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Dungeon Maker -revision-  作者: 蝉時雨
《死薔薇の園》編
24/36

第一章<23> 友として

ストロボ・エッジ(少女マンガ)読んでキュンキュンしてる馬鹿野郎です。

少女マンガの結ばれるまでの葛藤が大好きだ!結ばれたら興味ない!

リア充は爆ぜろッ!

 王都ネイルの西門、通称朱雀門は例年稀に見るほどの喧騒具合だった。

 明朝、まだ日も昇りきっていない時間に、それぞれの思惑でここに集まるダンジョンメイカーたちの姿がそこにはあった。

 かく言うユキトもその一人だ。

 ただ周りと違うのは、一人端っこでじっとしていることくらいだろう。

 明らかに浮いている。自分から望んでやっているわけで、最初から解っていたことだ。別段気にすることはない。

 しかしユキトと周囲を線引きするどんな壁よりも分厚い隔たりみたいなものを気にせずに手を振りながらやってくる奴がいた。シモンである。相も変わらずという中量系の装備を見に纏い、槍を携えている。その風貌といい無精髭といい野武士かと問いたくなる。

「よう、ユキト」

「シモン。おはよう」

「まだおねむだがなー」

「お前いつもおねむだろ。色々と」

「色々ってなんだよ」

「それよりキルシュとソレストは」

「聞けよ! あいつら向こうだけど!」

「唾飛ばすんじゃねー」

「お前のせいだよ!」

「なんでィ。日も昇らねェうちから騒がしい」

 シモンをからかっていると、巨大な髭熊が片耳を小指で塞ぎながら近付いてきた。それに気付き、ユキトは今だ騒ぐシモンを無視して髭熊もといアルグに向かった。

「ようアルグ」

 人好きする笑みを浮かべアルグは「よっ」と手を挙げた。

「おおっ、アルグさんご無沙汰っすね」

「《鬼火》のシモンじゃねーかィ。久しぶりだな」

「お変わり無いようで」

「そうでもねェ。最近鈍ってなァ」

「んなことねーっすよ」

「シモンが敬語使うとか気持ち悪いな」

「ユキト君黙ってなさい」

「そりゃ無理だ」

「ユキ坊は無礼だからなァ」

 アルグが笑う。

「失礼だな」

「いやでも結構事実な気ィすんぞ?」

「うるせーよシモン」

 シモンの脇を肘で小突く。いで、とシモンが漏らしたが無視した。

「しかし集まったもんだなァ」

「馬鹿ばっかだな」

「オメーもそうだろ」

 シモンの呆れ混じりの言葉にユキトは唇の端を吊り上げてた。

「違いな……」

「あーユッキーじゃーん」

「……」

 背筋に悪寒が走る。油の切れたブリキ人形のように首をギギギと回す。

 げぇ、という顔をした。

「おおユフィちゃん」

「熊さんだ。相変わらず髭がウザいねー」

「相変わらず手厳しい……」

 苦笑するアルグを尻目に、何も言わないシモンに視線を移す。

「どうしたシモ……」

「どうも《鬼火》というギルドを率いていますシモンと申します」

「……」

 下心しか見えない。

「《聖なる薔薇》のユフィンリーよ。よろしく《鬼火》のシモン君」

 ユフィンリーも多分解っててやっているんだろうが、余所行きの笑顔をもってシモンと握手した。シモンは「おおう」などと気持ち悪い声をあげて、瞬時にユキトの元にやって来て興奮を隠しもせずその顔を寄せてきた。近い近い。

