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06 あなたはまるでホットサンドのように



 朝食は、卵とキャベツとベーコンのホットサンド。

 お手製のパンは、外はカリカリ、中はもっちり。ふんわり空気を含んだ卵焼きは、シャキシャキキャベツとベーコンの塩気とのコンビネーションで触感も味付けも200点満点だった。

 私がしあわせに浸っている間に、ケイトはデザートにとチェリーパイも作ってくれたらしい。

 状態保存の魔法をかけてくれたから、食べるときにも出来立てほかほかだ。

 私は本当にいいお嫁さんをもらったなぁ、なんて幸せを噛みしめる。

 完全に男女逆になってるのは、気にしないことにしよう。


「じゃあ、小花ちゃん、行ってくるけど……くれぐれも、怪しい人には気をつけて」


 朝食の片づけが終わったら、玄関でケイトのお見送り。

 ケイトは今、何をするにも先立つものは必要だからと短期の仕事を掛け持ちしてる。

 夜明け前の配達のお仕事は二日に一回。開店準備から昼過ぎにかけて、忙しい時間の食堂には毎日。

 この町にどれだけ滞在するかわからないことは仕事先にも伝えてある。そもそも、いつやめてもあまり周りに影響のない仕事として紹介してもらったそうだ。


「うん、変な人は家にいれないし、昨日言ってたとこらへんは近づかないよ」

「ギー・メランに限らず、だよ。何かあったらすぐ駆けつけるけど、ほんの一瞬で何が起きても不思議じゃないのがこの世界なんだからね」

「わかってるって。“ムシヨケ”もあるから大丈夫」


 腕輪のついた片手の手首を振って示しながら笑ってみせる。

 楽観的すぎるように見えるのか、心配性なケイトは眉をひそめてため息をついた。


「……小花ちゃん、それ絶対意味わかってないでしょ」

「厄介事を寄せつけないってことだよね?」

「まあ、それ自体は合ってるけどね」


 別にいいか、とケイトはそこで話を終わらせてしまった。

 よくはわからないけど、また私の答えは少しずれていたみたいだ。

 訂正されないってことは、そこまで大きく違っているわけでもないのかな?


「……小花ちゃん」


 ケイトは飼い犬を呼ぶみたいに人差し指をくいくいって動かした。

 なんだろう? と促されるままもう一歩ケイトに近づく。

 ふっと笑みをこぼしたケイトは、自然な流れで私の頬に手を添えて。

 ちゅ、と反対側の頬にキスをした。


「いってきます。いい子にしててね」

「――っ!!!?!??」


 ふ、不意打ちだーーー!!! 忠臣蔵だーーーー!!!!

 いってきますのチューなんて、ずっと一緒にいて初めてのこと。

 これも、『オトコノセイリ』とかいうやつなんだろうか。

 聞かされたばかりのケイトの気持ちはとても複雑で、単純な私には少し難しくて。

 でも、キスとかそういう欲求は当然のようにあるんだってわかった。

 恋愛初心者な私のために、待ってくれてるんだってことも。


「これくらいなら、いいでしょ」


 余裕綽々に確認してくるケイトが憎らしい。

 衝撃が大きすぎて、とてもじゃないけど声にならなくて。

 どうにか、小さくこくんとうなずいた。



  * * * *



「心臓に……心臓にわるい……」


 一人きりになった玄関で、私は胸を押さえながらよろよろとうずくまった。

 まだ、ドキドキが収まらない。今熱を計ったら38度くらいあるかもしれない。

 元々ケイトは私に甘々だったけど、今日のケイトは今までと全然違った。

 私にははっきり言わないと伝わらないって気づいたからだろうか。

 言葉にしてくれるのも、さわってくれるのも、キスだってうれしいけど……もうちょっと手加減してほしい。

 こっちは恋愛初心者なんです! 正真正銘、これが初恋なんです!


