それは親の責任ですから
昨日の投稿の中にあった、
「足り苦しい」という言葉はなんと関西の方言でした!
普通に使っていたのでもうビックリです。
全国区な言葉に修正しました。
「はい。これが今月の分です」
ウェンディはそう言ってオルダンという男に玄関で封筒を手渡した。
家に上げてお茶でも、というような関係ではない。
オルダンは封筒の中身、現金の枚数を確認してこう言う。
「確かに。……なんだか痩せましたね。やはりあの話を受けた方がいいんじゃないですか?女手一つで子どもを育てながら、毎月弁償代金を払っていくのは大変でしょう。ヤコブ様は貴女が自分の元に来るなら、娘さんが壊した美術品の弁償を帳消しにすると仰っているのですよ」
オルダンのその言葉を聞き、ウェンディは半目になって答えた。
「何度同じ事を言わせるんですか?私は妾になる気なんてサラサラありません」
「何度も同じ事を言わされてるんですよ私も。ヤコブ様はしつこいですよ。諦めて贅沢三昧の生活をするのもアリだと思いますがね」
「あいにく贅沢な暮らしをした事がないので興味がないんです。娘がしてしまった事は謝罪した上でこうやって毎月返済しているじゃないですか。これ以上要求するなら、また役所に訴えますよ」
「……一括返済は無理であるから毎月返済するという事は役所が認めた事ですからね。では今月もそうヤコブ様にお伝えしておきます」
「ええそうしてください」
「ではまた来月」と言ってオルダンは去って行った。
彼はウェンディがかつて住んでいた地方都市の大商人ベケスド=ヤコブの第一秘書だ。
四ヶ月前、そのヤコブは慈善活動の一環として食事会を設け、託児所の子ども達を招待した。
その時娘のシュシュがヤコブ邸に飾ってあった美術品の壺を壊してしまったらしいのだ。
当時二歳前であったシュシュが重そうな壺を落として割れるものかと訝しんだが、古くからの託児所の職員とヤコブ家のメイドにシュシュが壺を置いてあった台にぶつかったのが原因だと証言されると何も言えなかった。
子どもを招待するならそんな高級品は片付けておくのが常識なのでは?
とは言わせて頂いたが、娘が壊したのであれば責任を取るのが親の務めだ。
弁償する事になったのは仕方ないにせよ、しかしその金額にウェンディは目を剥いた。
ウェンディの年収の三倍はするというものだったのだ。
とても払える額ではない……
青褪めるウェンディに、その時ヤコブは言った。
「一目見た時から貴女が欲しくなりました。どうです?私のものになるのなら壺は弁償して貰わなくても結構ですよ?」
「……ヤコブ氏は確か既婚者と認識しておりますが……」
ウェンディが眉根を寄せてそう返すと、ヤコブは下卑た笑みを浮かべてウェンディの手を握ってきた。
「ええ。残念ながら妻の座を差し上げるわけにはいきませんが、嫡男は別としてそれに次ぐ席をご用意出来ます。贅の限りを尽くした生活をさせてあげましょう。もちろん、貴女の小さなレディも一緒にね」
ーーキモっ!!
迂遠な言い回しをしているが要するに妾という事ではないか。
「お断りします」
握られた手を払い除けウェンディがそう告げると、ヤコブはどう足掻いても無駄だと言わんばかりの笑みを浮かべる。
そしてウェンディにこう言った。
「じゃあ今すぐ全額耳を揃えて返して貰いましょう」
「っく……!少し考える時間を下さいっ」
そう言ってその場は切り抜けた。
そしてウェンディはその足で当時勤めていた役所の女性上司に相談したのだ。
当時は民事法務課の祐筆をしていた事が幸いした。
そしてその上司の適切なアドバイスの下、ヤコブを公的な話し合いの場に引っ張り出した。
そして幼い子どもを招くという立場であったならば、一歩間違えれば子どもが大怪我をしたかもしれないような環境に配慮をするべきであったとヤコブ側の有責問題も取り上げ、賠償金額は半額にした上で月々分割で支払うという約束を勝ち取ったのであった。
その時のその上司が、ヤコブの息の掛かる者が多いこの街を出た方が良いと王宮での祐筆の働き口を紹介してくれたのだ。
今でもその上司に足を向けて寝られないとウェンディは深く感謝している。
これが今、家計が逼迫している原因である。
代金を半額にし分割にして貰えたといえど、それでも相当な支払い額となる。
加えて今後の為に少しでも貯金はしたい。
だからウェンディは節約の鬼と化している。
食器の洗いものをする時は洗った食器はタライに入れ、水道から細く出した流水でタライの中の食器もある程度洗剤を落としてから流水で仕上げるし、そのタライの水は掃除に使う。
外での仕事以外に家でもそうやってやる事が沢山だが、娘との穏やかな暮らしが守れるならいくらでも頑張れる。
今夜もシュシュを寝かしつけた後、風呂のお湯で洗濯をするウェンディ。
「♪泣いて笑って借金返して~♪」
歌を歌いながら洗濯板でシュシュの可愛いパンツを今日も洗う。
明日は天気が良いそうだから、きっと洗濯物がカラっと乾くだろう。




