72.試合開始 ★
「おう! ヴィクセルのおっさんじゃねーか!」
通路を歩いていると突然、ヴィクセルの名を呼ぶ男が現れた。他にも二人いる。
「おお、ジークか! それにソフィとアリゲル!」
ヴィクセルが名前を呼んだ3人組が近づいてくる。
3人とも結構若い。見た目からして俺と同じくらいの年齢か?
声を掛けてきた男はきっとジークと呼ばれた男だろう。短い金髪に勝気な顔つきで如何にもやんちゃな感じだ。残りは女一人ともう一人の男。
名前からして女がソフィか。こちらはセミロングの金髪で凛とした顔つきだ。可愛いと言うよりは美人の部類に入る。
もう一人の男は物静かな雰囲気を醸し出している。ザンバラな黒髪だがかなりのイケメンだ。
「久しぶりねヴィクセル。元気そうでなによりだわ」
「ソフィもな。しかし、何故君たちがここにいる?」
「ははは、それはね……」
ソフィと呼ばれた女性はバツが悪そうに視線を逸らす。
「そりゃのマーメイドの姫さんを俺の嫁にする為さっ!」
キラリと歯が光る。
「もう、ほんとに兄さんは……はぁ。まぁ、そうことなの。今朝がたこっちに付いたばかりでね。ジーク兄さんはマーメイドの嫁を貰うために出場するわけよ。よくもまぁ王から許可を取ってきたものだわ」
「ジークお前、女絡みは相変わらずだな。しかし、いつの間にエントリーしていたのだ。まさか、アリゲルもエントリーしているのか!?」
「そんなわけ無い。俺は女とか興味ないし。そもそも俺は別の目的で来ている」
「お前も相変わらずだな……」
ヴィクセルとこの3人組はかなり親しい中のようだ。年の差関係なしに砕けた関係みたいだった。
ふと、ヴィクセルが思い出したように此方を向いた。
「っと、紹介が遅れましたな。この者たちは私と同じ騎士隊を務める者たちです」
ああ、なるほど。てことは部下ってことか。
「初めまして。私は王国騎士隊9番隊長を務めるソフィと申します。以後お見知りおきを。それと、こちらは私の兄で――」
「おう。王国騎士隊7番隊長のジークだ。で、この仏頂面のボサボサ髪が――」
「アリゲルだ」
「お前な、めんどく下がらずに階級くらい言えよ。女に言えばモテるんだぞ? これは男としてのステータスにもなるんだ」
「いや、ほんとそういうのめんどいからいい」
「はいはい、兄さんもアリゲルもその辺にしておいて」
ソフィが溜息を付きながらと二人を止める。というか、この3人は騎士隊長だったのか。
全然そうは見えない。威厳とかそう言ったものは一切感じられないぞ。まぁ、年が俺と近しい感じがするからかもしれないが。
「で、そちらの方は? クリスタルペンダントしているという事は冒険者のようですけど」
ちらりとソフィ達が俺の首からかけているペンダントを一瞥する。
クリスタルペンダントを確認した3人の反応は様々で、ジークは既に興味をなくしている。ソフィに関してはヴィクセルの手前、仕方なしに話しているように見える。そしてアリゲルは最初から興味がないようだった。
まぁ、『 E 』ランクだと分かればそんなもんか。しかも相手は王国の騎士隊長様。この世界では普通の対応なんだろう。気にしても仕方がないので、形だけでもさっさと自己紹介を済ますか。
「えっと」
手を差し出し自己紹介を始めようとした所で、ジークが手で制してきた。
「お構いなく。俺は一定のLv以下の奴の名前は覚えられないから。ってことでヴィクセルのおっさん、俺の試合見ててくれよな。アリゲル行こうぜ」
「ちょ、ちょっとジーク兄さん!! もうっ!! す、すみません。ちょっと待ってよ兄さん!!」
後ろ手にヒラヒラさせながらジークとアリゲルが離れていく。ソフィがぺこりと頭を下げると二人の後を追いかけて行った。
ぽかーんとしてしまう。なんという自由人。
「す、すまないシノノメ殿。気を悪くしないでくれたまえ。彼に悪気はないのだ。ただ、少し変わっているところがあってな」
ヴィクセルが慌ててフォローする。
「は、ははは……。大丈夫です。ちょっとびっくりしましたけど」