 ケイトの唇が触れた頬や、ケイトの指でなぞられた手の甲。

 そこかしこに熱が残っているような気がして、妙にそわそわしてしまう。

 こういうとき、世の彼女さんたちはどうしてるんだろう。

 抱きしめられたり頬にキスされただけで心臓がバックンバックンするのに、恋人同士にはまだまだそれ以上のステップがある。

 女子高生だったとき、おすすめコンビニスイーツと同じくらい話題になるのが恋バナだった。

 あんまり興味なかったから全部覚えているわけじゃないけど、男女がどういうことをするか、はもちろん知ってる。

 それを、ケイトと私で当てはめて考えてみようとすると……


「う、うああああああ……っ」


 無理!! 心臓が!! 壊れる!!!

 ものの数秒で限界が来て、キケンな妄想を脳内から追い出す。

 こんなだから、ケイトに子ども扱いされちゃうんだろう。

『オトコノセイリ』には申し訳ないけど、もうちょっと待ってもらう必要がありそうだ。


「よし! 切り替え切り替え!」


 私はわざと声に出して、室内に向き直る。

 ケイトのいない家で、私がやらなきゃいけないことはとても少ない。

 料理、掃除、洗濯。一般的な家事はほぼすべてケイトの魔法で補っている。たまに魔法を使わないときもあるけど、それは趣味みたいなものなんだとか。

 この世界の魔法は個人の魔力を使うもので、ケイトは底なしの魔力を持っているらしい。

 国一つ消し炭にするくらいの魔法を使えば、さすがに一時的に動けなくはなるかもね、なんて笑えない冗談を言っていた。

 そんなことさせるわけにはいかないので、つまりケイトは疲れ知らずってわけだ。

 どれだけ常識を覆すチートっぷりなんだろうと思ったけど、逆にそのくらいのチートじゃないと世界を救う勇者なんて務まらないのかもしれない。


 間借りしているだけの家で畑を作ったり家畜を飼ったりできるわけもなくて、必要なのは花瓶の水替えくらい。

 いくら疲れないっていっても、全部ケイトに任せっきりは申し訳なさすぎる。

 だからって私一人で勝手にやろうとしても、ケイトの仕事を増やしちゃうことになるのは無人島生活のときに嫌というほど思い知った。

 なので、今はケイトに教えてもらいながら家事全般の修行中だ。

 特に料理は早く一人前に作れるようになりたい。

 仕事から帰ってきたケイトをあたたかいご飯で迎え入れてあげたら、きっと喜んでくれるんじゃないかなぁ。


 そんなことを夢想しつつ、ひとりぼっちの部屋で私が取り出したのは、たくさんの小さな布と、針と糸。

 私も少しでも貯金に貢献したい、とケイトに言ったら、花びらの形に切られた布を延々と縫っていく内職を見つけてきてくれた。

 知らない世界でいきなり外で働くのはやめたほうがいい、というケイトの判断だ。あっちの世界でのバイトとはわけが違う。気づかないうちにボロを出さないか心配なんだろう。

 ケイトだって200年ぶりの外の世界は初めましてみたいなもののはずなのに、あっというまに馴染んじゃってるからすごい。

 いろんな国や地域を見て歩いて、この世界を肌で覚えていって、そしたらいつかケイトも外で働くことを許してくれるかな。


 ひとつのことをずっと集中してやり続けるのは、わりと嫌いじゃない

 黙々と縫い続けていたら、気づけばお昼の時間になっていた。

 ちょうどケイトが一番忙しくしている頃だろう。

 見てみたいなぁ、とぼんやり思いながら、ケイトが作り置きしてくれたご飯とデザートを食べる。


 小型の円形のチェリーパイは、フォークを突き刺すとサクッと軽快な音を立てた。

 香ばしい網の隙間から覗くのは、ルビーよりも鮮やかに照り輝く大粒のさくらんぼ。

 大きな一口を頬張れば、口いっぱいに甘酸っぱい果実とバターの香りが広がる。

 今日もケイトは天才だ。明日も、明後日もきっと天才だ。


「しあわせだなぁ……」


 ほんわりと夢見心地でつぶやくと、まったく小花ちゃんは大げさだね、と幻聴が聞こえた気がした。

 それで、少しだけ……ほんわりが薄れてしまった。

 幻聴が幻聴でしかないのは、今ここに、ケイトがいないということだから。

