第四章 魔法の粉……? 5話目
「……強いですね、貴方は」
「んー?」
ついさっきまでAランクの中でも上位にあたる二人を軽く伸していたとは思えない程に落ち着き払った様子に、カーシャは感嘆の息を漏らした。
「まっ、伊達にSランクの看板掲げてないんでね」
学校を休んでいるとは思えない程の堂々ぶりは流石の最強ランクといえようか。街を歩いていても先程の戦いをVPを通して多くの人間が見知っているようで、今の久瀬に手を出そうと思う人間は周りには存在していない。
「さて、と」
「ん? どうしました?」
カーシャは突然足を止める久瀬に釣られるようにその場に立ち止まったが、久瀬はカーシャと目を合わせるなりニヤリと笑っている。
「ウォームアップも終わったし、潰しにいきましょっか」
「潰す、とは……?」
「そんなの決まってるじゃん」
――そのアポカリプスって企業のことだよ。
◆◆◆
「一見何の変哲も無いビルだけど?」
「しかしこの中で、私は何人もの一般人が――」
「もういい。後は自分で調べる」
そう言って久瀬は外壁の金属部分に手を当て、静かに目を閉じた。
「……一体何をやって」
「うるさい! 気が散るから話しかけるな!」
それまでにない強い口調を向けられたカーシャは、先程の戦いを思い出してグッと固く口を噤む。
「……なるほど、なるほど」
久瀬が壁に手を当ててからおよそ十分。全てを理解した久瀬は、壁から手を離してそれまでにない笑みを――歪んだ笑みを浮かべていた。
「これは“天罰”を下しても文句なしのド外道っぷりじゃん」
「一体、何をしていたのです?」
「ん? 知りたい?」
カーシャの問いに対して、久瀬はよく聞いてくれましたと少しばかり自慢げに手のひらにパチパチと電流を走らせる。
「金属部分に電荷を流して、その後流れる様子から中の様子をうかがったんだ」
「えぇっ!? そんなことが出来るんですか!?」
「うん。その間、中の人にとって静電気がかなりバチバチだっただろうけど」
人間には感じ取ることができない微弱な電流をビル全体に流し、文字通り内部をスキャンしてみせた久瀬。更に――
「ネットワークにも入り込んで、少しばかりデータも確認させて貰ったけど……完全に黒って感じ?」
――ビル構内の全ての電子機器の内部情報をも、今の五分間で読み取ってみせたのだという。
「そ、そんなことが出来るんですか!?」
「まっ、量子コンピュータを見立てることさえできればね」
理論上は三千倍以上の処理能力を持つとされる量子コンピュータ。それを彼は一体どこに持っていたというのであろうか。
「それよりもさ」
久瀬はいつの間に体中に電荷を集めていたのであろうか、椎名の時か、それ以上になる電荷をチャージしているせいで周辺の空気が異様なまでに乾燥し、パチパチというよりも身体を通電しているような、一瞬ではない時間の電流が久瀬の周りを流れている。
「これ、今から全部このビルに流し込もうと思うんだけど」
「それって……まさか! でもどうして――」
「どうしても糞もあるか、馬鹿が。悪いことしたら、天罰が下るってだけだ。ただし、規模は十倍じゃ済まないかもしれんが」
そうして今度は明らかに内部にも異常が起こる程の電荷が、ビルの壁を通して流し込まれ始める。
「さて、接地に受け流すなんて甘えた真似をさせるつもりは一切ないから覚悟しろよ……」
ビルの外壁に触れたことにより、ビル内部全ての電荷を掌握した久瀬にとって、この場に更に周囲の電荷を集合させることなど造作も無かった。
「さて、そろそろくるぞ……」
「……はっ!?」
カーシャが上を向くと、そこには黒々とした暗雲がいつの間にか姿を現わし、そしてあの腹に響くようないやな重低音を鳴らし始める。
「死にたくないなら俺の手を握るといいよ」
「は、はい!」
今から起こす規模からして、ビルだけではなくその周囲一帯まで全てに影響を与えるような、大きな電気の流れが発生するという予告でもある。
「さあ、気にくわないけど俺が『雷帝』って呼ばれている理由を、死と引き換えに教えてあげようか」
――天罰が、空より落ちてくる。
「ッ!? きゃああぁっ!」
耳をつんざくような破裂音。地面を揺るがす衝撃。そして目を伏せていなければ視界を奪われかねない程の、禍々しい紫色の輝き。
「紫電ってさ、俺結構好きなんだよね」
一瞬にして、まるで竹を割ったかのようにビルは一つの巨大な雷土によって見事に割れてしまっていた――




