも楽しめる奴だ。ぶっちゃけ変態の部類だが、ここは共闘するのが望ましいか。

 飛燕の剣士がまさか棘王の剣士に頼るハメになるとはな。後々までなんか言われそうで嫌だ。

 しかし背に腹は変えられない。その辺の矜持なんてものは犬の餌にでもしてしまえばいい。僕はもとより飛燕の名を継げなかった身だ。今この身体を動かすのは、「生きる」という約束だけだ。

「蒼樹、雅呂鵜!」

「応」

「諒解」

 蘇芳の忠実な剣士たちは、左右に広がり、触手を分散させる。初見でよくもまあそんな連携が出来るものだ。

「白蓮、核は!」

「多分まだ穴の向こうだ!」

「な……どうするつもりだ!」

「絶賛考え中だ!」

 むしろそれが解っていたら手など借りない。

 一体どうしたものか。

「俺がいるぜェェェ!!」

 突風のごとく……いやむしろ爆風かなにかのように人が駆け抜けていった。まあ、声からしてアイゼンだ。

 刀身が赤い閃光のように煌めく。荒々しくも雄々しく舞う。さすが紅龍に認められただけはある。凰州なら一角の剣士にすらなれたかもしれない。

 性格的に向いてなさそうだが。

 ただなあ、実力は買うが、この局面で「俺がいるぜ」などと言われてもね。なにが出来るのか教えて欲しい。

「ドラあああァァァッ!! ヌルいぜ!!」

 お前の頭が沸いてるだけだろうと、さしもの蒼樹ですらそんな顔だったが、僕自身そう思ったのでなにも返せない。

 とりあえず、真正面から触手の束とやり合うあそこの馬鹿は使えないということだけは判明したからよしとしよう。なにがいいんだ。

 よくない気もするが、痛くない腹を探るような行為ほど無駄なものはない。とっとと有益な案がないか考える。

 つか、真横に伐採していけばどうか。

 ダメか。根本から断たないと結局元の木阿弥だ。

 堅実なのはやはりぐるっと回って再度叩きにいくものなんだが、何度も言うが時間がない。

 このまま《巣穴》を逆走出来ないものか。

「……ん?」

 なにか閃いた。

 原則一方通行の《巣穴》を例外的に行き来出来るもの。そいつは目の前にいるこいつだ。

 ……いけるかもしれない。

 かなり一か八かの賭けだ。最悪死ぬかもしれない。が、他に案があるわけでもない。

「やるしか……ないか」

 元よりやれるやれないの段階は過ぎ去った。今はやるかやらないかだ。

「蘇芳! 頼みがある!」

「頼み……? 貴様一体何を考えている」

「いやなに。目の前に気の利いたトンネルがあるからな。探検してくるわ」

「トンネルだと? 何を……」

「とにかく活路を開いてくれ。僕もさすがに体力がヤバいんだよ」

「……いいだろう。同郷のよしみだ、見届けてやる」

「感謝する」

「貴様の感謝ほど気持ちの悪いものはない。……が」

 蘇芳は不敵に笑う。

「面白い。蒼樹、雅呂鵜、合わせろ」

「応」

「了解。……ご武運を」

「蒼樹からそんな言葉聞けるとはね」

「貴方を斬るのは総代ですから」

「さいで。タイミングは合わせる」

 本当に、一途な女だこと。

「しくじるなよ」

「誰に言ってんだ」

 《棘王》と肩を並べるというのも変な話だ。まあ、どちらも破門同然の身だし、関係ないか。

「あ、あとあそこの馬鹿の回収も頼むな」

 さて。

 花のお手入れの時間だ。


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