第四章 魔法の粉……? 4話目
「オラオラオラァ!! Sランク様がなぁーに避けてんだよぉ!!」
「電荷に対して“場”の制圧はエグいから戦いにくいったらありゃしないよ」
『首取屋』、椎名鳴深。能力検体名、『重圧』。ランク、A。
久瀬の能力に対して、椎名の能力というものは相性的に非常に悪いと思わしきものだった。
能力というものに対して現時点で判明しているのは、本来の人間の脳の使い方と変異種と呼ばれる人間の脳の使い方では、根本的に異なっているという点である。
普通の人間ならば“生身のまま空を飛ぶ”といった行為に対して「有り得ない」と判断を下すだろう。しかし変異種は「それが出来る」と思い込むことで、適正があればその力を発揮することができる。
そしてそれは同時に「不可能だ」、「無理だ」と思い込んでしまったことで逆にそれが出来なくなる、という弱点も持っている。
そしてこの場合、久瀬が椎名の能力を“勘違い”してしまっていることにより、ひとりでに自縄自縛している状況となっていた。
「重力を操る奴が『動』以外にもいたなんてさぁ!」
「あぁ? 何言ってんだてめえ?」
指定した場所を指さす椎名が人差し指と中指の二本をピッと下に下げれば、そこだけが強大な何かに押しつぶされるかのように巨大な凹みとなって姿を変える。
「ほらほらほらほらぁ! 大人しく跪け! 頭を垂れろ!! 命乞いをしてみろよぉ!?」
「くっ……面倒くさいんだよなぁ」
もし相手が重力を操って攻撃を仕掛けているとなれば、真っ正面から電撃を放ったところで重力にねじ曲げられて地面に接地される。
そして勘違いを加速させているのは、他にも要因があった。
「ははははっ! Sランクってのはどいつもこいつも肩書きだけの腰抜けかぁ!? アタシの力にビビってんじゃねぇぞゴラァ!!」
「一切あの場から動く気配がない……つまりもう既に護身は完成しているってことでいいのかな」
自信過剰な性格と、それに見合った力。何も無い筈のところに、何かが仕掛けているかのように勘ぐってしまう程に、椎名鳴深という女は真っ向から久瀬と戦おうとしていた。
「……あー面倒くせ」
そしていまいち有効打を出せずにいる自分自身に対して、久瀬は更に苛立ちを募らせていた。
「……やめだ、やめ」
「あぁーん? もしかして諦めちまったかぁー?」
それならばトドメを刺さんと今度は久瀬を直接指さし、そのまま死刑執行を下すようにサムズダウンをする構えへと変えていく――
「それじゃあ地獄までの片道切符、逝ってこいやぁあああああ!! ……あぁ?」
椎名の目論見通り、久瀬陣作は電子レベルまで分解されてその場に押しつぶされ――否、それは久瀬陣作を模った電荷の集まりであり、それ自体は久瀬ではなかった。
「……爆弾低気圧とはまるっきり反対だが、そこだけ大気の圧力を文字通り尋常じゃねぇレベルの圧力でぶっ潰す……まあ、重力じゃないならいくらでもやりようはあるって感じ?」
「くっ……種がバレたからって何だってんだよ!?」
「そ、その姿は……」
「あれ? カーシャ? とっくに逃げてたと思ってたんだけど」
カーシャが見たのは、髪の毛同士が反発して逆立つ久瀬の姿だった。全身をうっすらと覆うプラズマのバリアと、そしてこれからが反撃だといわんばかりに右手にまばゆく輝く一つの光が、カーシャの目に捉えられる。
「その光……!」
「さあ、これは一体何でしょう? ……椎名鳴深だっけ? 散々挑発してくれた訳だし、マジでやっちゃっていいよね?」
「っ!? て、テメェ! 上等じゃねぇか! やってやんよぉおおおおおお!!」
大見得を切ってみせた椎名は両手を前に突き出し、空気の圧力を操作して一種の渦を作り出す。
「テメェがプラズマ作るったって、アタシだってできねぇことはねぇんだよぉ!!」
気体の状態方程式。ひたすらに空気を圧縮し、高熱をそこに生み出す。それによって急激に膨れ上がった熱エネルギーはプラズマとなって、久瀬が身に纏うものと同等のものが作り上げられる。
「きゃははははははははははっ!」
「同じものを作るとか中々人を苛立たせるのが得意じゃん……だったらそれをたった一つの電荷で打ち砕かれたらどんな気分よ?」
久瀬はまばゆく輝く電荷を強く握りしめると、更に手の内から漏れ出でる光がより激しくなっていく。
「……荷電粒子砲。理論上での実現だけって感じらしいけど、俺はそれを放つことができる」
「っ、何だと!?」
椎名の額に、一筋の汗が流れ落ちる。
荷電粒子砲。聞いたことがある兵器の名前だ。しかし現実には実現されていない、想像すらできない超破壊力を伴う代物。
「それじゃ、そのしょぼいプラズマとやらでこの一発を止めてみなよ」
久瀬はわざとらしくニッコリと笑い、更に右手の光をより一層まばゆいものへと変えてゆく。それを今から真っ直ぐに放たれるという実感が、椎名の顔色を一瞬で真っ青なものへと変えていく。
「ま、待て! アタシを殺す気か!?」
まさか自分が殺されるとは思ってもいなかったのであろう、椎名はそれまでの横暴さを全て忘れたかのように怯えた姿勢を見せ始める。
しかし久瀬が一切それを認めることなく更に電荷を強く握りしめれば、もはや昼夜が逆転したかのように右手が辺りを照らし始める。
「殺すも何もてめぇ等殺し屋だろ? 最初から俺を殺す気で来たんだろ? だったら――」
――てめぇ等が殺されても文句ないよな?
「ひ、うわぁあああああああああああ!?」
もはや大気圧を操ってのプラズマなど意味を成さないと、椎名はできる限りの降伏の姿勢として、その場に文字通りうずくまって丸まってしまう。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」
久瀬は右手をフワッと広げるように、前方に手のひらを見せつける――
「――それじゃ、バイバーイ」
――エネルギーを十分に与えられた電荷は衝撃波とともに真っ直ぐと飛んでゆき――空遙か遠くへと消えていった。
「……なんてね」
「うっ……うっ……」
そこには自信満々に振る舞っていた椎名鳴深の姿などない。久瀬によって完全に心を折られた一人の女性がその場にうずくまっていた。




