第52話 30さいのまほうつかい?
☆★☆★ 第2巻 12月15日発売 ☆★☆★
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「ハズレスキル『おもいだす』で記憶を取り戻した大賢者~現代知識と最強魔法の融合で、異世界を無双する~」の2巻が、12月15日発売です。
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気を失った少女は、何度呼びかけても目を覚ます気配はなかった。
そのまま放置するわけにもいかず、されど身元不明の少女を背負ったまま『翡翠宮』に行くわけにもいかず、結果、俺たちは一旦宿をとることにした。ただ血だらけの少女を宿に運ぶと怪しまれるから、〈収納箱〉の中に隠して受付をやり過ごす。ベッドに寝かせると、俺は回復のスキルと、持っている知識と薬を総動員して、少女の傷を癒やした。
気が付けば空に月が昇っていた。
「なんとか脈が安定してきたな」
少女の手首から手を離す。
血色もよくなってきたし、明日の朝ぐらいに目は覚ますかもしれない。
「あるじ……。おねえちゃん、だいじょうぶ?」
『くわー!』
身内でもないのにミィミとミクロは終始心配そうな顔をして、看病している。
「峠は越えたと思う。お姉ちゃんは助かるよ」
「やった! さすがあるじ!」
『くわー!』
「しー! しー! 宿には俺とミィミ、ミクロしか泊まっていないことになってるんだ。静かにしろよ」
「ご、ごめん。あるじ」
『くわ~』
ひとまず安心したのか。
ミィミとミクロは先に寝床に就いた。今日は歩き通しだったし、ここしばらく馬車移動で野宿だった。久しぶりのふかふかベッドに、ホッと気が緩んだのかもしれない。今日ぐらいはぐっすり寝て欲しい。
だが、この少女が何者かわからない以上、気は抜けない。
「なんせ起きてるからな。そうだろ?」
「気づいていたの?」
ゆっくりと瞼が持ち上がると、綺麗な紺碧の瞳が俺の方を向いた。
大した物だ。あれだけの傷を負って、もう意識を回復させるとは。昼間の剣技といい。並みの鍛え方はしていないだろう。
「迂闊に動くなよ。傷は全部治したけど、完全回復には時間がかかる。傷が開いたら、また重傷人に逆戻りだぞ」
俺の忠告が聞いたのか。少女は起き上がろうとはしなかった。
布団の下で手だけを動かし、身体の傷を確認する。その間、俺は自分が眠る予定だったベッドの横まで椅子を引いた。
「俺はクロノ。……君は?」
「ふく……」
「ふく? それが君の名前か? 随分と古風というか。お婆ちゃんみたいな名前だな」
「私の服、どこ?」
「そっちか! ちゃんとあるよ。傷を縫ったり、治したりするのが邪魔だったんでな」
「あなたが脱がしたの?」
「へ? あ、いや! その……は、半分はみ、ミィミに手伝ってもらって……」
「半分はあなたが脱がしたのね。上? それとも下?」
「ご、ごごご誤解するな。俺はその傷口を見ただけで、そ、そのひっひひ秘部的な……」
「でも、見たのね」
「え……、は、はい……。そうです」
「エッチ……」
「すみません」
反射的に謝ってしまった。俺は一体何をやってるんだ。
少女を助けたまではいいが、その少女にお礼を言われる前に何故か言葉責めにあってる。もしかして、これがお礼とか? 女の子に罵倒されることが、その界隈ではご褒美というしな。いやいや、待て待て。俺には決してそんなフェチはない。あったとしても、なんでこの子が知ってるんだよ!
「それで、下なの? 上なの?」
「まだこの話題を続けるのか!? てか、お前絶対からかってるだろ!」
「だって、あなたをからかうの楽しそうだったから」
第一印象から決めつけないでくれる!?
「だって、あなた童――――」
「いい加減にしろ。なんでそんなことがわかるんだよ」
「昔、出会った人族が言ってた。男は30歳まで童〇だと、魔法使いになるんだって。そういえば、あなたと同じ珍しい黒髪だったわ」
異世界の勇者は、美少女のエルフに何を吹き込んでるんだよ!!