どうもこの世界の住人は強さが全てと言う節がある。流石に自己紹介を中断させられるとは思わなかったが。
さ、気持ちを切り替えよう。
◇
会場へと続く通路の中、王国騎士専用の煌びやかな鎧を身に纏うジーク達の姿を見た者たちは畏怖を覚える。それもその筈。隊長格が纏う鎧と剣は王国騎士で最高の力を持った10人にのみ着ることが許される魔法の武具。
その鎧を着るという事は憧れでもあり最高の名誉のことでもあるのだ。
周りの好奇の目を無視し、ジークはアリゲルへと視線を投げかける。
「で、宰相の言う通りこの大会にその男がいるのか?」
「ああ、予知でこの大会に出場しているのを見たそうだ。」
「ふーん。しっかし、ゾルディのおっさんの言うことは本当なのか? エルグ山を真っ二つにされたって。俄かに信じられねぇなぁ」
「ふん。俺にとってはお前がいつの間にか、この大会にエントリーしていたのが驚きだがな」
「あったりまえだろ? 可愛い女の子は俺の為に生まれてくるものなのさ!」
「ちょっと、ジーク兄さん。その発言はドン引きです。……でも、もしその話が本当だとしたら厄介ね。一個人でそんな力を持っている人物を敵に回したらゾッとするわ」
ソフィが考える素振りをする。
「ああ。今はこの国で冒険者をやっているようだが、これが他国に流れて従属された場合が厄介だ。特に帝国にはな。まずはその人物を見つけ接触する」
「確かにこの大会はうってつけね。実力を確認するには申し分ないわ。もし本物だとしたら、ジーク兄さんコテンパンにやられちゃうわね」
ソフィが悪戯な笑みを浮かべると、ジークがその頭をぽかりと叩いた。
「あいたっ。ちょっと! か弱い妹の頭を叩かないでよ!」
「なーにが、か弱いだ。戦場で敵を嬉々として殺す癖に。『狂血のソフィ』には不釣り合いな言葉だな」
「ちょっとっ! その呼び名やめてよ! ふん、ジーク兄さんが手を出した女性兵士の間でなん呼ばれているか知っているの?」
「あんだよ?」
ソフィが不敵に笑う。
「『三擦り半のジーク』だってさ。良かったねジーク兄さんも二つ名欲しがってたよねー。女も満足させられないようじゃ……ねぇ?」
ジークの顔が一気に真っ赤になる。
「て、てめぇ! なんてこと言いやがる! 俺が三擦り半な訳がねぇだろうが!」
通路で二人がギャーギャーと騒ぐと、周りの連中が何事かと注目し始めた。
「おまえら、いい加減にしてくれ……」
ゲンナリしているアリゲルが騒いでいる二人の頭にそれぞれ手刀をいれる。苦悶のうめき声をあげながらその場に蹲った。
「とにかく、俺はグランドマスターの命でここに来てるんだ。ジーク、お前はお前の目的を果たせばいい。ソフィもグランドマスターの命を忘れるな」
「わ、分かっているわよ」
「んじゃ、ま、お互いの目的の為に動くか。んで、その男の名前はなんて言うんだっけ?」
ジークが頭を掻きながらアリゲルへと向く。ソフィもふざけていた時とは違い、真剣な眼差しになる。
「――――『シノノメ トオル』。それが目的の男の名だ」
◇
「わぁー! すっごい、すっごいですねリリィ!」
「う、うん。まさかこれ程のだとは思わなかったわ……」
ゴンザレスとリリィが連れてこられた場所は闘技場の最前列。外から見る闘技場の建物は円形の筒型に見えるが、実際は真上から見ると建物は三日月形である。
闘技場内部に入ると階段状に観客席が設けられていて、その中央には直径50メートルほどの石舞台が設置されている。驚くことに観客席の反対側は開けていて海が広がっていた。。
その海の上には透明なガラスで作られた2つの玉座のような造りの舞台があった。それはマーメイドの姫専用に作られた空間魔法と創成魔法の産物。『ウラヌス商会』魔法部隊の賜物である。
玉座には一人の美しい女の子が座っている。そう、マーメイド族の姫君、アイルであった。その傍には従者のセラと数名の女中がいた。そしてその離れた場所の玉座にはアムール地域の現領主・モルセル=ユダが座っている。
