89.ヴィクセル邸②
「コホンッ。済まないなシノノメ殿。うちの娘が失礼を」
ヴィクセルは咳ばらいをする。
「セシリ―……、あ、セシリアのことね。あの子普段はもっと落ち着いた子なの。だからシノノメ君――、あ、シノノメ殿。できれば気を悪くしないでいただくと助かります」
ソフィがセシリアを気遣ってフォローする。言いたいことは分かる。俺だって同じ立場だったら、汗まみれの状態で初対面の人と顔合わせは恥ずかしい。
男の俺だってそう思うのだから年頃の女の子にとっては相当恥ずかしいんだろう。
「いえ、別に気にしてませんよ?」
「あ、ありがとうございますシノノメ殿」
「そうだ、呼び名だけど呼びやすい方でいいよ? 3人とも俺と歳大して変わらないだろうし。俺も呼び捨てさせもらうから」
「お、あんた話が分かるな! じゃー遠慮な――くぶほぁ!!」
ジークの鳩尾に笑顔のソフィが肘がめり込ませていた。ジークはそのまま蹲ってピクピク痙攣している。
む、惨い……。
「ジーク兄さん、私たちは名誉ある王国騎士なのよ? 礼節をわきまえないでどうするの。えっと、改めて自己紹介をさせてください。王国騎士隊9番隊長を務めるソフィ=ジークハートです。
ソフィとお呼びください。わたしも、その、お言葉に甘えてシノノメ君って呼ばせてもらいますね」
「私も改めて自己紹介をさせていただく、王国騎士隊3番隊長を務めるアリゲル=ダッカートです。この度はシノノメ殿には助けられました」
アリゲルが右手を差し出してきたので握手をすると微笑み返してきた。
そう言えば前に逢った時は隊番言ってなかったな。どうやら、この場で一番高い位のようだ。ジークも相当な実力者だが、アリゲルはジークより強いという事になる。
蹲っていたジークが顔を上げる。
「ま、前にも言ったが王国騎士隊7番隊長のジーク=ジークハートだ。よ、宜しくシノノメ」
「にーさんっ」
ソフィがキッとジークを睨みつけた。
「な、なんだよ。本人がいいって言ってるんだからいいじゃねーかよ」
どうやらヒエラルキーは兄より妹の方が上みたいだ。見ていてなんだか居た堪れなくなりジークに右手を差し出す。
「よろしく。ジーク」
「あ、ああ! よろしくシノノメ!」
ジークは鼻を擦りながら笑い、右手を握り返してきた。
ソフィはやれやれと言った顔をしている。
「もー。兄さんったら……」
「ふむ。それにしても戻ってくるのが遅いな。いつもなら稽古着から着替えるのにそんなに時間かからないはずだが」
「そうか? 案外おめかししてたりしてな。なーんて、そんなことはないかセシリアに限って――」
「お、お待たせしました」
「おお、やっときた――――かッ!??」
部屋に入ってきたセシリアの姿を見て俺以外の4人が絶句していた。
先程とは違った可愛らしい服装でセシリアが部屋の入り口で立っていたのだ。
カシャン――!
音のした方へ見ると、紅茶のカップを手にしていたヴィクセルがカップを落としたようだった。
「まぁ、お父様!! 大変、お紅茶が!」
「「「――お、お父様っ!!?」」」
セシリアがヴィクセルの元へと駆け寄り、こぼした紅茶をふき取る。
「お父様、火傷はございませんか!?」
「あ、ああ。だ、大丈夫だ」
「ほっ。よかった。あれ? 皆さんどうされましたか?」
「いや、セシリアその恰好ど――うぼぶぉ!?」
ジークがまた腹を抑えて蹲る。隣に座るソフィがまた肘打ちしたみたいだった。
「今日も可愛いねセシリ―! その服似合うわよ。ね、シノノメ君もそう思うよね?」
「え? うん、可愛いと思うよ」
「あわ! あわわわわ! あ、ありがとうございます!!」
「良かったねセシリ―」
「うんっ!」
照れながら笑顔を見せるセシリア。女の子は誰でも可愛く在りたいってあるんだろう。可愛いと言われて嬉しそうだった。
「乙女心というやつはよく分らん」
隣に座っているアリゲルが腕を組んで呟いていた。
◇
セシリアが戻ってきたところで本題に入る。ヴィクセルは何故俺がここに来たのかの経緯をセシリアに説明していった。
「そ、そんな……。アルバさんが既に死んでいたなんて……。しかも、私に呪いが掛けられている」
事の顛末を聞いたセシリアは絶句する。無理もないだろう。知り合いが死に、知らぬ間に自信に呪いが掛けられている。
突然そんなことを言われても混乱するだけだ。
