第一章 久瀬陣作の日常 4話目
「……カツ丼は奢ると言った。だがお前が頼んでいるのは何だ」
取調室にて、調書片手に応対をする倫内であったが、その眼鏡の奥の瞳には明らかに憤りの感情が宿っていた。
「うーん、やっぱり他人の金で食う飯は美味いうまい」
対する久瀬はというと、普段と変わらぬひょうひょうとした雰囲気のまま、まるで取り調べを受ける側の人間とは思えないくらいに堂々とした態度で自らの携帯端末で注文していた夕食を堪能している。
「ん? これ? 海鮮丼だけど。それと前々から疑問に思っていたんだけどさ、調書とか取る時だけ眼鏡をかけるけど何か理由あるの?」
あまりにも状況を把握していない、あるいは把握しようとしない久瀬に対して、倫内もまた前々から溜めていた文句を言い放つために机を叩いて立ち上がる。
「海鮮丼などと、“か”と“どん”しか合っていない食べ物を注文するヤツがどこにいるか!! そもそもお前は拘留されている側だろ!? もう少し反省の色を見せてみたらどうなんだ!? ……それと、普段はコンタクトで、デスクワークの時に眼鏡をかけているだけだ!」
「そこまで怒る必要ないじゃん……飯が食いづらくなるし」
あまりの激昂ぶりに引き気味になりながらも箸が止まることはない。久瀬のそんなマイペース度合いに怒る気も失せたのか、倫内は再び椅子に座り直して書類に目を通し始める。
「それで? わざわざ遊具破壊程度でしょっ引いたんだから他に何かあるでしょ?」
「……まあな」
均衡警備隊が久瀬を捕まえる時は、大抵というよりほとんど倫内が出張ってくることが多い。それは久瀬が倫内の言うことには一応耳を傾けられるという証左であり、そしてそれを元にして頼み事をする時に倫内から頼み事をした方が話を聞く可能性が高いという打算的な理由も含まれている。
「……これをみてくれないか」
そうして久瀬の前に差し出されたのは、今年の五月某日に発行された新聞記事の切り抜きだった。
「俺新聞とか見ない主義だし、ネットニュース派なんだけど」
「そんなことはどうでもいいから、読んでみてくれ」
そこに書かれていたのは、久瀬も一度は目にしたことのあるニュースの記事であった。
内容はとある製薬会社が作っていた違法な薬物について、大見出しで記されている。本文を読み進めると、そのカプセルを服用するだけで本来ならば能力が使えない人間ですら能力が使えるようになるとまで説明がなされていた。
「あぁー、これか。覚えてる覚えてる。製薬会社のやつか」
しかしその副作用が大変危険なものであり、最悪脳が破壊されて廃人になるとまで併記されていて、結局危険な代物を開発していた製薬会社も倒産したとまで記事に結論として書き起こされていた。
「なんだ、あれから結局解決してんじゃん」
「そうだったらよかったんだが……」
そして次に久瀬の前に差し出されたのは、透明な小袋に入れられた一つのカプセル。それを目にした途端に全てを察しておきながらも、久瀬は敢えてカプセルを指さして倫内に確認を取る。
「……これってもしかして、例のカプセルってやつ?」
「ああ、そうだ。しかも製造番号に併記されているRという文字、これは倒産した製薬会社が使っていた文字だが、今回は違う。Aという別の文字が刻印されていたんだ」
ここまで来て理解できない人間などそうそういない。つまり久瀬への依頼というのは、新たに出回ったこの違法カプセルの出所を調べて欲しいということだと察することができる。
「……面倒くさっ! 何で俺がしなくちゃなんないんだよ」
「五千円もした高級海鮮丼を食っておいて今更降りるなんて真似をするのか!?」
「だってここまで面倒くさいことさせられるとは思わないじゃん?」
「だからこそ海鮮丼を食ってもそこまで言わなかっただろうが……!」
結構言われたような気もするが、こうなっては仕方ないと久瀬は自身のVPを触ってこのカプセルについての情報収集を始める。
「すまないな。あたし達程度では情報も良くてAランク程度のものしか集めることが出来ない」
「ほんと、この情報ロンダリングって有りかよって思うよな」
ここ力帝都市において、本人が持つランクというものは非常に重要になってくる。例えば情報を集めるにしても、Aランク以上の者にしか開示されない情報があったりした場合、明らかな情報格差が生じる。Aランク以上の者だけが真相に近づくことができ、それ以外の者は真相に決して近づくことはできない。
しかしこれは何も不平等なだけという訳ではない。その情報を知った上で首を突っ込めるだけの実力が備わっているか、ある意味では無駄な犬死にを防ぐためにわざと情報を制限しているという意図もある。
そして今回倫内が当てにしているのは、Sランクである久瀬だからこそアクセスできる機密情報。このカプセルを裏で取引している者がいないか、あるいはカプセル自体を製造している組織ないし個人がいないかという情報が出てくる可能性に賭けていたのである。
「……どうだ?」
「駄目だこりゃ。全くもってこっちの方にも情報は流れていない。もしかしたらまだ出回り始めている段階で、力帝都市の上層部とかも気がついていないのかも」
「あるいは気がついていても放置、か……」
力帝都市の現在のスタンスとして、力を持つ者が増えることは是とされている。それが命と引き換えのものであったとしても、この力帝都市を動かす二人の市長は見て見ぬフリをするだけだろうと、倫内含めた均衡警備隊は予感している。
「情報料としては、高い買い物だったね」
「何も情報が上がっていないという情報が五千円とは、笑えないな」
机の上の空になった丼を部下に片付けさせながら、倫内は大きな溜息をついていた。
「Sランクすら足取りがまだ掴めていないとは、そもそも捜査自体が不可能ってことか」
「というか、そもそもあんたらのところのトップに聞けば早かったでしょ。あの人も確かSランクじゃん」
この場にいない均衡警備隊最高司令官のことについてそれとなく訪ねてみるが、倫内は首を横に振るばかりでそれを是としようとはしない。
「治安を守る側のトップが、情報ロンダリングを許可すると思うか?」
「ならば尚更これってまずい気がするんだけど……」
「まあいい。今日のところはこのくらいにしておく」
「それってこっちの台詞じゃないの?」
「とにかく今日は帰れ。また何かあったらこちらから接触する」
「はーい。晩飯今度は焼き肉がいいかなぁ」
「うるっさい! あたしの給料をこれ以上むしり取るな!!」
あれはポケットマネーで手出しをしていたのかと内心驚きつつも、久瀬はそれを表情に見せることなくその場を立ち去っていく。
「まっ、流石に今回のはサービスでつけておきますよ。では、またのご利用を――」
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