「ああっどうしよユキト。これって恋?」

「知らねーよ」

 ただの狭心症だろ。つーか離れろ。離れて。お願いウザい。

「あ、そだユッキー」

 ユフィンリーはというとまるで気にした様子もなく(というか気にも留めてない)ユキトに言葉を投げかけた。

「ユッキーさ、昨日コディア振ったんだって?」

「ぶほっ」

 盛大にせた。

「ゲホ……ゴホ……振ってなんて」

「あれ。もしかしてキープ?」

「そんなんじゃ……いや、そう取られても仕方ないか」

「悪い男だぁ」

「うるせぇ。それで……それがいだだだだだ何すんだシモン!」

「オメー何一人女の子に告られてンだよ!?」

「だーかーらー! つーか紳士路線はもう止めたのか?」

「あっ」

 あっじゃねえよ。つーかもともと似合ってないのだから、今更取り繕うこともないだろうに。

 シモンはニコニコと肩を組んできた。

「ははっ。この羨ましい奴めー死になさーい」

 取り繕えていない。ダダ漏れだ。

「コディアのこと、鬱陶しい?」

「そんなんじゃない……ただ、自分が釣り合っていないだけだ」

「ふぅん。あの三人の誰かがいるからだと思ってたけど……」

 三人……シエルたちか。

「それこそ勘違いだ」

「そう。よかった。そうならユッキーしばいてた」

「あんたの腕力でしばかれたくはないな」

 脳が陥没してもおかしくない。

「なんにせよ、関係ない」

「ふぅん……ってことは、あの娘たちがここにいるのはユッキーの関与は無いわけだ」

「……なに?」

「だから、あの娘たちが……」

「ここに、いるのか……?」

「そうだけど……ほらあそこ。やっほー」

 ユフィンリーが手を振る先に、顔を向ける。

 そこには、三人分見知った顔があった。

 こちらを困惑混じりに見つめる少女たちは、間違いなくあの鉱山への仕事で知り合った三人だった。

「なんの冗談だ……」

 本当に冗談であってほしい。


◇◆◇◆◇


「あ……久しぶり、ユキト君」

 シエルは弱々しくにへらと笑った。思えば気不味い別れ方をして以来だったが、今のユキトにはそんなことは頭になかったし、シエルの挨拶に返す余裕もなかった。

 なんで。

 その一言だけが脳内を反芻するばかりだ。

「なにボーっとしてんの?」

 アニエが怪訝そうに言う。

 人を阿保のように言うが、阿保がどっちかまるで解っていない。そのことが妙に腹立たしく、そして虚しい。

 まるで誰かが嘲笑うかのようだ。

 それは神とやらか。それとも悪魔か。

 クソ食らえだ。

 怒気に声が震えながらも、ユキトは口を開く。

「なんで、お前たちがここにいるんだ……?」

「は? なによ。あたしたちがいたらおかしい?」

「お――おかしいだろッ!」

 シンとした。

 周囲の視線が集中する。

 それすらもどうでもよかった。嫌われてもいい。忌まれてもいい。ただ、あの時の自分を嘲笑うかのようなこの巡り会わせが許せない。

「な、なんであんたが怒ってんのよ?」

「なんで……なんでだと? 馬鹿か!」

「おいユキト、落ち着けって」

「黙ってろシモン!」肩に置かれた手を振り払う。

「お、おい」

「こいつらは解ってないんだぞ!? これから行く場所がどういうところか!」

「そりゃ……つーか俺はこの娘ら知らねーんだからよォ」

「だから黙ってろって言ったんだ!」

「怒鳴るなよ。ほれ、周りも引いてんぜ? なによりこの娘らが怯えてら」

 再び肩に手が置かれる。振り払おうとしたが、握り潰さんとせんばかりのその握力にユキトは留まった。

 舌打ちをし、口をつぐむ。

「あー……まァ、なんだ。事情は解らんが、嬢ちゃんたちはユキ坊の連れかィ?」

 アルグが取り持つように言うと、シエルが徐に頷いた。

「えと……前にお世話になって……」

「前っていうと、メトスか。ユキ坊が金狼狩ったとこだな?」

「あ、はい……」

「そうかィ……一応聞くが、ランクは?」

「まだ駆け出しなんで……E、です」

「ランクE……ああ、そうか……ユキ坊の気持ちも解らんでもねェ……か」

