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88.ヴィクセル邸① ★

 武闘大会から翌日――。あれ程の戦闘があったにも拘わらず死傷者は出なかった。


 王国騎士やギリコたちの活躍のお陰だと思ったがゴンザレスが言うには、竜剣リアレイダーで早々に一掃したのが大きかったとのこと。


 古代竜の死骸は流石に放置はできなかったからしれっと『空間収納』へとしまった。召喚媒介を採取しようとしていたグレゴリーは、死骸が忽然と消えたことに嘆いていた。


 許せ、グレゴリー。


 あの一件でマーメイド祭は中止になるかと思ったがそんなことは無く、つつがなくお祭りは行われることになった。




 王国騎士はもちろんビックマム――、もといボニアギルド長の尽力にもよるが、何よりこの街の人たちの精神のタフ差だ。あんなことが起きてもケロッとしていた。


 この街の住人にとってマーメイドの恩恵は無くてはならないものらしく、安全に漁に出られるのも豊漁なのもマーメイドのお陰だからなのだと。


 むしろマーメイドの怒りを買ってるんじゃないかと思っていたくらいだそうだ。俺がアイルとの話の場を設けたことによりお互いのわだかまりはなくなっていた。


 片づけなければならないことが幾つもあるが、まずはお祭りが無事に行われることにホッとする。この街の住人じゃないとはいえ、『元素の宝玉』については俺にも拘わることだ。


 アイルと街の人間の間に溝が出来なくてよかった――。


 ギルドの大広間で行われた会談が終わると、領主の代理として選ばれた数人の有権者たちは席を外していく。広間に残るは知ったるメンバー。ゴンザレス、リリィ、アイル、ヴィクセル、ビックマム、ウサミ、そしてジーク達だ。


「シノノメ、本当にありがとうですわ」


 微笑むアイルの表情は穏やかだった。先ほどまで思い詰めていた表情だった時とは大違いだ。


 宙に浮かぶシャボン玉に腰掛けているアイルが、胸の高さで手を合わせる仕草をする。その姿は本来の姿に戻っていた。


「あ、そうだ。ねぇ、シノノメ達も一緒にお祭り見て回りませんこと? 私、人族のお祭りに参加するのは初めてですの。いつもは海辺から見ていただけだったから」


「いいわね。私もお祭りに興味があるわ」


「賛成ですっ! さんせいー!」


 リリィとゴンザレスはアイルの提案に食いついた。リリィとアイルの関係はどうなることやらと思っていたが、お互いに巫女としての境遇が同じだからか通じるところがあるのだろう。


 いつのまにか仲良くなっていた。ゴンザレスに関してはただ食い意地が張っているだけだろうが。


「若いってのはいいねぇ。あたしも後30年若ければお嬢ちゃんたちと騒げるのにねぇ」


「え? ギルド長若ければってそんな体形じゃー――」


「あ”? ウサミ、何か言ったかい?」


「ひゃわわわ! な、何も言ってません!」


 ウサミは近くにいたヴィクセルの後ろに隠れてしまった。その体はブルブルと震えている。


「ふむ。ビックマムの名誉のために言っておくが、30年前の彼女はこの街で一番美しい女性だったのだよ。今ではああだがね」


「え”!?」


 マジカ。30年もあれば人は変わるんだな……。


「わははは。ヴィクセル嬉し事言ってくれるねぇ。だが、最後の一言が余計だよ」


「マムは今でも美しいです! ね、マスター?」


 おまっ、ここで俺にその話振る!?


 屈託のない笑顔に俺は愛想笑いを浮かべた。


「お嬢ちゃんはいい子だねぇ。ほら、お小遣いをあげるからこれで好きな物を沢山買ってきな」


「え、いいんですか? わーい、ありがとうございます。マム! えへへ、マスター。私初めてお小遣いを貰いました」


「よかったな」


 ゴンザレスの頭を撫でながらアイルの方へと向く。


「リリィ、悪いがゴンザレス達と先に行っててくれないか? ヴィクセルさんとの約束を先に優先したい。その後でゴンザレスに連絡とって合流するから。アイルもそれでいいよな?」


