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Dungeon Maker -revision-  作者: 蝉時雨
《死薔薇の園》編
28/36

第一章<27> それは醜悪な

 それは混沌としていた。

 渦を巻く闇。

 禍禍しいという言葉では言い尽くせない、不気味な穴。

 《地獄》を知る者でも息を飲む。

 畏怖すら感じさせる、《地獄》への入口。

「これが……」

「……そう、《死薔薇の園アッシュローズガーデン》に続く《巣穴ネスト》だ」

 そんなことはアドレイに言われなくとも解る。が、改めて理解した。やはり《地獄》は異質な世界なのだと。

「ふん……突入するぞ」

「続きます」

 皆が戦慄する中、造作もなく蘇芳は飛び込んだ。感情とかどこかに落としてきたんだろうか、あの男は。

 その後に蒼樹が続き、もう一人の部下が飛び込む。

「まーた一番乗りかドチキショー!」

 そしてCoEのアイゼンが飛び込んだ。

 いちいち周りの空気を読まない果敢な馬鹿どもだ。

 まあ、臆していても仕方がない。ユキトも穴の前まで近寄った。

「小さいな……」

「おうユキ坊ビビったか?」

「誰に言っているアルグ」

 ヒヒヒと笑うアルグを一睨みし、飛び込んだ。

 音も光も遮断され、目を開けているのかすら不明瞭なほどの暗闇。落ちているのか昇っているのか。それすらも解らない。

 永遠なのか刹那なのか。一生もうこのままなのかもしれないと思った頃に、足が地についた感触を得た。まだ暗いが、確実に言えることがある。

 目の前に見える光が出口だ。

「……つ」

 急な明暗の変化で視界が眩む。これは何度やっても慣れない。

 目が慣れてきたところで、とりあえず生きていることを確認する。

 一安心に息を吐き、出てきた場所を振り返る。

「……茎か、これは?」

 太い植物の茎のようなが何本も絡み合い、その隙間の一つからユキトは出てきたようだ。他のメンバーも次々と出てくる。どうやら間違いはないらしい。

 一体なんの植物なんだと観察していたら、シエルが出て来て、眩しそうにしていた。視界が戻るなりこっちに気付いて近寄ってきた。

「ユキト君」

「よう。怪我はないか?」

「あ、はい平気……です。ユキト君は大丈夫?」

「僕も平気だ」

「にしてもここ……凄いですね」

「ああ。なんというか……なるほどだな」

 シエルが驚くのも無理はない。ユキトだって驚いている。

 美しいという感想は抱けない。

 言うなれば不気味。不吉。キショい。そんなところだ。

 《死薔薇の園》。

 名の通り、そこは薔薇の庭園だった。

 いや庭園では生易しい。

 そびえる緑の壁は景色を遮断する。続く道の標もないこれはまさしく。

「……迷宮だな」


◆◇◆◇◆


 全員が《ブザウ大森林》での砂や埃を落としてから、少しの休息を、四大ギルドのマスターとアドレイによるこれからの方針についての話し合いを始めた。

 ユキトは外套を脱ぎ、霧吹きを振り掛けてから折り畳んで荷袋に突っ込んだ。

 ここから出るとエンツェリア王国でも『風雅の都』と称される華都フォンディエーヌから東の廃神殿《ロッジブロッド大神殿》の近くに出る。そこは別に砂に毒があるとかそんなことは一切ない。身体を軽くする意味では捨ててもいいが、生憎と新しく防塵性の外套を買い直すほど懐に余裕があるわけではないのだ。