 アルグは少女たちとユキトを交互に見た。ユキトは視線を逸らした。それを見てか、アルグは小さく嘆息した。

「嬢ちゃん。なんでこの依頼に登録した?」

「え?」

 シエルはアルグの質問に戸惑い、アニエとリュカを見た。

「なんか協会が大々的にやってたし、あとは報酬と、人助けの依頼だからシエルが行きたいって言うからだけど」

「そだね〜」

 シエルの変わりに助け舟を出すアニエに、リュカが頷く。

 ユキトはそんな答えだろうとある程度予想していた。それでもやるせない思いを隠せず、呻きにも似た声を小さく漏らした。

「そう……かィ。いや、ダンジョンメイカーとして……というか人としては殊勝だが……まずいねェ。協会もランク指定はしていなかったが……むしろこれも狙いか?」

「アルグ。今からでも……」

「いやユキ坊、律儀に騎士団は当日参加取消にペナルティを掛けてきてる。結構きつめのな」

「どうせランク剥奪とかそんなんだろ? なら……」

「Eだからいいってか? ユキ坊。それは身勝手だろう。それに、責任は誰がとる? 下手すりゃ一生だ」

「……それは」

 言っていることが解るから、ユキトは何も返せなかった。

「それに、決めるのは当人だ。違うか?」

「……ああ」

 顔を背けるユキトにアルグは肩を竦め、そしてシエルたちに向き直った。

「――さて嬢ちゃん。嬢ちゃんたちが行こうとしている《死薔薇の園アッシュローズガーデン》は生存率の限りなく低い地獄だ。行くのは俺みたいな止む終えなしって奴か馬鹿だけだ。それでもこの人数なんだがなァ。まァそれは置いといてだ。嬢ちゃんたちはどうしたい?」

「わたしは……」

 シエルは逡巡し、ユキトを見た。ユキトは、逸らした。

 もう、どうこう言える立場ではない。

 この件に関しては、アルグは手を貸すことはない。取消をすればペナルティは甘んじて受けなくてはならない。アルグが肩入れするということはギルドの名を使うことだ。数百人の生活の一端とはいえ背負う立場にあるアルグに、そこまでのことを頼むことなど出来るわけがないのだ。

 まして、自分の名を使ったところで意味もない。書類上、ユキトとこの三人の少女との接点はただ一度開拓地に同行したというものでしかない。しかも、不慮による重複だ。

 これ以上口出しは出来ない。

 どれだけ歯痒くとも。

「わたしは……自分が誰かの助けになるなら……行きたい、です」

 彼女が、そう選択をしたとしても。

「そうかィ……二人はどうだィ?」

「あたしは、今更やめるのも嫌だし。シエルが行くんだから行くわよ、当然」

「わたしもだね〜」

「だとよ、ユキ坊」

「別に……聞こえてるさ」

「ふて腐れるなよ」

「ねーよ」

「たく……」

 肩を竦めるアルグに対して無性に腹が立った。けど、そんな八つ当たりじみた感情を抱いている自分にもっと腹が立つ。

 割り切れない。

 やり切れない。

 いつだって僕は我が儘だ。一度に多くを望みすぎる。やはりそれはいけないことなのだろうか。実際そうなんだろう。それで失ったものは計り知れない。

 だったら僕はどうすればいいんだろうか。

「――今回の作戦について説明をする! 参加者は門の前に集合せよ!」

 周囲の視線は段々離れていったが、居心地が悪いことに変わりはなく、そろそろ我慢も限界というところでそんな声が響いた。拡声器でも使っているのか、えらく割れている。

 皆、口を開くことはなく、それでも示し合わせたかのように周囲の同業者に続いていった。ユキトもその後を追って足を進めた。

 ただユキトはそんなことよりも、答えが欲しかった。

 僕が何をすればいいのか。

 明確な答えが。

 また、求めているのだ、僕は。


◇◆◇◆◇


 参加者の視線の先の壇上には騎士が立っていた。いちいちあれを用意したのだろうか。馬鹿と煙は高いところが好きとは言うが。あながち間違いではないようだ。

 しかしまあ、あくまで騎士から協会を通じての依頼なのだからここにいるのは当然とはいえ、なんたってここまで偉そうに出来るのだろう。恥も極限を超えるとどうでもよくなるのだろうか。それはそれで興味深いが。