 ちょっと前までだったら、目と前には気の抜けたように笑うケイトがいたはずなのに。


 考えを振り払うように手と口を動かしていたら、あっというまにチェリーパイはお腹に収まってしまった。

 お皿を片づけて内職を再開しても、気持ちはうまく切り替えられなかった。


 島にいたときは、ずっと、ずうっと一緒だった。

 たまにケイトが外に動物を狩りに行く以外は、お散歩も畑仕事も家畜の世話も、なんだって二人でしていた。

 それが当たり前になってしまうくらい、二人っきりで過ごした時間は短くなかったから。

 島を出てから毎日楽しくて、でも少しだけ、時が止まったような穏やかな時間が懐かしくなるときがある。

 さびしい、なんて言っちゃいけない。

 むしろ、恵まれすぎてるくらいケイトは私との時間を作ってくれている。

 一緒に住んでいるってだけでも普通なら充分なはずだ。

 でも……。


「っ!」


 チクリと鋭い痛みが指先に走る。

 器用なわけでもないのに、針仕事中に考え事なんてするからだ。

 小さく盛り上がっていく赤い粒を眺めていたら、ケイトからもらった腕輪からふわりと光が舞った。

 指先を包んだ光が散ると同時に、痛みも傷も一緒に消えてなくなった。

 まるで魔法みたいな光景だ。

 ……うん、正真正銘の魔法でした。


「は、はは……ケイト、ほんと過保護」 


 おもしろくなってきて、思わず笑い声がこぼれた。

 この腕輪は私のために作ってくれた。

 結婚していることを表すアクセサリーだけど、どうせいつもつけてるものならってあれこれと魔法を込めてくれていた。

 何があっても大丈夫なようにって言っていたから、びっくりするほどいろんな効果があるのかもしれない。


 地道にお金を稼いでいるのも私のため。

 万が一不正がバレたりして、追われる身にでもなったら私が危ないから。ケイトだけなら簡単に逃げられるのに。

 周りの人に愛想良く振る舞うのも私のため。

 異世界人の私たち――特に私の不審な言動も少しは大目に見てもらえるように。本当はケイトは誰に嫌われてもかまわないと思ってる。……悲しいけど。


 とってもとっても心配性で、でも、私の意思を否定したりはしない。

 島の外に出たいという希望を、入念に下準備をした上で叶えてくれた。

 ケイトのご飯が食べたいって言ったら、宿じゃなくて一軒家を借りてくれた。

 一人で出かけることだって、すっごく心配するけど止めたりしない。

 私が何をしようとしても大丈夫なように、先回りした結果がこの絶対安全装備の腕輪だ。

 まったく、笑っちゃうんだから。


 ケイトの足かせ上等って気持ちで、この世界に残った。

 住めば都とも言うし、あんまり難しいことは考えないからだいたいのことは我慢できるだろうって思ってた。

 でも、ケイトは私が我慢するまでもなく、雛鳥のための巣作りのように一番いい環境をせっせと整えてしまう。

 私はホットサンドの具みたいに厳重に守られているだけ。

 大事にしてくれるのはうれしいし、ありがたいし、ケイトは本当に頼りになるなぁって誇らしい気持ちにもなる。

 でも、それと同時に、ちょっとだけ思ってしまう。



 ホットサンドのパンのように私を守ろうとするケイトは、まるで。

 私を、逃がさないようにしているみたいだな、って。







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[良い点] 更新ありがとうございます! ケイトのやらかす色々にジタバタ焦る小花ちゃん可愛い♡ 少しずつ恋愛についても成長している様子がうかがえてほっこりします。 ケイト、もうちょっとの辛抱だよ!← …
[良い点] 更新ありがとうございます、楽しみにしていました! 小花ちゃん、やっと気づいてしまったのね‥‥! 流さないようにしてる、じゃなくて確実に逃げ場を断ってるよ‥‥! 2人の幸せな生活が見れてきゅ…
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