 防毒マスクも荷袋の中に入れ、代わりに予備のナイフを取って腰の空いたホルダーに突っ込む。

 準備を終えると、それを見越したかのように声を掛ける者がいた。

「よーユキト。調子はどうよ?」

「お前が来るまで最高だったよシモン」

「そういうなよ。傷付くぜ」

「そうだな、スマン。一番辛いのはいつも近くにいるキルシュとソレストだろうに……」

「……そこまで言っちゃう? 泣いていい?」

「いいぞ」

「……返答に困る返しやめれ」

「で、なんの用だ?」

「用がなきゃ来ちゃダメか?」

「うん。ダメ」

「……」

「用はないわけだ。帰れ帰れ」

「いやあるよ! つーか酷くね!?」

「……え?」

「いやそんな素で返さんでも……」

「つーか早く用件言えよ」

「ホントマイペースなーお前……まあいいけど」

 溜め息を一つ漏らしていたシモンは、すぐに真面目な顔に戻った。笑いそうになった。

「なんか面白いことしたか……?」

「いや、続けてくれ」その真顔。

「……用ってのはあれだ。お前一人で動くんだって?」

「ああ、そのことか」

「なんたってよりによってここでだよ。理由があるのか?」

「あるからこうしてる」

「だからって……」

「シモン。少し勘違いをしてる。僕は、一人の方が戦える」

「……それは知ってるけどよ」

「それにアルグも納得している。問題はないだろう?」

「……そうだな。ねえよ」

「大丈夫だ。僕のことは心配しなくていい。お前は仲間を気にしてればいいさ」

 《剣雄》に心配など無用。

 ただ確実に命令をこなす。そこに一片の感情も挟まない。

 これは命令ではないけれど、本質的には変わらない。

 誰かから課されたか。自ら課したか。それだけの差でしかない。

 だけど。

「……そうか。でも、気をつけろよ?」

「ああ」

 心配されるのは、やはり悪い気はしない。

 だけど同時に不安でもあった。

 この気持ちをどう言い表せばいいのだろうか。

 そんなことは解らない。

 自分の心すらままならないというのに、解るはずもないのだ。

「どうした、ユキト?」

「いや。なんでもないさ」

 ただこれだけは言える。

 大事なものを守りたい。

 その気持ちだけは、ここにある。

 これが本物でも偽物でも。

 間違いなく、今ある確かなものだ。


◆◇◆◇◆


「――そんなのおかしいわ!」

「いや、そういう約束なんだって」

「でも一人でなんて……!」

 アルゲルドはアニエに詰め寄られ困惑していた。出発してまだ三メートルしか進んでいない。要するにまだ出発もしていない。

 もちろんユキトのことだ。

 方針としては、各四大ギルドを中心に四つのグループに分割して、この迷宮のような庭園を攻略することになっていた。一応、顔なじみを中心に集めている。ユキトのこともあるのでこの少女三名も組み込んだ。

 ここまではスムーズだったのだが、ユキトが颯爽と走り去っていってからが問題だった。

 なんで一人で行ったのか、などと問い詰められ、四大ギルドとユキトとの交渉の結果としか答えられなかった。当然そんなのおかしいと責められる羽目になってしまったわけだが、いやはやどうしたもんか。

 事情を知らない他の面子は困惑している。年端もいかない少女が騒ぎ立てているのだ。当然っちゃ当然だ。

「アルゲルドさん。そろそろ進まねーと周りも困惑してますぜー?」

 シモンもそう言うが、得も言われぬ顔をしていた。シモンもまたこの娘たちの気持ちが解っているからこそ、無闇に口を挟めないでいるのだ。

「あの、どうして一人でなのかは教えてくれないんですか……?」

 シエルが尋ねるが、アルゲルドは言葉を濁すしかない。

 彼女らが納得しないのはその一点に尽きる。

 どうして。その理由を説明するのは簡単だ。だがそれをアルゲルドの口から説明するのは憚るものがある。ユキトは話していない。自分から話すことでもないし、話したいことでもないだろう。

 恐れているのだ。だからこそアルゲルドの口からは言えない。

 それはあまりに酷なことだ。

 ユキトにとっても、彼女らにとっても。

「言えない、ことなんですか……?」

「俺の口からはな……ただ、あいつは俺たちのために動いている。今もな。それだけは信じてほしい」

「……でも」

「はいはいもう終わりー。とっとと行きましょう。肩が凝るわ」

「ユフィさん……」

「髭熊も口下手なのよ。こーゆーときはあれよ。ユッキーは愛するわたしのために動いてくれてるの。それで万事オーケー。お分かり?」

「それはねェ……こともねェかなー」

 眼力が半端ねェ。

「ユッキーは女の子にあまあまなのよ。大丈夫、助けてーって叫んだらどこからでもやってくるから」

「ふむ……ではそろそろ進もうか。アルグ、いいか?」

 キシャアアアアと襲い掛かってきた小型の化け物を盾で叩きつつサルファが尋ねてきたので、アルグは頷いた。

「そうだな。あんまりじっとしてたら囲まれちまう。とにかく移動だ」

「では先導を行く」

「んじゃ《鬼火》には左右を頼むぜィ」

「了解っス」

「わたしはか弱いからこの娘たちと真ん中ね?」

 ユフィの戦闘力なら遊撃で前線に出てもいいいくらいだが。

 自分の身の安全を取ることにした。

「……それでいいけどよゥ。んじゃ、《ライオット》の面子で後方を頼む。他は散開しすぎず近すぎず、周囲を警戒だ」

 それぞれがそれぞれの形で頷くと、簡単な陣形が出来上がる。

 サルファを先頭に、ひし形を描くように陣形を整える。それぞれが優秀なダンジョンメイカーだ。こういう場数は踏んでいる奴が多い。逆に何人かがおどおどしているのは、そういうのに慣れていない面々だろう。

