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82.モルセルの暴走


『さぁさぁ、試合は終盤へと差し掛かってきました! 白熱した試合で会場は熱気で溢れています! これ程までに熱い戦いを私は知りません!』


 実況者であるウサミは興奮冷めやまないまま捲し立てていた。気持ちは分かる。強者たちが持てる全てをぶつけて挑んでいるのだ。

 己の能力がどこまで通用するのか。または勝ち続けることで自身の名を世界へ知らしめることができる。マーメイドの婿探しとはいえ、最強の男を決める戦いなのだ。男なら誰もが一度は夢見ることだろう。


 本来の目的を抜きにしても、自分の戦いを見て熱狂してくれる観客たちの歓声は心にくるモノがあった。


『マスター? どうしましたか?』


「ああ、いや。なんでもない」


 余韻に浸っていたとは恥ずかしくて言えなかった。

 転送されるのを待っていると、スクリーンにモルセルの顔が映し出された。


『実に素晴らしい試合だった。この目で古代種を拝める日が来るとは思わなかったぞ。流石、ボニアギルド長の推薦者だな』


 突然の出来事に面を食らってしまう。一選手である俺にわざわざ話しかけてきたのだ。何かあるのだろうか。声色とは裏腹にスクリーン越しに見るモルセルの目は笑っていなかった。モルセルの異様な雰囲気に皆黙って見ていた。


『君の力は恐らくこの場で一番――、いや、この国で最強と言っていいだろう。ミドスやそこの王国騎士隊長よりもな』


 モルセルの声に反応するようにミドスやジークハートの顔が映し出され、ジークハートは怪訝な顔をしてモルセルへと向く。ミドスは瞼を閉じたまま微動だにしていない。


『ミドスは私の一介の私兵だが、例え王国騎士隊長が相手だろうと引けを取らぬ。だが困ったことが起きてしまった。ミドスでは君には勝てまい。ならばこうするしか・・・・・・なかろう?』 


『マスター!! その場から離れてください!! 結界が変質しています!!』


 ゴンザレスの叫び声が聞こえた瞬間、俺の周りに六面体のガラスの様なものが現れ閉じ込められてしまった。会場を覆っていた結界が無くなり、代わりに俺の周りへと展開された。


「なっ……!?」


『君を封印させてもらった。目的遂行の為には君の存在が邪魔なのだ。大人しくそこで眺めているがいい』


 モルセルの合図に貴賓席を護衛していた兵士たちがアイルへと剣を突き付ける。アイルの傍に居たもう一人の女性が庇う様に前に出てきた。


『アイル様!! お下がりください!!』


『これはどういうことなのです!? モルセル卿!』


『くくく……。あーっはっはっは! 私がわざわざマーメイド族繁栄の為にこんな大掛かりな事をすると思っていたか? 全てはお前が持つ『元素の宝玉』を手に入れる為だ』


 俺はモルセルの言葉に驚いた。


 『元素の宝玉』を知っているだと!? まさかウェーバーと繋がりがあるのか!?


『どうして宝玉の事を知っているのかって顔だな。なに、簡単な事だ。お前の母親から聞いたのだ。絶大な力を秘めた宝玉――。マーメイドの秘宝の事をな』


『な、なんですって……。まさか……』


『ああ、そうだ。そのまさかだ。――私はお前の父親・・・・・だ』


 モルセルの衝撃の告白に驚いた。 


『そんな。だって記憶は……』


『ふん。記憶操作の魔法など初めから掛けられると分かっているなら、対策はいくらでもある。私はお前の母親と出会った時、マーメイドの事に付いて聞いたのだ。どうせ記憶を消すのだから問題ないと思ったのだろう。だが詰めが甘かったな。マーメイドの秘宝――。それさえ手に入れれば私の術式は完成する。私は永遠の命を得られる。くはははは』


『そんないけませんわ! あなたでは宝玉の力を制御することはできません! それに、今の宝玉は――きゃっ』


 囲っていた兵士によってアイルが取り押さえられる。もう一人の女性も羽交い絞めにされている。


『ふん。哀れだなマーメイド・アイルよ。先の演説では顔も知らぬ父を愛していると申しておったが、その父親に裏切られるのだからな』


 モルセルがアイルの胸元へと手を伸ばす先には、青い燐光を放っているペンダント。どうやらアレがもう一つの『元素の宝玉』みたいだった。モルセルがペンダントを引きちぎる。


『きゃっ!』


『ははははっ! ついに手に入れたぞ! マーメイドの秘宝を!! 長かった、長かったぞ! さぁ、我が兵士たちよ祝杯といこうじゃないか! この場にいる者たちの血でな! 皆殺しにしろ! 宝玉の力を受けとれぇい!!』


 高らかに笑うモルセルの体から黒いオーラが発生し、闘技場全体を突き抜けていく。その時だ。会場のあちらこちらから悲鳴が沸き起こった。観客席に突如として人型の魔物が現れた。いや、現れたというのは語弊か。警備に当たっていたモルセルの私設兵たちが異形の魔物へと変化していく。体の色が変色し、目の色が変わる。体からは骨のような棘が突き伸びていく様は嫌悪感を覚える。その数はざっと見渡しただけでも100以上はいる。