「あ、そうか。そうだったわね。おじさんの娘さんの呪いの件があったよね。分かったわシノ」


「何の話なのか良くわからないですけど、後で来てくれるなら構いませんですわ」


「シノノメ殿、かたじけない」


 ヴィクセルが深く頭を下げる。


「いえいえ」


「おいおい、ヴィクセルのおっさん。呪いってどういうことだよ?」


 今までずっと隅っこで黙っていたジーク達が近寄ってきた。


「ふむ。私の娘がな、ザリウスの手下によって呪いを掛けられているのだ。各言う私も、『キルティ・ブラッド』の呪いをこの身に受けてな――」


「はぁ!? ちょ、ちょっとヴィクセル大丈夫なの!? 『キルティ・ブラッド』って封印指定のアイテムじゃない!」


「ああ。だが私は今現に生きている。シノノメ殿のお陰でな。私の呪いも彼に解除してもらったのだよ」


 ヴィクセルの話を聞いたジーク達3人はそれぞれ絶句していた。


「解除不可能と言われてる呪いをか!?」


「信じられないわ……」


「ちょっとまってくれ……ヴィクセル殿、今の話だとザリウスを見つけたのか? 奴はどうした」


 驚く3人の中でアリゲルだけは直ぐに冷静さを取り戻し、会話の内容から読み取れる情報を聞き出す。


「死んだよ。盗んだアイテムと共にこの世から消滅した。シノノメ殿の手によってな」


「――!?」


 アリゲルは一瞬驚いたが、直ぐに察したようだった。


「なるほど。シノノメ殿の実力ならば本当のことなのだろう」


 アリゲルは暫く考える仕草をした後、俺の目をまっすぐ見つめてきた。


「シノノメ殿、その要件に我々もお供させていただいても宜しいでしょうか」


「へ? ああ、俺は別に構わないけど――」


 ヴィクセルの方へと視線を送る。俺がどうこうより、当事者のヴィクセルの意見を尊重するべきだろうと思ったからだ。


「シノノメ殿が良ければ私は一向に構いません。彼らもその目で真偽を確かめたいのでしょう。それにどうやら彼らはシノノメ殿に話があるようです」


「わかりました。ではこれから向かいますか。ということだからゴンザレス、後で連絡を入れるからリリィ達と先に行っててくれ」


「はいマスター。じゃー、リリィ、アイル。お祭りに行きましょうっ! れっつらごーですっ!」


 ゴンザレス達を見送った後、俺はヴィクセル達と共にギルドを後にした――。



 ◇



「うおぉ……、凄い豪邸だ」


 招かれた家は豪邸だった。やはり王国騎士隊長という肩書であって住んでいる家は凄い。門をくぐるとメイド服を着た女性が出迎えてくれた。


 客間に通されてすすめられたソファへと座ると、体がゆっくりと沈む。ギルドにあったソファも良かったが、こちらのソファは更に良い物のようだ。

 

 ヴィクセルは従者に一言二言何かを伝えていた。従者はお辞儀をして部屋を出て行くと、入れ違いで別の従者が飲み物を運んでくる。差し出されたティーカップからはいい香りがした。


 何故だか知らんが緊張してきたぞ。慣れない空間にいるせいだろうか。なんだかソワソワする。


「シノノメ殿。今娘を呼ばせに行かせたので、暫くゆっくりくつろいでくだされ」


 紅茶を一口飲みながらこくりと頷く。


「そういえばヴィクセルの家に来たのは何年ぶりかしら?」


「さぁ? 覚えてねぇなー」


 ソフィの問いかけにジークは投げやりに答えている。


「ソフィ達ってヴィクセルさんと付き合い長いのか?」


「ええ。元々我々は、ヴィクセル殿の部下だったのです。当時この家に兵士を呼んでは食事を御馳走してくれてたりしましてね」


「そうそう、食事を御馳走するという名の個人指導だったわよね」


 ソフィが乾いた愛想笑いをする。察するに相当きつかったのだろう。

 

