87.敬礼
皆、真っ二つになった古代竜へと視線が釘付けだった。人智を越えた力を目の当たりにし各々の反応が返ってくる。
「ぅ……ぉぉ……。俺、あいつと戦ってよく生きてたな……」
「……黒い閃光。……まさかエルグ山の……」
「あっぶねぇ……、あいつと決勝当たらなくて良かったぜ。どう見ても殲滅スキルだろ、あれ……」
周りから色々言われているが、まぁ良しとしよう。
ゴンザレス達の元へと戻ると出迎えてくれた。
「マスター! お疲れ様です!」
「ああ。3人とも無事だな」
「シノ―っ!」
「リリィ――っうお!?」
リリィに思いっきり抱き着かれた。だがその顔はちょっと泣きそうな感じだ。
「シノッ、体に異常はない!? 大丈夫!?」
「あ、ああ。大丈夫だよ」
リリィには竜剣のリスクを説明している。恐らく竜剣2本使用でのドラゴンインストールの事で心配したのだろう。俺は安心させるため頭を撫でるとリリィは顔をふにゃりと崩した。
「心配させて悪かったな」
「ほ、ほんとよ。もうっ。シノがいなくなったら、わ、わたし」
しおらしいリリィの姿に自然と笑みが浮かぶ。
そのまま暫く頭を撫でてやると、リリィが顔をうずめてきた。
「うー」
「あっ! あっ! リリィずるいですっ! マスターっ! わたしもっ! わたしもっ!」
隣でゴンザレスが両手を広げてぴょんぴょん跳ねる。俺は苦笑してゴンザレスの頭を撫でてやると、耳と尻尾がぴょこぴょこ動く。
足もとにはニャーバンクルが大人しく座っている。
「ナー」
後でこいつにも魚でも買ってやるか。
「シノノメ殿ぉぉぉ!!」
振り向くとヴィクセルが全速力で此方に走ってくる。遅れて騎士兵士たちもその後ろに整列していく。そしてジーク達もヴィクセルの横に整列する。
一体何事かと思いちょっとビックリする。リリィも流石に大勢に見られているのが恥ずかしくなったのか、俺から離れた。
「この度は我が王国騎士に助力していただき感謝いたします」
「まぁ、目的は同じだったし。別に構いませんよ。それと、後で娘さんの呪いも解除しに行きますんで」
まだヴィクセルの娘の呪いは解除していない。この件が落ち着いたら会いに行こう。
そう伝えるとヴィクセルは穏やかに笑う。
「本当にシノノメ殿には世話になってばかりですな。今の我々にはこれしかできませんが――……、王国騎士隊、抜刀!! シノノメ殿に、敬礼ッ!!」
整列していた騎士隊が一斉に抜刀し、胸の高さまで持ち上げ剣を突き立てる。その光景は圧巻だった。王国式の礼で自分の為に剣を掲げてくれているのだ。
皆、笑っていた。離れた所にいるギリコたちも腕を組みながら笑っている。
なんだかこそばゆい気持ちになり、俺も自然と笑っていた。
「我々はこれから被害状況の確認と後始末をしなければなりません。シノノメ殿には本来の目的がまだあるのでございましょう」
ヴィクセルがアイルへと視線を送る。アイルは俺たちの視線に気づき、此方に近づいてくる。
「後日、またこちらからご挨拶に伺います。このご恩は必ず。では我々はこれにて」
騎士隊達がその場から離れていく。
俺はそれを見届け、アイルへと歩き出した。
「――シノノメ」
「あー、なんだ、その……今回の事は残念だったな……」
アイルになんて言葉を掛ければいいのか、俺は気の利いた言葉は持ち合わせてなかった。実の父親がマーメイドの秘宝を略奪しようとしたのだ。
娘であるアイルにとってはやるせない気持ちな筈だ。だが、アイルは俺の心情を悟ったのか微笑み返してくれた。
「ありがとう、シノノメ。でも大丈夫ですわ。本来、この催しは私どもが人族に提案したこと。私どもの我がままに付き合ってもらったのです。
強いて言うなら、人族に迷惑を掛けてしまったことが気がかりです。本当に、申し訳ないことをしてしまったわ」
あくまで自分たちに非があると話すアイル。どこまで優しいだろうと俺は思った。
「大丈夫じゃないかな。この街の人間はお祭りごと好きみたいだし、滅茶苦茶にしたのは同じ人間だしな。逆に街の連中がマーメイド族に迷惑かけたって思っている筈さ」
「ふふ、優しいのねシノノメは」
アイルはくすりと笑った。
「優しくはないさ。俺はひどい男だよ。本当はさ、君たちが守護している宝玉について聞きたいが為にこの大会に出場したんだ」
大会の優勝者はマーメイドの姫君の婿となれる。それを俺は己が目的の為にぶち壊そうとしたのだ。
結果的にモルセルの暴走によってうやむやになってしまったが、本来ならアイルにとっての旦那を決める大会。優勝者は無し。アイルにとっては何の益もない。
アイルは黙って聞いている。だがその表情は怒ってはいなかった。
「いいのですわ。本来であらば気に入った殿方と共にする。今回の催しは、次世代の巫女を……宝玉の為により強い巫女を作るために行われたもの。私個人の意見など関係ないのですわ。
でも、結果的に『神の使い』のあなたが現れ、宝玉を託すことができる。これで、私も巫女の立場から解放されて自由に恋愛ができますわ」
「アイル様!? 何を言うのです! 貴方様はまだ巫女。次世代の巫女を育てる為により良い殿方と添い遂げてもらわなければ困ります!」
アイルの半歩後ろに控えていた従者らしき女性がガーっと咆える。
「あらセラ、いるじゃないここに。強い男が。ねー、シノノメ」
「なるほど! でしたら私は何も申し上げません」
いっ!?
