第一章 久瀬陣作の日常 1話目
「うぇええん、杖が壊れたぁー!」
「弁償ですよ弁償! 流石に酷すぎませんか!?」
「というより、毎回毎回勝っている俺に対して戦いの諸経費を求めてくるのはおかしいと思わない?」
「でもJC二人を相手にできるって思えば安くないですかぁ?」
「俺がそんなに不純に見えるのか?」
公園のすぐ近くにある喫茶店、タカオカ。戦いが終わった後はいつもここで何故か二人に飲み物を奢るのが、久瀬陣作という少年の役割の一つだった。
そして今、敗者として本来ならば大人しくしていなければならないはずの二人が、久瀬に向かって先程の戦いの文句を垂れ流し続ける。
「実は光速で動けるのに教えないとかずるいじゃないですか。最初は電荷しか操れないって言ってたくせに」
先程の戦いで一体何が間違っていたのかと本をペラペラとめくる少女、鮎原理子。一本だけぴょこんと飛び出たアホ毛が揺らめく様にも目を奪われるが、隣に座るもう一人の少女と比べても同じ中学生とは思えない程の幼い見た目をしている。しかしこの二人で行動する際の頭脳担当はというと、彼女の方である。
「電荷を操れる=電気も操れるみたいな事はその本には書いていなかったのか?」
「そ、そんなこと! 書いて……ありました」
「ひと言。勉強不足」
「うぅ……うっさいうっさいうっさい!」
「それで? そっちはいつまでうなだれるつもりだ?」
「だってついこの間も学校から借りた練習用の杖を壊されたばっかりなのに……」
そしてもう一人。目つきが悪ければ口も悪いショートヘアの少女が、久瀬から破壊された杖の件をずっと引きずっている。
「これ、先生になんて言えばいいのよ……」
彼女の名はレイチェル=ルシアンヌ。普段から少しばかり荒っぽい性格だが、久瀬を前にすると更に口調が攻撃的になってしまう。
「そんな初心者用の杖、一万も出せばお釣りが帰ってくるだろう?」
「あ、あんたは一万円の大切さを分かっていないから言えるのよ! 支援を無制限に受けられるからって調子に乗らないでよね!」
「そのSランクに無謀にも挑んだ挙げ句、こうしてお金までたかっているのは誰なのか。一度考え直したら考えたらどうなんだ」
自分から仕掛けて、その被害は全てこちら側の責任。こうした下らないやりとりは毎度のことであり、久瀬も半ば脊髄反射のような退屈な会話を繰り返していた。
そんな彼らの会話の中にある『ランク』というものについて、ここで説明を挟むとしよう。上から順に、S、A、B、C、D。持っている実力によってそれぞれに振り分けられる。基本的に上に行くほどその絶対数は減り、その強さも指数関数的に上がっていき、性質もより異質なものへと変わっていく。
上の者となればその異名も力帝都市内に轟くようになり、『理を覆す魔導王』、『地平線上に立つ者』、『この世で最も弱い暴君』、『気まぐれ女王』、『人型最終兵器』、『全ての能力の原点』といった異名を持つ者さえ存在している。
このランクの大まかな指数として、Cランクはチンピラ数人とも渡り合える程度の力。Bランクは市民の大規模な暴動を一人で鎮圧することが出来る程度の力。Aランクは軍隊を相手に蹂躙できる程度の力。
そしてSランクは、どんな形であれこの世界を一人で動かすことができる程度の力とされている。
「ていうか魔術師とは違って、元々から能力が備わっている変異種ってずるくない!? あんた達何の努力も無しで、まさに才能だけで――」
「はぁ? 何を言ってるんだ? 俺だってそれなりに制御するのに頭使ってるんだけど」
そしてこの力帝都市における力の三者鼎立のうちの一つ、人間の範疇を超える力を持つ者――人間から変異した新たな人間、変異種と呼ばれる能力者について、語らなければならない。
変異種とはその名の通り普通の人間から変異した存在であり、久瀬陣作を例として様々な『能力』を持つ特別な人間のことを差す。
例えば久瀬の場合、検体名『突撃』の名前の通り、真っ正面に走り出すことに限定すればジェット戦闘機ですら話にならないレベルの速度で突っ込むことができる。それだけではなく、まともにタックルを仕掛けた際にはパイルバンカーも真っ青な貫通力を人間ながらに繰り出すことができる。
そしてもう一つ。久瀬の場合むしろこちらがある意味メインとなる訳であるが、Charge――つまり普通ならば目に見ることすらできない、空間上の電荷を操ることができる能力である。先程見せた瞬間移動はこの電荷を操る能力を応用し、電荷を伝った高速移動――ある意味では電流と等しい状態へと一時的に身体を変換することでなせる技である。
この先天的に生まれ持った第一能力を喰いかねない程に強大な後天性の第二能力により、久瀬は検体名とは別に『雷帝』という通り名で呼ばれることも度々ある。
――本人はというと、その名前で呼ばれることは好んでいない様子であるが。
「ほぇー、『雷帝』サマは言うことが違いますなぁ」
「だから、その名前で呼ぶのは止めろって言ってるじゃん。俺だって元々はただの突進が得意なだけだったんだから」
「けどその破壊力で力帝都市の暴走列車を真っ正面から止めたから素でもBランクはあるんでしょ? ずるいわぁー」
「…………」
全く以て話の本質を理解できていないレイチェルと鮎原に何も言えず、久瀬は溜息をつく。
「とにかく、今日は他にも用事があるんだ。ドリンク代はここに置いておくから、後は支払いよろしくな」
「えっ、ちょっと他に用って?」
「こんな可愛い私達を差し置いて用事って何ですか!」
「可愛いは自分から口にするものじゃないぞ鮎原。あと、杖のことはSランクの『雷帝』に戦いを挑んだら折れましたっていつものごとく言っておけば大丈夫だろ」
そうして置いていた鞄を方に背負って手をひらひらと振り、久瀬はその場を去って行く。
「……また挑むんだからね! それまで精々油断しないことよ!」
「はいはい、そっちの方こそ精々頑張ってね」
まさに強者の余裕。油断どころか背中を見せたままその場を立ち去る辺りが、まさに彼が力帝都市における格付けの最高ランク、Sランクの資格を持つ人間であることを示していた――
作中に出てきた異名ですが、全てキャラクターとして存在しています。
(´・ω・)<登場については今後をご期待いただければ幸いです。
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