「ねぇ、セシリー。ここ最近何か変わったことない? 例えば体のどこかに模様が浮かび上がったりとか」
「え、えっと、――あっ!」
突然セシリアが思い出したように声を上げた。どうやら身に覚えがあるような態度だ。
「そういえば、以前にアルバさんから剣を貰ったの。兵士の序列が上がるようにって加護が付加されてるアイテムをくれたわ。その時にできた模様があるんだけど――」
「それだ! セシリアその模様を今すぐに見せなさい!」
「えっ! い、いやよっ!」
「何故だ!」
「だだだだってっ! ……む、胸についているから」
チラッとセシリアが俺を見る。
ヴィクセルはバツが悪いように咳をする。
「すまん。ソフィ、頼む」
「はいはい。セシリーおいで。隣の部屋に行こう」
ソフィ達が部屋から出ていく。暫く待っていると戻ってきた。ソフィの手には先ほどまでなかったロングソードが握られている。
王国騎士が持っているロングソードと違って少し特別な装飾が施されているようだ。
「確かに刻印が浮かび上がっていたわ。しかも最悪なのがコレよ。この剣に装着されているアイテム。王国から盗まれたやつよ」
ソフィが剣に施されている宝石を指さす。その宝石の色はオレンジ色に輝いている。
「『タナトスロード』じゃねぇか!」
「ジーク、知っているのか?」
「ああ、ただこれはどちらかというとサポートアイテムなんだが」
「え? なら問題ないんじゃ?」
「――ただし、諸刃 の能力もついている」
諸刃? 補助付きでリスクありという事なのか?
「ステータス向上のアイテムなんだが、何て説明すればいいかな。そうだな、俺のステータスの力を他の者にそのまま反映させるアイテムと言った方が分かりやすいか。
ここまで聞くと利便性の良いアイテムだと思うが、ただし俺が死ねばこのアイテムを譲渡されていた者も一緒に死ぬ。『道連れ』の呪いが掛かっている」
それを聞いてゾッとした。正に諸刃のアイテムだ。
ガザはアイテムの特性を生かしセシリアの命を保険にかけていたのか。
「え! ちょっとまって! その、あの、もしその人が死んだら私も死んじゃうの!? ち、父上」
「安心しなさいセシリア。その者はシノノメ殿が捕縛し自害も出来ぬよう牢獄している。そして、シノノメ殿がここにいる理由はお前の為なのだ」
セシリアは信じられないと言った表情をしていた。
「シノノメ殿、しかし一体どうやって解除するのですか? 『タナトスロード』の能力は使用者でしか解除できません」
アリゲルは呪いの解除方法に興味があるようだった。封印指定の『キルティ・ブラッド』の呪いを解除した話をしたときに、彼が一番驚いていたの思い出す。
「クイックオープン――。『霊剣・ソツヤハノツルギ』」
空間が弾け刀が右手に出現する。鞘から刀を抜くと半透明の刀身があらわになる。以前ヴィクセルの時に使ったアイテムだ。
アイテムの説明文では肉体を傷つけず、呪いのみを解除すると記載されている。ランクは『 HR 』だが解除不可能と言われた『キルティ・ブラッド』の呪いを解除したのだ。
恐らくだが、セシリアに使われているアイテムも同じランクだと思う。
「こいつで呪いを切り落とす。セシリア、ちょっとじっとしててな」
「え? え?」
瞬時に霊剣で斬り上げる。刀身はセシリアの体をすり抜け甲高い鈴の音が響き渡ると、刻印があった胸の部分から黒い靄となって『霊剣・ソツヤハノツルギ』へと吸い込まれていく。
霧が無くなると同時にソフィが持っていたロングソードが宝石もろとも砕け散った。目的は達成したが、目の前の光景に少し残念だと思ってしまった。
『呪い』だけ解除できれば『タナトスロード』のメリットだけを得られるかと思ったからだ。だが結果は思うようにはいかなかったみたいだ。
「はい終わり。もう大丈夫だよ」
ヴィクセル以外のソフィ達は『タナトスロード』が砕け散った光景に驚いていた。当のセシリアは何が何だか分からない様子だ。
「シノノメ殿、娘の呪いを解除していただき感謝する」
「いえいえ。これで悩みの種は解消されましたね」
「それが呪いを解除するアイテム……。そ、それ見せてもらってもいいですか? というか大会でも思ってたんだけど、シノノメ君の使うアイテムや装備は初めて見る物ばかり。
私、こう見えてもアイテムの知識を全て収めているつもりなんです。だけど、シノノメ君の持つアイテムを見ると自信をなくしてしまいます」