アイルがすっと体を寄せてきた。その顔はいたずらっぽく笑っていた。
「だ、だめー!! シノは私たちのよッ! そんなの絶対に許さないんだからっ!!」
「そ、そうですよ! マスターは渡しませんっ!」
今まで黙って聞いていたりりィ達があたふたと俺とアイルの間に割って入ってきて、俺は引っ張り出された。ゴンザレスとリリィに抱きかかえられる形で。4つのふくよかな胸が当たる。
「うふふ。冗談ですわ。貴方たちのさっきの仲睦まじい姿をみたら、分かりますもの。でも、一晩だけシノノメを借りてもいいかしら? ね、シノノメ?」
「絶対だめー!!」
ぷんぷん怒るリリィを尻目に、アイルは笑っていた。
「あははっ。シノノメ、本当に慕われているのですわね。ところで貴方エルフ族の巫女でしょ?」
「そ、そうよ。といっても、巫女になる予定だった――だけど……」
「そうなの? そっか、なら宝玉の事については?」
「あんまり……詳しくないわ」
「なるほど。だからシノノメはさっき宝玉について聞きたいって言ってたのですわね。同じ巫女なら当然知っていることですのに」
「わ、悪かったわね」
確かにリリィが母親から受け継いでいたら、宝玉について知っていたかもしれない。だけど、そうだった場合リリィとぺスパで出会う事はなかったかもれしない。
差異はあれど、もしかしたらぺスバでなくてアムールに最初に来ていたらアイルと共にする未来もあったかもしれないと思ってしまった。
アイルが右手を掲げると古代竜の死骸から青く輝く宝玉が出現し、その手の上へと浮遊していた。
「この世界は4つのマナで満ちているの。『火』『水』『風』『土』の4つの属性ですわね。『元素の宝玉』とは今言った4つの属性を世界に満たしている源泉って言った方が分かりやすいかしら?