 そんなことを考えていると、もう一人、他の騎士とは一風を画する男が壇上に上がってきた。

 癖のある金の髪を後ろで束ねた男はあまり浮かない顔をしていたが、その佇まいは歴戦の戦士を思わせるものがあった。

「――こちらは今回の全指揮権を有する拝命十二円卓騎士の《サー・レオパルド》アドレイ・マーグレット殿である!」

「拝命十二円卓騎士……か」

「知ってるのか、ユキト?」

 ポツリとユキトが呟くと、シモンが耳打ちしてきた。気持ち悪い。

「つーかだからなんでお前は知らないんだ……。拝命十二円卓騎士は国王から直接名を与えられる騎士だ。昔は政治的発言権もあったらしい……が、今はお飾りみたいなもんだ。今は特にな」

「うん?」

「前回の《死薔薇の園》の探索はあいつらが行ったんだ」

「ヘエー」

 拝命十二円卓騎士は言わば名誉職だ。しかし全く意味がないわけではない。剣士としての技量が卓越している者に贈られるのだ。

 騎士団も馬鹿ではない。小数精鋭である拝命十二円卓騎士を使うという考えはある意味正しい。軍隊規模で動かせば国の守りが疎かになる。そういった本職がある騎士団だからこその考えだからだ。

 唯一間違っていたことは、そもそも挑んだこと自体だろう。

 結果、彼らは死んだ。だからあれも屍だ。唯一の生き残りだろうがなんだろうが、名誉もない騎士としての誇りも失ったあの男は屍同然なのだ。

 騎士とは、誰かのために死ぬ道だ。

 師匠は死んだ。彼らのために。古巣だったからだろうか。いや、違う。あの人は誰彼構わず自身の身を投じていたはずだ。そういう人だった。

 だから憎みきれないのだ。

 アルグが重々しく口を開いた。

「騎士団も内部を知ってる人間を起用するのは当然か……まァ、いい厄介払いでもあるんだろうなァ。あれ以降十一席が空席のままだったもんなァ……」

「アルグ、あんたはどうするんだ?」

「あン? 俺ァいつも通りだ。久しぶりだから暴れるだけ暴れる。それだけでィ」

「あんたらしいな」

「それよかお前さんだユキ坊。ああなったからには、腹括るしかねェよな」

 ユキトの肩を叩くその手は馬鹿でかかった。これがギルドを支える手なのだ。そんな男の前に、自分は小ささを再認識させられる。

「……そうだな。あの娘たちの決断だ。今更どやかく――」

「そうじゃねェ。ったく、頭かてェなお前さんは。あれだ。お前さんは好きに動けるんだから、好きに動けよ。しばらくはサルファにカバーさせるくらいはできる」

 わしゃわしゃと髪を掻き混ぜられるのを払いのけて、ユキトはアルグを見上げた。

「どういう……」

「まんまの意味だよ、ユキ坊。お前さんは人事を尽くした。だからプランを聞かせろ。俺はギルドとしてお前さんを助けることは出来ねェが、仲間として助けることは出来ンだからよ」

 ダチだろ、俺たちァ。

 そういってにっと白い歯を見せて笑うアルグに、ユキトは二の句を告げなかった。ただ胸の奥が熱くて、目頭が熱かった。どこもかしこも熱かった。

 それを見られるのが嫌で俯いたら、アルグがまた頭をわしゃわしゃと掻いてきた。

 当然嫌がったけれど、どちらかというと手を払うことよりも震えそうな声を抑えるのに必死だった。

「やめろよな……」

「素直じゃないなァ、お前さんは」

 まったくだ。自分でそう思うんだから世話ない。

 ありがとう。

 とりあえず口には出せそうになかったから、心の中で感謝した。


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