「ああ、俺もそう思うぜ。特殊スキル持ちの武器を使い捨てちまうくらいだしよ」
ジークが言っているのはギリコに使った槍の事かな? あれは投擲アイテムだからなぁ。
ソフィに霊剣を渡し、セシリアを見ると彼女はぼーっとしていた。
「セシリア? 大丈夫か?」
「え? あ、はいっ! 突然の事でビックリしちゃいましたけど、ただ――」
「ただ?」
「あの剣、ソフィ姉ぇから貰った大切なものなんです。だから壊れちゃって悔しいなーって」
セシリアは苦笑する。
「あー、そういえばそんなことがあったな。入隊祝いにやったやつ。確かソフィが契約している精霊の加護がついているんだったよな?」
「うん。アルバさんから貰った加護石を剣に装着すればもっと剣の価値が上がると思ったの。まさかこんなことになるなんてわかんないし。あー、もう私のバカバカバカっ!」
ほう。人為的に加護を付けることができるのか。中々に興味深い話だ。
「しゃーねーな。なんなら俺の精霊の加護を付加して剣をオーダーしてやろうか?」
「えー……ジーク兄ぃの? 確かに炎の精霊は強いけど、ジーク兄ぃから貰うの気持ち悪いからいらない。それに私ソフィ姉ぇと同じ氷属性がいいし」
「ほほう……。俺からプレゼントされるのが気持ち悪いと」
ジークは腕を組みながら目を閉じる。そのこめかみはピクピクしている。
「そうよねー。ジーク兄さんよりセシリーは私の方がいいわよね。いいこいいこ」
「そ、ソフィ姉ぇくるし~」
「でもごめんねセシリー。加護付きの剣を造るにはミスリル鉱石が必要なんだけど、希少石だから直ぐには用意できないの」
「ええ!? あの剣ミスリル鉱石で出来ていたの!?」
「え? マジで?」
何故かジークも驚いている。そんなジークに対してアリゲルはやれやれと言った仕草をしていた。
「ジーク、お前材料を知らないで話を進めていたのか。シノノメ殿にお前の馬鹿さ加減がバレてしまったな」
「ほんとよ、ジーク兄さん騎士隊長の自覚を持ってほしいわ」
「お、お~ま~え~ら~な~」
ジーク達が騒いでいる横で俺は考え事をしていた。呪いを解除しに来たつもりが、間接的にセシリアの大切な剣を破壊してしまった。
このまま帰るのもなんだか後味が悪い。
だったら、よし――。
「セシリア」
「あ、はいっ! なんですか?」
俺は『収納空間』からある物を取り出しセシリアに渡した。
「代わりと言ったらなんだが、それあげるよ」
「これは?」
「鞘から剣を抜いてみ」
セシリアが渡された剣を鞘から抜くと、刀身からダイヤモンドダストが起きる――。
「え……。 え!? えええぇぇぇ!!!」
セシリアの叫び声にジーク達が振り向くと一斉に噴き出した。
それは絶対零度の冷気を纏った剣――。
『ミスリルソード:氷河』だ。しかも特殊スキルが備わっている。
「こ、ここここここれって試合で使っていた剣ですよね!? 」
「ああ」
「これ、く、くれるんですか!?」
「ああ」
「――っ!? あわ! あわわわわ! あわわわわ! ち、父上! 父上!」
セシリアはあわあわしながらヴィクセルに見せる。
「シノノメ殿いいのか? 娘の呪いを解除してもらった上に、こんな業物まで貰ってしまって」
「いいんです」
『ガチャ』スキルを回せば色んな武器手に入るし。
「おいおいおい……。その剣の冷気、ソフィが扱う冷気より強力なんじゃないか?」
ダイヤモンドダストを起こしている刀身を見たジークがポツリと呟く。
「そ、そうね。私の精霊でも同等の力は出せるけど、これ程の冷気を常時維持するのは流石に無理よ」
「因みにそれ特殊スキル持ちだから。試し撃ちでもしてみるか?」
「特殊スキル!? ひゃうぅぅ――」
「きゃー、セシリー大丈夫!? しっかりして!」
セシリアが倒れてしまった。
あ、あれ?
「嬉しすぎて眩暈がしますぅ」
「そりゃそれ程の業物を貰ったら卒倒しちまう気持ちわかるぜ。なぁ、アリゲル」
「ああ。シノノメ殿はまるで歩く宝物庫みたいだ。それに、その武器の特殊スキルもぜひ拝見させてもらいたい。セシリア、行けるか?」
「う、うん! 大丈夫だよアリゲル兄ぃ! 庭の訓練場に行きましょう! シノノメ様! ご教授お願いします!」
「うわっ――」
俺はセシリアに手を引かれて訓練場へと向かった――。




