婚約者から、『君を愛することはないだろう』と言われた
「僕が君を愛することはないだろう──」
私は、3回ため息を吐いて、そんなことを突然ドヤ顔で抜かしやがる婚約者様を10回平手打ちしようとした。
1発目で、あっさり避けられて、私の手は握られてしまったので、不発になった。
「突然のビンタは、ひどいなあ」
「あら、私からすれば、突然の婚約破棄宣言してこられたあなたの方がよほどだと、思いますけれど?」
アホな侯爵家長男様は、婚約破棄という単語に首をかしげる。むだに顔がいいせいか、そんな仕草すら様になっている。
よくこの人、貴族が務まってるな。
ムカついたので、もう一発平手打ちをかましてやろうとしたけど、結構な力で手を握られてしまっているため、やはり未遂に終わった。
婚約者様は、手の握り方を変えて、指を絡めてくる。いやじゃないので、つなぎなおした。
「それで、なにをもって愛することはないなんて、馬鹿げたことを仰られたのですか?」
「馬鹿げてるかな」
「あなた様の場合は、間違いなく」
はちみつをたくさん含んだみたいな金色の髪が、風でふわふわ揺れる。何かを憂いるような菫色の瞳。
「誤魔化そうとされてますわね?」
「ナンノコトカサッパリ」
夜会に参加しようものなら、黄色い悲鳴が上がるだろう表情も、私にとっては見慣れたものだった。都合が悪い時に、自身の顔の良さを駆使して切り抜けようとする悪癖である。ついうっかり、私の声に呆れの色が混ざってしまったのも仕方がない。
「だって、あなた様は私のことを、愛さずにはいられないでしょう?」
「それは、そうだけどね。君の自信はどこから溢れてくるのさ」
「あなた様からです」
口を開けば、口説き文句。挨拶と同時に贈り物。私が止めなければ、きっと私の居室は、この人からの手紙やら花やらで埋め尽くされていただろう。
「で?バカは、何をもってバカなことを?」
「バカって……………。話せば、それなりの長さになるんだけど」
「手短にお願いします」
「真似をしてみた」
「もっと、ちゃんと、説明をお願いします」
せめて、誰が、どうなって、だから、くらいはほしい。
「僕の友人が、許嫁に上記の発言を行った結果、許嫁とラブラブできたって言ってたから、試してみようと思って」
「友人というのは、どれ、ですの」
「放蕩その3」
「ならほど……」
放蕩その3ということは、伯爵様だろう。今に始まったことではないけど、自身のご友人にこんなあだ名をつけることにためらいはないのか。
「で、放蕩その1と放蕩その4がやってみるって言うから、僕も楽しそうだなって」
私は本格的にため息を吐いた。握られていた手を振りほどいて、婚約者様の頬に添えて顔を固定。
「楽しかったですか?」
「全然。というか、突き放すのなら、もっと派手にやるべきだと思う。相手の親の弱み握って、逃げ場奪うとかさ。内乱起こすとか。内乱起こすとか」
「実行に移されていないところは、褒めポイントですわね」
我が婚約者は、超有事向きというか、有事でしか才が発揮できない。のほほんと平和を満喫していただかないと、いろいろと危ない。
「それに、今更愛を疑う必要なんて、ないじゃないか」
「否定はしません……。あなた様は、どこからその自信が溢れてらっしゃいますの?」
「君からだよ」
完璧なウィンク。
なんかこれはこれでムカついたので、私は愛する人の鼻をつまんだ。




