68.踊らされる者
「なに!? その話は真ですかシノノメ殿!!」
騎士たちが戦闘の後始末をしている頃、ヴィクセルにマーメイド姫の危機がまだ去ってないことを話した。
この街の領主が今回の事件の黒幕だと知ると、ヴィクセルは驚きと共に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
無理もない話だ。街を統治する領主が賊を利用して悪だくみをしているのだから。
「真犯人が分かったなら直ぐにでも捕まえに行けばいいじゃない」
それが出来たら苦労しないんだけどな。
「証拠が何処にもない。それに事はまだ起きてはないんだ。唯一の証人であるザリウスは死んでしまったし、現状ではまだどうすることもできないんだよ」
「ですね。それに祭りが行われなければ、街の収益源でもあるマーメイドの恩恵を失うことも考えられます」
ゴンザレスの言う通りだ。主催者であるモルセルを拘束することによって、祭りが正常に行われなくなる可能性が大いにある。
それだけは何としても避けたい。
だが、どうしても腑に落ちない点がある。マーメイドの拉致が成功してしまえば街の存続が危ぶまれる。そんなことになっては、一番困るのは領主であるモルセル本人だ。
なのにどうして。今の地位を失っても構わないのか?
……いや、もしかしたら――
「シノノメ殿」
最悪なケースを考えていると、どうやら呼ばれていたらしくヴィクセルの方へと振り向く。
「私としても街の存続が第一優先。それに今は奴を捕える証拠を集める時間がない。後手に回るが奴らが行動を起こせぬようマーメイド姫の護衛強化が最善だろう。なに、これを乗り切れればモルセルを捕える時間はいくらでもできる」
「マスター……」
ゴンザレスが心配そうに見つめてきた。その頭を優しく撫でてやる。
祭りは中止にできない。かといって証拠もないのにモルセル邸に踏み込めば王国騎士隊の立場が危うくなる。
ヴィクセルの言う通り現状ではそれしか最善策はないのだろう。
俺はその意見に頷いた。
「分かりました。では今後の対策を。何としても祭りを成功させるために」
そして俺たちの目的の為にも――。
◇
夜が更けた深夜――。
一人の男が自室のソファーで酒を煽りながら興奮冷めやらないでいた。その姿は中肉中背で50代半ばに見える。だが、その男の瞳は老いを感じさせない程の目力があった。
アムール領主モルセル=ユダである。
モルセルの屋敷はアムール街を見渡せる小高い丘に建てられている。部屋には様々な高級調度品・古代魔導書・レアアイテムが部屋に飾られていて、モルセルの持つ財力はその辺の貴族とは比べ物にならないのが見て取れる。
窓のベランダから一望できる街と海は、2つの月の光によって幻想的な情景を映し出している。その美しいさは誰もが息を呑むだろう。
だが、財を成し欲しいものを手にしてきたモルセルにとっては当たり前の光景であり感慨深さもない。一言でいえば見飽きたと言うべきか。
元々、王国は4つの地域に分かれていて王都を中心にベスパ・アムール・レガル・アベルの街がそれぞれの地域に分布している。その街の領主たちの中でモルセルの財力は群を抜いていた。
魔道に長けその知識と力で『ウラヌス商会』を立ち上げ財を成したのだ。富・地位・名声を手に入れたモルセルだが、彼はそれ以上にあるモノを欲していた。
「ああ――。いよいよだ。明日ついに神秘の力が我が手中に」
右手に持ったグラスの中身を一気に煽る。空になったグラスをテーブルへと置くと、左手に着けている指輪を見つめた。
金色のフレームに紫色の宝石が散りばめられている。その宝石はぼんやりと燐光を放っていた。
「ふん。まさかこれ程の魔力が籠ったアイテムをあの女から授かるとはな。あの女、一体何者なんだ……」
一人呟きながらソファーにもたれる。
その指輪はモルセルの財を全て投じても手に入れることはできない――、いや、正確にはこの世界では手に入れることができない代物。それこそ東雲が作り出すアイテムに近い物だった。
「まぁいい。あの女が何者であろうと、マーメイドが持つ宝玉を手に入れれば私の願いは叶うのだ。私の術式と宝玉の力があれば――。くく、くはははは! ああ! ああ! 楽しみで仕方がないぞ! フハハハハ!」
そう、モルセルもまたザリウスと同様にマーメイドの秘宝を狙っていたのだった。マーメイドの住処は深い海の底。空間魔法に長けているモルセルにとっては海底に潜るのは造作もない。
だが、マーメイドが住まう海は何かの力によって守られていたため、海底には進めずどうしようもなかったのだ。どう接触を計るか思案していた頃、マーメイドから武闘大会の話を持ち掛けられた。
それは願ってもないチャンスだった。何故ならマーメイドは人前には姿を見せない。マーメイド祭の日であっても、人の姿で紛れ込む為見分けがつかないのだ。
それがどうだ、マーメイド姫の婿を選抜する大会を開きたいというではないか。神秘の力を持つ姫が我が目の前に現れるのだ。モルセルは二つ返事で契約を交わす。
だが、ここで問題が起きた。
如何にアムール領主と言えども、コロシアムのような建造物は王の許可なしでは勝手に建造できない。もし、許可なく建造しようものなら確実に首が飛ぶ。目的を果たす前に捕まっては本末転倒だ。