 観客席が混乱する中、闘技場に炎の軌跡が奔る。魔物と化した兵士の首が飛んでいった。

 紅蓮の炎を身に纏い疾走するその姿はジークハートだった。


 ジークハートに呼応化のように別の場所では稲妻の閃光と氷塊が。そこには試合前にジークハートと共にいたアリゲルとソフィが剣を抜いていた。


「王国騎士10番隊、突入!! 市民を守り、魔物と化した兵士を排除せよッ!!」


 ヴィクセルの声と共に騎士たちが続々と闘技場に集まり、魔物へと突撃していく。魔物は一般市民から騎士たちへと標的を変えたのか、乱戦が巻き起こった。


「シノー!」


 声の方へ振り向くとリリィ達が駆け寄ってきたところだった。



 ◇



 大勢の一般市民たちはこの場から生き延びようと必死に逃げる。だが無情にも逃げ切れない者もいる。魔物の数が多すぎるのだ。王国騎士隊が突入してきても全ての魔物に対応しきれていないのが現状だった。


 小さな男の子が人波に押され転んでしまう。その近くには魔物と化した兵士が気づき、剣で串刺しにしようとした瞬間魔物が吹き飛んでいった。


 蒼い鈍色を放つガントレットを装備したギリコだった。医務室から目を覚ましたギリコは試合の行く先を見届けようと観客席へと来ていたのだ。


「坊主、大丈夫か」


「う、うん。ありがとうおじさん」


「俺はまだおじさんって年齢じゃねぇ」


 ギリコが子供を起こした時に父親らしき男が現れ、お礼を言った後に子供を連れてその場から急いで離れていった。ギリコは吹き飛ばした魔物へと振り向く。


(レイジングアックス無しで行けるか。――いや、やるしかねぇだろ)


「なぁ、『ザルバ―』! ――スキル『ブリザイン』!!」


 ガントレットが冷気を纏う。己の肉体に活を入れギリコは起き上がった魔物へと突進していく。


 振りぬかれる剣をガントレットで受け止める。そのまま力任せに吹き飛ばそうとするが、魔物と化してステータスが上がっている私設兵を吹き飛ばせないでいた。


 ギリコのLvは決して低くはない。パワータイプのギリコの力を以てしても逆に押し込まれる形になる。


「くそがぁぁ!」


 ギリコが叫んだその時、魔物の頭部に矢が撃ち込まれる。相手の力が緩んだ瞬間、ギリコはそのまま力任せに振り払い追撃で地面に叩きつけ頭部を打ち砕いた。


 矢を飛んできた方へ振り向くと、そこには可愛らしい笑顔の少年シュリがいた。


「おじさん、僕が援護するから遠慮なく突進していっていいよ」

 

 ギリコはシュリを見つめる。トーナメント戦まで勝ち抜いてきた猛者だ。これ程迄心強い援護は無いと思った。


「ふん、だから俺はおじさんって呼ばれる年齢じゃねぇ」 

 

 そう言いながらもギリコの口元は笑っていた。



 ◇



 別の場所ではパドスの槍が猛威を振るっていた。先ほどまでミドスとの戦いで見せた比ではない。エドガーの肉体強化の魔法によって肉体の限界までの能力を発揮していたのだ。


 更にその槍には紅蓮の炎が立ち昇っている。エドガーの付加魔法エンチャントによって攻撃力も上がっていた。振り抜く槍の軌跡に炎が巻き起こるその姿は炎蛇を連想させられる。


「肉体強化の魔法って凄いなぁ。ここまで体が動くなんて。自分の体が羽のように軽い」

 

