第55話 帝国の大使
今週末も更新するのでよろしくお願いします。
「あるじ、やった!」
『くわー!』
最後の暗殺者を倒したところで、ミィミとミクロが一緒に飛びついてくる。ミィミは爆炎の煤を被って、随分と汚れていたが見た目ほどダメージは受けていない。ミクロも同様だ。
「よくやったな、ミィミ」
「あるじのおかげ! あるじにオススメされたスキルがやくに立った!」
「頑張って、スキルポイントを増やした甲斐があったな。〈高速回避〉は何気にレアスキルなんだ。使いどころを見極めれば、どんな相手でも完封できるぞ。ただ追尾効果のついたスキルと、束縛系の魔法には気を付けるんだぞ」
「うん。ミィミは無敵!!」
調子に乗ってるな。
でも、モチベーションを上げれば上げるほど、ミィミはハイパフォーマンスを生むタイプだ。このまま気持ちを昂ぶらせて、激戦となるかもしれない『風霊の洞窟』奥の敵とぶつけたい。
「強いのね。驚いた」
アリエラは血の付いた剣を払い、鞘に収めた。その姿に俺は思わず昔の仲間である『剣神』を重ねる。佇まいがそっくりだったのだ。
(気のせいか……?)
俺は自然と手を伸ばす。
もしかしてギフト『おもいだす』が反応するかもしれないと思ったからだ。しかし、俺の行動は冷たい碧眼の瞳に遮られてしまった。
「何?」
「いや、その……。頭でも撫でてやろうかと」
「……いらない。変態」
はっきり言うな。
そ、そりゃあ出会って間もない人間が女の子の頭を突然撫でたりしたら、変質者かもしれないが……。こっちにもこっちの事情があるんだよ。
「すまん。でも、さすがだな。息一つ乱れてない。『剣神』になるために相当な修練を積んだんだな」
「……確かに修練は頑張った。でも、『剣神』になるためじゃない」
「ん? どういうことだ?」
「それより暗殺者はまだ残っているはず」
「おっと。そうだったな」
尋問するために1人生かしておいたんだ。
死ぬよりきつい一撃を与えておいたが、そろそろ口を聞くぐらいはできる頃だろう。
踵を返すと、そこには蹲ったクラス【暗殺者】の刺客がいなくなっていた。代わりに少し離れたところに、見慣れぬ男と一緒に黒装束の刺客が立っている。
見慣れぬ男の歳は、四十後半ぐらいだろうか。焦げ茶色の直毛に、牧師のような黒い長衣。長身で比較的痩せてはいるが、肩幅はガッシリしていて、衣服の向こうの筋肉の塊が透けて見えるような男だった。
燐光すら失せた真っ黒な瞳を向けると、ややエラの張った口を薄く歪めた。
「あんた、何も――――」
「ルギア!!」
それまで淡々としていたアリエラの声に、濃厚な感情が乗る。能面のようだったアリエラの顔に、ありありと怒りの表情を浮かび、暴れ犬のように歯をむき出した。
(ルギア? 確か交渉に当たっていた帝国の大使か?)
貴族と聞いていたが、とてもそうは見えない。服装のせいで牧師にも見えるが、かといって聖職者の雰囲気とはまち違う。むしろ逆だ。清廉な空気の中に、かすかだが血の臭いを感じる。
「妙なところで会いますな、アリエラ殿。メイシー殿は帰還なされたか?」
「白々しい! お姉ちゃんをどうしたの?」
「人を親の仇のように見ないでください。いや、この場合姉の仇ですかな」
「――――ッ!」
「落ち着け、アリエラ! こういう手合いはのせられたら終わりだ」
今にもルギア大使に襲いかかりそうなアリエラを俺は諫める。腐っても相手は帝国貴族だ。パダジア精霊王国の剣士が殺したとなれば、国際問題になりかねない。しかも、今この国はただでさえ政情不安なのだ。軍を差し向けられれば一溜まりもないだろう。
俺はルギア大使ではなく、側にいる【暗殺者】を見つめる。
「そいつはあんたの知り合いか?」
「ええ……。まあ……。主人を守られぬ無能揃いですがね」
ルギア大使は【暗殺者】を睨む。その冷徹な視線に顔を青ざめさせると、【暗殺者】は小さく悲鳴を上げた。逃げようとした瞬間、ルギア大使に顔面を蹴り飛ばされる。5メートルは吹っ飛んだだろう。【暗殺者】は白目を剝いて、気絶した。
「なら他の奴らもそうだな。数人殺してしまったが、何か文句はあるか?」
