第59話 一瞬の信頼(前編)
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クロノ・ケンゴくん……。
ミィミの瞳に映った黒装束の男の手には、ナイフが握られていた。俺は咄嗟に反応する。俺の頸動脈付近を狙った一撃は、かろうじて肩をかすめる程度に済む。血は出たが軽傷だ。
俺はすかさず刀を握った。振り向きざま、黒装束に向かって振るが、回避されてしまい、距離を空けられる。
想定外の奇襲に心臓が脈打っている。
少しでも遅れていたら、首を切られていたところだった。
下手人は森で出会った【暗殺者】だ。
隠遁のスキルを使って、隙をずっと伺っていたらしい。
しかし、失敗に終わった。なのに、黒いフードをすっぽり被った【暗殺者】は笑っているようにみえる。
「なんであんたが俺のフルネームを知っているんだ? ルギアから聞いたのか?」
「わからないんだね。一応、君とは面識があるんだけど」
【暗殺者】は黒いフードを取る。
その素顔を晒されたわけだが、俺には目の前の男が何者かすぐピンとこなかった。黒髪に、黒目。顔の作りも日本人のそれだ。同郷であることは間違いないのに、記憶にない。しかし、どこかで見たことがあった。
「あんた、俺と一緒に召喚された」
この世界に召喚された時、俺の他に3人の勇者が召喚された。1人はサナダ・ミツムネ。さらにショウと名乗る少年。そして最後の1人。他の2人と比べたら、特に存在感もなく、与えられたクラスも目立ったものではなかった。いや、確かそう――。【暗殺者】だったはず。
確か名前は――――。
「思い出せないんだろ。インノシマだよ。インノシマ・ヘイタだ」
「インノシマ……。あんたも帝国側についたのか?」
「クビになったよ。君と一緒さ。今はルギアさんのところに厄介になってる。ところでさ。そろそろ効いてこない?」
「何を言って……」
瞬間、視界が反転する。
全身から力が抜けると、もはや立っておられず、気が付けば地面に倒れていた。呆気に取られていると、インノシマは自分のナイフを、俺の鼻先に突きつけた。
「〈カースペイン〉……。一定時間、動きを止める【暗殺者】のスキルさ。ちなみに毒じゃないから解毒はできないよ。魔法っていうよりも呪いに近い。それ系の状態回復じゃないと復帰は無理じゃないかな。結構万能なんだけど、遅効性でね。だから、効き目があるまで誰も気づかないんだけどさ」
インノシマは淡々と説明する。
そこに割って入ったのは、ミィミだ。
「あるじからはなれて、おっさん!!」
インノシマに迫る。だが――――。
「パダジア!!」
〈旋風刃〉!!
極大の風の剣がミィミの頭上に降りてくる。咄嗟に〈高速回避〉を使ったが、範囲が広い。完全に避けきれず、剣の端に触れただけでミィミは神殿の壁際まで吹き飛ばされてしまった。
「ある、じ……。ごめん……」
だらりと耳と尻尾が垂れ下がる。
意識を失ったミィミに変わって、影が動く。立ち上がったのは、ルギアだ。
ミィミに完全に壊された左腕はもう使い物にならなくなっていた。粉々だ。あれでは回復魔法でも治療できないかもしれない。
なのにルギアは上着を口と残った手で引きちぎり、淡々と左腕の止血する。痛みなど感じていないのか。涼しげな表情を浮かべ、続いて笑みを浮かべた。
「インノシマ、よくやった。まあ、殺せていれば100点満点をつけてやるところだが、お前の実力ではこんなところが関の山だろう」
ルギアは視線をアリエラとメイシーに向ける。
2人の戦いもまたクライマックスを迎えていた。
アリエラは息を切らし、肌には無数の切り傷の痕がある。対照的にメイシーの顔は綺麗なままだ。一太刀も受けておらず、無感情な顔で今も妹のことを見つめている。アリエラの悲痛な叫びも虚しく、メイシーはまたアリエラに剣を打ち込んだ。
「向こうもじきに終わるだろう。インノシマ、早くトドメをさせ」
ルギアの言葉に、インノシマは反応する。ナイフを逆手に取って、倒れた俺に近寄る。
「インノシマ、聞いてくれ。帝国は……」
「戦争しようとしてるんだろ? いいじゃん。ボクの能力が大活躍だ」
「あんた……」
「ずっとこういうのを待っていたんだよね。……ボクさ。人生の9割ぐらい自分の部屋で過ごしてきたんだ。たぶん召喚されなかったら、じいさんになるまで部屋で引きこもってたんじゃないかな。別に外に出るのが怖かったとか、勉強も仕事もしたくなかったってわけじゃない。勉強もパソコンでできるし、仕事もパソコン1つあれば平均的なサラリーマンぐらいの年収はすぐに稼ぐことはできる。じゃあ、なんで出ていかなかったか……。今思えば、あの世界はボクにあってなかったんだよね」
「あって…………なかった……?」
「パズルみたいなものさ。どんなにピースをはめても、あそこでボクのピースがはまるものがなかった。でも、この世界は違う。人を殺しまくれば英雄になれる。ボク、そういう世界を求めてた。初めて人殺しをした時、なんとなく悟っちゃったんだよ」
「やめろ。インノシマ……」
「悪いけどやめないよ。これが今のボクだから。……あ。どうやら向こうも終わるようだね」
ギィンッ!!
強い金属音が広い神殿に反響する。見ると、アリエラの剣がミスリルの岩場に刺さっていた。ついに姉妹対決が決着したらしい。
「アリエラ……」
息を呑む。
俺以上に顔を真っ青にしていたのは、アリエラだった。ここに来るまで徐々にその本質をのぞかせようとしていた少女の顔は、見る影もなく動揺していた。
手元から剣がなくなっても、譫言のように「お姉ちゃん」を繰り返している。だが、その声は他人である俺から見ても届いているように見えない。
メイシーはゆっくりと近づいていく。己を固辞するかのように。それがつまり妹を断罪する時間が迫っていることを意味していた。
『ぐおおお……』
姉妹の決着を遮るように唸ったのはパダジアだった。
それを見て、ルギアが舌打ちする。
「少し体力を使いすぎたか。精霊相手では万全の状態でなくば制御しきれんか」
ルギアは苦悶の表情を浮かべる。その彼と同様に苦闘していたのは、やはりパダジアだ。頭を抱えながら、ついには暴れ始める。強烈な突風が吹き荒れ、俺とインノシマを吹き飛ばす。
「クソッ! ルギアさん、何をしてんすか? 精霊を止めて――――」
インノシマの言葉が途中で止まる。
何故なら、その目の前で俺は〈号雷槍〉を構えていたからだ。
「悪いな、インノシマ」
「やめ――――」
「ギャアアアアアアア!!」