しかも王は人の命が無闇に失うことを好まない。武闘大会と言えど、そんな生易しいものではないのだ。要は殺し合いで生き残った者を娶るとマーメイドの従者は言っている。
力のある男を姫の婿にすると――。
その数日後、モルセルは王に謁見する。事の顛末を伝えたが当然却下されてしまう。モルセルは悩んだ。どうすれば王の許可を得ることができるのか。
――我が目的を果たせるのか。
問題をクリアする方法はあるにはある。だが、それには膨大な量の魔力が必要だ。それこそ『神秘の力』が……。と、モルセルは歯ぎしりをする。
その時、王の隣にいた者から救いの手が差し伸べられる。予言者と言われている宰相からだった。
宰相は言う。人が死ななければいいだけの話だと。貴方にはそれができる程の知識があるのでしょう? と、言われモルセルはゾッとした。
何もかもが見透かされているような口調に。
いや、そんなはずはない。きっと私が魔道に長けているという事を前提に話しただけに違いないと、この時自分に言い聞かせ納得したのだ。
ダラダラと冷や汗が流れている最中、宰相は身に着けていた指輪を渡してきた。
モルセルは即座に『鑑定』スキルを掛け、その結果内容に戦慄した。あり得ない程の魔力量が籠っていたのだ。それもその筈、この指輪のアイテムランクは『 UR 』。現世ではあり得ないランクである。
それこそ古代魔導書の中でしか記載されてないような神秘の力に近い代物だった。確かにこれ程の魔力量があれば……。と、モルセルはそう思いながら唾をゴクリと呑み込む。
宰相は王に耳打ちをする。すると王はモルセルに問いかけた。人が死ぬようなことが起きなければ許可すると。
モルセルは即座に出来ると進言。そして指輪を使い、自らの体を使って王の目の前で実行したのだった――。
それが数か月前の出来事。
許可が下りた後は私財を投じ急ピッチで事を運ばせていったのだった。
モルセルは見つめていた指輪から視線を外す。
「もしやこの指輪ならと思ったが……。ふん、まぁいい。本命はマーメイドの持つ力。必ず手に入れて見せる……」
その時、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
「入れ」
一言伝えると、扉が開き一人のメイドがお辞儀をして入ってきた。
「夜分恐れ入ります。旦那様、至急お伝いしたいことがあるとミドス様がお見えになられています」
「ミドスが? 構わん通せ」
「かしこまりました」
メイドが部屋から出て行った後、暫くしてからミドスと呼ばれた男が部屋に入ってきた。
王国騎士隊にも劣らぬ煌びやかな装備品を着ている。ミドスはモルセルの私設部隊の隊長である。
モルセルは空いたグラスに酒を注ぎ、ミドスへとグラスを傾ける。
「お前もどうだ?」
「ありがとうございます。ですが、モルセル様に至急お伝いしたいことが」
「話せ」
「はっ。数刻前にザリウスが王国の騎士隊によって敗れ、死亡したとの報告が上がりました」
ザリウスは目を見開き、ミドスへと顔を向ける。
「馬鹿な!! どういうことだ!?」
「そ、それがどうにも今日の夕刻に騎士隊の屯所で戦闘が勃発。後に騎士隊はザリウス達が潜伏していた酒場へと進撃、急遽方向を変え闘技場へと向かっていたザリウス達と接触をし、無力化した模様です。その行動の速さに我々は対処できず……」
報告の最中、モルセルの顔が歪んでいくことにミドスは恐れた。召し仕える主人によっては無能な部下は殺されることがある。モルセルもそのような人物の一人だった。
「元王国騎士隊と言えど所詮は使えぬ男だったか……。ふん、まぁいい。保険は掛けてある。ミドス、お前は予定通り大会に出場し優勝を目指せ。いいな?」
「はっ! 必ずモルセル様の御前に連れてまいります!」
ミドスの返答に機嫌を良くしたモルセルは「下がれ」と命じると、ミドスは敬礼をした後部屋から退出していった。
一人になると天井を見あげる。
報告は嘘ではないのだろう。街には情報収集も兼ねて私設兵を町中に何十人も潜り込ませている。
非常にまずい事態だ。騎士隊の動きはまるで此方の動きを把握しているかのような迅速さ。普通に考えてあり得ない。まさか宰相の未来予知の噂は本当だったのか……。と、モルセルは思った。
この街には王国騎士10番隊の隊長を務めるヴィクセルがいるが、それでもザリウスが負けることは無い。
だが、現にザリウスは死んだのだ。元王国騎士の7番隊長が。私の野望がもし宰相にバレているとしたら――
しかし、ここでモルセルはある疑問にぶち当たる。
「……なぜ、武闘大会の許可が降りるように仕向けた?」
部屋を照らす蝋燭が揺らめく。
音のない静かな部屋で、自らの心臓の鼓動がやけに大きく鳴っているのを感じた。まるで宰相の掌で踊らされているかのような錯覚を覚え、嫌な汗が吹き出す。
「くくく、くははははは! 私が恐れているだと!? ふざけるな!」
恐怖を拭うかのように手にしていたグラスを床へと叩きつけた。
「いいだろう。全てを投げうってでも、必ずしや宝玉の力を手に入れてやる。必ずだ!」
その目には狂気が宿っていた――。




