第三章 連戦連勝……? 2話目
「――うーん、めちゃくちゃなこと言っちゃったけど仕方ないよね。まっ、後日適当に何か奢ってあげたら機嫌なおすでしょ」
歩きながら端末を触りつつ、久瀬はいつも通り公園からの帰り道を歩いていた。
「やべっ、『雷帝』じゃん……目を合わせたら殺されちまう」
「心配しすぎじゃない? だってこの前も中学生相手にしても適当にあしらうくらいだったし」
「それでも街中でいきなり雷落とすんだろ? Sランクなだけあって危険なことに変わりはねぇって」
「……はぁ、つまんね」
街中でも時々聞こえてくる声。意識して耳を傾けなくとも聞こえてくる評判。それらを纏めてハッキリいえば、久瀬陣作というSランクの能力者の危険性についてだった。
「……これだったら表立って挑んでくる分、レイチェルや鮎原の方が可愛げがあるってもんだよ」
とはいえ無駄に挑まれることがない分この程度の陰口は無視しておくに限ると、久瀬は聞こえぬフリを続けて歩き続けていた。
――突然辺りが暗くなり、ヒューッという風切り音とともに頭上から何かが近づいてくるまでは。
「んー?」
久瀬がふと頭上を見上げると、そこには先程まで隣の道路を走っていたはずの大型トラックが眼前まで迫ってきている。
「うわっ、面倒くさ!」
レイチェルの魔法を回避した時と同様、久瀬は空気中の電荷を伝ってトラックの落下範囲から離脱する。そうして後ろを振り返れば歩道に横たわるトラックと、逃げ惑う市民野姿を確認することができた。
「えぇーと、俺の知り合いでこんな真似できる奴は――」
「残念だが初めましてになるぜ。Sランクの『雷帝』さんよぉ」
「だぁから、『雷帝』って呼び名は個人的には願い下げなんだってば」
道路のど真ん中に仁王立ちで立っていたのは、一般的に不良と呼ばれるような雰囲気を漂わせる男だった。年齢的には久瀬と同じ高校一年生といったところであろうか、挑発するように指をクイクイッと動かしており、周囲にお供と思える人物を数名引き連れている。普通の体型からして到底トラックを投げ飛ばせるような力など無いように思えるが、少なくとも他の車を動揺させて急ブレーキさせる程度には脅威として周囲からも認識されているようだ。
「……それで? 不良が俺に一体何の用?」
「何の用って……よっと!」
「うわ、うわわあっ!?」
運転手がまだ乗車しているにも関わらず、少年は片手で車のバンパーに手をかけ、まるで小石か何かを投げ飛ばすようにサイドスローで一台の自動車を久瀬に向けて再び投げつけてくる。
「おっと!? 中の人大丈夫か!?」
今度は予測もできていたのか、久瀬は能力を使うまでもなくサッと横へと回避し、今度はお返しにと電撃を放とうとした。
「それはそうと、ちょっと痺れてもらおうか!」
「ちっ! おい!」
「えっ、ちょっ!? 代田兄貴!?」
しかし男の方もそれを予測していたのか、引き連れていた味方の内一人の襟首を掴んで文字通り盾として使おうとしている。
「あばばばばばぁっ!?」
「うわ酷っ! そいつ味方じゃなかったのかよ!?」
「ああ、味方だぜ? こうして立派にお前の攻撃の盾になってくれるくらいにはなぁ!!」
――力帝都市ランク、B。検体名、『光』。持ったものの重量を変えることができる第一能力を持つ男、代田直にとってこれは一種の作戦でもあった。
相手の攻撃は全て身代わりが受けることで、自身は攻撃に専念できる。更に――
「――フラッシュ!!」
「くっ!」
両手で自身の目を隠しながら手のひらからストロボのように瞬間的に強烈な光を放つ第二能力でもって、相手の視界を奪って攻撃や回避のタイミングを狂わせるという戦法も組み立てられている。代田はこれでもって、BランクながらにSランクを倒す大金星を狙っていた。
「はははっ! 光で前が見えねぇだろ!? そぉら、もう一発――」
「光、ねぇ……その程度か」
――それ以前の問題として、能力自体のスペック差を考慮せずに。
「なっ!?」
三発目を放つ間もなく、久瀬は歩道から一瞬にして道路へと足を踏み入れていた。歩道沿いにあった柵は牛か何かが突進してきたかのようにへし折られ、久瀬の身体には既に電荷の充電が完了している。
「っ……そ、それがどうしたってんだよ!!」
「それがどうしたって……もう詰んでるんだよ」
バチバチィ! と全身から静電気を漏らしながら、久瀬は低い姿勢でもって集団へと突っ込む姿勢を取っている。
「や、やめろ! うわぁあああああああああああ――」
――距離にして十メートル。久瀬が一瞬にして通り過ぎた跡の地面には派手な焦げ跡が、そして先程まで自分が投げ飛ばしていた自動車から追突を受けたかのごとく、不良達の身体は宙を舞っていった。
「光を放つことができるなら、今度は光の速さと電流の速さについても調べておけよ」
ドサドサッとその場に落下していく者に対して遅れたアドバイスを授けながら、久瀬はその場を立ち去ろうとした。
すると――
「――少しは体力を削れるかと期待したが……全く役立たずのBランク共め」
「ですが素晴らしい! まさかここまで完成しきった強さが存在するとは!」
「ふっ、全員でかかればどうとでもなる! 我々Aランクの魔導師ならば、Sランク一人くらいどうにでもなる!!」
「……能力者の次は魔法使いって感じ?」
