第56話 特殊モンスター(前編)
ルギア大使と出会った後、俺たちは『風霊の洞窟』に辿り着いた。
入口の見た目は、精霊を祭るための神殿になっているが、中はそうでもなく、地下へと向かって進む狭い通路が延々と続いている。この辺りの岩場はロスローエン鉱山よりも遥かに魔鉱が多く、洞窟の奥から放たれる巨大な魔力に反応して光っていた。おかげでロスローエン鉱山では役に立った光るマテリアルデバイスが必要ないくらいだ。
「…………」
先導するアリエラが時々後ろを振り返る。おそらく追っ手を気にしているのだろう。1度暗殺者に狙われてからは、それから襲撃はない。俺たちがここを探っても、帝国が関与する確たる証拠は見つからないと考えているのか。あるいは襲撃するタイミングを見計らっているのか。今のところ、俺にもわからなかった。
「アリエラ、止まってくれ」
「何? 敵でもいた?」
「いや、そうじゃない。もうすぐ風の精霊がいる祭壇だろ? 万が一ということもある。この辺りで、作戦会議をしたい」
「わかった。聞かせて」
てっきり姉を早く助けたいと言い出すのかと思ったが、思いの外アリエラは素直だった。もしかして暗殺者の襲撃の時、俺たちとうまく連係が取れていなかったことを反省しているのかもしれない。
暗殺者との戦いは総合力ではこっちが上だった。それでも苦戦してしまったのは、俺たちがアリエラときちんと連係ができていなかったからだ。
「十中八九、今の風の精霊は暴走状態にある。まともにやりあえば、100回やって100回負ける相手だ。けど、俺たちはうまく協力すれば、100回に1回は勝てるかもしれない」
「具体的にはどうするの?」
「アリエラ、悪いけど、君のステータスをこの紙に書き下してほしい。俺たちも書くから」
スキル〈鑑定〉でも使わない限り、ステータス画面を他人に見せることはできない。俺たちはひとまず『風霊の洞窟』の前で、筆記タイムに入った。そして俺は差し出されたアリエラのステータスを確認する。
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【名前】 アリエラ・ロン・シエストン
【クラス】 剣士 LV 3
【レア度】 ★★★☆☆
【スキルツリー】 LV 80
[攻撃力] 90%上昇
[素早さ] 90%上昇
[剣技]
気合い斬り 見切り
切り払い 兜斬り
高速移動 凱歌
旋風斬
【主な装備】
[武器] 癒やしの剣
内訳 魔剣
【レア度】 ★★★★☆
【使用推奨レベル】 40以上
【クラス】 聖職者
【主なスキル】 自動回復
状態無効
[防具①] 精霊士の服(旧版)
内訳 マテリアルデバイス
【レア度】 ★★☆☆☆
【使用推奨レベル】 20以上
【クラス】 風水士
【主なスキル】 属性耐性
[防具②] ミスリルバックル
内訳 マテリアルデバイス
【レア度】 ★★★☆☆
【使用推奨レベル】 30以上
【クラス】 聖職者
【主なスキル】 結界(1日1回)
[防具③] 皮のブーツ
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攻撃型に偏りすぎてるクラス【剣士】のアンバランスさを、武器や防具で補っているといったところか。なかなかいいバランスだ。武器に自動回復がついていて、継戦能力も高さそうだな。1対多を意識しているのかもしれない。
アリエラは、王宮では女王の近衛として働いていたらしい。近衛が戦う時は、かなりの緊急時だ。多数を相手する時もある。それでこの装備構成なのだろう。
「いいバランスだと思う。さすがだな」
「……お姉ちゃんが選んでくれたから」
「そうか。優秀だな。アリエラのお姉ちゃんは」
「うん。お姉ちゃんは強い」
ん? 今、笑った?
自分のことじゃなく、姉を褒められると嬉しいのか。相当なお姉ちゃん子だな。でも、それが自己評価を低くしている原因になっている気がする。あまりいい傾向じゃないな。折角アリエラもいいものを持っているのに……。
「ミィミはアリエラもつよいと思うよ」
お! ナイスだ、ミィミ。
俺が言いたいことを言ってくれた。
大人の俺が言うと、説教臭くなりそうだが、子どものミィミなら別だ。
「俺もそう思うぞ」
「2人はお姉ちゃんを知らないから言えるんだよ」
「かもな。でも、今の俺たちにとってはアリエラは強くて、頼もしい仲間だ。だろ?」
「うん。ミィミもアリエラとたたかうのたのしいよ」
『くわー!』
ミィミとミクロが称賛する。
騒ぎ立てる俺たちを見て、アリエラはそっと顔を背けた。
「そんなことはない」
否定してるけど、エルフ特有のとんがり耳が真っ赤だぞ、アリエラ。
満更でもないらしい。どうやら自分が褒められることが、嫌というわけではないようだ。
段々アリエラのことがわかってきた。なるほど。ここは風の精霊と戦う前に、アリエラには少し自信を持ってもらう必要があるな。そもそもあの暗黒騎士と戦ってから様子がおかしい。
「アリエラ、少し寄り道するぞ」
「え? でも、急がないと……」
「【剣士】の[剣技]に〈魔斬剣〉っていうスキルがあってな。それが実体のない敵に有効なんだ」
仮に風の精霊が暴走しているなら、戦闘になる可能性は十分にある。対精霊という点で有効なのは、今のところ俺の魔法だけだ。
「だから、もう少し攻撃手段を増やしておきたいんだよ」
「今からスキルポイントを上げるの? さすがに時間が……」
「その点は大丈夫だ」
俺は口角を上げた。
「とある魔物を召喚する。おそらくここでなら大量にスキルポイントを保有しているレアモンスターが出てくるはずなんだ」
「クロノは召喚もできるの?」
「まあ、見とけって……」
〈収納箱〉から道具を取り出す。
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【名前】 ラームの笛
【レア度】 ★★★★★
【クラス】 獣使い
【使用推奨レベル】 LV 60
【スキル】 特殊魔物呼び
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「ラームの笛? それって珍しいドロップアイテムじゃ。なんでそんなものを」
「昔取った杵柄って奴だ。杵柄っていうより、笛だけどな。構えろよ、ミィミ、アリエラ、そしてミクロ。笛を吹いたらすぐやって来るぞ」
直後、俺は勢いよく笛を吹いた。音は聞こえない。この笛は特別製で、ある魔物の聴覚にしか反応しないようになっているからだ。やがてそれは洞窟全体に地響きを起こしながら、奥からやってきた。