その4つのマナがあるこそ私たち、いえ……生きる者全てがこの自然の恩恵を受けられているのですわ」
なるほど。その4つのマナでこの世界のバランスが保たれているわけか。
「それがアイルが言う『神の使い』とどういう関係があるんだ?」
「宝玉は時間と共に負のマナが蓄積されていくの。『神の使い』とは宝玉を浄化する者――。私たち巫女は強すぎる宝玉のマナを抑制し、世界のバランスを保つ者――。
私たち巫女が宝玉を抑えられなくなった時、天よりの現れる『神の使い』に返還し、新たな宝玉を授かると伝えられているわ。
エルフの貴方も先代から聞いていないかしら? 巫女はその強すぎる力を受けて寿命が極端に短いって」
「ええ。お母さまからそれぐらいは。それが巫女の宿命だって」
「そうですわね。宿命……。でも、私の代で宝玉を返還する時がくるとは思いもしませんでしたわ。さぁ、シノノメ。我が一族が守護してきた宝玉をお受け取りください――」
俺はアイルに言われるまま左手を差し出すと宝玉は俺の掌に浮遊し、輝きと共に俺の体の中へと消えていった。痛みと共に中指に青いルーンの文字が浮かび上がる。
それはラファーガルの時と同じだった。恐らくだが、ステータスも更新されているのだろう。
「ありがとうアイル。大体の事情は分かった。あと一つ聞きたいんだが、ウェイバーと言う男の名を聞いたことはないか?」
ガチャで見た真実の一部分――。アイルが言う通り俺が『神の使い』という言葉をそのまま言い換えるなら、俺を召喚したと思われるウェイバーは神という事になる。
そうだった場合、この世界で探すのは不可能ではないかと俺は思った。もし、アイルの知識の中でその名を知っていれば確実となる。
「ごめんなさいシノノメ。知らないわ。それと、巫女としての役割で伝えられているのは今話したことくらいしか聞いていないの」
アイルは苦笑する。
どうやら当てが外れてしまったようだった。だが、少しはこの状況は進展したといえよう。アイルの言う通りになぞえるなら、残りの『元素の宝玉』を集めることが俺の目的になりそうだ。
ウェイバーの意思通りに動いていることに釈然としないが、情報がない時点で俺に成す術はない。
その先――、4つ集めた時どうなるかは分からないが。
「マスター……」
ゴンザレスが心配そうに見上げてきた。どうやら難しい顔をしていたらしい。なるべく不安を抱かせないように優しく頭を撫でるとゴンザレスはくすぐったそうな表情をした。
「ところでシノノメは……まだこの街に滞在するのですか?」
「ああ、もう少しいるよ。まだやることがあるからな。それと、今回の件で人間とマーメイドの橋渡し役が必要だろ?」
そう答えるとアイルの顔がぱぁっと輝いた。
「ありがとう。シノノメ!」
突然、アイルが抱き着いてきた。
「あ、あんた何どさくさに抱き着いてるのよー! はーなーれーなーさーいー!」
「少しぐらいいいじゃないですの。ケチンボなエルフですわね」
「なっ! 誰がケチンボですってー!」
引きはがそうとするリリィに抵抗する形でアイルの腕が首に回る。
く、くるじい……。
「わー!! 二人とも落ち着いてくださいー! マスターの顔が真っ青ですっ!」
「し、シノノメごめんなさい!!」
「きゃー! ごめんシノー!」
ははは、先が思いやられるがとりあえず、皆が無事で良かったと俺は思うのだった――。
――アイルside――
黒い閃光が古代竜を両断していく――。
天をも貫く巨大な竜が崩れ落ちていく中、私は心の中でつぶやいた。
ごめんなさい、――と。マーメイドの宿命に一人の人間の人生を狂わせてしまったことに。そしてその不始末を彼に背負わせてしまったことに。
かつて父だった者に私は目を閉じる――。安らかに眠ってくださいと。そう私は心の中で呟いた――。
――周りから歓声が沸き起こる。
私は顔をあげ彼を見つめる。その背中は私には大きく見えた。何もかも背負ってくれるような、そんな逞しさを感じてしまったのだ。
胸の奥が熱くなってくる。ドキドキする鼓動。彼の姿を見ていると抱きつきたくなる気持ち。今迄感じたことのないその感情に私は気づく。
――ああ、私は彼に恋をしてしまったようだ。
胸に手を当てる。
私は人族に許されないことをしてしまった。だけど、彼は――『お前は悪くない。今日までよく頑張ったな』と。そう言ってくれた。
その言葉だけでも私は報われた気がしたのだ。
皆、彼の元へと集まっていく。私も彼の元へと向かおうとした時、その中で彼に抱きつく二人の女性があった。私を助けてくれた人だった。
男女の仲のような仲睦まじい姿を目にした私は脚を止める――。
彼女たちの恋する表情に私は気づいた。そんな彼女たちが何故彼をこの大会に出場することを許したのか。そう考えた時、私は理解した。彼は『神の使い』。『元素の宝玉』を探すのは必須。ならば、宝玉を守護している種族に接触する機会の場であったはずだ。
己が使命の為に彼はここにいる。彼は私を求めているのでは無いと気づいた時、胸が締め付けられる思いに駆られた。
恐らく、金髪の子は『風の玉』を守護しているエルフ族だろう。銀髪の子は分からないが、特殊な力を備えているようだった。
近くに居たから分かる。彼女の能力はこの世界とは異質のモノ。『神の使い』と関係があるのではないかと思ったのだ。
3人の睦まじい姿に、私が入る余地はないと思ってしまった。
それに私はマーメイド。彼に付いて行くことはできない。
目を閉じる――。
私は私情を捨て、巫女としての役割を果たそう。そう自分に言い聞かせ、彼の元へと向かった――。