 出来るだけ死なせたくはない。一応真ん中に配置するが、これは賭けだろう。言ってしまえば真ん中は弱点なのだ。外が一カ所でも抜かれれば一気に瓦解する。つまり外側の負担は大きい。

 その点で、真ん中にユフィを置くのは正解とも言える。まあ彼女自身見越しての発言なんだろう。

「さーて……行くとするかァ」

 《地獄》はまだこの先だ。


◇◆◇◆◇


 ユキトは絶賛追われていた。

 脚が八本の犬、ブギーロアだ。五匹が背後から追って来ている。庭の番犬にしては気持ち悪い。速さ自体は犬のそれと変わらないが、八本の脚を動かしながら走る様はシュールとしか言いようがない。

 そもそも何を思ってあんなものを作っているのか。悪魔の考えることはさっぱり解らん。解りたくもないが。

 奴らの作品でもあるあの化け物どもは、狂暴にして獰猛。そして体力は無尽蔵だ。

「しつこいな……」

 嗅覚は健在らしい。お陰で隠れることもできないっつーか隠れる場所なんてないんだよね。だからこうして逃げてるわけだが。

 戦えば勝てる。だがブギーロアは厄介な奴で、自らの血の臭いで仲間を呼ぶ。一匹殺せばたちまち十倍になるという素晴らしい生態を持つ。

 一刻も早く離脱用の《巣穴》を発見したいユキトにとっては迷惑千万だ。

 もともとが群れで行動するタイプだから、下手に囲まれると抜け出すのに苦労する。出来ればこの状況を維持したいのだが……。

「さっきから増えてるしなぁ……」

 気付けば八匹になっていた。

 意味ねえ。

 まあ、十倍に膨れ上がるよかマシだが。

 とにかく今は白鬼夜行よろしく化け物引き連れて走るしかない。

暴風狼ゲイルハウンドより厄介だよな……」

 かぶりつこうと飛び掛かってきた一体の顔面を蹴り飛ばして前に飛ぶ。あれくらいなら大丈夫だろう。たぶん。

 しかしここの作りは本当に迷路だ。

 庭園という感じではある。貴族の花園なんかに雰囲気は似ているが、まず規模が違う。低木なんてものはない。壁とも言える繁った低木。そこから咲き乱れる異様に大きい灰色の花。

 これが死薔薇か。納得はしたがこれらは本当に薔薇なのか。花には疎いユキトだが、薔薇がどんな花かくらいは知っている。

 こいつは花というよりは……顔だ。

 人面の花。意味が解らない。自分で言って意味が解らない。

 まるで眠っているかのような表情・・の薔薇。

 そうとしか表現できない。

 解っている。もともとこちらの尺度で測れるものではない。それは重々承知している。それが《地獄》なのだから。

 だが、醜悪だ。

 吐き気すら覚える。

 これらはなんだ?

 いや、ここは……なんだ?

 《地獄》。

 先達であるアッシャーやアンブロットは《地獄》、そして《悪魔》という存在をこう定義していた。

『――地獄とは、この世ならざる世界。あらゆる環境において人間がおおよそ住みえぬ過酷な世界であり、それにそれぞれがそれぞれの形で適応し進化した生物こそが《悪魔》である』と。

 ここは異界だ。

 自分たちの世界とは違うのだ。

 だがここが《地獄》であることには変わりはない。

 だけど、どうもおかしい。

 僕は楽しんでいる。どこか愉快に思っている。こんな醜悪な世界を。

 《地獄》ってのは、もっと苦しいものだ。痛々しいもののはずだ。

 ああそうか。

 そうだった。

 僕にとっての本当の《地獄》は、こちらではない。たくさんの記憶が詰まったあの場所こそ、僕にとっての《地獄》なんだ。

 だからこそ血と鉄の臭いに開放感を感じる。

 どこまでいっても僕は《剣雄》なのだ。

 この醜悪な世界は僕にお似合いな世界だ。

 あの美しく、残酷で、痛みと悲しみに満ちた世界よりも。

「ああ……そうだな」

 認めると、心が軽かった。

 あちこちが痛くて、その痛みもすぐにどうでもよくなった。

 が一番醜悪なんだ。

 どす黒いものが溢れて、ユキトを満たした。


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