「何を言うか。私はお前たちに素質があると感じ鍛えてたのだ。現にお前たちは名誉ある騎士隊長に上り詰めたではないか」


「ヴィクセルのおっさん、限度ってもんがあるぜ?」


「むぅ――」


 3人の元部下から非難の声が上がり言葉を詰まらせる。ジーク達にとっては有難迷惑だったのかもしれない。


「父上ぇ! おかえりなさい!」


「おお、きたかセシリア」


 セシリアと呼ばれた少女が客間に入ってきた。だがその姿に違和感を覚えた。 ヴィクセルさんの堅物な性格のイメージが強かったためか、きっと娘さんはお淑やかな娘さんなのかなと思っていたからだ。


 だが現れた女の子はアンダーウェアをきたラフな格好で腰には剣を帯刀し、その体は汗で濡れていた。

 サイドテールに結っている髪も汗でしなっている。何か運動でもしていたのだろうか。


「あ、ソフィ姉ぇたち来てたんだ」

挿絵(By みてみん)


「やっほー、セシリー。剣術の稽古中だった?」


 ソフィは片手をあげて左右に振りながら挨拶。セシリーって呼んでいたけど、愛称なんだろうなきっと。


「うん。そだよ。早く私も一人前の騎士に近づきたくて。そうそうジーク兄ぃジーク兄ぃ! 試合見たよー! 相変わらずジーク兄ぃは女の子に目が無いんだねー。くすくす」


「ほっとけ」


「アリゲル兄ぃも相変わらず仏頂面してるねー。ほれほれ、もっと表情を柔らかくしないとモテないよー? うりうりうりうり」


「やふぇりょ(やめろ)」


 なんというか、ヴィクセルさんの娘とは思えないほどに性格が似てないな。


「これ、セシリア。やめなさい。というか武闘大会にお前は観戦しにいってたのか! あれ程行くなと伝えていただろう!?」


「あ、やっばー……。地雷踏んだ。あ、あはははは。だ、だって父上、熟練した戦士の戦いを観察するのも強くなる為の近道でもあるって言ったたではありませんか」


「ぐぬっ……。そうは言ったが――」


 いつの間にか言葉の応戦が始まった。


 どうしたものかとソフィたちを見ると「やれやれ、またか」と言った具合に首を横に軽く振っていた。


「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」


 ソフィがなだめると、セシリアは頬を膨らませながらむくれていた。


「むー。だって父上はいつだってそう。肝心なことはいつも言わないんだもん!」


「それはお前のことを想ってだな――」


「だからって――」


 プンプンと怒るセシリアと初めて目が合った。


 セシリアがいきなり固まったかと思ったら、今度は口をわなわなと大きく開けながら震え始めた。


「あっ、あっ、あっ……――」


 な、なんだ?


「きゃーーーーーーー!!! あ、貴方様はもしかしてもしかしてシノノメ様ですか!?」


「へ?」


「あわっ! あわわわわっ! あわわわわっ! ほ、本物ですよね!? きゃー、どうしましょうどうしましょう! と、とととととととりあえず」


 ものすごい勢いでセシリアが向かい側のテーブルから身を乗り出してきた。


「握手してくださいっ!!!!!」


 両目をつぶりながらビシッと音が聞こえてきそうなくらいに右手を突き出してきた。訳が分からずポカーンとしてしまう。


 とりあえず差し出された手を握る。


「ありがとうございますっ!!!! ありがとうございますっ!!!!」


 物凄い勢いで手を上下に振る。


「セ、セシリア?」


「はうぅ! 夢じゃない!!」


 ヴィクセルは娘の豹変ぶりに困惑しているようだった。初対面の俺でさえ気圧されてるんだから、実の親であるヴィクセルも相当なものだろう。


「父上!!」


「な、なんだ」


「なんでシノノメ様がうちの屋敷にいるのですか!?」


 ズイッとヴィクセルに詰め寄るセシリア。


「あ、ああ。その事なんだが――」


 セシリアの汗がポタポタとテーブルの上に滴り落ちる。それに気づいたセシリアが急に慌て始めた。


「あわっ! あわわわわっ! あわわわわっ! あたし汗まみれじゃない! ごめんなさい少し席外しますぅぅぅ」


 ドタドタと客間からセシリアは出て行ってしまう。


 嵐のような出来事に皆ポカーンとていた――。





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