あと、俺は童貞じゃない。
これでも1000年前はそりゃブイブイ言わせてたからな。まあ、この身体になってからは、1度もそんな経験がないことは認めるが……。
それにしても随分と珍妙なゲストを招いたものだ。
おかげでシリアス展開が裸足で逃げ出してしまった。
「こっちは追われている少女を助けて、ハラハラしてたってのに」
「冗談よ。場を和ませようとしただけ」
ありがとよ。おかげで途方もなく妙な空気になったわ。
「いい加減、名前ぐらいが喋ったらどうだ?」
「強引ね。人様をベッドに連れ込んでからナンパなんて」
「お前な~」
「アリエラよ。私の名前」
はあ……。ようやくか。
まだ名前を聞いただけだというのに、なんだかドッと疲れた。
「単刀直入に聞く。君を狙っていたのは誰だ? 見たところ、君――『翡翠宮』の近衛だろ? それとも精霊士か?」
「エルフじゃないのに、随分と詳しいのね」
「そりゃな。『翡翠宮』には何度か行ったことがあるし」
ただし1000年前の話だが。
「そこには知り合いもいる。実はその知り合いに会いに来たんだ」
俺は自分の目的をあっさりと喋った。まずこっちの目的を先に提示しておかないと、アリエラが話してくれないと思ったからだ。こういう手合いは、まず心のガードを下げることから始めないと。
「知り合い? 誰?」
「悪いが、それはまだ言えない。そもそもそ俺のことを忘れている可能性があるしな」
俺が拒否すると、また心のガードを上げられる。まあ、これは予想通りだ。
「じゃあ、質問を変えるぞ。君が狙われていたことと、風の精霊の加護がなくなったことと関係があるのか?」
「――――ッ!」
それまで氷の能面でも被ったかのように無表情だったアリエラが強く反応する。
当たりか。早速、関係者を見つけてしまったらしい。
「どうして知ってるの?」
「そう訊くってことは、パダジアに何かあったんだな」
アリエラは眉宇を動かす。
すると、俺から顔を背けてしまった。構わず俺は話を続ける。
「わかった。これ以上は詮索しない。大体のことはわかったからな」
「何がわかったの?」
「この国が危機的な状況であることをだ。おそらくパダジアの加護が止まったのは、3ヵ月前。しかし、王宮はそれまで抜本的な対策は何1つしてこなかった。それは魔鉱の暴走に対して何もしてこなかったことからも見て取れる。それどころか国民に情報を伏せていた。……何故か。まあ、答えがいくつかあるが、俺の答えは1つだ」
今、パダジア精霊王国の王宮は政を行う状態にない!
「どうだ? 間違ってるか?」
俺の問いに、アリエラは反論も何もしない。ただ顔を背けるだけだったが、手で掴んだシーツがくしゃくしゃになっていた。その反応を見つつ、俺は声のトーンを落として、語りかけた。
「アリエラ、俺は君の味方でも敵でもない。今のところはな。ただこれだけは信じてくれないか。俺はこの国と、この国に住む民の味方だ」
「そんなこと信じられない」
「だいじょうぶ」
アリエラに声をかけたのは、ミィミだ。俺たちの話し声に目を覚ましたのか。それとも元々寝ていなかったのか。ミクロを抱いたまま、真剣な眼差しをアリエラに向けた。
「あるじとミィミはろすろーえんっていうこう山のまじゅうをたおしたんだよ」
「ロスローエン? あそこの鉱山が開放された?」
「それにあるじはていこくの勇者をね……もご、もごごご」
「ミィミ、それぐらいにしようか。子どもはそろそろ寝る時間だよ」
「なんで? ミィミもおねえちゃんとおはなししたいよぉ。だって、気になるもん。どうして男の人は30さいになると、まほう使いになるの? どーてーってなに??」
目をキラッキラッさせながら、俺に質問してくる。
ほら、またミィミが余計な知識をつけたじゃないか。俺はミィミには清らかに育ってほしいと思うのに、なんでこんな知識ばっか吸収しちゃうんだよ。
「ねー。ねー。あるじってば」
「ああもう。明日、明日説明するから。今日はもう……」
「わかった。あなたを信じるわ」
今のミィミとのやりとりを聞いて、何をどういう基準で決めたのか知らないが、アリエラはそう言った。
「ただ話を聞いたら、この国から出て行ってくれる」
直後、冷たく突き放つとアリエラは語り始めた。
「クーデターが起きたの」






