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15 記憶・たまごボーロ Ⅰ



 今日の卵料理は3時のおやつにね、と言われました。

 めずらしく、というか初めて、リクエストを聞かれませんでした。

 楽しみにしてて、とケイトは妙に上機嫌で言っていたけど。

 なんだろう。なんとなく、嫌な感じがした。


 もしかしたら、と思う。

 今日で、終わり、なんだろうか。


『君の食べたいもの全部作ってあげるよ』

『……それを食べ終わるまでは、ここにいていい、ってことですか?』

『うん、それまでは面倒見てあげる』


 約束って言うのもおかしいような、奇妙なつながり。

 明確な期限は決めてなかった。ケイトが飽きたらぽいってされるのかも、っていう不安はいつもあった。でも考えても始まらないから、そのときはそのときって思ってた。

 だって私は、ケイトに見捨てられたら、この世界でどう生きていけばいいかなんてわからなかったから。

 甘えていたんだろう。依存していたんだろう。

 のんびりと言えば聞こえのいい、ダラダラとした時間に、いつまでも浸っていた。


 当たり前のことだけど、ケイトに私の面倒を見る義務はない。

 どういうわけだか異世界からやってきてしまった私を、善意で居候させてくれているだけ。

 水やりとか裁縫とか、家事の手伝いはしてるけど、ひとりでなんでもできるケイトの役に立ててる実感は少しもなかった。

 今日で、49日だっけ。

 すごく中途半端だけど、こんなに長い間お世話をしてくれただけでも、いくら感謝してもし足りない。

 正直なところ、ひとりになったらどうすればいいのかなんて何ひとつ考えつかないけど、ケイトに理不尽な責任を追わせ続けるよりはいいのかもしれない。

 好きだから、一緒にいたかった。

 好きだから、こそ、邪魔な存在にはなりたくない。

 笑ってさよなら、できたらいいなぁ。


 って、覚悟を決めていたにも関わらず。

 3時になって、ケイトはいつもと変わらない表情でおやつを持ってきた。


「小花ちゃんの卵好きって、昔から?」


 リビングで席についている私の横に来て、そんなことを尋ねてくる。

 ケイトが手にしているおやつは、見上げているからお皿の底しか見えない。

 最後とは思えない和やかな雰囲気。私の早合点だったのかな。


「たぶん、そう」


 厳密にいつから好きだったかは覚えてない。

 記憶喪失によるものなのか、昔すぎて忘れているのかはわからないけど。

 気づいたときには、すでに卵が大好物だった。


「子どものころは何が好きだった?」

「んー、やっぱりホットケーキかな。オムライスも、プリンも」

「駄菓子とかは食べなかったの?」


 ケイトの質問攻撃に、私はちっちゃいときのことを思い出してふふっと笑った。

 昔っから私は偏食だったんだよね。好きなものばっかり延々と食べてた。

 まったく、家族のことは少しも思い出せないのに、何を食べたかとか何がおいしかったかとか、そういうのは古い記憶まで残ってるんだもんなぁ。

 それは私が食いしん坊だからっていうわけじゃないと思いたい。


「食べたけど、すごく偏ってたなー。私ね、たまごボーロが……」


 好きだったの、と、言葉を続けることはできなかった。


 まるで、ダムが決壊したかのようだった。

 今までほんの少しも思い出せなかった、人の顔、人の名前。

 家族、友人、同級生、大切な人たちと過ごした思い出、日常に埋没するようなささやかな思い出、怒られたこと、ケンカしたこと、褒められたこと、箸の色、隣に座っていたお姉ちゃん、家族と一緒に食べた卵料理の味。

 ものすごい勢いで流れ込んでくる、元の世界にまつわる記憶、記憶、記憶。

 頭がガンガンと痛んで、割れてしまいそう。悲鳴を上げる余裕すらなかった。

 そして。

 忘れていた、この世界に来て一番最初の記憶。


『俺と一緒に死んでくれない?』


 あれは、ケイトの、声。

 私を映す、ホットケーキ色の、瞳。





  ◇ ◆ ◇





 その日の夕ご飯はニラ玉だった。

 ひとりで卵ばっかり食べてたら、ちゃんとお野菜も食べなさいってお姉ちゃんに怒られて。

 ニコニコ見てるだけだったお母さんには容赦なく野菜を山盛りによそわれた。

 お父さんはテレビに夢中になってたら、気づいたときにはビールをお姉ちゃんに奪われていて、しょんぼりしていた。


 お腹いっぱい食べて、自分の部屋に戻って。

 そういえば宿題あった気がするけどやってないなぁ、なんて思いながらも眠気がマックスで。明日学校でやればいいやって投げ出して。

 のそのそとお布団に入った、ら。

 またたきのうちに、世界が変わっていた。


『俺と一緒に死んでくれない?』


 晴れやかな笑顔で、晴れ晴れとした青空をバックに、彼は言った。

 寝ぼけまなこで、じーっと目を合わせる。

 くりっとした茶色の瞳が、きれいな焼色のついたホットケーキに見えた。


『おいしそうだなぁ』


 って、ぼんやり思った。口には出してなかったはず。

 そしたら、目の前の男の人がブッと噴き出した。


『なにそれ。どういう思考回路してんの。俺の言ったこと、聞いてた?』

『おいしいホットケーキを食べるまでは死ねません』


 条件反射的に、ムニャムニャとした声でそう言った。

 だめだ、眠い。ここは素直に寝てしまおう。三大欲求に勝るものなし。

 たとえここが外で、目の前に知らない人がいて、夜だったはずが昼になってて、そもそもお布団に入ったはずが全然違うところにいても。

 たとえ目の前の男の人が、とんでもない発言をぶちかましていたとしても。

 人間誰しも最大の敵は自分自身。自分の眠気には敵わない。


『しょうがないなぁ。ホットケーキね、ホットケーキ』


 知らない男の人の声をBGMに、まぶたは重力に従って落ちていく。

 くすくすと楽しげな笑い声が、耳の裏で木霊していた。





  ◇ ◆ ◇





「思い出した?」


 静かな声で、いっそ優しげな声で、ケイトは問いかけてくる。

 私は呆然としながらも、コクコクとうなずくことしかできない。

 そんな私を見下ろしながら、にっこりと笑う、ケイト。

 今までどおりの笑顔のはずなのに。

 まるで違う人に見えた。


「これで、最後だよ」


 コトン、とテーブルの上に、私の目の前に、それが置かれた。

 お皿いっぱいのたまごボーロ。

 ふわりと広がる卵の香りは、今は私を慰めてくれはしない。


「ケイト……」


 声がかすれた。顔面蒼白になっているかもしれない。

 最後って、ケイトは言った。

 そうなるかもしれない、って予想はしていたけど。

 思い出した記憶を考慮すると、それは私の想定していた最後とは、まったく別のもの。



 私、ケイトに殺されるの?







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