第53.5話 忍び寄る刺客(後編)
☆★☆★ 第2巻 12月15日発売 ☆★☆★
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「ハズレスキル『おもいだす』で記憶を取り戻した大賢者~現代知識と最強魔法の融合で、異世界を無双する~」の2巻が、12月15日発売です。
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俺たちは馬車を借り、パダジア精霊王国の北――『風霊の洞窟』へと向かった。ティフディリア帝国ほどの領土はないといっても、国は広い。馬車で飛ばしても、『風霊の洞窟』までは4日はかかるらしい。
その間、俺たちは自己紹介がてら、ここまでの経緯を話した。とはいえ、俺が前世で『大賢者』であったことや、ミィミがかつての仲間であることを隠してだ。
他のことは包み隠さず、微妙なところはオブラートに包みつつ、アリエラに話したのだが、返ってきたのは疑い目だった。
「私、もしかして組む相手を間違えた?」
「別にいいだろ? ともに帝国から追われる身だ。仲良くしようぜ」
「そう。なかがいいのが一番!」
『くわー!』
ミィミとミクロが盛り上がる横で、アリエラはため息を吐く。お世辞にも表情が豊かではないぶん、包み隠さないところがアリエラの長所だろう。
「私はお姉ちゃんが助けられればそれでいい」
「アリエラはメイシーのことが、とぉっってもすきなんだね?」
「好きというよりお姉ちゃんだから。私の憧れで目標だから?」
「あこ……がれ…………?」
「お姉ちゃんは完璧なの。料理も洗濯も、ダンスや社交界の作法も。キラキラしてて、みんなの憧れの的」
「え? でも、アリエラもキラキラだよ。とっても髪、きれいだし」
「ありがと。でも、ミィミはお姉ちゃんを知らないからそう言える。私はダメ。料理も洗濯も、ダンスもできない。私は困った時のお姉ちゃんの代用品だから……」
自然とアリエラの視線が下がっていく。まるで贖罪を聞いているようだった。
「剣は? 少しだけだったけど、アリエラの剣は凄かったぞ」
「全然ダメ……。剣もお姉ちゃんの方が強い」
信じがたいな。
アリエラの剣技は1000年前の『剣神』に迫るものだった。仮にアリエラの証言が本当なら、メイシーはその『剣神』を凌ぐほどの腕になる。それは悪いことではないが、初代『剣神』の剣技を知るだけに少しショックだった。
「5年前、先代の『剣神』が亡くなって、次の『剣神』を決めることになった。エルフの中で腕に自信のあるものが集まって、結果私とお姉ちゃんが最後に残った」
「それって凄いことじゃないか。それに5年前だろ。今はどうかわからないんじゃ」
「でも、最後の最後で私はお姉ちゃんに負けた。それがすべて」
アリエラは淡々と結果を告げる。
そこに悔しいとか、無念とか感情的なものはない。かといって、姉の勝利を喜んでいるようにも見えない。表情が乏しいゆえに、ロボットと話してるみたいだ。
「止めて!」
そのアリエラが突然声を上げる。横でミィミもまた耳をピンと立たせ、ミクロがギョロギョロと辺りを窺っていた。俺も手綱を引き、馬車を止める。
(静かだ……)
代わり映えしない、パダジア精霊王国ではありふれた森林風景。
巨大なドンガが岩肌のようにそびえ、広大な森を支配している。
そんな森の中で俺の鼻腔を突いたのは、かすかな血臭、そして殺意だった。
「出てこいよ、いるのはわかってるぞ」
ドンガの影から数名の男たちが現れる。13、14、16……ざっと20名か。おそらく全員が手練れだ。クラスレベルだけなら、俺やミィミを上回っているかもしれない。