「そうだろう、そうだろう。魔法は万能だが、リスクもある。マナが枯渇してしまっては術者は唯の一般人と大して変わらない。という事で、私の事も頼むよパドス君!」


 エドガーはそう言いながらも爆炎魔法を唱え、舞台近くにいた魔物を吹き飛ばしていく。いくつもの爆炎が立ち昇る。マナが尽きるまでエドガーは魔法を唱え続ける。


「ええ、任せてください。お互い生き延びましょう」


「ああ、そうだな。生き延びたら一杯奢ろう」


「それは楽しみですね」 


 パドスとエドガーは互いに笑いあい、魔物へと挑んでいく。



 ◇



 騎士隊達が連携を組み戦う最中、単騎で魔物を屠る者がいた。紅蓮の炎を纏いし者。王国騎士隊7番隊長・ジーク=ジークハート。


「オラオラ! 雑魚共が調子に乗るんじゃねぇ!!」


「ちょっと兄さん! 一人で突っ込まないでよ! まだ民間人が残っているのよ! まずは守りながら避難させるのが優先でしょう!」


 ソフィとアリゲルがジークの元へと駆け寄ってきた。


「そんなもん、ヴィクセルのおっさんの隊に任せればいいじゃねぇか」


「ああ。確かにさっさと魔物を始末したほうが被害は最小限に済む場合もあるな」


 二人の言葉にソフィは頭を痛めた。


「これだから戦闘バカ共は……。あのね、騎士の本懐は民を守ることであって――」


「ソフィ。そんな悠長なこと言っている場合じゃねぇぞ」


「ああ。俺もジークと同意見だ」


「へ?」


 ジークとアリゲルが見つめる先にソフィが顔を向けると、そこにはミドスが静かに立っていた。

 戦闘によって火の粉が上がる最中、炎に明かりによってミドスに影ができる。


「よう。まだ俺とあんたとの試合はまだだったよな」


「ああ。そうだな」


「一つ聞いていいか。モルセルの私兵とはいえ、あんたも騎士の端くれだろ? 何故主君の暴挙を正そうとはしない」


「暴挙? ふん、俺はモルセル様に救われた身だ。故に俺は主君に忠誠を誓う。故に俺は主君の剣となり、障害となるものを排除する」


 ミドスを中心に風が吹き始める。


「自身満々だな。隊長クラス3人を同時に相手するってわけか」


「ああ、そうだ。私にはモルセル様から授かった力がある――」


 風は黒い瘴気を含み始め、ミドスの姿が変わり始めていく。背中から羽が生え、更に腕が2本生えた。頭部からは角、顔は人のそれでは無くなっていた。


 魔物と化したミドスは4本の魔剣を引き抜く。


「はっ! おっもしれぇじゃねーかよ! いくぞ。アリゲル、ソフィ!」


「ふん。舐められたものだな」


「ああもう! ほっんとに最悪! なんでこんなイレギュラーな事ばかり起きるのよ!」


 騎士隊長である3人は同時にミドスへと斬りかかった――。



 ◇



「シノ! 無事!?」


 モルセルの結界によって封印された東雲の元にリリィ達が駆け寄ってきた。


「ああ。大丈夫だ。それよりもゴンザレス。こいつを解除することはできるか?」


「はい。非常に強固な封印結界ですが、先日新たに入手した竜剣・リアレイダーの威力でならこの結界を破壊することが可能です」


「アレか」


「なんだいシノ坊、隆起爆発を起こす魔剣クラスの武器を他にも持っているのかい!?」


「ええ。まぁ」


「かー! たまげたねこりゃ。なら、さっさと其処からできておくれ。モルセルからヤバい力がヒシヒシと伝わってくるさね」


 ボニアの額から冷や汗が流れ落ちる。『元素の宝玉』によって増幅されたモルセルの力をボニアは肌で感じ取っていたのだ。


「シノ坊、あたしゃギルド長として市民を避難誘導しなければならない。ここは任せても平気かい?」


「ええ。もちろんです」


「頼んだよ、シノ坊。――さてと、ウサミィ!! そんなところに隠れてないであたしに付いてきな!」


「ひゃわわ!! ま、待ってくださいよギルド長~~!」


 舞台の影に隠れていたウサミは慌ててボニアの後を追いかけて行った。


 ウサミと入れ違いで観客席から4体の魔物が東雲たちの囲うように飛び降りてきた。リリィが『ヴァルキリーの弓』を構える。


「ふん。私も今までの試合見てきてウズウズしていたのよね。いいわ、私が相手になってあげ――」


「ふはははは! 押しつぶせ! ゴーレム達よ!!」


 上空から巨大なゴーレムが落下し4体の魔物を押しつぶした。


「……る?」


「会場を後にした途端こんな騒ぎになってるとはな。急いで戻ってきて正解だったぜ」


「あ、グレゴリーさん!」


「ん? この声はシノノメの従者か? って、随分とめんこいお嬢ちゃんじゃねーか! シノノメ、お前こんな可愛い子がいてこの大会に出場するとは……って、今はそれどころじゃないか」


 グレゴリーは封印された東雲へと近づく。


「こりゃまた随分と凄い結界だな。これは……流石に俺でも解除はできねぇな」


「大丈夫です。マスターには竜剣がありますから」


「は? 竜剣?」


「マスター」


「ああ。リアレイダーだったな」


 リアレイダーという言葉を聞いたグレゴリーが表情を変える。


「おいおい。お嬢ちゃん、リアレイダーってまさかあの神竜種か!? あの光天竜を召喚できるのか!?」


「いいえ、召喚ではありません。ですが、その扱う力は同等のものです」


 ゴンザレスとリリィは右腕を頭上に構える東雲の後姿を見つめる。 


 グレゴリーも二人につられる様に東雲の後姿を追う。


「マスターが扱うは竜剣。――それは古代竜の力を秘めたつるぎ


「竜の力を宿した……?」


 グレゴリーは俄かに信じられなかった。だが、瞬時に予備選で使われた東雲の武器のスキルを思い出す。


「まさか……」


 もし、それが本当ならば東雲の強さに合点がいく、とグレゴリーは思った。東雲の後姿を見つめる。その力を真意を見極める為に。


 東雲が竜剣の名を叫ぶ――。その掲げた右腕に光り輝く巨大な光剣が顕現。


 その刀身は結界を容易く切り裂いたのだった――。


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