堰を切ったかのように、次から次へと現れる挑戦者達。どうやら久瀬の帰り道に網を張っていたようで、続々と周囲の物陰から姿を現わしてくる。
「同じAランクでも、実力を察することができたラシェルって人の方が賢い気がするけど……まあいっか」
一つ下のAランク、とはいえ両手で数えなければいけない程には数が揃っている。ならば遠慮をする必要はない。
周辺の電荷をかき集め、己の身に宿らせる。バチバチッ! と火花を散らせながらも、久瀬は久々にそこそこの力で楽しめることに心の底からの笑みを浮かべている。
「折角だ、派手に散らしてあげよう」
「ハッ! そんなことを言えるのも今のうち――なんだこれは!?」
突如として地面からせり上がってくる壁。それは今から始まるバトルの被害を広げないようにと、周囲から隔離するためにせり上がってくる巨大な防護壁。
「なんだこれは!?」
「んー? さっきの口ぶりからしてもしかしてと思っていたけど、Sランクと戦うの初めてって感じ?」
久瀬にとっては常識でも、Aランク以下の者にとっては非常識。今まで周囲への影響を気にするという行為自体を気にしてこなかった面々にとって、改めて周囲被害を考慮するといった力帝都市側の配慮がいかに不安を煽るものなのか、久瀬は相手の表情を読み取って一人クスクスと笑っていた。
「市民の皆様に連絡申し上げます。現在Sランク『突撃』とAランク魔術師によるバトルが始まろうとしております。つきましては被害の縮小のために地下施設への避難をよろしくお願いいたします」
こうした市民への避難勧告のアナウンスも鳴り響くなか、久瀬はここまでする必要もないと魔術師側を挑発にかかる。
「大丈夫だって。少なくともこの壁をぶち抜く程の力を発揮するまでもないとこっちは思ってるからさ」
「何だと!? ……我々を、舐めるなよ!!」
周囲の避難もそこそこに、魔術師の集団は杖を構えてその先端を久瀬へと向ける。
「あー、言っておくけど詠唱なんて悠長な時間を与えるつもりは――」
「安心しろ! 我々は詠唱破棄が出来るからな!!」
「それに電気系統の魔法が得意な奴も用意している! お前の電荷を使った攻撃なんざ軽くいなしてやるよ!」
「ッ! ……それは安心したよ――」
――次の瞬間、久瀬に向かってありとあらゆる魔法が飛んでくる。炎、氷の杭、電撃、暴風――様々な攻撃が束となって久世に襲い掛かってくる。
しかし久瀬はそれを前にしても一歩も動くことなく、むしろ呆れた様子で溜息を漏らした。
「他はともかく、この程度の電撃はねぇだろ……!」
直後、久瀬のいた場所に大きな爆発を巻き起こり、なおも炎を上げて燃え上がっている。
「やったか……!?」
「フン、一撃でしまいとは、案外あっけなく……なっ!?」
魔術師が驚いて眼を広げたその先――久瀬陣作はスパークを身に纏いながらあい変わらずそこに立っている。
「たかだか1Aにもならねぇクソ以下の電流で俺に挑んでくるとは、上等じゃねぇか……」
そういう久瀬の周囲にはうっすらとしたボール状の膜が張られ、それらが炎を近づけさせまいとひたすらに熱をはじき続けている。
「だが確かにその他ではAランクといえるだけの力はあるかもしれねぇな。だったら少しレベルの高いレクチャーをしてやる」
電荷を操る能力者に対して半端な電撃を放つ――その意味を、この後彼らは身をもって知らされることになる。
「プラズマって知ってるか? 電荷を無理矢理原子から引き剥がしたら出来上がる代物なんだけどよ、これって結構なエネルギーを持っていて、しかもかなりの高熱にもなる感じなんだけどさ」
生ぬるい電撃を操った程度で、電気使いと呼称されるのも腹が立つ。何よりそのトップに立つ久瀬自身のメンツにも関わってくる。
「これを人体に直接ぶち当てるとどうなるか、知りたくないか?」
「ひ、ひぃいいいい!!」
「なぁに、存在ごと消し飛んでしまえば後片付けも必要なくなる」
久瀬はそれまでとは違う、相手を殺すことへの喜びという意味での笑みを浮かべながら右手を前に突き出す。
それまで身に纏っていた全てのプラズマを右手に収束させて更に高温に圧縮をおこなえば、まばゆい輝きがその場にまき散らされる。
「それじゃ、バイバーイ」
仕上げに右手をギュッと握りしめて更にプラズマを圧縮させれば、指の間から絶望の光が漏れ出でる。そしてそれを前方へと解き放ったその瞬間――
「――なんちゃって。ビビってお漏らしした感じ?」
解き放つその瞬間、僅かにプラズマを上方向へと放ったことにより、腰を抜かした魔術師の頭上から全てが文字通り消し飛ばされていた。
建物は円形状にえぐれ、その断面は高熱により溶け出している。
「ひ、ひぃいいい!! 降参だ! 許してくれぇ!!」
「今回は許してあげるけど……今後一切俺の前で電気系の魔法使うなよ。虫唾が走るからな」
「は、はい! すいませんでした!!」
転がるようにしてその場を去って行く魔導師集団を見送りながら、久瀬は一つ大きな溜息をつく。
「全く、魔法使いってのはCランクもAランクも変わりないくらい下らない集団なのか?」
久々にプラズマを扱ってみたものの、中々これと釣り合う程の実力者が現れないことにもどかしさを感じつつ、久瀬は元の帰路を再び歩き出した。