彼の周りには屈強な私設兵が囲っていた。
観客席には数千の観客達が今か今かとこれから始まる大会に胸を躍らせている。
「わははは! 嬢ちゃんたち、いい眺めだろう。ここでシノ坊の応援をしておやり」
ビックマムは豪快に笑いながら葉巻に火をつけ口にする。
「でも、これだけ広いと建物の上の観客席とかよく見えないんじゃないかしら」
「それには心配いらないさね。その辺はモルセルが魔法で何とかすると以前言っていたからね。しかし、あの狸には腹が立つね。裏で悪事を企ててたとは」
「大丈夫ですよマム。きっと、マスターが何とかしてくれます。ね、リリィ」
「そうね。いつだってシノは何とかしてくれるもん」
純粋にシノノメを想うその姿を見てビックマムは微笑んだ。
暫くして舞台中央にウサギ耳をしたバニーガール姿の女の子が現れた。すると、ウサギ耳の女の子の周りには水晶球がフワフワと浮かび、闘技場上空にいくつもの巨大なガラスのスクリーンが出現し、ウサギ耳姿の女の子の顔が映った。
会場からどよめきの声が上がる。それもその筈、『ウラヌス商会』の空間魔法と創成魔法技術の応用で作られた物だ。
『――あー、テステス。 こほんっ。皆さま大変お待たせしました! これよりマーメイド族のお姫様の婿を決める武闘大会を開催いたしまーす!』
さらに会場がどよめく。会場全体に声が響くのだ。この水晶球を通して映像と音声を大型スクリーンへと映し出す。これによって、臨場感あふれる戦闘をすべての観客が見ることができ、尚且つ選手同士の会話も聞ける。
東雲の世界でいうテレビ中継のようなものだった。
『司会進行はこれより、わたくしウサミが致しますので宜しくお願いしまーす! あ、因みに私も姫様と同じで彼氏募集中でーす!』
会場に笑いや雄叫びが沸き起きる。
『それでは場も温まってきたようなので、主催者であるモルセル様とマーメイドのお姫様からありがたーいお言葉をいただきましょう!』
それと同時にビックマムが頭を抱えた。
「マム、どうしました?」
「いや、あのバカはうちのギルド職員さね……」
「あー、そういう事。ははは……」
リリィは乾いた笑いを浮かべた。
陽気な喋りで場を盛り上げるウサミは獣人族のハーフである。獣人族は様々な種族がいる。特にウサミの種族は陽気でフレンドリーに接してくるのが特徴である。だがちょっとおつむが弱いのがたまにキズだった。
ウサミの性格上、こういった場の進行役に大いに役に立つと踏んだビックマムが彼女を押したのだが既に後悔していた。
主賓席側にいたモルセルが席から立ち上がり前に出ると、大型スクリーンにモルセルの顔が映し出された。
『皆さん、此度は我ら人族とマーメイド族の――』
モルセルが挨拶の言葉を話している時、ビックマムがウサミに対して手招きする。それに気づいたウサミはビックマムの元へと駆け寄る。
「あ、ギルド長ー、どうですか私の司会役。様になってます? えへへ――。って、あり? な、なんかギルド長怒ってます?」
「ウーサーミー、あれ程恥をかかすなと言ったろうに」
ビックマムの体から陽炎が揺らめく。
「ひゃわわわ。ご、ごめんなさいー。だ、だって会場の雰囲気が盛り上がるかと思ってー。ひーん」
「まぁまぁ、ビックマム落ち着いて。ほら、ウサミさんも泣き止んで」
リリィが間に入ることによって、ビックマムの怒りは多少落ち着いてきた。
「ったく、いいかいウサミ? ギルドの顔に泥を塗るような真似はするんじゃないよ。じゃないと減給!」
「ひゃわわわ。は、はい! がんまりますっ!」
脱兎のごとくウサミはその場から立ち去った。ウサミが持ち場に戻った時には、モルセルの挨拶が終えたところだった。
続くようにアイルが立ち上がり前へと出る。スクリーンにアップで顔が映ると、会場には感嘆の声が上がった。
「や、やべぇ……。なんて超絶に美しいんだ……」
「くっそ! こんなことなら俺も出場すればよかったぁぁ!」
「あの子すっごい美人! 私もあれくらいの美貌があればなぁ……」