「何も? この程度、不慮の事故でしょう。ご心配なく。政治的な問題にはしません。弱いこいつらが悪かったというだけですから」
ルギア大使は近くに倒れていた【竜槍士】の腹を蹴り上げる。
物言わぬ死体を無造作に扱うルギアを睨むと、ミィミは言った。
「あるじ、ミィミあいつ嫌い」
「同感だ」
小さな獣人に公然と嫌悪感を剥き出しにされても、ルギア大使は眉1つ動かさない。そもそも【暗殺者】を蹴った時も、死体をいたぶった時ですらこの男は表情を変えない。アリエラも表情に乏しい女の子だが、それとはまた違う、何を考えているかわからない異様さがルギア大使にはあった。
そこに遅れて馬車がやってくる。如何にも外交官が乗るような豪奢な馬車だ。ルギア大使は唯一生き残った【暗殺者】を片手で持ち上げると、そのまま馬車の中に放り込んだ。
「私はこれで……。ああ。そう言えば、あなたのお名前を聞いておりませんでしたな」
「辺境伯閣下に名乗るほどのものじゃないさ」
「そうですか。……アリエラさん、お姉様が見つかることを祈ってますよ」
ルギア大使は口角を上げる。
その表情を見た瞬間、ついにアリエラの堪忍袋の緒が切れた。俺の制止を無視して、一直線にルギア大使に向かって走る。腰の剣を抜き、ついに帝国大使に斬りかかった。
ギンッ!!
アリエラが何か壁にぶつかったように吹き飛ばされる。その彼女の前に立ちはだかったのは、真っ黒な鎧を着た騎士だった。
(あの黒い鎧! もしかしてミツムネ!!)
サナダ・ミツムネ。俺と同時期に召喚された勇者の1人だ。クラスは【暗黒騎士】。追放された俺とは対照的に、皇帝に大層気に入られた元プロファイターである。
以前、剣闘試合であった時、ミツムネも似たような鎧を着ていた。でも、少し背格好が違うような……。そもそもあいつなら俺のことを知っているはずだ。
「そのくらいにしておけ。行くぞ。長居をしすぎた」
ルギア大使と黒い騎士は馬車に乗り込むと、そのまま帝国領の方へと走り去って行く。俺とミィミはそれを見送った。
「あるじ、あいつわるいやつ?」
「ああ。多分な」
まったく見事だ。尻尾を出すどころか、こちらに質問する機会すら与えなかった。会話の端でスマートに自分の立場を見せつけつつ、こちらの知りたい情報を制する。相当なやり手だ。帝国が交渉ごとを任せただけはある。
「アリエラ、大丈夫か?」
俺は未だに尻餅を付いたままのアリエラに手を伸ばす。見たところ、特に怪我らしいところはない。しかし、俺の声にまったく反応していない様子だった。
「アリエラ?」
「何でもない。多分気のせい」
アリエラは立ち上がると、剣を収め馬車に戻っていった。
◆◇◆◇◆ ルギア大使 ◆◇◆◇◆
ルギアを乗せた馬車は一路ルギア辺境伯領に向けて、走っていた。馬車の車輪と馬の蹄が響く中、ルギアは先ほどまでの騒動がなかったかのように片手で書物を読んでいた。
しばらくして気絶していた【暗殺者】が目を覚ます。顔の一部を覆っていたマスクを脱ぐと、およそ暗殺者とは思えない冴えない中年男の顔が現れた。
「やっとお目覚めか」
「ち、違うんです! ルギア大使! ぼ、ぼぼぼぼくは!! 聞いてください!!」
「インノシマくん……。皇帝より捨てられそうになっていた君を拾ったのは、どこの誰かね?」
「……騙好」
「ん?」
「い、いえ! る、ルギア大使です」
「これで何度目だと思っている」
「ま、まだ2回目だろ……」
「何か言ったかね」
「い、いえ!!」
「君たちの世界では、1度や2度ぐらいの失敗は許されるのだろうが、この世界は違う。君も見たろう。死体を……」
「ひっ!」
「命は1つしかないのだ。大事に扱い給え」
「わ、わかりました。……あ。そうだ。大使、1つご報告というか、その……知っているというか」
「なんだね。はっきり言い給え」
インノシマは大きく息を吸い込んだ後、話した。
「僕、あいつのことを知ってます。名前はクロノ。俺と一緒に召喚された勇者です。でも、死んだって聞かされていたんですが……」
「追放された勇者か……。面白い」
手元の本を閉じ、ルギアは酷薄に笑うのだった。






