第53話 忍び寄る刺客(前編)
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きっかけはティフディリア帝国からもたらされたミスリルの取引だった。
唐突にティフディリア帝国より大使としてグリズ・ダ・ルギアがやってくると、年間の産出量に相当する量のミスリルを購入したいと言いだした。しかも、あの皇帝フィルミア・ヤ・ティフディリアの親書を手にしてだ。
当初、パダジア精霊王国はこの取引に前向きだったらしい。かなりの大型取引である。是が非でも成立させたい。特に政を行う七長老のほとんどが、賛成していた。対してモルミナ女王陛下は懸念を示した。年間産出量に相当する量となれば、他の国との取引ができなくなる。そうなれば、他国との関係悪化に繋がる恐れがある。また事実上の独占契約は商売上においてもリスクが高い。相手が大国ティフディリア帝国とてだ。
女王の懸念が伝えられてからは、ティフディリア帝国は強引だった。まず今の市場取引価格の1・5倍で買うと言いだし、さらに七長老の懐柔を始めた。結果、王宮は女王派と一部を除く七長老派とで2つに割れた。
話し合いの結果、女王側が勝ち、ティフディリア帝国に断りを入れた。大使グリズ・ダ・ルギアは大人しく引き下がったが、直後から風の精霊との交信ができなくなったらしい。帝国の仕業であることは確かだったが、確たる証拠はない。そもそも政を司る七長老たちはティフディリア帝国を疑うことに消極的だった。
「お姉ちゃ――――私の姉で精霊士のメイシーは風の精霊と直接コンタクトを取るために『風霊の洞窟』に向かった。でも…………」
「未だに戻ってこない」
そこまで説明した時、アリエラの肩が妙に小さく見えた。あの悪漢たちを流水のような動きで倒した少女と同一人物とは思えない。
「そして精霊士がいなくなった間隙を突き、クーデターが起きた。首謀者は七長老だな。女王陛下は無事なのか?」
アリエラは目で頷く。
「無事……だと思う。女王陛下は民のよりどころだからって……」
なるほど。民心を掴んでいる女王陛下を弑逆すれば、翻意する人間も現れるかもしれない。それにクーデター側には女王を討つ大義名分がない。陛下が生かされているのは、そんなところだろう。
「ともかく無事なら良かった」
「あなた、王宮に知り合いがいるって言ってたけど、それって女王陛下?」
「ああ。昔のちょっと……な」
その女王陛下に今パダジア精霊王国で起こっていることを聞こうと思っていたんだが、クーデターとはね。タイミングがいいんだが、悪いんだが……
「私は1度捕まったのだけど、隙を見て逃げてきたの」
「あの悪漢たちは王宮の手のものか」
アリエラは頷く。
王宮の手のものというよりは、おそらく帝国の手のものだな。王宮の人間なら十中八九エルフかドワーフだ。しかし、マリエラを襲ったのは人族と獣族だった。当然下っ端だろうから、そこから帝国との繋がりを辿るのは難しいだろう。
「それでアリエラはどうしたいの? あるじとミィミに何かしてほしいことある?」
ミィミがアリエラの顔を覗き込む。その純粋な眼差しから目を背け、アリエラはベッドの上で膝を寄せる。しばらくして濃い碧眼から涙が流れ出た。
「私はお姉ちゃんに会いたい。お姉ちゃんは私なんかよりもずっとずっと強い。だから、絶対に生きてるはず」
アリエラは声を震わせる。
「わかった。じゃあ、アリエラのお姉ちゃんを探しに『風霊の洞窟』に行こう」
「でも王宮は……? 陛下を見捨てては……?」
「今のところクーデター側が女王を殺す理由はない。それは帝国も同じはずだ。女王を軟禁し、傀儡政権を作った方がコスパはいいからな」
たぶんティフディリア帝国の目的は、ミスリルが豊富なパダジア精霊国を乗っ取ることだ。ラーラの話が真実であれば、ミスリルを集める目的は戦争用の兵器を作ることだろう。
「あなた、随分と怖いことをさらっというのね。あなた、帝国のフィクサー?」
「なんでそんな目で睨まれないといけないんだよ。心配するな。俺はどっちかといえば、精霊王国の味方だ。……それと先にアリエラのお姉さんを助けに行く理由はもう1つある」
「というと?」
「今回の件が帝国の仕業である示す証拠が必要だ。それを突きつけない限り、今王宮に行ったところで捕まるだけだからな。それにアリエラはメイシーを助けるために、危険を顧みず王宮から脱出したんだろ?」
「……うん。あの……、その……、手伝ってくれる、クロノ、それに……」
「ミィミだよ。こっちはミクロ」
『くわー?』
いきなり名前を呼ばれて、涎を垂らしながら寝ていたミクロは寝ぼけ眼を持ち上げる。何が起こっているか1匹わからず、くるくると首を回した。
ミィミはミクロを抱いたままアリエラの手を握る。俺はその上に手を重ねた。
「あの……」
「一緒にメイシーを助けよう」
こうして俺は精霊士メイシーを探すために、『風霊の洞窟』へと向かうのだった。