会場の声は様々であった。
『人族の皆さま、此度は我々マーメイド族を敬うお祭りを開いていただき感謝いたします。そして人族の強い男を婿にしたいという私の願いを聞いていただいたモルセル殿にも感謝を』
アイルの透き通った声に皆、魅了されていた。
『皆さまに一つだけお伝いしたいことがあります。人族には私たちに付いての言い伝えがあると思います。3年に一度私たちは人族の男と愛し合い子を産む。そして男の記憶を消して海に戻ると――。
これだけ聞くと非情に思えるでしょう。ですが、私たちマーメイドは愛した男を一生忘れません。記憶を消すのは種族存続を守るための絶対の掟。今回表立って出てきたのは訳あっての事なのです。ですから誤解しないでください。
私たち子も父のことを愛し感謝していると。母と父の愛の結晶だという事を誇りに思っております――』
アイルの言葉が終わると会場に拍手が巻き起こった。そんな中、リリィは姫の事を改める。アイルの言葉を聞くまでマーメイドの存在を少し疎ましく思っていたのだ。
宝玉の為にこんなふざけた大会に出場せざるを得ない状況に。シノを取られてしまうんではないかという不安が有ったが、父親の顔を知らないアイルに何故か共感を覚えたのだ。
それは父と母を亡くしてしまった寂しさと似ているように思えたから。
掟が故に、父親の愛を知らないアイル。だがそれでも父親を愛しているという健気な姿に――。
リリィもまた、亡くした親への想いを忘れてはいない。彼女なりに父親への愛に飢えているように感じったのだ。
「リリィ? どうしました?」
「ううん、何でもないよゴンちゃん」
リリィは人差し指で目元の涙を拭う。彼女の言葉に、亡き両親を思い出してしまった為だ。
だが、今はシノがいる。私の心の支え。彼のことを想うとこんなにも心が熱くなる。
だからこそアイルにシノを取られたくない。そんな焦燥感が彼女を襲う。
リリィは複雑な心境で試合の行く末を見つめるのだった――。
◇
アイルの挨拶が終わるとウサミの顔がスクリーンに映し出される。
『はいっ、アイル様の有難いお言葉でしたっ! さーさー、続きましてはお待ちかね、婿候補の選手たちですー! 』
客席に歓声が沸き起こる。入場口から様々な恰好をした男たちが舞台へと上がっていく。その数は800人を超えていた。
『えー、試合形式なのですが、人数が多いですよねー。1対1じゃ日が暮れちゃいますよねー? ですのでっ! 選手の皆さんには1グループ100人ずつ8つのグループに分かれてもらい、その中で最後まで1人勝ち残った人がトーナメント戦に参加できます。
要するに、バトルロイヤル形式でーす! 乱戦ですねー! ということで、ウラヌス商会の皆さーん! お願いしますー!』
闘技場の外壁の上には黒いローブを纏ったウラヌス商会がいた。ウサミの合図と共に魔法を唱えると中央の舞台とは別に、海の上に8つの島が隆起し、新たな舞台が作り出された。
そして選手たちは光に包まれると、それぞれの舞台へと転送される。一つの舞台に約100人。そして新たに幾つもの水晶球が現れ、選手たちの様子をスクリーン上に映し出した。
『はいっ、ウラヌス商会の皆さんありがとうございましたっ! 選手の皆さんは既にお聞きになっているかと思いますが、この会場一帯はモルセル様の大魔法のおかげで、攻撃を受けても肉体的な損傷は受けません。
代わりに精神がすり減って気絶してしまいます。死にはしませんので、全力でやっちゃってくださいねっ! もし負けちゃっても、いい男がいればウサミがいただいちゃいます。おこぼれ万歳!
ウサミもなんだかテンションが上がってきましたよー!」
会場で笑いが起きている中、ビックマムの怒りゲージは上限を突破しようとしていた。悲しいかな、おバカなウサミは既にビックマムとの約束を既に忘れていた。
『では選手の皆さん、用意はいいですかー? それでは、バトルロイヤルッ!! 試合ぃ開始でぇぇぇえぇぇぇぇええっっす!』
今ここに、戦いの火蓋は切られた――。