「2人ともそこを動かないで」
最初に馬車を下りたのはアリエラだ。が、すぐにふらつく。傷は癒えたが、まだ体力は戻ってないのだろう。何せ昨日まで重傷人だったんだからな。
「俺も手伝う」
「ミィミもそろそろ暴れたい」
『くわー!』
俺たちはアリエラに横に並ぶ。
「あなたたち……」
「そんな顔をするな。結構できるぞ、俺たち」
「来たよ、あるじ! アリエラ!!」
たまらずミィミが飛び出していく。
短い雑草を揺らしながら、ミィミは風のように走る。暗殺者たちの間の距離を、一瞬にして潰してしまった。
「なに!?」
ミィミの驚異的な速度に、暗殺者も肝心のアリエラも息を飲んだ。ミィミは敵の懐に飛び込むと、カウンター気味に男の鼻面に拳を叩き込んだ。男の鼻骨をあっさりへし折り、さらに20メートル近く吹っ飛ぶ。男の意識は飛び、ドンガの根本で気絶した。
暗殺者たちの動きが止まる。
初撃のインパクトは十分だったらしい。
「止まってる場合か、お前ら?」
〈貪亀の呪い〉+全体化
速度を減少させるデバフを暗殺者全員にかける。
動きが鈍ったところをミィミは見逃さず、一瞬にして2人を平らげた。
『くわー!』
ミクロも奮闘中だ。
炎の玉を吐き出すと、動きが鈍くなった暗殺者の1人を火だるまにする。
あっという間に、4人が無力化されてしまった。
「どうだ? 俺たちもなかなかやるだろ?」
「そうね。でも……」
アリエラも動く。
あの流水を纏ったような動きで、男たちの間合いを侵略する。瞬間、刃が閃いた。ほんの刹那であったが、俺の目に映ったアリエラの動きは、戦闘動作というより、舞いや踊りに近い。もはや芸術といってもいいほど、洗練されていた。最小限の動きに加え、敵の動きを先読みする力、斬るというより撫でるといった動作に近い。つまり力感はなく、十分に脱力できているように見えた。
以前、刀は達人が使ってこそ本来の性能を発揮すると俺はいったが、アリエラなら過不足なく100パーセントその性能を発揮させるだろう。
(こりゃ俺も負けてられないな)
頭上で人の気配がしたかと思うと、数名の男たちがドンガから下りてきた。どうやら木の洞の中に隠れていたらしい。その1人が気勢を上げながら俺に迫ってくる。
「クロノ!」
「あるじ!!」
マリエラとミィミの声が重なる。
数の差がなくなったところで油断させておいて、頭上からの奇襲か。
「俺も舐められたな」
俺は頭上の敵に向かって手を掲げる。そこには青く光るミスリルの石があり、まだ真新しい手甲の中で輝いていた。
敵が攻撃するタイミングを見計らい、俺は声を荒らげる。
〈シールドバッシュ!!〉
男は吹き飛ばされる。
一瞬何が起こったかわからず、目を白黒させていた。
「こいつ、後衛系のクラスじゃないのかよ――――って、いねぇ!」
〈シャドウステップ〉!!
「ここだ」
ドンガの幹でできた影の中を移動し、あっさりと男の後ろに付く。
「なっ! 今度は隠匿系のスキルだと……。お前、一体…………」
「悪いが先を急いでいる。観念しろ」
そのまま男の喉笛をかっ切る。
血しぶきを上げながら、男は絶命した。
「な、なんだ、今の?」
「何だっていい! あの魔法使いをや――――っぐは!!」
「私を忘れてない?」
暗殺者を背後から突き刺したのはアリエラだ。そこにさらに飛びかかってきた暗殺者3人を平らげる。結局、アリエラが半分以上倒してしまった。
「強いな、アリエラ」
「これぐらいは序の口」
アリエラは明後日の方を見る。
今度は笠を来たやけに古風な男が3人並んでいた。
「こっちが本命か……。」
明らかに最初に襲いかかってきた暗殺者と雰囲気が違う。
音もなく近づいてくると、一気に間合いを詰めてきた。






